Episode_16.28 未明の会合


 不思議な「呼び掛け」に誘われるように、ユーリーは人気ひとけのない宿の裏庭に出た。すると昼間と同じ四阿あずまやに人影があった。普通ならば、不審に思うべきところだが、その時のユーリーは何故か無警戒に歩み寄る。そして、


「久し振りだな、ユーリー」


 四阿あずまやには二人の人がいた。初めに声を掛けてきたのは金髪碧眼の偉丈夫。同じ金髪碧眼の持ち主であるレイモンド王子とは違い、彫像のように逞しい身体と、きびしさと優しさを同時に秘めたような年齢不詳の表情を持つ使徒と呼ばれる種族、アズールだった。


「アズール……さん……なぜここに?」


 ユーリーは驚いた表情になるが、一方で、不思議な呼掛けをしたのは彼だろう、と考えると妙に納得していた。使徒と呼ばれる種族の能力はユーリーには不思議な部分が多い。


「私が教えたのよ……大きくなったわね……樫の木村の少年ユーリー」

「アンナ! さん……」


 ついで声を発したのは女魔術師アンナだった。昼間にその姿を見ていたユーリーだが、改めてその姿を見ると、驚きと共に疑問が湧き上がってくる。それに彼女には言わなければならない事もあった。


「アンナさんは……貴女は一体?」


 驚くユーリーの様子に、アズールとアンナは目配せしあう。そしてアンナが語り出した。


「樫の木村での出来事、あなたの光の翼で打ち据えられた瞬間、無茶苦茶に相転移の術を発動してその場を逃れた私……いや古代の死霊術師ラスドールスは、元のアンナの身体を完全に乗っ取ることが出来なかった。憑依と融合の過程を途中で壊されたラスドールスとアンナの精神は中途半端に混ざり合ったまま固定されたわ――」


 そう語る彼女は、その後の困難の多くを語らなかった。ただ、


「喰って行くためには、何でもしなければならなかった。でも、女の身体の魔術師が出来る事は少ない……その時に『エグメル』に拾われたのよ」

「エグメル?」

「魔術師の集団ね、貴方も知らない内に何度か係わっているわ」


 アンナの説明にユーリーは納得出来ないが、それよりも重要なことがあった。


「そんな事よりも、サハン男爵の所に戻ってください! サハン先生……貴女の事を探して――」

「知ってるわよ、でも戻れないわ」

「なんで!」


 娘の安否と消息を求めて、疲れ切ったサハン・ユードース男爵を良く知るユーリーは思わず声を荒げた。しかし、アンナは冷静な声で答える。


「さっきも言ったでしょ……ここにいる私は、姿形すがたかたちは女魔術師アンナでも、中身は別物よ。そうね、アンナ・ラスドールスとでも名乗るべきかしら」


 少しだけ自虐的な表情で言うアンナに、ユーリーは言葉が継げなくなってしまう。そこへ、


「しかし、少しだけ、その振り・・・・をしてサハン男爵に会っても良いのではないか? 血の繋がりはとうといものだ」


 とアズールが口を出してきた。するとアンナは、そちらの方を向いて少しその顔を見詰めるようにしてから、


「そうかしら……じゃぁ、考えておくわ」


 と言うのだった。ユーリーはそんな二人のやり取りに馴れた男女・・・・・の空気を感じていた。そして、そのことが次の疑問に繋がった。


「ところで、アズールさんは何故アンナさんと一緒に?」

「ああ、それは――」


****************************************


 ユーリーは使徒アズールが下界にりてきた理由を、以前に彼から聞いたことがあった。過去に栄えた魔術師達の楽園ローディルス帝国を滅亡へと追いやった「大崩壊」という現象の再来を未然に防ぐため、というのが彼の語った理由だった。


