Episode_17.07 山の王国義勇軍


 大伯老ガーランドとメオン老師が練った策はそれほど奇抜なものでは無かった。経験豊富な二人の老人に言わせれば、


「こんなものは『策』とも言えない、只の準備だ。七月の挙兵の際には備えておいて当然・・じゃろうが」


 という事だった。そんな大伯老が「当然の準備」と呼ぶ策とは、早い話が予備補給路の確保であった。


 今年七月末にリムルベート王国がインバフィル攻略のために挙兵した際、送り出した部隊への補給は陸路で行うと決められていた。その街道は、タンゼン砦からオーメイユの街へ南下すると、その後は広大なインヴァル湿原を迂回するように進路を東へ移す。そしてインヴァル河を渡り対岸のアワイユ村を経て内陸の街アドルムを通過し、インバフィルへ至るものだ。整備の具合は今ひとつ良くないが、充分使用に耐える現役の街道を補給路として利用することは、一見合理的な判断に見えるものだった。


 しかし、実際に戦線が開かれると、四都市連合の守備勢は退却後退を繰り返した。勿論無抵抗ではなかったが、拠点となるべき砦や街であっても一週間そこに留まると言う事は無かったのだ。そのため、街道沿いに南へ攻め下るリムルベート王国軍は日々補給線が伸びるという事態に遭遇したのだ。


 そして、挙兵から約ひと月半後、前線はインバフィルの目と鼻の先である内陸の街アドルム手前の平野にまで達していた。しかし、それが四都市連合側のねらいだったのだ。リムルベート王国側の海上戦力を排除した四都市連合側は、街道の途中にあるオーメイユの街の西岸から部隊を上陸させると、タンゼン・オーメイユ・アワイムと続く街道補給線を襲ったのである。


 この状況に、大伯老ガーランドとメオン老師が取り掛かった策は、再び街道沿いの守りを固めながら攻め下る、というものでは無かった。海上を抑えられたリムルベート王国側にとって、海沿いの陸路を守ることは人と物資の浪費でしかない。そのため、陸路は捨てるか、或いは逆におとりと考え、水路による補給を実行することにしたのだ。


 インヴァル半島には、同じ名が付いたインヴァル山系の西側を南へ向かって流れるインヴァル河があった。それは、スハブルグ伯爵領でテバ河から分流し、トルン砦の水門によって主にノーバラプール側の運河へ誘導される流れの更に下流である。そのため、平常時はそれほど水量が無く、しかも最下流で湿原を形成するほど流れが緩い河なので常識的には物資の輸送に適さないものだ。


 しかし、スハブルグ伯爵領内の取水堰しゅすいせきを改良し、さらにトルン砦の水門を改修してインヴァル河へ大量の水を送り込めば、喫水が浅く自力で推進力をえられる櫂船ならば十分に通行が可能な水上路となり得るのだ。


 勿論、細く浅いインヴァル河は溢れる可能性があった。ノーバラプールの南に広がる干拓地も水没する可能性がある。しかし、


「そんな事はどうでも良い」


 と一言で断じた大伯老ガーランドは、喩えガーディス王が拒否したとしても断行するつもりだったのだ。そのため、既にトルン砦に近いスハブルグ伯爵領に山の王国のドワーフ職人達を待機させるという準備を整えていた。勿論、大軍を率いて撤退の憂き目を見たスハブルグ伯爵の領地は、ガーランドのやることに「厭」という訳が無かった。


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11月1日 トルン砦(水門)


 およそ一週間前から、トルン砦の中は大勢のドワーフによって占拠されたようになっていた。砦を警備していた四百の兵士達は、ガーディス王の命令書を携えて現れたこの亜人の集団を当初非常に警戒していた。というのも、総勢四百人のドワーフの内、三百人は完全武装した、どう見ても戦士であったからだ。しかし、ガーディス王の命令書は本物であり、その後王都からやってきた伝令兵の伝える命令もあって、ドワーフ達は砦の内部へ招き入れられた。


 因みに伝令兵が持って来た別の命令書には、


 ――ドワーフ職人、及び山の王国からの義勇軍に最大限協力するように――


 と書かれていたという。しかし、協力しようにもろくな技能を持たない兵士達は精々せいぜいドワーフ達の旺盛な食欲を満たすために、調理担当者達が厨房で全力を振るう程度だった。大方の兵士達はドワーフ達が持ち込んだエールや火酒の御相伴ごしょうばんに預かり、むしろ降って沸いたような幸運を噛締かみしめていたようだった。


「作業は順調か?」

「思った通りの古い造りだが、今には無い先達せんだつの工夫があって勉強になる。ウチの若い連中をもっと沢山連れてくればよかった。王子も見ておいた方が良いと思う」

「そ、そうか……まぁ勉強も良いが、急いでくれよ。今日から上流が封鎖になるんだ。それまでに機械室の整備を終わらせるんだぞ」


 砦の兵士たちが遠巻きに見守る中、そんな会話がドワーフ達の中で交わされる。作業の進み具合を気にする若いドワーフの声は、山の王国王子ポンペイオのものだった。そして、それに答えるのは、大型装置を手掛ける工房長の工師である。


