Episode_16.19 再会は混乱の中で


 階段を駆けおりてくるリリアの後ろにはジェロ達「飛竜の尻尾団」の姿もあった。しかし、その時のユーリーに見えていたのは、想い続けた愛する少女の姿だけだった。


「リリア!」


 一方、リリアは追手を気にしながら階段を駆けおりる最中にその声を聞いた。懐かしくも聞き忘れるはずのない声が自分の名前を呼んでいる。咄嗟に前を向くと、そこには――


「ユーリー!」


 リリアは頭で理解する前にその名を呼んでいた。「何故、今、ここに?」という疑問が生まれる前、いや実際はそんな疑問が思い浮かんだが一瞬で消し飛んでいた。そんなリリアは、階段を駆けおりたままの勢いでユーリーの胸に飛び込む。


ガチャッ


 ユーリーの軽装板金鎧と、リリアの古代樹の板を仕込んだ革鎧がぶつかって硬い音が鳴った。この時リリアの頭の中からは、追われている事も、そもそも捕虜となったはずのユーリーを助けに来た事も、全てが抜け落ちていた。ただ単純に、その存在を確かめるようにユーリーの首に腕を捲き付けると抱き寄せる。


 一方のユーリーも似たようなものだった。何故王弟派の支配地域に居るのか? 明らかに追われているような様子なのは何故か? 普段の彼ならば、真っ先に確認するような事が、全く思い浮かばない。ただ、懐かしい少女の匂いを嗅ぎ、抱き寄せられるままに頬を寄せる。


 長い時を置いて再会した恋人同士の熱い抱擁は、自然と口付けへと向かう。だが――


「ユーリー、リリアちゃんも、とっても言い難いんだが!」


 不意にジェロの声が掛かる。充分に焦った声だった。そして、その後をタリルの声が追いかけてくる。


それ・・は後回しにしてくれ!」


 彼の声には推して知るべし・・・・・・・な響きが籠っていた。仕方ないことだろう。そんな声を聞いた二人は、我に返るとパッと離れる。そして、


「なんでここに!」

「どうしてここに?」


 と同時に口にしたのだった。そのやり取りに「堪忍袋の緒が切れた」という風のリコットが声を上げた。


「あー、面倒くせぇ! お前を助けに来たら、王弟派にバレた。だから逃げているんだ!」


 リコットの言葉は簡潔な説明だったが、それでユーリーは状況を理解した。なぜなら、


「き、貴様は! 何故ここにいる? 騎士ユーリー!」


 特徴的な魔剣の大剣を此方こちらに向けた騎士ドリム・イグルが、階段の上で仁王立ちとなり、驚きと共にユーリーに問い掛けてきたからだった。


****************************************


 ドリムの冷静な頭脳を以ってしても、立て続けに起こった出来事をスッキリと整理して理解するのは難しかった。


 先ずガリアノが暴漢に襲われた。それを冒険者とも傭兵とも付かない五人の集団が助けた。ここまでは、彼が見たまま・・・・の事実だった。しかし、その後ニーサが、ガリアノを助けた集団が王子派だと叫んだ。そして、そう呼ばれた集団は脱兎だっとの如く逃げ出した。逃げ出したということは、ニーサの言葉が正解だった、という事だろう。しかも、彼等は、広場全体を旋風ワールウィンドという広範囲に効果を持つ精霊術で攪乱した上で、逃走を図ったのだ。その逃げっぷりは、鮮やかな手際だった。


 ただ、本来広範囲に被害をもたらすはずの精霊術「旋風」は故意に威力を落としたように、ドリムには感じられた。その証拠に彼を含めた兵士も、巻き込まれた住民達も、精々が風に煽られて転倒する程度だったのだ。


 そのお蔭で、何とか部隊の体勢を立て直したドリムは直ぐに彼等の後を追った。そして、駆け寄った階段の下に、逃げた集団の面々を見つけたドリムは、思わず驚きとともに声を張り上げていた。


 そこには、かつて二度対峙して二度とも勝負がつかなかった魔術を操る王子派の騎士、ユーリーと名乗った青年が居たからだ。黒い軽装板金鎧に特徴的な手甲ガントレット、兜こそ被っていなかったが、その姿はドリムにとって忘れ得ぬ敵の姿だった。


(やはり王子派の差し金? ならばガリアノ様を襲ったのも?)


 依然として頭の中は混乱しているが、見知った明らかに敵・・・・・といえる存在を目にした以上、ドリムのやることは単純だった。


「間違いない、王子派の一派だ! 捕縛しろ! 無理ならば斬っても構わん!」


 後ろに続く兵達にそう呼びかける。その更に後ろではガリアノが何か言っているが、ドリムはそれを無視すると、兵士達と共に階段を駆け下るのだった。


****************************************


「ユーリー、お前、あのヤバイ騎士・・・・・と知り合いか?」


 ジェロの言うヤバイ騎士とは、ドリムの事である。一太刀で剣ごと相手を断ち切った凄腕を形容するにはぴったりの言葉だろう。一方のユーリーは短く、


「残念ながら、そうです」


 と答えると、リリアを始めとした一団を見回して言う。


「タリルさん、皆に身体機能強化フィジカルリインフォースを、リリアは精霊術で少しでも時間稼ぎを!」


 ユーリーの指示は、何か考えがあっての事だろう。それを良く知るタリルは若干の疑問を押し殺して付与術の起想に取り掛かる。一方、リリアは何の疑いも無くユーリーの言葉に従った。そこへ、


