Episode_17.11 オーゼン台地の伏兵


 その日の午前の戦いの結果、アワイム村はリムルベート王国側が完全に占領していた。寝込みを襲われたアワイム村の傭兵達は、インバフィルへ危急を伝える伝書鳩を飛ばす事も、南のアドルムの街へ伝令を走らせる事も出来なかったという。リムルベート王国側の攻撃はそれほど迅速に行われたということだった。


 一方、大洪水に見舞われたタンゼン砦とオーゼン台地の街オーメイユは、異変を報せる鳩をインバフィルへ放っていた。情報は何度かに分けられてインバフィルへ伝わる。と言うのも、タンゼン砦を迂回してオーゼン台地へ上陸していたリムルベート王国軍本隊の動向がしばらく掴めなかったためだ。


 その日の午後になりようやくリムルベート王国軍本隊の所在地が分かった。彼等はオーメイユとアワイムを結ぶ街道沿いに軍勢を展開したのだ。オーメイユの街から三キロも離れていない場所に布陣したリムルベート王国軍本隊は、騎士と兵士を合わせて七千にも上る軍勢を三つに分けると東と北、それに南からオーメイユの街を半包囲する構えを見せた。


 この状況にインバフィルにある四都市連合中央評議会傘下の作軍部は孤立したオーメイユとタンゼン砦へ海上輸送路を通じて援軍を派遣することを決定した。中央評議会直属、フロンド・バスパ提督の第三海兵団は、旗艦「海竜の五本角号」以下、最新式三段櫂船ガレー十艘兵員三千名という勢力を誇る。そこにインバフィル海軍の半数、帆船一隻と数種類の櫂船合計十艘、兵員千名が加わった総勢四千を超す大部隊は、多少の混乱は有ったものの翌々日の十二日にはインバフィル港を出撃していった。


「アイロの弔い合戦だ、全員気合いを入れろ!」


 とは、櫂船団を纏めるコラルド・イーサ隊長の号令だった。彼等は二年前に王都リムルベートに上陸し、王都に火を放った部隊であった。コラルド隊長が言うアイロとは、当時の上陸部隊長であり、王都リムルベートにて戦死したコラルドの同僚のことであった。


 海兵隊の戦隊長の面々を前に気合いを入れるコラルド隊長の後ろ姿を眺めるフロンド提督は、長年海風に曝されて革のように硬くなった顔を更に険しくしている。以前の王都リムルベート襲撃の時のように、今回の作戦が乗り気でない訳では無い・・・・・。孤立した合計四千人弱の傭兵とオーメイユの住民の運命は風前の灯火ともしびといってよい状況だ。そのため、今回の援軍派遣は「大いに結構」と思っている。そして、今回の作戦は、先月始まった反攻作戦の一環である陸上補給路寸断を再現するような上陸作戦であった。そのため、海兵達は特段の訓練をしなくても対応できるだろうと思う。しかし、


(リムルベート側が何も対策をしない訳がない……)


 という懸念が頭を占めていたのだ。先月の陸上補給路寸断作戦は、リムルベート側の備えが不十分であったため、大成功だった。しかし大成功というのは裏を返せば相手にとって大損害という事になる。何も対策を講じずに再度攻勢に出るとは考え辛かった。


(まぁ、考えても分からぬ以上は……警戒を厳とする以外に手は無いな)


 フロイド提督はそう思うと、立ち上がりコラルド隊長のげきの続きを受け持つように全員に声を掛けていた。その間も「海流の五本角号」を中心とする船団は、インヴァル半島を右手に見ながら北上する。明後日の日中にはオーゼン台地の西端に上陸できる見込みだった。


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 11月14日午前 オーゼン台地西岸


 ブラハリーはなだらかに続く海岸線を見下ろせる丘の上に陣取っていた。この丘は崖のように切立っていて、そのままオーゼン台地に繋がっている。台地と言うだけあって、海面からの高さは二十メートル程度だろう。直ぐ南には浜辺に下りる坂道が存在している。そして、その坂道を下った場所に小さな寂れた漁村がある。


