Episode_17.12 リムルベート軍集結


 総勢二千五百人の兵士達はオーゼン台地を内陸に五キロほど東進していた。斥候達は移動を続ける本隊に追いつくため、本隊の進行方向に偏りつつも、前方一キロの範囲の安全を確かめている。


(少し慎重になり過ぎたか?)


 本隊の中央付近を進むコラルドはそう考え始めていた。引っ切り無しに走り回ることを要求された斥候は既に担当部隊を二度入れ替え、今は第五部隊と第六部隊がこの任務に当たっている。しかし、周囲は既に内陸であった。上陸する敵部隊を阻止するならば、通常は上陸地点を、上陸作業中に叩くのが最善とされている。上陸部隊の準備が整わない無防備な状況だからだ。しかし、今現在彼等は周囲を警戒しつつ、それなりの体勢を取りながら進軍している。


(襲撃は無いかも知れないな)


 コラルドはそう考え始めていた。考えれば、オーゼン台地の海岸線は四十キロに及ぶ。その何処に上陸するか分からない、更に言えば来るかどうかも分からない援軍を待ち構えるのは、普通に考えれば無理な話であった。


「……ちょっと、慎重になり過ぎたな」


 そう独白するコラルドは、斥候部隊を一部隊に戻すように命令を発しようとする。その時だった。


「て、敵襲!」

「敵です! うわぁ!」


 不意に南側からそんな声が上がる。そして、十数人の兵達がまるで転がるような勢いで本体に駆け戻ってきた。見れば殆どの兵士が身体に矢を受けていた。


「弩弓装填! 陸戦部隊は補給物資を中心に円形陣を組め! 海兵部隊は横隊陣形で戦列を形成!」


 反射的にコラルド隊長は指示を下す。今回はオーメイユに到着後本格的な陸上戦闘を想定していたため、全員が中型の方形盾と短槍を装備している。その上、陸戦隊は大型の弩弓も持ち込んでいた。連射は利かないが、一発の威力は非常に大きなものだ。


「敵は弓兵中心と思われます!」

「わかった! 傷の手当てを」


 駆け戻ってきた斥候は第六部隊の面々だった。彼等は敵の兵科を告げるが、突然襲われたのだ、情報は覚束おぼつかなかった。


「北側の斥候はどうした、第五部隊は?」

「隊長、戻ってきました……いや、あれは違う! 騎兵が、騎士の大軍が押し寄せて来ます!」

「なんだと!」


****************************************


 侯爵ブラハリーは、自ら突撃に加わるような無謀な真似はしなかった。彼は祖父や息子と違い、決して武勇の人ではない。その事を自ら良く知る彼は、南側の少し小高い小山の上に陣取ると弓兵達の指揮を執っていた。騎士達は夫々が既に指揮命令系統を持っている。しかも目まぐるしく・・・・・・動く騎馬での戦闘に適した指揮系統だ、専門外のブラハリーが口出しすることは無かった。


「少し前進! 前方に展開した軽装兵を狙え!」

「放てぇ!」


 ブラハリーの指示で、弓兵達は前進すると敵の前列を形成した少し軽装な兵達を狙い長弓から矢を放つ。放たれた矢は綺麗な放物線を描くと台地の起伏を飛び越えて敵兵に襲い掛かった。数十名の敵兵が矢を受けて倒れるのがブラハリーの場所からも見て取れた。一方で矢を受けた敵兵は、未だにリムルベート側の位置を正確に把握できていないようで、応射された弩弓の矢は可也かなり手前で地面に突き刺さっていた。


 ブラハリー率いる騎士七百と弓兵五百は四都市連合の兵が上陸した地点から五キロ内陸で彼等を待ち構えていた。弓矢で攻撃を仕掛けやすい若干起伏を持った南側の地形と、騎士の突撃が有効な、開けた平らな北側の地形が丁度良く合わさった場所だ。この場所を襲撃地点として選ぶことが出来る。そういう戦略上の慧眼けいがんが侯爵ブラハリーの最大の強みであった。


「閣下、騎士隊が突入します!」

「そうか、弓兵は休まず撃てよ!」

「ははぁ!」


 弓隊の目が良い指揮官は、ブラハリーに報告すると再び自隊の弓兵達に射撃を指示する。それに応じて、急場で作った弓兵大隊は、各指揮官の指棒に従い方位と角度を揃えると次々と矢を放っていく。


(大勢は決したな……)


 ブラハリーは内心でそう断じていた。無理も無いことだ。騎士七百の突撃と言えば、歩兵ならば数千の突撃に匹敵するような重圧を伴う。その上、小山から見る限り敵は取り回しを優先した短い槍と小型の盾しか持っていなかったのだ。オーメイユでの市街戦を想定した武装なのだろうが、開けた場所で騎士を相手にするには、些かいささか頼りない装備と言わざるを得なかった。


「殲滅する必要はない! 適度に残しておけ・・・・・。その方が敵勢の負担が増える!」


 無情な号令が発せられる頃には、騎士達は三度目の突撃を終えていた。敵側が組んだ円形陣はズタズタに食い破られ、今や複数の小規模な集団に分断さている。そして、潰走寸前で押し留まった彼等は、矢と騎馬の攻撃に怯えながら、火を放たれた補給物資を茫然と眺めている状態だった。


