Episode_17.06 補給線確保


アーシラ歴496年10月23日 ウェスタ


 この日、まだ早朝という時間からウェスタ城下の河川港は大勢の人で賑わっていた。朝から忙しく立ち働く人々は殆どが屈強な森の男達、つまり開拓村から動員された木こりや木工職人だ。そんな男達に指示を飛ばしているのは、テバ河河川交易で使用される船を造る船大工達だ。


 昼夜を問わない賑わいは、もう一か月以上も休むことなく続いている。その光景は、以前トルン砦を奪還する際のスハブルグ伯爵領の河川港に似ていた。しかし、その時と違うのは、船大工と下働きの男達が造っている船だろう。当時は、河川交易用に喫水を目一杯確保した、胴幅の広い輸送船を改造したのだが、今回は形の違う船を新造しているのだ。


 既に完成した十五そうが河川港の桟橋に係留されている。それらの船は喫水が浅く水を切り裂くような細い胴幅の船体だ。特徴的なのは、船首と船尾が同じ形をしていること、そして舷側げんそくから張り出した舞台のような板の上に左右合わせて六十本のかいが突き出ていることだ。明らかに水深が浅く幅が狭い水路を突き進む事を意図して作られたその船は、ウェスタを含む西方辺境では珍しい櫂船でもあった。


 良く見れば、桟橋に係留された十五艘とは別に、五艘の櫂船がテバ河の流れに逆らって河川港を目指しているのが見える。テバ河の河川交易では下流から上流への遡上は海風と季節風を使うのだが、それらの櫂船はへさきに白い波を立てながら、風力を使う帆船の遡上と遜色そんしょくない勢いで河川港を目指している。


「訓練の方は順調ですな」

「なに、元々木こり達は毎春いかだで増水したテバ河を下るのだ、あれくらいは朝飯前じゃろう」


 そんな会話が、河川港と桟橋の間に設けられた指揮所のような幕屋の近くで起こる。会話の主は、哨戒騎士団長のヨルクとウェスタ侯爵家の大殿、又は宮中大伯老と呼ばれる元侯爵ガーランドである。


「残り五艘も明後日には水に浮かべられるという事です」

「うむ……ウーブル側はどうなっておるか?」

「は、昨日の使者によれば『作業は順調』とのことでした」

「そうか……」

「後は殿様が、ガーディス陛下の裁可を得れば何時でも動けます」


 そんなヨルク団長の報告を聞く大伯老ガーランドは、雛鳥ひなどりの産毛のように頼りなくなった白髪の頭を撫でると、今の布陣を頭の中で確認するのだった。


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 今年の五月ごろ、大伯老ガーランドは王都リムルベートで時期の早い夏風邪にやられて寝込んでしまった。寄る年波ということだろう、よわい七十六にして連日王宮内の会議に顔を出していた彼は、溜まった疲れが災いして一時期本当に危ない・・・・・・状況であった。


 その後、持ち直して回復したのだが、結局ガーディス王から「お暇」を頂戴することとなって、六月にはウェスタ城で療養生活となっていたのだ。その間にインバフィルとリムルベートの関係が一気に悪化する事件が起こった。ガーランドはそれら全てを事後の報告として聞く事になった。


(後悔しても仕方ない……歳には勝てぬ……か)


 その時の決定や、挙兵、兵の配備、作戦の全てにおいて、大伯老ガーランドは「儂が王都におれば」と悔やむ事しきり・・・であった。特に、四都市連合の策にはまったように無残な敗北を喫した後はその想いが強かった。しかし、大敗を喫した責任をスハブルグ伯爵に問うたとしても、今は意味の無いことだった。


(なんとか、アルヴァンを救わねば……)


 ガーランドの胸中はその一点に絞り込まれていた。敵中の砦に孤立した自家の騎士や兵士達、それに可愛い孫のアルヴァンを救い出すことは、病の淵から回復し命を繋ぎ得た自分の責務だと感じているのであった。


 勿論ウェスタ侯爵家の跡取りという問題もある。初めに報せを受けた時は咄嗟に、


(二年間同衾を禁じる、などと……儂も余計な事を言ったものじゃ……)


 と後悔したガーランドだが、彼の孫はキッチリ言い付けを守った上で、婚約者との間に子をなしていた。勿論アルヴァン本人は知る術の無いことであるが、その報せは「お家の一大事」という状況で塞ぎがちだった家中に光明をもたらしたものだった。そして、「婚外子というのはよろしくない」という家宰ドラウドと屋敷家老ドラスト兄弟の意見を取り入れ、アルヴァンとノヴァは本人達の知らないところで書類上は既に夫婦であった。


