Episode_16.22 カルアニスの午後


 それからしばらく後、ブルガルトの勧め通りに「海鳥の止まり木」亭に部屋を確保したユーリー達は、夫々の部屋で旅荷を解いていた。


 因みにユーリー達が取った部屋は、リリアのための小部屋と、ユーリーとジェロ達五人の大部屋だった。小部屋にはベッドは二つ、一方大部屋にはベッドは六つということで、その分の費用を、ユーリーは手持ちから支払おうとしたが、


宰相の爺さん・・・・・・から支度金を貰っているから、こっちから出しておくよ」


 というジェロの一存で、そうなった。その後勝手にそう決めたジェロとリコットの間でちょっとした口論になっていたが、ユーリーは他の二人同様極力気にしないようにして大部屋に入るとベッドの上に荷物を並べていた。


 荷物といっても、リムン襲撃の現場に急行した際に持っていたものだけで、しかも馬に括り付けていた装備類は手元にない。更に、その他の手回り品はアートン城に預けてあるのだ。そのため、ユーリーが持っているのは身に着けた鎧等を別とすれば、蒼牙と古代樹の弓と矢筒、それに普段は鎧の肩の辺りに括くり付けている兜のみだった。ブルガルトから装備を取り戻した時に「二十枚頂いた」と言われた金貨は、シッカリその通りで残り三十枚の金貨は鎧の胸甲の内側にある隠しポケットに納まっている。


「戻れば寒いだろうな。外套が欲しいな……」


 ユーリーはボソリと言う。


 カルアニス島はリムルベートやコルサスよりも遥か南に位置している。そのため、肌寒いという事は無いが、ブルガルトの言う通りデルフィルに戻れたとして、あちらの季節は冬である。しかも、船の上の寒風も身体に堪えるものだった。


「じゃぁ買い物がてら、折角だから街の散策に行くか」


 とはユーリーの声を聞いたジェロの言葉。すると直ぐにリコットが茶々を入れる。


「なんだ、本当はさっきブルガルトのおっさん・・・・が言ってた娼館が気になってるんだろ?」

「そんなわけねーだろ!」


 直ぐに否定するが、少し顔が赤くなるジェロ。それに珍しくタリルが弁護するような言葉を発した。


「待ちたまえ、リコット君! 彼は今、恋の季節の真っ只中なんだ、我々とは住む世界が違うのだよ」

「ちょっとまてよタリル、なんだよその言い方」

「では、我々と共に行くのか?」

「あ、ああ、行ってやるぜ!」


 弁護の振りをした皮肉に、ジェロが乗ってしまう。全く程度の低い会話で友情を確かめ合っている三人、イデンは一人ニコニコとやり取りを見ているだけだ。そして、勢い付いたリコットは矛先をユーリーに向けてきた。


「ジェロ隊長、あそこに『僕は関係ない』というすかした・・・・顔をしたしからん奴がいます!」

「なんだと、それは大変だ、直ぐに捕えて事情聴取だ!」


 十代だろうが、二十代だろうが、恐らく三十になっても四十になっても、男ばかりが集まればこの程度の会話で盛り上がるのだ。


「ちょっと、巻き込まないで!」

「良いじゃないか、減るもんじゃないし、お前も一緒に来い!」

「そうそう、こういうのは皆で一緒に行った方が楽しいんだ!」

「なにが『皆で一緒に』だ! ちょっと、イデンさん助け―― グェ……」

「ねぇ何処に行くの?」


 キャッキャと盛り上がる男達の声の中に、不意に少女の声が割り込む。ちょうど、リコットがユーリーを羽交い絞めにして、ジェロがその首に腕を回して締め上げているところだった。


「あ、あっと、リリアちゃん、どうしたの?」

「ノックしたけど、全然返事が無いし。それにユーリーの悲鳴が聞こえたから……それより何処か行くの?」


 怪訝な様子で訊くリリアに、羽交い絞めにしたユーリーをサッと手放したリコットが言う。


「ど、何処か行くって……ああ、買い物ついでに街を見て回ろうって」


 すると、タリルが


「そうそう、だけどユーリーが『リリアと二人きりになりたいんだ』とか言うから」


 そして、ジェロが


「皆で一緒に行こうって、せ、説得してたんだよ。なぁ、ユーリー?」


 こういう所で息が合う三人の言葉に、首を絞められて顔を赤くしたユーリーが何か不満を言い掛ける。しかし、


「そうなんだ、でも私も街を見てみたいから誘いに来たんだけど――」


 と言うリリアのはにかんだ表情を見てしまい。結局、


「せ、折角だから皆で行こうか」


 と言う事になった。


****************************************


 カルアニスの街は、簡単に説明するならばリムルベートやデルフィルといった大規模な都市を圧縮して山の斜面に貼り付けたような街だ。一番低い場所に位置する港から順に、貧民区と娼館や場末の立ち飲み屋がある区画、歓楽街と屋台や飲食店が立ち並ぶ区画、商業区と交易区、と続く。そして宿屋が集中する区画を経て「四都市連合」のカルアニス評議会の議事堂と裕福な者が住み暮らす「雲上区」と呼ばれる居住区となっている。


 街の中には、斜面の上と下を縦につらぬく階段が多い大通りが、大きなもので四本、細いものは無数に走っている。そして、それらを横に結ぶ筋通すじどおりも大小見境みさかいなく何本も走っているのだ。そんな街は、上空から見れば不細工な格子模様に見えるはずだった。