 一般的には名前程度しか知られていない「大崩壊」という事件は、現在の魔術師の間では、


 ――何等かの理由で大気中の魔力マナ生命力エーテルの割合が変化し、大気中の魔力に依存していたローディルス期の魔術師達はその変化に対応できなかった――


 という説明が通説となっている。


 しかし、使徒アズールが語った「大崩壊」の真相は、


 ――自分達の手で神を創造しようとした魔術師達によって、異次元から召喚された「異神」によって引き起こされた――


 というものだった。それだけでも荒唐無稽こうとうむけいに感じる壮大な話だが、二年前の冬にリムルベートを去ったアズールは、独自に調査を進めていた。彼が手掛かりとしたのは、この世界の各所から発せられる「強い力の波動」だった。そして、


「遥か東の果てから発せられる力を探るために、その地に赴いた私は、そこでアンナと出会った」


 という事だった。


「遥か東……そこには何か在ったんですか?」


 思わず訊くユーリーに、アズールの替りにアンナが答える。


「私達エグメルは、その地で見つかったローディルス期の遺跡『東の逆塔』を手に入れるため、それを守る守護者の老竜エルダードラゴンと打ち倒そうとしていたの。その時使われた大規模魔術に巻き込まれた私を寸前の所で助けたのが彼よ」


 どことなく良い雰囲気を醸す二人の事情を何となく察したユーリーだったが、疑問はそこ・・では無かった。


「アンナさん、さっきも言っていたその『エグメル』って何ですか? それに『東の逆塔』っていうのも――」


 矢継早やつぎばやに疑問を発するユーリーに、アンナは苦笑いしながら答える。


「相変わらず、質問が多い子ね……エグメルは魔術師達の集団よ。決して表には出ない秘密の集団。そして、本来この世に存在するはずのない私には丁度良い身の置き場所だった。今もその一員だけどね」


 そう語るアンナは、一度ユーリーを見てから言葉を続ける。


「西方辺境域に混乱の種を蒔き、リムルベートの王城で魔神を召喚した魔術師もエグメルの一員だったわ。結局誰かさん・・・・が頑張ったせいで失敗したけどね」

「っ!」


 アンナの言葉にユーリーの表情が険しくなる。しかし、ユーリーがそんな反応・・・・・をすることを承知しているアンナは気にせずに先を続けた。


「最初は魔術を駆使して陰謀を企て、実行する集団だと思っていた。混乱の種を蒔く、というのも、中原のアフラ教会からの依頼と四都市連合からの依頼を一挙に遂行するための計画だったから。でも、アズールに出会って話を聞いた結果、そうでは無いことが分かった」


 ユーリーはにらむような視線を投げ掛けるが、沈黙を保つ。続きを聞く意志の現れだった。


「私の中にはローディルス期の死霊術師ネクロマンサラスドールスの記憶がある。彼は、アズールが言う『大崩壊』の真相には触れていない。異神なんてものを召喚しようと試みたのは、ローディルス帝国でも中枢に位置する純粋な召喚術師サマナの一派だったみたいね。そして、具現化した異神を排除しようと試みたのは破壊魔術ウィザードの専門家達だった。そもそも、死霊術っていうのは趣味性が高くて実用的ではないと思われていたみたいよ。生命魔術ではそれなりに功績があったはずなのに、扱いが不平等――」


 アンナの言葉が脇へ逸れだす。すると、その言葉を遮ってアズールが語り出した。


「今の世界を包み込む大気には魔力マナが微かに混じっている程度だ。しかしかつてはもっと濃密だった。その濃密な大気中の魔力を制御し利用するために、ことわりの巨人の眷属けんぞくであるいにしえの人、魔術師達はこの世界に『塔』を建てた」


 アズールがそこまで語ったところで、話の腰を折られたアンナも本筋を思い出したように再び話始める。


「とにかく、ラスドールスの記憶によると、ローディルスの魔術師達はそれを『制御の塔』と呼んでいたわ。そして『東の逆塔』はそんな制御の塔の一つだった」

「……で、その制御の塔と異神の召喚にどんなつながりが?」


 アンナの話を聞き終えても、それがどのような意味で繋がるのか分からないユーリーは、先ほどのアンナの言葉も手伝って可也かなり苛立った声色になっていた。そんな彼の言葉を受けて、アンナとアズールは目配めくばせし合うと、


「見せたいものがあるから、ついて来て欲しい」


 と、アズールがユーリーに言ったのだった。

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