 そういう背景を含めて、今ガーランドを始めとするウェスタ侯爵家は一丸となって事に当たっているのだった。しかも、領地を隣接する三大侯爵の一角であるウーブル家も同じ事情により積極的にウェスタ家と協力しようとしている。かつてウーブルの鬼婆と呼ばれたシャローラ・ウーブルが権勢を誇っていた時代ならばあり得ない状況だが、ガーランドは今の状況を天の配剤として惜しみなく活用しているのだった。


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 そうやって、これまでの経緯を思い出していた大伯老ガーランドにヨルク団長が声を掛ける。


「大殿様、川風に当たり続けるのはお体に障ります。どうか幕屋の中へ」


 ヨルクの気遣いに、ひと頃前のガーランドならば「年寄扱いするな」と言い返しただろうが、今は素直に従う。身体のおとろえは無視できないところまで来ているのだ。


「まったく、儂はメオン殿が羨ましいぞ……」


 少しヨタつく・・・・足取りで幕屋に戻る大伯老ガーランドはそうぼやく。一方ヨルクはそんな大殿の言葉に、返事に困ったような顔つきになってしまった。確かに、たまに見かける老魔術師は齢九十に届くかという高齢ながら、未だ矍鑠かくしゃくとして足腰も壮健そうだった。しかし、なかなか「そうでございますな」とは答え難いヨルク団長なのだ。そこへ、彼の代わりにぼやき・・・に答える声が幕屋の中から掛かった。


「ガーランド殿は若い頃にご無理をされたからじゃろう。それに魔術師というものは日頃の節制をおこたらなければ長生きの者が多いもの。いにしえの人間の血が濃く出ているだけじゃ」


 声の主はメオン老師であった。誰もいなかったはずの幕屋の中に忽然と現れた彼は、内側から入口を開くと大伯老を中に招き入れる。ヨルク団長は、気配も感じさせずに現れた老魔術師の姿に驚くが、一方のガーランドはもう慣れたのか、平然として問い掛けを発する。


「メオン殿か。戻られたのじゃな……して、王都の首尾は?」


 メオン老師は、ウェスタ侯爵ブラハリーとウーブル侯爵バーナンドが揃って行った国王ガーディスとの折衝の結果を知るために王都に飛んで・・・いたのだ。そして、昨日の午後に行われた会談の結果を伝えるために、この場所に相移転を使って飛んで戻ったという訳だ。そんな老魔術師は口を開く。


「昨日の会談の結果、補給線を確保する手段があれば直ぐにでも増援を送る、とガーディス陛下は答えられた。そしてガーランド殿の補給路確保策をブラハリー殿とウーブル侯が揃って献策。既に準備に掛かっている事実と共に陛下にお伝えしたところ……」

「うむ」

「それで行こう、と言う事になった。トルン砦内部の水門改修に掛かる費用は一旦ウェスタが立て替えるが、事後に国庫から支払われるということも決まったそうじゃ」


 メオン老師の伝える言葉に大伯老ガーランドはホッと胸を撫で下ろす。一方のメオンは更に言葉を続ける。


「今日から一週間後、王都より第一騎士団の後詰部隊五個大隊三千五百がノーバラプールへ向けて出発する手筈。これに呼応して我々は兵力をトルン砦に集める必要があるが、ご準備は?」


 それに対してガーランドでは無くヨルク団長が答える。


「休暇中の正騎士全員に召集を掛けております。また、既に出陣した騎士達の所領地も進んで兵力を出すことに応じております。明後日にはウェスタ城下に騎士百騎と兵士凡そ千人が集結する手筈です」

「ウーブル侯側はどのようになっておるのじゃ?」

「ほぼ同数の騎士と兵士が対岸のスデン村に集結する予定です」


 ヨルク団長の淀みない言葉に頷くメオン老師は、大伯老ガーランドに視線を戻すと


「それでは、スハブルグ領にとどまっている山の王国のドワーフ技師達をトルン水門へ向かわせますぞ、トルン砦前の船溜ふなだまりに集結は――」

「そうじゃな……第一騎士団が王都を出るのが一週間後、さすればタンゼン砦を再攻撃するのは来月の五日頃じゃろうから……来月の八日としよう」

「では、トルン水門からインヴァル河を下りアワイム村を襲撃するのは来月の十日前後ということになりますな」

「そうじゃな」


 幕屋の中の老人二人は、そのような会話で今後の行動を確認しあう。そして、しばらく時間を置いた後、メオン老師の姿は忽然と消え去っていた。


「まったく、頼りになる御仁じゃ……」


 残された大伯老ガーランドが発した呟きが、幕屋の中に小さく漂った。

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