 彼等が行っている作業は、水門の開閉範囲を広げる改造である。テバ河から分流した流れを西のノーバラプールと南のインヴァル河へ振り分けるトルン水門は、想定以上の水量が押し寄せても破損しないための安全策として、どちらの水門も完全に閉まることが出来ない設計がされているのだ。それを変更し、ノーバラプール側の水門が完全に閉まるようにする改造を行っているのである。


 水門棟の地下にある機械室には、動力源となる水車から繋がった太い軸がある。この軸ははずみ車フライホイル代わりの巨大な歯車を常に回している。そして、水門の開閉が必要なときは、この回転を続ける巨大な歯車にそれぞれの水門の従動歯車を噛み合わせて前進、後退の動力とするのだ。


 水門が後退する(開く)場合は、退避池内部に引きこまれる。一方前進する時は、水路の底に彫り込んだ溝にそって九割程度まで閉まる事になる。今回の改造の内容は、水路底の溝の延長と、水門側にある従動歯車の取り付け場所の変更だった。既に水門の従動歯車の取り付け場所変更は完了していて、今は、機械室の歯車や鎖等の点検整備を行っている段階だった。


 ポンペイオ王子が言うように、今日の朝から上流の取水堰が一旦閉じられる事になる。そして、恐らく明日の朝には水門内部の水は完全に引くことになるので、底の溝を延長する作業に掛れるという段取りだった。


「命の恩人に恩返しをする機会は中々ないだろう、みんな気張ってやってくれ!」


 ポンペイオ王子の言葉に、ドワーフの職人達は元気よく応じると各自の作業へ戻って行った。


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 ポンペイオ王子が今回連れてきた職人達は大型装置工房の百人だけである。そして残りの三百人は山の王国が誇るドワーフ戦士団であった。一応専業の戦士である彼等だが実際は全員が何等かの技能を身に着けている。


 実の所、山の王国では戦士階級の男達は重要であるが最も尊敬を集める職業では無い。国民であるドワーフ達から最も尊敬を受けるのは各工房の職人達である。そのためドワーフの男達は幼い頃から技術の研鑽けんさんを積み、長じて何処かの工房に迎え入れられることを夢見ている。丁度樫の木村の少年が騎士に憧れたように、ドワーフの少年は職人に憧れるのだ。


 そういう背景があるため、ドワーフ戦士団の面々は全員が何かしらの技能を持っている。そして今回は、その中から土木や石工作業に秀でた者を優先的に選んで連れてきたのである。そんな彼等の位置づけは、山の王国の有志による義勇軍ということになっている。彼等が山の王国の正式な援軍ではないことには理由があった。


 ウェスタ侯爵家公子アルヴァンが敵地内の砦に孤立した報せは、当然の如く山の王国にも届いた。丁度ドルドからやってきたもう一人の恩人ユーリー婚約者リリアを送り出して直ぐの事だった。その報せに山の王国側は直ぐにウェスタ侯爵ブラハリーに対して「援軍派遣」を打診していた。しかし、その援軍派遣をブラハリーは一旦断ったのだ。というのも、リムルベート王国と西方同盟を結ぶ山の王国であるが、その同盟の内容は「相互不可侵」が主な内容である。同盟内容には、いずれかの国が、他国に侵略された場合の防衛協力義務は含まれていない。そのため、侯爵ブラハリーはオーバリオンやドルドを含む同盟国間の秩序を維持するために山の王国からの援軍派兵の打診を断ったのだった。


 しかし、公子アルヴァンを「命の恩人の一人」と捉え、その恩を返す機会をうかがっていたドガルダゴ王とポンペイオ王子の親子は、侯爵ブラハリーの反対程度・・・・では止まらなかった。「恩人に報いる」ことが何にも勝る大義名分となるドワーフの文化は、彼等に別の策を考えさせたのだ。そして彼等は戦士団を集めると、当初「土木作業集団」という名目でウェスタ侯爵家とウーブル侯爵家の招聘しょうへいに応じる格好でそれをリムルベートへ送り込んだ。


 当然武装は全て隠した状態でリムルベート国内へ入り込んだ彼等はスハブルグ領内で一旦待機となった。そして、十月二十二日のガーディス王の裁可を受けて行動を開始した彼等は、それを伝えたメオン老師に、作業者の一部がそのまま義勇兵として作戦に同行することの許可を願い出たのだった。


 或る意味だまされた格好となった侯爵ブラハリーだが、山の王国側の熱意が自分の息子を助けることに向いている以上、更なる反対をすることは出来なかった。そして、ポンペイオ王子率いる三百のドワーフ戦士団は晴れて「山の王国義勇兵」という立場を勝ち得たのだった。

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