Episode_17.09 若き騎士の真価


 その骸骨の身体を持つ異形の怪物は、魔術によって産み出された操り人形ゴーレムだ。ドラゴンの牙に宿る魔力をかてとして、この世に生み出された無意志の存在である。無意志であるが故に深く思考することもない。ただ、自らを生み出した魔術師が発した「目の前の動くものを破壊せよ」という単純な命令を実行するだけの存在である。しかし、その身に纏った禍々まがまがしい独特の雰囲気は、歴戦の騎士ですらひるませるすごみを帯びていた。


「が、ガルス殿! これは?」


 ウーブルの騎士が声を上げるが、ガルスは更に大きな声で一同に呼びかける。


「気を付けろ! 竜牙兵りゅうがへいは手強い敵だ・・!」


 老騎士の声には警戒の色が滲む。当然だった。二年半前のトルン奪還作戦において、北の格子門を破った騎士達は砦内に雪崩れ込んだ。そこに待ち受けていたのが、今と同じ銀の骨格を持った竜牙兵二体だったのだ。


 そして、たった二体・・・・・の敵に対して、先鋒を務めた第一騎士団の騎士達は五十人近くが戦闘不能に追い込まれたのだ。命を落とした者も多かった。その時は、当時侯爵であったガーランドが乗った改造輸送船から、投石器カタパルトによる援護を得てようやく倒した強敵であった。


 その時、騎士達はポンペイオ王子に礼を示すため、全員が下馬していた。そんな騎士達は馬上槍ホースマンズスピアを構えると、徒歩のまま竜牙兵を半包囲するように取り囲む。その外見と雰囲気から、排除すべき敵であることは明らかだった。


 しかし、竜牙兵は、全身の黄緑色の藻を張りつかせた外見からは想像もつかない俊敏さを示すと、包囲の一角へ突進してきた。


「いやぁ!」


ガキィン!


「ぎゃぁ!」


 それを迎え討った騎士の馬上槍が竜牙兵の胸骨を捉えるが、穂先が弾けるように折れてしまう。そして竜牙兵の持つ巨大な鉈剣ファルシオンがその騎士の横腹に食い込んだ。騎士の甲冑は凡そ人間の力では不可能なほどゆがひしゃげる。不幸なその騎士は、二メートルほど弾き飛ばされて血反吐ちへどとともに地面でのたうった・・・・・


「一人で掛かるな! 二人、いや四人で組み掛かれ!」


 ガルスの指示が飛んだ。


 その時ヨシンは、一人栗毛の愛馬に駆け戻るとその背に飛び乗っていた。馬の横腹に取り付けたケースから愛用の斧槍、「首咬み」の重厚な穂先を引き抜くとそれを構える。そして、思い出していた。


(アレは、きっとユーリーが塔の上から叩き落した竜牙兵だ)


 水路に墜ちたまま行方が分からなかった竜牙兵それは、二年半の時を経て、何等かの拍子にこの場に現れたのだろう。しかし、その理屈を深く考えないヨシンは単純に思った。


(ユーリーが倒し損ねた敵なら、オレがヤル!)


 そう思った青年騎士は馬に拍車をかける。短い距離だが、ラールス家から贈られた最上級の軍馬は矢のように加速してみせる。そして、人馬一体となった騎士ヨシンが竜牙兵に肉迫する。その刹那、


ブゥン――


 風を捲くような竜牙兵の横薙ぎの斬撃が加わる。しかし、ヨシンは突進する勢いを寸前で殺す。馬は後ろ脚をつっかえ棒・・・・・のように地面立てて、尻が地面に付くほどの後傾姿勢となって自身の突進を相殺した。巨大な鉈剣が馬の鼻先を通り抜けた。


「うらぁぁ!」


 次の瞬間、鞍を踏み台にしたヨシンは高らかと空中へ跳躍する。丁度沈んだ後ろ足を蹴り上げた馬の勢いを借りた青年騎士の身体は空中を飛翔するように自由に飛んだ。その両腕には必殺の武器が握られている。そして、


バキィィ!