 今、リムルベート王国軍を率いる立場となったウェスタ侯爵ブラハリーは、自らの采配に若干の不安を覚えつつも西に広がる海に目を凝らす。彼の遥か後方、内陸部には本隊から引き抜いて連れてきた騎士七百騎と弓兵ばかり・・・・・五百名が身を潜めている。


 本隊は相変わらずオーメイユの街の東、アワイムへ続く街道を遮断するように陣取っている。一方、侯爵ブラハリーが率いるこの部隊は、夜陰に乗じて陣を離れると、海岸線まで移動してきたのだ。その狙いは他でもない、増援として海からやって来るはずの四都市連合の勢力を陸上で叩くためだ。


 ――十二日午後、海軍勢力、帆船二隻と櫂船四十艘出港せり。オーメイユへの援軍也。追伸、王都に於いて高位魔術師の配備を願う。記、料理人――


 その報せは、インバフィルに潜入した間者 ――アント商会密偵部の面々―― が十二日の午後に放った伝書鳩によってもたらされた。但し、伝書鳩は巣箱のあるトルン砦を目指して飛んだので、翌日昼頃にこの報せを受け取ったトルン砦はインヴァル河を下る輸送任務に当たる櫂船に報せを託すことになった。そのため、侯爵ブラハリーがそれを知ったのは今日の未明のことであった。


(……援軍は海路か。しかし、この魔術師とは……何の事だ?)


 トルン砦からの伝令がもたらした報せに、ブラハリーは納得半分疑問半分だった。


「なんだ、この魔術師云々というのは?」

「分かりませぬが、トルンから王都へは同じ内容を報せる伝令が向かいました」

「……そうか、ご苦労」


 一部良く分からないことが書いてあった情報だが、侯爵ブラハリーの動きは早かった。彼は軍勢の主要な面々を叩き起こすと夜明け前に軍議を開いた。そして、早々に「迎え撃つ」ことを決定した彼等は、今の陣容を整え、夜明け前の闇に乗じてオーメイユを大きく迂回すると、この場所へ到着したのだった。


 決定が早かったことには理由があった。着任早々にスハブルグ伯爵をノーバラプールへ後送した後、ブラハリーは先の四都市連合側の反攻状況の調査と研究を命じていたのだ。特にオーゼン台地のオーメイユの街周辺で補給線を襲った敵の襲撃については詳しく調べ上げた。そして、大まかながら、襲撃部隊の上陸地点と進撃経路を割り出していたのだ。


 そういう努力の結果、今回の再攻勢に於いてオーメイユの街を孤立させた後、四都市連合側が援軍を送り込む場合の対処方法としてあらかじめ二通りの案が準備されていた。一つはインバフィルからアドルムを北上し陸路で傭兵部隊が攻め上がってくる場合だ。この場合、リムルベート王国軍はオーメイユ包囲に二千前後の兵を残し、残りはアワイムを占領したウェスタ・ウーブル連合軍と合流し正面対決を挑むことになる。しかし、こうなる公算は低いと見積られていた。そして、本命とされたのが、海上経路を使いオーゼン台地の西岸に部隊を上陸させ、オーメイユに立て籠もる傭兵達と合流を目指す、というものだった。


 海上経路を使い援軍を送り込んでくる公算が高いと思われた理由には、四都市連合側がリムルベート王国の急造海軍を撃破していた事が挙げられる。自由に且つ安全に海上経路を使用できる彼等ならば、それを「敢えて使用しない」という選択は反って難しい判断なのだ。


 そして、海上経路を使い援軍を送り込むならば、浜辺に上陸した彼等がオーゼン台地へ進出できる道は限られていた。その中で、前回の補給線襲撃の状況と地形の要素を合わせて考えた結果、今、侯爵ブラハリーが陣取っている場所が浮かび上がったのだ。眼下に広がる寂れた漁村は、目の前の海岸線がそれなりの深度であることを物語っていた。つまり、四都市連合が誇る大型の三段櫂船や大型帆船が海岸の近くまで寄れる事を意味している。また、上陸後、この場所からオーメイユまでの距離は凡そ二十キロで途中は灌木ばかりが生い茂る比較的平坦な地形となっている。補給物資を荷車に積んで運ぶのに適した地形が続いている。


