Episode_16.27 明るい笑顔
ブルガルトからリムルベートに関する情報を聞いた後、ユーリーはしばらく裏庭の
流石にリリアが戻ってくるには未だ時間がありそうだったので、ユーリーは一人で装備の手入れに掛かった。何かしていないと、居ても立っても居られない気分だったのだ。そんな彼は、ボロ布を少し水で濡らして手甲や鎧の各部分の汚れを落とす。
山の王国ドガルダコ王から頂戴したミスリル製の
一方、もう三年近く手入れと補修や補強を繰り返した
ホッとしたユーリーは別のボロ布に少量の
(食料や水は足りているのか……怪我なんかしてないと良いけど……ノヴァさんは一緒なのかな? もしも違うなら、何か行動を起こしているかもしれないな)
状況が全く分からないだけに不安ばかりが募る。そして、それを考えないようにしようとしても、どうしても
「ちょっと、暗いな」
燭台を見ると、昨日燃え尽きた蝋燭の燃え殻はそのままだった。ユーリーは蝋燭の交換を貰おうかとも考えたが、魔術で代用することにすると天井付近に灯火の明かりを浮かべる。白っぽい明かりは蝋燭のものとは異なり揺らぐことが無く、作業がやり易い。
そしてユーリーは今や愛剣となった魔剣「蒼牙」を抜く。刀身は相変わらずの曇った風に光沢の乏しい青味を帯びた様子だ。極浅く湾曲し、切っ先近くで両刃に変化する刀身は傷一つ無い。ユーリーはそれを確認すると鞘に仕舞い。柄や護拳の部分をボロ布で拭いていく。山の王国直営店で
そうして、蒼牙の手入れを終えたユーリーが弓に手を掛けたところで、リリアが戻ってきた。
「ただいま! ちょっと遅くなっちゃった」
その器用な様子に見惚れてしまいそうになるが、それも一瞬のことで、ユーリーは立ち上がると少女から木の盆を受け取る。上には屋台で買ってきたのだろうか、炭火で焼いた魚の切り身や鶏肉、削ぎ切りのチーズに生野菜とピクルス、それに見慣れない薄焼きのパンが重なって盛られていた。
「あ、ありがと……昨日のお店で外套を受け取って来たのよ。それで少し遅くなっちゃった……それに……昨日の今日だし、あの屋台の辺りで食べるのはちょっとね……だから、別の所で買ってきたの。このワインも美味しいっていうから一緒に買って来ちゃった」
そう言うリリアは、まるで大輪の
「……ありがとう」
ユーリーはリリアの笑顔につられるように、笑って返事をしていた。
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ユーリーは、どうやっても沈んでしまう気持ちをリリアに助けられたような気になっていた。何も出来ることが無く、ただ遠くにいる親友を心配するばかりの無為な時間が、彼女の笑顔と存在感で吹き飛ばされたように感じたのだ。
そして二人は、小机の上に盆を置くと隣り合うようにして椅子を並べて座った。椅子を動かしたのはユーリーだった。他人の目の無い部屋の中で、相対して座るよりも横にいたい気持ちだった。
一方のリリアは、そうするユーリーに何も言葉を掛けることはせずに、買ってきたワインを壺から素焼きのカップに注ぐ。
「はい、ユーリー」
リリアからカップを受け取ったユーリーは、リリアの持つそれと一度合わせる。コツンという素焼き独特の音が響いた。口を付けると酸味よりも甘味を先に感じる飲みやすい口当たりだった。そしてリリアは、木皿の上から薄焼きのパンを取り出すと、具材を適当にその上に乗せて、それを巻くようにしてからユーリーに差し出す。
「はい、あーん」
「あーん、って?」
ユーリーはどういう意味か分からずに、そのまま訊き返していた。一方リリアは、意味が通じなかったことに恥ずかしくなると、顔を赤らめながら、
「食べさせてあげるって意味よ! はい口開けて、あーん」
「え……あーん?」
不思議な気分だったが、そうやって食べさせられた物は、シットリとした薄焼きパンに中の少し苦味がある野菜の歯ごたえやピクルスの酸味、そして香辛料が効いた魚の旨みが加わった独特の味わいだった。
「南のアルゴニアの食べ物らしいわよ」
美味しそうにモグモグとやっているユーリーにリリアはそう言うと、自分用に手早く包んで口に持っていこうとする。しかし、それをユーリーはパシッと止めた。
「ぼぐもやる――」
「大丈夫よ、それにユーリーってなんだか
「ぶっ!」
反撃を意図したユーリーの行動は、予想外の、しかし見事な口撃による返り討ちを受けていた。ユーリーは口の中の物を吹き出しそうになるのを寸前のところで押し留めるのがやっとだった。
「ふふ……嫌じゃないから、安心してね」
勝ち誇ったように言うリリアは、ユーリーの手を外してヒョイとそれを口に放り込むのだった。一方、追い討ちを掛けられた気分のユーリーはカップのワインをグイっと空けた。顔が赤いのは酒精のせいか、リリアのせいか……
いつの間にか、
「ねぇユーリー、何かあったの?」
「えっ……ああ、あった」
少し酔いが入ったユーリーは、それを認めると事の
一方リリアは驚きつつもトトマでの会話を思い出していた。
「ご、ゴメンなさいユーリー! 私、その話を聞いていたの……でも、言い忘れてて」
そう言う彼女は、トトマ街道会館での会話をユーリーに伝えていた。
「そうか、ヨシンは行ったんだな……そうか」
リリアの話を聞いたユーリーは何処かホッとしたような顔になった。そして、
「リリアが報せてくれたとしても、これまでの状況だと、何もどうすることも出来なかった。
謝るリリアに「気にするな」と言うユーリーだったが、その後しばらく無言の時間になる。そんな無言の時間にリリアは不意にユーリーの身体に手を回して抱き締めると、耳の上辺りに口を押し当てた。そして、耳元で言う。
「行きましょう、アルヴァン様を助けに」
「え?」
「行くんでしょ?」
「……ああ、行くよ。手伝ってくれる?」
「バカ……当然でしょ」
粗方の食事を終えた二人は、ワインの酔いも手伝ったのだろう、見詰め合うとそのまま口付け合う。一度絡めあった
「お客さーん、お湯もってきたよー」
昨日と違う若い男の声に、二人の動きはピタリと止まった。そして、どちらともなく笑い合う。
「フフフ……ちょっと、綺麗にした方が良いかなって……お湯だけだけど」
言い訳めいたリリアの言葉にユーリーは腕を解くと扉へ向かう。そして、熱い湯と
「明日の朝――」
「分かってるよ、おやすみ」
少年の使用人は機嫌よく去って行った。一方ユーリーは、後ろ手に扉閉めると内鍵を掛けた。カチャリという音が部屋に響く。対するリリアは何とも言えない魅力的な微笑みで、それを受け止めていた。
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その夜、いや未明といえる時間にユーリーは不意に目を覚ましていた。夜の早い時間から
ベッドの辺りに立ち込める青臭い匂いを、自分が発したものだと感じたユーリーは顔を
ユーリーは、自分を受け止めてくれる少女の前髪を
「――」
「ん?」
その時ユーリーは不思議な感覚を覚えた。「音階の無い声」とでも言うのだろうか? 呼びかける言葉から、空気の振動だけを取り払ったような不思議な「音」が聞こえたような気がした。
「なんだ?」
勿論、ユーリーの問いに答える者はいない。だが、彼は確実に自分に向けて発せられる波動のような声を聞いていた。
そして彼はベッドを抜け出すと、脱ぎ去ったままの服を身につける。そして、少女が持ち帰った
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