 脳天から唐竹割りに重厚な斧槍首咬みの刃を叩きつけた。しかし、蜥蜴頭とかげあたまと綽名した竜牙兵の頭骨はまるでいわおごとく硬かった。ヨシンのやいばは頭頂にひび割れ・・・・を作っただけ・・で終わると、そのまま右肩へ逸れる。そして、竜牙兵の鎖骨の表面を更に滑ると、右肩の関節に食い込んだ。


 銀色の骨同士が見えない力で連結する間接内部に首咬みの重厚な刃が食い込んだ。その瞬間は、竜牙兵が空中を飛んだヨシンを迎え討つために鉈剣を振るう瞬間であった。しかし肩の自由を奪われた竜牙兵の斬撃はヨシンに届かなかった。これはヨシンにとって幸運な偶然だった。


(なんて丈夫なヤツだ)


 空中で首咬みを手放したヨシンは着地と同時に竜牙兵の足元を転がる。そして勢いを付けて立ち上がった時には腰間の愛剣折れ丸に手を掛けていた。その時、


「ヨシンを援護だ! 足を狙え!」


 斜め後ろからポンペイオ王子の声が掛かる。咄嗟に振り向いたヨシンの視界には、斧や戦槌を構えたドワーフ戦士団が突進する姿があった。


 短い体躯を重厚な金属鎧で覆った彼等は、手に持った武器も脅威であるが、その重量自体が凶器である。そんな金属製の酒樽達・・・・・・・は低い身長を生かして竜牙兵の右足に次々と襲掛かった。中には竜牙兵の鉈剣によって弾き飛ばされる者もいる。しかし頑丈な彼等は直ぐに立ち上がると再び突進する。そして、


「掛かったぞぉっ!」

「引き倒せ!」

「それぇ!」


 そんな声が次々に上がる。いつの間にか竜牙兵の右足首と剥き出しの腰骨に夫々それぞれフック付きの太いロープが掛けられていた。そして、ドワーフ達は二本のロープを別の方向へ一気に引っ張った。


 元々左の手足を損じていた竜牙兵は、ドワーフ達の馬力にあらがうことが出来ずに地面にうつ伏せで引き倒された。丁度ヨシンの目の前に蜥蜴頭が倒れ込んでくる。その頭頂部は、彼が放った一撃を受け深い切傷と細かいひび割れが蜘蛛の巣状に広がっている。


「うりゃぁ!」


 鞘から引き抜いた折れ丸を逆手に持ち直したヨシンに迷いは無かった。彼は、愛剣の切っ先に力を籠めて、ひび割れの中心部を思いきり突き刺した。


バシィ!


 蜥蜴の様な平べったい頭頂部は、折れ丸の切っ先を受けて陥没したように凹むと次の瞬間大穴を生じる。そして折れ丸の刀身が三分の一ほど竜牙兵の頭骨に呑み込まれたところで、この骨のゴーレムは全身を銀色に一度光らせると、次の瞬間ボロボロと崩れ落ちるように形を失ったのだった。


 その日、トルン砦の北で起こった怪物との戦いは、大勢たいせいから見れば取るに足らない椿事ちんじであった。しかし、


「軍勢が集まる前に排除できて良かった」


 と言うガルス中将の言葉は安堵の色を帯びていた。一方、竜牙兵という化け物じみた相手に果敢に立ち向かったヨシンは、先輩騎士達から勇敢さを褒められる一方で、無謀に近い蛮勇さを軽く責められた。特にガルス中将からは、


「良くやった!」


 と褒められながらゲンコツを貰ったものだった。ヨシンは懐かしい痛みを頭に感じつつも、今は何処にいるか分からない親友を想う。そして、


(おまえが居れば、もっと上手く出来たのに……ゲンコツもらっちまったぞ)