「退却するぞ!」

「退け! ひけぇ!」


 完全勝利を目前としながら、中途半端に敵兵を残した状態でリムルベート軍は退却して行く。その悠々とした後ろ姿は、四都市連合の海兵達に陸上戦での騎士の強さを刻み付けるのだった。


****************************************


11月16日


 四都市連合がオーメイユに対して派遣した援軍は失敗に終わった。しかし、彼等を運んだ船団は既にインバフィルへの帰路に就いていた。そのため全滅寸前で捨て置かれた七百前後の負傷兵達は戻ることが出来ずに、そのまま東進するとオーメイユの街に満身創痍の状態で辿り着いた。


 一方、援軍が来ると報せを受けていたオーメイユの第一第三傭兵集団は、やって来た援軍の悲惨な状況に息をのんだ。全員が怪我を負い飢えていたのだ。


「俺達、本当に孤立しちまった」


 そんな傭兵の言葉が彼等の気持ちを代弁していた。


 そうやって落胆するオーメイユの街を半包囲していたリムルベート軍にも動きはあった。三部隊に分けていた半包囲勢を一つに戻すと、インヴァル河の西端に移動したのだ。この時リムルベート軍は、オーメイユの牽制に約千数百の軍勢を残していた。しかし、オーメイユの街からその正確な数を知る術は無かった。


 オーメイユを離れたリムルベート軍本隊は、侯爵ブラハリーの指揮に従い、トルン砦から南下してきた河川用櫂船の助けを借りて対岸のアワイムへ渡河していた。そして、リムルベート軍本隊は、ウェスタ・ウーブル連合軍と合流を果たすと八千を超える大軍と成って街道を南下し始める。彼等の目的地はアドルム、そしてその奥に在るインバフィルであった。


 一方、山の王国から来たドワーフ義勇兵三百は、負傷兵らと共にアワイムに留まった。後続の補給物資の防衛と、同じく後から届く予定の攻城兵器の管理を担うためだった。これにはポンペイオ王子は不満気だったが、ウェスタ侯爵ブラハリーの説得を受け、渋々了承したといった具合だった。


11月17日


 南下を開始したリムルベート軍は、トルン砦から増水したインヴァル河を通じてアワイム村へ続く補給線を確保しながら着実にアドルムを目指す。


 街道を南下するリムルベート軍は、アドルム平野の入口付近で千人前後の敵傭兵部隊を発見した。しかし、敵傭兵部隊は無警戒の状態でリムルベート軍と遭遇し、あっという間に撃破されていた。一部、魔術を駆使し頑強に抵抗する二百前後の勢力があったが、結局その勢力も騎士隊の突撃によって散り散りとなっていた。


 また、敗れた傭兵達はリムルベート軍の軍門に下る者もそれなりに居た。指揮官である侯爵ブラハリーは、彼等に縄を掛けるのではなく、相応の報酬を与えることで自勢力に加えることにした。これには軍勢内にも賛否両論が起こったが、ウェスタ侯爵ブラハリーは強烈に非難の声を遮った。


「敵情を知る好機と思うべし! 傭兵として彼等を活かす。利にさとい連中だ、我らに知り得た情報を話し『勝ちを確実』にすることを選ぶのは必定ではないか? 拷問尋問の類で得たその場限り・・・・・の出まかせのような情報よりも余程に役に立つ」


 と言う事だった。真正面からこのような剣幕で大侯爵に言われれば、反論できる者など騎士達の中にいるはずもなかった。


 そして、敗残傭兵を指揮下に加えたリムルベート王国軍は、十七日の午後には山間の都市アドルムを正面に捉え、更にイドシア砦を左側の視界に収めていた。そんな二つの攻略目標とリムルベート王国軍の間には、合計一万を超える四都市連合の傭兵軍が布陣しているのだった。


 その日はそれ以上目立った動きは無かった。しかし、リムルベート王国軍ではひそかな動きが生じている。ウェスタ・ウーブル連合軍である二千強の軍勢が夜陰に紛れて東の森林地帯へ進出したのだ。彼等は持てる限りの補給物資 ――主に食糧―― を携行すると、インヴァル山系に張り付くような鬱蒼とした針葉樹の森へ分け入って行った。その事に気付いた者は、四都市連合軍では皆無だった。


 但し、先の戦闘で同じ森に逃げ込んでいた傭兵の一団は、その動きを察知していた。だが、彼等はその軍勢に対し何の行動も起こさなかった。彼等には別の緊急な心配事が有ったのだ。それは、


「ブルガルト、ダリア達が四都市連合に捕まったらしい」

「なっ! バロル、どう言う事だ?」

「敵前逃亡という事だ、別の傭兵団の知り合いが精霊術で教えてくれた」

「……敵前逃亡……斬首刑か?」

「ああ、明日の正午だということだ……どうする?」


 殆ど闇と同化した森の中で秘かに、だが緊迫したやり取りが交わされていた。

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