Episode_17.04 淑女達の憂鬱
その日、ヨシンはマルグス子爵家が準備した屋敷内の一室に宿を得ることができた。
応接室に飛び込んできたマーシャと
「孤児院の仕事が終わったら……」
「ああ、メシでも食べに行こうか」
「うん!」
と言う事になっていた。そして、一旦マーシャと別れたヨシンは荷物を部屋に置くと、格好はそのままでノヴァの自室へ向かった。そして、扉を軽くノックすると中に声を掛ける。
「ノヴァさん、ヨシンです……今、戻りました」
すると、部屋の中から
「ヨシンか!」
と声がする。その声は聞き違えるはずの無いハンザ元隊長のものだった。そして、少しの物音と共に扉が開かれる。扉の向こうは少し大きな部屋だった。恐らく居間と寝室に別れた造りなのだろう。そんな部屋の扉を開けたのは、以前のような男装ではなく、少し
「ヨシンっ! 戻ったのね!」
以前と変わらないノヴァの快活な声が廊下に響いた。
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最初、ヨシンを迎え入れたノヴァとハンザの表情には再会の喜びがあった。
ノヴァにしてみれば、ヨシンはユーリーと共に
そんなノヴァとハンザは、
その二人の内の一人がヒョッコリと姿を現したのだ、喜ばない訳が無かった。それが、
「そんな……」
「そうか……行方が分からないのか。どのような戦いだったのだ?」
「……はい。でも、その話を聞いて直ぐに、今度はアーヴの危急の報せと帰還命令を受けたので……詳しい話や経緯を調べる時間はありませんでした」
ヨシンはユーリーを残して一人で戻った経緯を説明した。その話にノヴァは絶句するが、流石にハンザは
「ゴメンなさい……」
何故かノヴァが詫びる言葉を発する。腹の子がそうさせるのか、それともそういう自覚が出来ているのか、彼女の言葉には「アルヴァンのために」という響きがあった。しかし、ヨシンは強く
「まさか、ノヴァさんが謝る話じゃない。ユーリーが
ヨシンの言葉にノヴァは
「ユーリーの事だ、賢く立ち回って、しぶとく生きているに決まっている……とにかく、難しい決断だったろうが……よく戻ってきた! 父上にはもう?」
こんな時に優しい言葉ではなく鼓舞するような事しか言えないハンザは、二人目の子供を身籠り母親となった今でも、何処まで行っても自分は女としては半人前だと思ってしまう。
「はい、既に先程会ってきました……同じことを言われましたよ、『よく戻った』って」
ハンザの気持ちは分からずに、彼女の言葉にそう答えるヨシンは、板に付かない苦笑いをして見せた。そして、
「しばらくは、王都に待機という事でした。行く宛ても無いのでこの屋敷に居座ろうかと思っています。マーシャも居るみたいですし……それに、ノヴァさんの用心棒くらいには、役に立つでしょう」
と、精一杯明るい声を出すのだった。
その後しばらくヨシンはノヴァの部屋にハンザと共に留まると話を続けていた。
しかし、秋の夕暮れは早い。ハンザは二歳になる娘パルサを孤児院に預けてノヴァの相手をしているので、そろそろお
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ヨシンは勝手に「居座る宣言」をしたのだが、特に問題なくマルグス子爵家の面々に受け入れられていた。子爵家の使用人達は増員されていたが昔から残っている者達はそのままだった。そんな古参の使用人達は、全員がヨシンを或る意味「子爵家と自分達の給金を救った恩人」だと考えている。そのため、待遇は良いものだった。
準備された小部屋で身体を拭く湯と替えの肌着を使ったヨシンは、
(こんな時なのにな……オレって何をやってるんだろう)
という自責の念が拭い去れないヨシンだった。本来ならば、アルヴァンとユーリーという二人の親友の安否を気遣うべきだろうし、今も決して忘れた訳では無い。そんな彼は、マーシャと再会しても、ふさぎ込んだ自分では彼女を不安にさせたり、怒らせるかもしれない、と考えていた。
しかし、どうやら取り越し苦労だったようだ。不意討ちのように現れたマーシャの笑顔や明るい声、そして唇の柔らかさ。更に、数えるほどだけ感じた事のある恋人の身体の感触に、ヨシンは先ほどのような自責の念を感じるだけだった。
そんなヨシンは、屋敷を一度出ると隣接する孤児院「旅鳥の宿り木園」へ入った。以前はマルグス子爵の屋敷に間借りしていた孤児院だが、今は見違えるように立派な建物 ――といっても木造二階建ての倉庫のような建物だが―― になっている。新王ガーディスによって
(立派なものだ)
と思うのだった。
そんな事を考えながら孤児院の玄関先で立ち止まっていたヨシンに声が掛けられた。マーシャの声だった。
「ヨシン!」
「マーシャ」
再び駆け寄る若い二人だが、抱き締めようとするヨシンの腕は寸前のところでマーシャに止められた。そして、
「ちょっと……
と少し恥ずかし気に言う。
一方のヨシンはなるほど、と思う。今まで気が付かなかったが、マーシャの背後にある少し開いた玄関の扉には、小さい子供のものと思われる頭の陰と片目だけが幾つも覗いていたのだ。
「わたし、一応先生なんだから……あとでね」
そう言って、薄暗がりでも分かるように頬を赤くしたマーシャを……結局ヨシンは構わずに抱き締めていた。
「きゃー!」
「ヒュー!」
「ねぇねえ、アレってマーシャ先生の彼氏?」
「あれだろ、騎士ヨシン?」
「へぇ、先生良かったね」
と、玄関の戸の後ろから子供達の
「もう……ヨシンのバカ」
と小さく呟くと、グイっと頭を押し付けるようにするのだった。
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