 と恨めしい呟きを内心に押し留めるのだった。


****************************************


 想定外の出来事をやり過ごしたトルン砦には、その翌日から続々と騎士や兵士、そして物資が集まり出した。物資は櫂船に満載され、それを荷下ろしするために砦の警備兵のみならずヨシンを含む騎士達も駆り出された。荷を下ろした櫂船は流れを逆行するようにスハブルグ領へ向かうと、再び荷を積んでトルンに戻ってくる。


 一方、ウェスタ侯爵ブラハリーは第一騎士団の増援三千五百の指揮を執り、既にタンゼン砦の北に滞留たいりゅうしていた先発軍と合流を果たしていた。十一月五日のことである。


 侯爵ブラハリーはガーディス王の命令に基づき、現地においてスハブルグ伯爵の指揮権を解除し後方へ下げる、つまり更迭こうてつという面倒な仕事も請け負っていた。また、通常指揮権外である第一騎士団や、自家の第二騎士団第三大隊が不在の第二騎士団を統括して運営するという難しい仕事も抱えていた。しかし、そんな面倒事を抱えたブラハリーはこれまでにつちかった人脈と交渉力や調整力、そして王と昵懇じっこんの仲であるという立場を活用し、軍勢をまとめ上げるとタンゼン砦へ大きな圧力を掛けるのだ。


 タンゼン砦を前にしたリムルベート王国軍の本隊が圧力を強めた十一月八日、別働隊として編制されたウェスタ・ウーブル両侯爵領軍総勢二千五百、山の王国義勇軍三百、そして櫂船五十艘は物資と共にトルン砦へ集結を完了させていた。この別働隊の指揮を執るのはウーブル侯爵バーナンドだ。しかし、戦勤いくさづとめに不慣れな優しい性格のバーナンドは「適材適所」の意味を良く知る人物でもあった。そのため、実質的な指揮権をウェスタ侯爵家の元筆頭騎士のガルス・ラールスへ委ねたのだった。


 そしてその日の夜、改造を終えたトルン水門が山の王国のドワーフ達によって操作されると、ノーバラプールへ送られる水流は完全に遮断された。ついで、上流のスハブルグ領内では改良された取水堰が水をトルン砦へ送り込み始める。夜の闇に乗じて水嵩みずかさを増したインヴァル河に、五十艘の櫂船が静かに漕ぎ出した。櫂船団の目標地点はアワイユというインヴァル河沿いの小さな村の北に広がる森であった。そこは、オーメイユとアドルムの中間地点でもあった。


 最初の一団は騎士と兵士の一部だ。彼等はこれから二日間、アワイユの北の森に潜伏することになる。そして、物資と残りの兵士の輸送が完了する十一月十日の早朝、彼等はアワイユを攻略する手筈になっていた。


 流れが殆ど発生しないインヴァル河の水面は波すら立たずに穏やかであった。その緩やかな水面を櫂船が慎重に下って行く。漕ぎ手は主にウェスタ侯爵領の開拓村から集められた屈強な木こり達であった。


「おい、大丈夫だろうな?」

「この格好で河に落ちたらまず溺れるな」


 ヨシンは同じ櫂船に乗り込んだ正騎士達の会話を何となく聞いていた。彼等が恐れるのは分かる気がする。重装備の板金鎧を身に着けたまま河底に沈めば、自力では浮かび上がる事は出来ないのだ。しかし、ヨシンは怖れる事無く周囲の年上の騎士達に声を掛ける。


「もっと流れの荒いトバ河をいかだで下って敵の背後を突くような作戦をこなす連中だっているんだ。それに比べれば、こんなの朝飯前だ。怖がる必要なんてない」

「ちっ、生意気言いやがって……誰も、怖いなんて言ってないだろ、なぁ?」

「あ、ああ。そうだ、ちょっと泳ぎが苦手なだけだ」


 ヨシンの言葉が生意気に聞こえたのだろう、周囲の正騎士達はそう言い合う。やがて、少なかった口数は完全に止まる。敵勢力下に入ったのだ。そして、冬の月がようやく天頂に達したころ、彼等は目的地へ到着していたのだった。

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