Episode_16.24 ユーリーの告白


 ユーリーの口から出た言葉はリリアにとって意外なものだった。あれほど、努力して目指していた騎士に疑問を感じると言うユーリーの言葉に、彼女は自分を襲った動揺も忘れて聞き入る。そしてユーリーの言葉が続く。


「カッコいいから、って憧れだけで目指していた。でも……いろんな騎士と、いろんな出来事を見てしまった……」


 ユーリーは、これまで出会った騎士達を思い出しながら語る。


 騎士は戦うことが使命だ。そして、その使命の果てには死が待っている。騎士のみならず、全ての人は必ず死ぬものだ。だからこそ「生きる」ということに意味を求める。必ずやって来る死に対して、自分が生きた意味を以って対抗しようとする。それは人の本能だろう。そして騎士の生きる意味とは、すなわち戦う意味になる。


 ウェスタ侯爵領の第十三哨戒部隊のように、領地領民を守るために決死の作戦に身を投じた者はまだ良い。


 しかし、リムルベートの第二王子ルーカルトに付き従った第一騎士団の騎士達はどうだろう? 暗愚あんぐな主を持ったせいで、ドルドの河原で不本意な戦いをいられ、自身の思う正しさを貫いた末に自害して果てた者達は、立派な正義こころざしを持った男達だった。だが、彼等の死は「抗命」という罪に隠されて、誰にも讃えられる事は無かった。


 それならば、リムルベート城の第二城郭で頑強に抵抗した騎士達や、ドルフリーが起した八月事件で命を落とした騎士達はどうだろうか。彼等の死は無意味だったのか?  いや、彼等もまたあるじや上官の命令に命を掛けて応える騎士という役目をまっとうしただけだ。だが、謀反クーデターの実行部隊として、彼等の名誉は損じられたままだ。


「彼等の死が……いや戦った結果が無意味だとは、とても言えない……言いたくない」


 冷然とした結果で言えば彼等の死は無意味だったかもしれない。だが、ユーリーはそれを認めたくない。認めてしまえば、自分のつたない指揮で命を落とした三番隊の騎兵達もまた無意味に死んだことになる気がしたからだ。そして、そう考えるユーリーの表情は自然と寂し気で、悔しそうな表情に変わる。そんな表情のまま、ユーリーは語り続ける。


「だけど、このまま続けたら、きっと、もっと沢山の無意味な死に立ち会うことになる。そして、自分もそんな無意味さを背負って死ぬことになるかもしれない……そう言う風に考えると、ちょっと怖いんだよ」


 自分の本心、誰にも語った事の無い気持ちを吐き出したユーリーはそこで言葉を区切った。頭の中には、彼自身が剣を交えた敵や共に戦った仲間の姿、そしてブルガルトが投げ掛けた問いが渦巻いていた。


 一方、それを聞くリリアもまた沈黙を保つ。生半可な優しさや、口先だけの理解で言葉を発するべきでは無いと感じたのだ。ただ、これまでは思いやり・・・・が勝ち過ぎて、遠慮という名の殻に隠されていたユーリーの本心が聞けたのは嬉しかった。


 そしてしばらく沈黙が流れた後、再びユーリーが口を開く。


「でも、アーヴやレイを助けたい、手伝いたいっていう気持ちもあるんだ。彼等は身分があるから、何でもない人間が側で手伝ったりは出来ない。そのために、騎士という身分が必要ならばら、騎士になっても良いと思っている」


 そう言いながら頭を振る。


「さっき言った事と矛盾してるよね……でも、ヨシンが聞いたら怒りそうだけど、今の僕には『騎士』なんて、その程度の意味にしか考えられない」


 ユーリーはそう言うと短く笑う。自分で言った「騎士になることが怖い」と「騎士になっても構わない」という言葉に対して、折り合わない矛盾を笑ったのだ。


 そんなユーリーの様子にリリアは首を横に振るだけだ。この時リリアは、アーヴやヨシンの名前を聞いて、何か伝えなければなら・・・・・・・・ない事・・・があったような気持ちになる。しかし、その後に続いたユーリーの言葉に心を占領されて、それを思い出すことが出来なかった。


 その言葉とは――


「結局、何処かの誰かに仕え続ける騎士にはならないかもしれない。アーヴからもレイからも『もう必要無い』と言われれば、それこそ傭兵か、行商人か、冒険者にでもなるしかない……でも……それでも良ければ、リリア……僕と一緒にいて欲しい!」


 力が籠り過ぎて、怖いくらいの黒曜石の瞳が、目の前の少女を見詰めていた。


****************************************


 しばらく後、ユーリーは顔が真っ赤になるのを感じていた。しかし、それは愛の告白のせいではなかった。愛を告げるいつわりの無い言葉は、我ながら上手く言えたと思っていた。しかし、その後が大変だった。


「ゆ、ゆ……ヒッ……ユ、ユーリーィ……」


 ユーリーの言葉を聞いたリリアは驚いたように目を丸くしていた。そして、何か言い掛けるが、言葉が上手く出てこないように、ユーリーの名前だけを何度も繰り返す。その様子は、普段は綺麗だと評される少女の顔を、その時に限って少し変な表情に変えていた。しかし、ユーリーがそうやって表情を観察していられるのは、その時までだった。なぜなら、


「ユーリィィィ……っ! わたじ、私……、一緒にいだい。ひっぐ、ユーリーと一緒にいさせて……」


 大きく見開いた目に涙を浮かべると、それをボロボロと流しながら、しゃくり上げるように泣き出したのだ。


 ユーリーはこれまで、リリアを笑わせた事も、怒らせた事も、ねさせた事も、れさせた事もあった。泣かせた事は無いつもりだったが、養父ジムの死にさめざめ・・・・と涙を流す姿は見ていた。しかし、声をしゃくり上げて涙を隠すことなく泣く姿は見たことが無かった。それだけ、彼の言葉がリリアの心の琴線に触れたのだろう。


