Episode_16.25 予期せぬ再会


 翌日の遅い時間に目を覚ました二人は、それなりに気恥ずかしい朝を迎えていた。しかし、互いを許しあった仲の成せるわざなのだろう、シーツの中で腕を絡ませ合う二人の距離はグンと近くなっていた。そして、一度目を覚ましたベッドの中で、再びお互いの身体を撫であうようにじゃれ合う二人だった。


「ねぇ……まだ中に在るみたい」


 などと、秘密を打ち明けるように言うリリアに、ユーリーは堪らずその身体を抱き締める。この世で最も他愛の無い、しかし、この世で一番貴重な時間が過ぎるうちに、リリアは再び眠気に囚われたのか、寝息を立てていた。ユーリーは少女の寝息が安らかなのをしばらく聞くと、そっと腕を外してベッドから出る。そして、脱ぎ散らかしたようになったお互いの服や下着を纏めると、自分の物を身に着けていく。


 もぞもぞと、鎧下やズボンを身に着けたユーリーは、昨晩の湯あみで余った湯冷めの水で顔を洗うと部屋の外へ出た。木桶や壺は、少し骨が折れたが、部屋の外の廊下へ押し出しておいた。気付いた宿の使用人が片付けるだろう。


 因みにリリアが眠る小部屋の鍵はユーリーが持って出た。もしもリリアが起き出して部屋から出るとしても、彼女は腕の良い錠前外しだ。鍵が無くても、鍵を掛けるくらいは出来るだろう、と考えていた。


 そんなユーリーは、元々自分の部屋だった大部屋に向かう。目的は部屋に置きっ放しになっていた弓矢と、少しの手荷物の回収だった。そして、大部屋に着いたユーリーは、扉を開ける。昨晩と打って変わって、施錠されていない扉の内側には、明らかに深酒に酔った男達の大鼾おおいびきが鳴り響いている。


(いつごろ帰って来たんだろう?)


 そんな疑問を持ったユーリーは、手早く自分の荷物を纏める。しかし、部屋を出がけに、流石に気配に気付いたリコットが、ヘロヘロっとした声を掛けてきた。


「なんだぁ? あぁ、ユーリーかぁ……わりぃ、水もってきてー」


 ユーリーは溜息一つで部屋を出ると一階へ降りて小さな水瓶と柄杓ひしゃくを貰い、それを部屋に運んだ。だが、リコットは既に再び熟睡に入っており、只々ただただ大きないびきを上げていた。


「お、み、ずっ! ここに置くからね!」


 やや大きな声で言うユーリーの言葉に、誰も返事はしなかった。


****************************************


 その後、ユーリーは一度宿の外に出た。デルフィル行きの船の予定を聞こうとしたのだが、宿の店主は出かけている、と言う事だった。そのため用事が無くなった彼は、小腹が空いたのを感じて宿の外に出たという訳だった。宿の使用人が言うには近くに軽食を売っている屋台が出ていると言う事だった。


 宿の使用人が言う通り、目の前の筋を抜けて大通りに出る手前に幾つかの屋台が出ていた。ユーリーはその中の一軒から、パンに肉や野菜、ピクルスを挟んだモノを二つ買い求めた。


 屋台の店主は、両手に少し余るほどの長いパンを二つ篭から取り出すと、それに横からナイフを入れて切り開く。そして、獣脂を溶かしたものを切り口に塗り付けると、それを下向きに金網の上に乗せた。同じ金網の上では、あらかじめ焼いてあった鶏肉が再び温められている。そして、遠火で炙られたパンの端が焦げるころには、鶏肉からも脂がしたたり香ばしい煙を上げ始める。


 店主は、先ず金網から焦がしたパンを二つ取り上げると台の上に置き、白っぽいソースを塗り付ける。聞けば山羊の柔らかいチーズに大蒜にんにくやエシャロット、香草数種を混ぜたものだと言う。それをやや雑に塗り終えたところで、ナイフを使って網の上の鶏肉を取り上げる。そして、別の大振りな包丁を使い、ダンッダンッダンッと豪快に肉をぶつ切りにするのだ。