「でもどこに逃げるんだ?」


 という、極めて当然な疑問を言うのはリコットだった。彼に対してユーリーは、


「桟橋に船が停泊している。そこへ逃げ込む。目くらまし・・・・・きりを張るから、その中を逃げる」


 と答えると、腰の蒼牙を抜き放つ。そして、久しぶりに実感の伴う魔力を念想すると、それを剣に叩き込むのだった。ほぼひと月振りに持ち主ユーリーの魔力を受けた蒼牙は悦びを示すように蒼味掛かった刀身を短く振動させた。


 ユーリーが力場魔術「濃霧フォッグフィールド」を起想、展開する間、先ずタリルの付与術が完成する。そして、リリアの精霊術も効果を現した。


「大地よ壁を成せ!」


ズゥン


 リリアの命令調の言葉を受けて階段を下りた辺りの地面が一気に隆起した。軽い地響きを伴って隆起した地面は、幅の広い階段を完全に塞ぐ分厚い土壁となっていた。それは、以前ユーリーが対峙した狗頭鬼コボルトの守護神「木人もくじん」が連発した防御用の精霊術だったが、その時よりも遥かに分厚く大きいものが目の前に出来上がったのだ。


 それを目にしたユーリーは、一瞬、展開途中の魔術陣を失いそうになるほど驚いていた。しかし、寸前のところで魔術陣を保つと何とか展開を終える。


 周囲に季節と時刻を無視した不自然に濃い霧が立ち込めたのはそんな時だった。


****************************************


 ユーリーは濃霧の中をリリアの手を引いて進む。自分で考えた方法だったが、蒼牙の増加インクリージョンの力を借りて発動した力場術は、ユーリー自身の予想を超えるほど広範囲に濃い霧を発生させていたのだ。


「ゆっくり進もう。はぐれたら厄介だ」


 ユーリーは自分の鼻先も見えない程の霧の中で後ろを振り向いて言う。しかし、その近くから声が上がった。リリアだった。


「大丈夫、私見えてるから。先頭を行くわよ。ジェロさん達はこれに掴まって」


 リリアは、大空を舞う若鷹ヴェズルの視界から自分達の場所を割り出していた。そして、腕を腰の後ろに回すと、黒塗りの棒状の物を取り出した。リリアはそれを左手に持つと一振りする。


シャンッ


 僅かに金属の擦れる音が響くと、黒塗りの棒は倍ほどの長さに伸びた。それを確認したリリアは、その棒をジェロ達の方に差し向けるのだ。


「これって、この棒か? リリアちゃん」

「そうよ、掴まった?」

「ああ、大丈夫だ」


 リリアはその言葉を受けると濃霧の中を迷う事無く進む。右手にはしっかりとユーリーの手を握ったままだった。


****************************************


「ブルガルトさん!」

「どうした、レッツ?」

「港のほうが騒がしいんです」


 既に帆船に乗り込んでいたブルガルトは、知り合いである船団主の船長と話すために船の中央にある船室へ向かっていたが、不意にレッツに呼び止められた。


「なんだ? 良く見えないが、乱闘騒ぎか?」


 レッツと共に船尾に回ったブルガルトは港から続く交易区の広場へ目を凝らす。距離が離れている事と、傾いた西日のせいで、ハッキリと見えなかった。


 そんなブルガルトの背後では、水夫たちが桟橋への渡し板を取り外す作業を進めていた。


「まぁ、あれだけ大勢の傭兵が街に入って来たんだ、いざこざ・・・・だって起きるさ」


 ブルガルトはレッツにそう言うと船室へ向おうとする。しかし、


「なんだ? 急に霧が……おい、なんか変だぞ!」


 そんな声が水夫達から上がった。立ち去りかけたブルガルトが再び振り返ると、先ほどまでは無かった霧が港の奥、交易区との境目を覆っていた。白い壁のように見える局所的な濃霧は、明らかに不自然な現象だった。騒ぎを聞き付けて、直ぐに参謀役のバロルと副官のダリアも状況を確認しようと船尾へやってきた。


「ブルガルト、あれは魔術によって作られた霧だと思う」

「魔術……まさか?」


 バロルの指摘に、ブルガルトは思わず、つい先ほど別れた青年を連想する。しかし、長い付き合いの成せる業か、それを先回りしたダリアが釘を刺した。


「駄目よ、もう船は出るんだから」

「そ、そうだな……アイツはアイツの道を……」


 ダリアの言葉にそう言い掛けたブルガルトは、次の瞬間に目を丸く見開いた。そして、大声を上げるのだった。


「おい水夫! 渡し板を外すのは少し待ってくれ!」


 彼が見る視線の先には六人の集団が濃霧の中から姿を現し、一目散に桟橋へ走ってくる光景があった。先頭を走るのはあの青年だった。


(数が増えたか? まぁいいさ)


 傭兵団に加わる気になった、と言うよりも、追手から逃げている、という雰囲気の彼等を見ながら、ブルガルトは運命の面白さを感じるのだった。

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