(大丈夫だ、絶対ここに来る)


 背の低い繁みに身体を隠した侯爵ブラハリーは、そう自分に言い聞かせる。そして、


(海上ならばあちら・・・に分があるのは明白。だが、陸上ならばこちらに分がある)


 と考えている。そのため、本隊から主力の騎士達を引き連れてきたのだ。その時、


「閣下、見えました!」


 近くに潜んでいた第一騎士団の大隊長がそんな声を上げた。流石に若いだけあって、ブラハリーよりも目が良いのだろう。


「よし、手筈通り……内陸に引き込んでから一気に討つ、いいな?」


 ブラハリーの声に、その大隊長は頷くと周囲の部下を伝令に走らせる。部下と言っても全員騎士だが、彼等は海上をゆっくりと近づいてくる船に発見されることを怖れて、馬を後方に隠している。そんな騎士達は、走って報せを伝えていく。


 やがて、ブラハリーの目にもハッキリと沖を進む二隻の帆船と無数の櫂船の姿が見えた。戦いが始まるまでは、もう少し時間を要しそうだった。


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 四都市連合第三海兵団とインバフィル海軍の混成艦隊は、陸上戦闘員と海兵隊の一部を漁村近くの浜辺に上陸させていた。海兵団の主力である三段櫂船は定員二百五十人だがその航行には最低六十人、出来れば百人が必要と言われている。そのため、海兵隊は十艘の三段櫂船から夫々百五十人の戦闘員、合計千五百人を上陸させた。一方、旗艦である大型帆船からは陸戦専門の重装兵五百が上陸した。また、インバフィル海軍は同様に陸戦部隊を五百名上陸させる。


 全部で二千五百人の兵士が上陸した浜辺は、同じく荷下ろしされた補給物資や食糧を積んだ荷車も含めて混雑している。そんな中、今回の援軍を指揮することになったコラルド隊長は部隊を整えるために大声を張り上げる。


「海兵団第一部隊、先行して斥候に当たれ!」


 彼等の単位は、櫂船の船ごとに一つの部隊とされている。そして、第一部隊と呼ばれた海兵達は崖の上へ続く坂道を駆け上がると、方々へ散って行く。


「陸戦大隊は前進準備! 海軍陸戦隊は物資を中心としてその後に続け!」


 海兵団の陸戦大隊はコラルド隊長の指揮下だが、インバフィル海軍の陸戦隊は本来彼の指揮下ではない。そんな事情もあって、一つ後方に下げる指示を出したのだが、海軍の陸戦隊は不服な様子だった。


「ったく、余所の部隊の面倒を見るのは骨が折れるぜ」


 思わずボソリとそう言う。そんなコラルドの元に斥候として出していた第一部隊の隊長が戻ってきた。


「崖上に敵兵無し……兵の一部が戻っていませんが、近くに敵兵は居ないと思われます」

「そうか……」


 その報告にコラルド隊長は少し考え込む。出発前にフロンド提督からは「充分に注意せよ」という言葉を受けていたからだ。そんな彼は、


「よし、もう少し遠くまで斥候を出して見てくれ」


 と命じる。しかし、その声に割って入る者があった。インバフィルの海軍陸戦部隊の隊長である。


「海兵団が慎重になるのは分かるが、この部隊をこれから二十キロ進軍させなければならないのだ。兵を進めながら周囲を探れば良いではないか?」


 その隊長の言葉は確かに一理あった。もう正午を過ぎた時間帯だ。この時点で時間を掛けてしまえば、敵軍に半包囲されたオーメイユに到着するのは夜になってしまう。


「敵襲が心配ならば、我々が先行するが?」

「いや、それには及ばない……よし、第二部隊も斥候に回れ、第一が南側、第二が北側だ。本隊移動開始!」

「ハッ!」


 インバフィル海軍の陸戦部隊長に挑発めいた言葉を投げ掛けられたコラルドは、ついそう応じてしまった。そして、浜辺に集結した上陸部隊は内陸に向って進軍を開始したのだった。

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