 その後は、鶏肉、葉物野菜、ピクルス類を順番に、開いたパンの上に乗せる。そして両手でグッと包むようにパンを閉じた。全て手慣れた手つきの屋台の店主は最後にその包みパンを二つ纏めて、ユーリーには見慣れない大きな葉っぱに包むと渡してきた。


「小銅貨十枚」


 短く言う店主は愛想が無かったが、値段も欲の無いものだった。ユーリーは、安さに驚きつつも、銅貨を差し出すと黄緑色の葉っぱに包まれたそれを受け取り宿に戻って行くのだった。


****************************************


 そして、丁度昼過ぎ、ユーリーが部屋へ戻った時にはリリアは起き出していた。


「寝坊しちゃった」


 と、笑う彼女は既に衣服を身に着けていた。しかし、ユーリーはどうしてもその下に在るものを想像してしまい、少し顔を赤らめてしまう。そんなユーリーにリリアは、悪戯っぽく笑うと、


「ねぇ、ちょっと歩きにくいんだけど」


 などと言うのだった。


「え? もしかして、痛むの?」


 からかう調子を持った冗談を真に受けてしまうユーリーだったが、確かに昨晩は痛がっていたリリアだった。


「冗談よ。最後の方はあんまり痛く無かったし……私をちゃんと慣らしてね・・・・・、ユーリーの仕事よ」


 ささやくように言うリリアに、ユーリーは顔を上げる。そこには満面の笑みを浮かべて、ユーリーが買って来た包みパンを頬張る少女の顔があった。そこでようやく自分がからかわれている・・・・・・・・ことに気付いたユーリーは、


(いっそのこと、このまま押し倒しちゃうか……)


 と、良からぬ事を考えてしまうのだが、


「いいわよ、お昼からでも。いつでも……」


 と、先回りするような少女の言葉に、敵わない、と感じるのだった。


 そんな、「魔犬も食わない、山猫も跨いで通る」ような話とともに、遅めの朝食を終えた二人は、リリアの提案を受けて買い物に出かけることにした。リリアはしっかりと旅に必要な支度を持っているが、ユーリーは作戦行動から捕虜、そして解放後も直ぐに船旅と続いたので、身の回りの物が殆ど無いのだった。そのため、替えの肌着などを買い足したい、というのがリリアの提案だった。


 二人は部屋から出ようとするが、その時部屋のドアがノックされた。


「ユーリーいるか? ブルガルトさんが用事だって」


 ドアを叩いたのは暁旅団の傭兵レッツだった。その声に顔を見合わせる二人だが、


「いいわよ、行ってらっしゃい。買い物は私が済ませておくから」


 というリリアの言葉だった。ターポ脱出の際に船に同乗させてもらった恩のあるブルガルトからの用件に、ユーリーが応じやすいようにしたのだった。


「わかった、ありがとう」


 リリアの気遣いを有り難く受け取ったユーリーは、去り際の口付けを交わしてからレッツに返事をした。そして、剣帯と鞘に収まった「蒼牙」だけを手に取って部屋を出て行くのだった。


****************************************


 レッツは少しニヤけた顔で、


「良かったじゃねーか」


 などと言いながら、ユーリーを案内した。開いたドアからチラとリリアの姿が見えたからだろう。対してユーリーは、


「ほっとけよ」


 と素っ気なく答える。そんな二人は宿の一階から、出口と反対側へ回った。筋通りに面した出口の反対側は、狭い庭のようになっていた。そこへ案内されたユーリーは、いつものように剣の稽古に付き合わされるのかと思ったが、どうやら違うようだった。