「一緒にいさせてぇ……もう、一人は無理なの、一緒にいさせてぇ」


 涙声でしゃくり上げる・・・・・・・ように言う彼女の言葉は少し周囲の誤解を招きやすいものだった。特に、それまではボソボソと静かに話していた男女二人だ。賑やかな屋台街では、それなりに周囲の注目をひそかに惹いていたのだった。


「なんだ、結局別れ話しか?」

「あーあ、泣かしちゃったよ」

「可愛らしい娘なのに、勿体ねーな」

「なんか、あの娘、可哀想ね……」


 流石は出会いと別れを繰り返す港街カルアニスだ。周囲の人々は直ぐに目の前の光景を自分達が良く知る男女の痴情に当てはめる。中には、


「おい、ちょっと行って口説いてこいよ! 振られた直後は落とし易いっていうだろ」


 などと言う声まで聞こえてきた。これにはユーリーも冗談では無かった。しかし「今、愛の告白をしたところなんです。別れ話じゃありませんから!」と触れて回る気には成れない。周囲の視線が刺すように鋭いからだ。だから、気恥ずかしさに頬を染めながらも、


「大丈夫だから、これからは一緒だから。ね、じゃぁ、帰ろうか? さぁ」


 と、泣き続けるリリアを宥めてその場を立ち去るしか術が無かった。


 その後、しばらく泣き止まなかったリリアだが、ユーリーに肩を抱かれて引き摺られるように通りを行く内に冷静さを取り戻していた。


「ヒッ、んぐっ……ヒッ、んぐっ……」

「……落ち着いた?」

「うヒっ、んぐっ」


 ユーリーの言葉に責めるような響きは無かった。ただ、少し心配そうではあった。対してリリアは、二度続けて頭を縦に振る。泣き声がしゃっくり・・・・・に変わっていたが、上手く喋れない風だった。そうして、肩を寄せ合った二人は無言のまま宿に帰ったのだった。


****************************************


 宿に戻ったユーリーはリリアを部屋に送り届けると一度一階へ戻り、宿の使用人にリリアの部屋へ湯桶を運ぶように頼んでいた。使うかどうか分からなかったが、考えれば長い船旅の後だ、体を清潔にしたいだろうと思ったのだ。使用人の中年女性は、ユーリーから部屋を聞くと共にお代にしては多目の大銅貨一枚を受け取って、きさくな風に笑ってから奥へ引っ込んで行った。


 一方のユーリーは自室である大部屋に戻るため廊下を歩く。因みにリリアが居る小部屋は宿の最上階の三階に集中していて、ユーリーの大部屋はひとつ下の二階だ。日は暮れているが、宿に引っ込むにはまだ大分早い時刻である。そのため宿の中には傭兵達の気配は無かった。


(このままリリアの部屋に……っていうのは……なぁ)


 ついつい・・・・そんな事を考えてしまうユーリーだった。彼の気持ちを籠めた言葉にリリアは泣きながら、だがシッカリと応じていた。だから、そういう事・・・・・になっても誰にはばかる事は無いと思う。しかし、一方で一晩の内にアレもコレも・・・・・・、とリリアに迫るのは、


(なんか、卑怯な事をしている)


 ような気がするのだった。そんなユーリーだが、勿論そう言う欲求が無い訳では無い。いや、寧ろその欲求は今ここにきて、ユーリー自身が困惑するほど強い。


 思えばターポの港での二年振りの再会は、ドタバタと混乱の中だった。そして、そのまま慣れない船旅に突入し、今日やっと平静に近い落着きを取り戻したのだ。そうして改めて見るリリアは、記憶の中の彼女に輪をかけて美しく魅力的になっていた。二年前のあの晩、木枯らしの中で肩を落として青年を待っていた少女のはかなげだった印象は鳴りを潜め、みなぎるような生気に満ちていた。ドルドのレオノールの元で修行をしたという期間が彼女を良い方向に変えたのだろう。


 ――ちゃんと抱いてやらなかったからだろ――


 などと言うヨシン親友の忠告が頭をよぎるが、ユーリーはそれを、頭を振って最大限の努力で端へ追いやるのだった。既にユーリーの告白に、予想以上の盛大な反応だったが、応じてくれたリリアなのだ。今更先を急ぐような事は無いと自分を言い聞かせる。


 しかし、状況は彼の努力を優しく否定するようだった


 廊下を進んだユーリーは大部屋の前で立ち止まるとノックも無しにドアを開けようとする。しかし、ドアはガチャリと鳴っただけでビクともしなかった。


「あ、そうか……」


 相部屋の「飛竜の尻尾団」の四人は未だ帰っていない。そして、あの調子・・・・ならば帰りは相当遅くなりそうだった。


「はぁ……しまった……」


 そう言うユーリーはふと背後に気配を感じると振り返る。そして、ついさっきまで頭に思い浮かべていた少女の姿を視界に捉えていた。そこには、革鎧と胸当てを脱ぎ去った服装のリリアが、泣き止んだばかりの少し腫れた目をして立っていたのだ。


「あ、リリア……はは、鍵が閉まってて――」


 「鍵が閉まってて入れないや」と言おうとするユーリーは、次の瞬間リリアに強く腕を引かれていた。


「ちょっ、ねぇ、どうしたの?」

「……」


 リリアは無言でユーリーの腕を引いて進む。短い茶色の髪から覗く少し尖った耳先が上気した彼女の心を表わすように、真っ赤に染まっていた。

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