Episode_16.20 王弟即位
アーシラ歴496年11月中旬 コルベート
この日、コルサス王国の王都コルベートは大変なお祭り騒ぎであった。普段から人口の多い都市であるが、この日は商業区や市場を中心に大変な人出で賑わっている。長らく食糧難で疲弊していた都市とは思えない活気だった。
それもそのはずで、
街の人々は、日頃の
「王様が即位した!」
「コルサス王国万歳! ライアード陛下万歳!」
と騒いでいるだけだった。そんな彼等の関心事は、この騒ぎが後二日続く事。そして、それを過ぎれば、また日常に戻るだろう、と言う事くらいだった。
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リムル海の真珠と呼ばれる都市コルベートは、コルサス王国建国以来、王の座する
内戦に突入してから今日に至るまで、コルサス王国の主要都市を抑えていたのは王弟派であった。王家の宝であった「紫禁の御旗」は紛失してしまったが、それ以外の正統性を示す王冠や錫杖、何より王都コルベートと王城
しかし、王弟派の首領である王弟ライアードは、その状況でも自身をコルサス国王と名乗ることは無かった。数年前に王弟派がディンスの街を攻略した際も「ほぼ勝負は決した」として王弟ライアードに即位を求める機運は高まったが、それでもライアードは首を縦に振らなかった。ただ、
「二つに割れた国を元に戻すまでは、玉座に座することも王を名乗ることもない」
と言い続けるだけだったという。その決意は固く、普段は
「ディンスを奪還された今、我らは一致団結して事に当たる必要がある。その旗印として、コルサス国王に即位する」
という事だった。大方の人々は、その言葉通りに事態を受け止めると歓迎の意を表した。特に、その言葉通り、二度に渡って負け
とにかく急に発表された即位は、翌週には執り行われる事になった。そして、再び「王都」と堂々と名乗ることを得たコルベートの住民達はお祭り騒ぎを楽しんでいるのである。
しかし、その裏側には、ある男の思惑があった。
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王弟ライアードが即位の意向を示す一日前、急使がターポからコルベートに到着した。
――ガリアノ様が暴漢に襲われた――
急使が運んだその報せは秘密のまま、ただちに
「お命は御無事と言う事ですが……襲った者共は毒を用いていたと……」
「なに? 毒だと! 暗殺者なのか?」
「さぁ、そこまでは……とにかく、その場に居合わせた何者かが、恐らく神蹟術と思いますが、解毒したため大事に至らなかったとのことです」
「そ、そうか……で、ガリアノは今?」
「今はターポの城砦で療養中とのことであります。先程も申しました通り、御無事とのことですが、大事を取っての療養とのことです」
「そうか、ロルドール……第三騎士団の将軍職を解き、ガリアノをパルアディスに戻す訳には?」
「お言葉ですが、それは難しいでしょう」
「なぜだ、レスリックで良いではないか?」
「あの者は、太守達から信用がありません。ストラ、ディンスと立て続けに落とされたのも、元を正せばエトシア砦攻略時に、レスリックが率いる第三騎士団に積極性が無かったことが原因」
「……」
事実とは違うロルドールの話だが、
「なんとかならないか?」
「私としても、何とかしたいと……また
「ああ、一体どうすれば……」
頭を抱えるように不安な声を漏らすライアードの様子に、宰相ロルドールは小さく口元を歪める。彼にはライアードの気持ちは見え透いていた。
(子など、どの胎から出ても同じと思うがな……愚かな、いや憐れと言うべきか……)
ロルドールは
兄であり王であるジュリアンドからの勧めを断り切れず、ロルドールの妹と結婚したライアードから見れば、その婚姻は
兄が憎く無い訳がなかった。それまでは傍目にも仲が良い兄弟だったが、弟の心に宿った憎しみは深かった。そして、数年後、遠く山奥の里に遠ざけられていた愛する女は、病を得てこの世を去った。それと殆ど同時に、アイナス王妃の懐妊が発表された。ライアードの心の底に宿った憎しみは一層大きく深く黒くなる。それに火を付けることは、当時のロルドールには容易いことだったのだ。
(小心者の癖に、変に気負って兄を殺すから……)
ロルドールの
長い沈黙が流れる。ようやくこみ上げる
「太守達を黙らせてご意向を通すには、やはり王位に就くしかないでしょう。そうすれば、ディンスを落とされた兵達を鼓舞することにもなります。食糧難に不平を溜め込む民も民衆派の甘言に踊ることは無いでしょう。勿論ガリアノ様を誰に遠慮も無く手元に呼び戻すことも出来ましょう」
「……それしかないのか……」
「御意」
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かくして、王弟ライアードはコルサス王国の国王を名乗ることになったのだ。この報せはレイモンド王子の王子派にも直ぐに届いた。しかし、王子派の主要な面々を始め、一兵卒に至るまで、その反応は冷ややかだったという。
「
とは、ある小隊の一班長の言葉だった。下品な口調はヤクザ者と変わらないが、彼の言葉は王子派軍の兵士達の感想を代弁していた。そして、戦況は
少なくとも、この時直ぐに変化が起きなかったのは事実だった。
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