 庭には、隣の宿と敷地を区切る壁際に簡素な四阿あずまやが建っていた。丁度午後に入った冬の日差しは、そんな四阿あずまやを包むように日陰を作り出している。日差しの中にいるユーリーからは、その中が暗くて良く見えないが、それでも四人の人影を捉えていた。


 ブルガルト、バロル、そしてダリアは見知った人影だったが、もう一人背の低い女のような人影は、ユーリーには馴染みがない姿だった。


「ブルガルトさん、ユーリーを連れて来ました!」


 レッツがそう声を掛けると、丁度小柄な女性は立ち去り際だったようで、


「――充分に注意したほうが良いわ。じゃぁ」


 と会話を締めくくったところだった。その頃にはユーリーも同じ日陰の中に入っており、四阿あずまやの中の面々の顔を見ることが出来た。そして、


「っ!」


 ユーリーは、その女性の姿に驚愕きょうがくしていた。七年前の、十三歳の頃の記憶が突然蘇った。白い肌、巻毛の美しい金髪、美しい顔立ちは当時のまま。川辺で釣りをしていた彼に話し掛けた時は少し見上げる背の高さだったが、あれから成長したユーリーには小柄に見える身体つき。


 その女性は、手に禍々しさを感じさせる紅色の魔石を頂いた大振りな杖を持ち、魔術師であることを示す漆黒のローブを身にまとった姿の、アンナ・ユードースだった。


 一方、話し終えて相移転の術でこの場を立ち去ろうとしたアンナも、他の傭兵が連れてきた青年の名前に心当たりを覚えて、そちらを見ると驚いた表情となった。しかし、彼女の方はその表情を一瞬で消し去ると発動途中だった相移転の術を完成させ、何処いずこかへ姿を消していたのだった。


「……」


 ユーリーは姿を掻き消したアンナの去り際の表情を思い出す。それは、明らかにユーリーを、あの樫の木村の少年・・・・・・・と認めた表情だった。


****************************************


「い、今の人は?」

「ああ、あの人は魔術師のアンナ。時々仕事をくれるお得意様だ……知り合いなのか?」

「あ、い、いや……」


 問いかけるユーリーの言葉にブルガルトが答える。そんな彼は答えと共に逆にユーリーに問い掛けるが、ユーリーはその返事を濁した。すると、


「まぁアンナさんは綺麗な人だからな。それに、俺なんかよりも余程に凄腕の魔術師だ……若く見えるのに一体どういう理屈なんだろうな」


 と魔術師バロルが口を挟んだ。因みに警戒感を解いた魔術師バロルは意外と気さくな性格の人物だった。一方、


「ふん、腰抜けと思ったら、今度はアンナさんを見て鼻の下を伸ばすのか」


 とは、相変わらず辛辣なダリアの言葉だった。


 ユーリーは極力ダリアの言葉を耳に入れないようにしながら、女魔術師アンナの事を考える。


(本当にアンナさんなんだな。でも、どうしてこんなの所に……)


 彼女の去り際の表情や、ブルガルト達が語る彼女の名前は、ユーリーの持った印象が他人の空似・・・・・では無い事を示していた。しかし、彼女がここにいた理由や、ブルガルト達が「お得意様」と呼ぶ背景までは想像がつかないユーリーだった。


 一方、そんなユーリーの内心を知る由の無いブルガルトは、彼を呼んだ要件を話に掛かる。


「呼び出したのは、船の都合と、あっち側・・・・の状況を話しておこうと思ったからだ」


 そうして話し始めたブルガルトの言葉は、ユーリーに別の衝撃を与えるものだったのだ。それは、


「俺達も昨日知ったんだが、ここ数か月からごく最近に掛けて四都市連合とリムルベートの関係が大きく変わったらしい……早い話、四都市連合とリムルベートは三か月前から戦争状態だということだ」

「ほ、本当なのか?」


 流石に驚いたユーリーの声が、四阿あずまやに響いた。

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