Episode_16.26 騎士の決意、傭兵の意地
ブルガルトの言葉にユーリーは驚いた。そんな彼に対してブルガルトの説明は続く。
「今年の六月ごろ、リムルベートを出港した商船がインバフィル沖で四都市連合の海軍に
ブルガルトが語るところによると、商船の拿捕を契機として、リムルベートがインバフィルに対して宣戦布告したということだ。今年の七月末の事だと言う。
「リムルベートは最初押していたみたいだが、九月の中旬に戦況が変わった。四都市連合側は、リムルベートに押される振りをしつつ、補給線を引き延ばしていたようだな。伸びた補給線を海から叩く作戦に出た四都市連合の海兵団とリムルベートの急造海軍がノーバラプールの沖で衝突して……結果は四都市連合の大勝だ」
ブルガルトはそう言うと両手の拳をゴンと突き合わせて片方をひらひらと開いて見せた。一方、ユーリーはリムルベート王国が海軍力を整備していたことを知らなかったが、ここ二年で造り上げたものだろうと考えた。そして、ブルガルトの言葉通り、急造された海軍力では、海洋国家である四都市連合に対抗出来るはずは無いとも考えた。
結果は果たしてその通りで、リムルベート側は虎の子の海軍力を一網打尽にされて海からの補給路を断たれた。一方、海上の主導権を握った四都市連合は、長く伸びきったリムルベート軍の補給路を寸断に掛かったという訳だ。
「インバフィルの北にアドルムという内陸の街があるんだが、リムルベート側はその街を攻略中に、背後の補給を断たれた状態になった。その上、戦時編制となった傭兵軍に反撃を受けて、一旦退却となったそうだ」
ユーリーはアドルムという街に聞覚えがあった。ジェロ達の生まれ故郷がそのアドルムという街の近郊にある村だと、以前聞いたことがあるのだ。
「じゃぁ、リムルベート軍はどうなったんだ?」
「相当戦線を下げる事になった。ノーバラプールの南にあるタンゼン砦まで後退したらしい」
「タンゼン? なぜノーバラプールに戻らないんだ?」
ユーリーはそれほどインバフィル周辺の地理に詳しい訳では無い。しかし、タンゼン砦の名前と場所は
「戻らないというよりも、戻れないって所だろう。リムルベート側が攻略に失敗したアドルムの街の東にイドシアという砦があるんだが、そこに、一部の部隊が孤立しているらしい……しかも只の部隊じゃない。ウーブル侯爵とウェスタ侯爵の公子達が指揮していた別働隊だそうだ」
「なっ!」
ユーリーは驚きの余り声を発した。
「そうだ、お前も縁があるだろうウェスタ侯爵家の、それも
「で、どうなったんだ?」
ユーリーは驚き過ぎて目が回るような錯覚を覚えつつ、そう聞かざるを得なかった。対するブルガルトは、
「最近になって、ようやく反撃が開始になった。今は、タンゼン砦を再攻撃しているという事だ」
「そう……か……」
ブルガルトの言う事が正しければ、アルヴァンはもう二か月近くもイドシア砦で孤立していることになる。身分は違うが親友と思う青年の苦境に、ユーリーはその場に居てやれない自分をもどかしく、悔しく感じるのだった。
一方、そんなユーリーの心情までは分からないブルガルトは、話題を変えると船の状況をユーリーに教えた。彼曰く、リムルベートと四都市連合が交戦状態に入るきっかけとなった商船の拿捕を受けて、デルフィルとカルアニス島の航路も船が殆ど無い状態ということだった。
デルフィルは元々リムルベート寄りの立場なので
「だから、
と伝えた。その言葉に思わずユーリーは訊き返す。
「インバフィルで仕事を受けるのか? 四都市連合の」
「当然だろう。リムルベートは傭兵を使わないしな。まだ正式に受けていないが、アドルムの街近辺の街道防衛任務だろう」
「……」
「なに、もうお前に
そう言うブルガルトは「明日の朝には返事をくれよ」と言い残して、ダリアとバロルを伴い
(……インバフィルから陸路でデルフィルへ出て、リムルベートに戻ろう……国境が越えられないなら、潜り込めばいい)
と考えるユーリーは、自分とヨシンに与えられた東方見聞職という名の国外追放処分が来年の四月までだと思い込んでいる。既に、それは解かれ、召集が掛かっていることを知るはずのない彼だったのだ。
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一方、
「私は、ちょっと怪しいと思う」
「同じく」
ダリアの言葉にバロルも頷く。彼等がそう言うのには、
「なんだ? 二人とも、この間から反対してばかりだな。良い話じゃないか?」
二人に答えるブルガルトは苦笑い気味だった。だが、ダリアは言う。
「これまで散々仕事を干してきた四都市連合の傭兵局なのよ。突然こんな仕事を振ってくるなんて……何か訳があるはずよ」
「さっきアンナさんが言っていたけど、四都市連合の主陸派達は未だ『暁旅団』を目の仇にしているって話じゃないか」
ダリアとバロルの意見である。先程女魔術師アンナと面談していたのは、今回の仕事に関して、四都市連合内部に顔が効く彼女の意見を聞くためだった。そして、彼女は傭兵局 ――つまり、四都市連合の陸上戦力部門―― の中に存在する「主陸派」と呼ばれる一派には、以前のノーバラプールとトルン砦を巡る戦いでの遺恨を持ち続けている者が多いと忠告したのだった。
「だが、契約書には『傭兵軍部の指揮に従い街道を防衛する』としか書いていないぞ」
しかし、ブルガルトはシレっとそう言うのみだ。
「だから、そんなの私達を罠に
「街道防衛とか言いながら、敵の主力へわざとぶつけたり、契約内容を曲解して
「そうよ――」
ダリアが尚何か言おうとするが、ブルガルトはサッと手を上げて制した。そして、
「契約は契約だ、破られたら
と言う。凄みを伴った声は、普段のブルガルトとは少し違うものだった。気迫のようなものを感じてダリアとバロルは黙り込むしかなかった。
ブルガルトが言った言葉は彼の信念でもあった。傭兵稼業は裏切りが付き纏う。傭兵側が裏切ることもあれば、雇い主側がそうすることもある。しかし、ブルガルトは首尾一貫、契約通りに仕事を遂行してきた。
傭兵団を立ち上げたころは、まだ小規模の弱小傭兵団と思われていたので、雇い主から散々な扱いを受ける事があった。しかし、そんな時、ブルガルトは必ず裏切った雇い主に報復した。暁旅団を立ち上げて間もないころに、オーチェンカスクの小領主同士の争いで仕事を受けた彼は、裏切りの代償として、その領主を討ち取り、相手側に首を売り付けたりもした。
そうすることで次第に「暁旅団」の名が売れていき、一方で不誠実な雇い主は減っていったのだ。
「ダリアは未だ俺達に同行していかったから知らないだろうが、バロルは覚えてるだろ?」
「あ、ああ……」
バロルは納得したように頷く。一方ダリアは少し膨れた表情で黙り込んだ。
「四都市連合は、噛み付くにはちと大きいが、もしも裏切ったり騙したりする気配を見せたら、現場の作軍部長の首くらい簡単に取って見せるさ」
そう言って不敵に笑うブルガルトだった。
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