 そしてそんな通りを、足の踏み場もないほどの人が埋めている。ただ、ある程度規則はあるようで、基本的に各人は自分の右手側に寄って通りを歩いている。しかし、大通りと筋通りが交差するような場所は極めて曖昧になっており、いたる場所に人溜まりが発生していた。


 宿を出て直ぐの大通を、坂を下るように進むユーリー達は商業区で足を止めた。


「お嬢ちゃん! これをみてってよ! 本物の雪豹の毛皮! 北国アルヴィンユングから取り寄せた本物だよ!」

「お兄さん、こっちこっち! これ、本物の幼竜レッサードラゴンの皮! こっちは背中の鱗! 装備の強化に如何ですか?」

「万病に効く一角獣の角だよー! 滅多に出ない掘り出し物だぁ!」


 商業区の筋通りに入ったユーリー達は道の左右から飛び交う売り子の声に圧倒される。ユーリーは自然とはぐれないように、リリアの手を取っていた。自然に手が伸びたのだが、細い手を握るユーリーの左手は、不意に強く握り返してくるリリアの力を感じていた。


 売り子の中には怪し気な声も交じっていた。店の質も値段も商品の信ぴょう性も全てが玉石混淆ぎょくせきこんこうといった風情であるが、賑やかさだけは確かだった。売り子の声に足を止める者、目当ての店を探しながら歩く者、ここには用事が無いのか先を急ぐ者、雑多な人々によって、それほど広く無い筋通りはおもての大通り同様に混雑していた。


 そんな商業区の筋通りで、ユーリーは一軒の店を目に留めた。周囲の店が喧しく店先で客引きをしているのに対して、この店の前だけはそんな客引きの店員がいなかったのだ。その店の看板には ――服飾・軽装・『魔女の縫い針』―― と書かれていた。客引きは居ないが、その替りに店の入り口や通り沿いの壁には、


「海兵団御用達」

「評議会特約店」

「商業ギルド認定」

「四都市連合冒険者ギルド推薦」

「即日仕立てうけたまわります」


 などと言う看板や張り紙が所せまし・・・・と張り付けられている。ユーリーはその店のたたずまいに何とも言えない既視感を得るが、自分の目的であった外套を買い求めることを思い出すと、後ろのジェロ達を振り返る。


「ジェロさん、俺ちょっとこっちの店を見て行きたい」


 そう言うユーリーに対して、少し離れたところにいたジェロが応じる。


「わかった、いま行くか――」


 ジェロは言いながらユーリーとリリアの所へ近づこうとするが、人混みの中から突き出た太い腕にガシッと掴まれていた。腕はイデンのもので、驚いたジェロは言葉を呑み込む。そして、すかさず・・・・タリルがジェロの替りにユーリーへ返事した。


「俺達、ちょっと仕入れておきたい道具があるから、あっちの店にいってるぞ!」

「分かった! じゃぁ、用事が済んだら合流するから待っててよ!」

「ああ、俺達も時間がかかりそうだから、ゆっくり選べばいい」


 そう言うと彼等「飛竜の尻尾団」は人混みの流れに乗って別の店へ向かう。一瞬だけリコットがリリアと視線を交えると。口をもごもごと動かした。リリアは少し驚いたようになりながら、小さく頷くと、手を握っていたユーリーを引っ張る。


「さ、行きましょ!」


 そして、リリアに手を引かれるようにして、その店「魔女の縫い針」へ入って行くのだった。


****************************************


 その店は店内が暗いのか、大き目の板ガラスをあしらった扉の外から中が見通せなかった。リリアに手を引かれたユーリーはその店の扉を開こうとする。しかし、そこでリリアに止められた。


「あ、ちょっと待って。私が先に入るから」

「ん? いいよ、どうぞ」


 リリアは、そう言うと入口のノブに手を掛ける。押して開ける扉だ。ノブをひねってスッと押し開ける。午後の明かりが店内に差し込む。しかし、リリアは中に入らない。この段階になって流石にユーリーも気付いていた。店内のドアの陰に人が潜んでいる気配がするのだ。


「ごめんください……ごめんください!」


 扉を少し開けた隙間から店内に声を掛けるリリア。一度ユーリーへ振り向くと、ニィっと笑って見せる。そして、


「あれ、お店の人いないのかな? 折角買い物しようと……」


 とわざとらしく・・・・・・言う。すると、ドアの陰から微かに舌打ちする音が漏れた。そして、


「はいはい、いますよー」


 という老婆の声が聞こえてきたのだった。


****************************************


 返事をした老婆は渋々といった風で店の扉を開いた。扉の直ぐ隣にはカウンターがあり、その上には盆の上になみなみとワインを注いだカップが置かれている。また、扉から入って直ぐの所には色合いの異なる上等な絹織物の見本だろうか? 何種類も布が作業台のようなテーブルの上に並べられていた。


 もしも普通に入店していたら、ワインを乗せた盆を持った店の老婆とぶつかり、盆のワインは商品見本を汚していただろう。そして当然弁償を要求されたはずだ。


「……」

「……い、いらっしゃいませ……」


 何とも言えない表情で老婆を見るユーリーの視線、老婆は気まずそうにその視線から目を逸らす。


「あの……リムルベートにご親族が居たりしますか?」

「は? はい、姉がいますが? どうしてそれを?」

「はぁ……いえ、何となくです」


 既視感の正体に気付いたユーリーは溜息とともに隣のリリアに視線を送る。リリアも似たような表情で返してきた。二人は夫々同じように、


(この店、大丈夫かな?)

(この店、大丈夫かしら?)


 と、心の中で呟いていたのだった。

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