Episode_16.18 ターポ広場の乱闘騒ぎ


 俊足ストライドは風と地の精霊による複合術だ。効果は術者によってバラつくが、リリアの場合は敏捷性を極限まで引き上げるように作用する。そして、リリアはドルドの森での修行で、この効果を完全に使いこなしていた。


 そんな彼女は、目に追えないほどの早さで五人の男達に駆け寄る。その両手には既に父親の形見である双剣が握られていた。左手用短剣ソードブレーカ―の方は以前と変わらない燃え上がる炎の意匠を施した鍔を備えているが、一方、右手の片手剣ショートソードは、刀身以外の造りが新調されていた。


 リリアは、一番に接近した男に対して背後から右手の剣を振り抜いた。


「わっ」


 剣の腹で後頭部を殴られた男は短い悲鳴一つで昏倒する。驚くべきことに、ここまでリリアは殆ど無音だった。それは周囲に存在する風の精霊を掌握することによって生じる副次的な「静寂サイレンス」の効果である。更に、気配そのもの・・・・・・を制御する父親譲りの隠密術も相まって、日中だというのに男達はリリアの存在を仲間の悲鳴で知ったのだった。


「っ!」


 だが、男達は手慣れた風で、驚きから立ち直ると直ぐに二人がリリアに向ってくる。彼等の動きはなまくらな傭兵や冒険者のものでは無かった。一人が素早く直線的に間合いを詰めると、片手剣ショートソードをリリアに突き込んでくる。


ガキィ!


 リリアはその刺突を左手の短剣で横へ逸らす。しかしその瞬間、ぬめり・・・を帯びて濡れた刀身を見て、うなじ・・・の毛が逆立つのを感じていた。


(毒? 暗殺者か!)


 リリアが咄嗟に読み取ったように、男達の武器には先程の投げ矢を含めて全て毒が塗られていたのだ。


 リリアは、その事実に一瞬怯んだ。そして、その隙を突かれた。


「っ!」


 突きを放った敵の背後から、もう一人が飛び出してきたのだ。もう一人の敵は、リリアと同じように両手に剣を持っていた。そして、両手に持った剣で交互に突きを繰り出して来た。一突き目を何とか右手の剣で払う、しかし、その後に続く刺突を躱し切れないと悟ったリリアは咄嗟に後ろへ跳躍すると距離を取った。俊足ストライドにより強化された彼女の動きは、敵の刺突を上回る。しかし、


「アッ!」


 着地した場所は最初に殴り倒した男の上だった。グニャリとした感触に一瞬リリアの姿勢が崩れる。そこへ、最初の敵が飛び込んできた。どうやら連携して攻撃を仕掛けることで相手を仕留めるのがこの二人の敵のやり方のようだった。迷いの無い剣先がリリアの喉元へ迫る。


「風よ!」


 その瞬間、リリアは短く風の精霊に命じていた。言葉にならない意志を発したリリアに応じて、濃密な空気の塊が突風ブローとなって敵に吹き付ける。


ゴヴァァ!


 突風というには余りにも重い空気の塊を横殴りに受けた敵は姿勢を崩す。そして、


「リリアちゃん!」


 という声と共に、目の前の二人の敵に魔力の矢エナジーアローと鉛のつぶてが降り注いだ。


「うわぁ!」

「ぎゃっ!」


 これまで寡黙に剣を振っていた男達は、魔力の矢が発した衝撃と肉に食い込む鉛玉の痛みに思わず声を上げていた。


「タリルさん、リコットさん!」


 リリアは自分を援護した二人の名を呼ぶ。一方、二人の男を相手にしていた身なりの良い大柄な青年の元には、長剣バスタードソードを構えたジェロが割って入っていた。


「ジェロさん! 武器に毒が仕込んである! 気を付けて!」


 リリアの声に、ジェロはギョッとした表情になるが、そのまま矢継早の斬撃を放っていた。


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 突然襲われたガリアノは混乱しつつも、二人の男を相手にしていた。明るい茶髪の少女が他の二人受け持ってくれたお蔭で、ガリアノは何とか崩れることなく持ち堪えていた。既に腕と腿に浅い切傷を負っていたが、動くには支障のない傷だった。


 少年期から青年期に掛けて猟兵の里イグル郷で暮らしていたガリアノは剣の腕が立つ。一旦冷静を取り戻したガリアノは、相手の攻撃を見極めながら徐々に二人の男を圧倒しつつあった。しかし、


「?」


 その時、急に足に力が入らなくなった。剣を振る腕も重く感じる。


(なんだ……これくらいでバテるはずは無いのに?)


 ガリアノの動きが目に見えて遅くなる。その様子に男達はニヤリとわらうと、更に何カ所か切傷を付けておこうと剣を振り上げる。ジェロが飛び込んだのはそんな一瞬だった。


「毒が仕込んである! 気を付けて!」


 少女の声がそう言うのを、ガリアノは朦朧とし始めた意識の下で聞いた。


「おいアンタ! しっかりしろ!」

「はぁ、はぁ……あぁ……」


 勢い、ガリアノを背に庇うような格好となったジェロは、愛剣を振るい二人の敵を近づけまいとする。そして、


「イデン! 解毒を!」


 と叫ぶのだった。


****************************************


 ドリムは駆けていた。アンから身体機能強化フィジカルリインフォースを受けた彼の足は速く、引き連れていた兵士達をグングンと引き離すとそのままの勢いで広場に飛び込んだ。既にその手には魔剣「羽根切りフェザー」が握られている。


「ガリアノ様!」


 そう叫びながら魔剣である大剣を振り上げたドリムは、その勢いのまま、冒険者風の男と剣を交えている二人の男の片方にそれを叩き付けた。


 軽量の魔術が付与されている魔剣だが、本当に軽い訳では無い。持ち主以外には凶悪な重量を誇る大剣そのものの威力を発するのだ。そんな「羽根切りフェザー」は、驚いて防御しようとした男の剣を乾いた金属音と共に断ち折ると、そのまま袈裟懸けに男の身体を切り裂いていた。


「ちっ! 逃げるぞ!」


 流石に騎士の格好をした男が登場したことで、残った一人はそう言うと、負傷した二人を連れて広場を去ろうとした。


 当然ドリムはそれを追おうとするが、その時何とか自分の身体を支えて立っていたガリアノがドサリと崩れ落ちたのだった。


「ガリアノ様!」

「イデン早く!」


 崩れ落ちたガリアノに駆け寄るドリム。一方ジェロの声に応じたイデンも駆け付けると直ぐにマルス神へ祈りを捧げ、神蹟術の「解毒」を試みていた。果たして効果は直ぐに現れ、荒かったガリアノの呼吸は直ぐに落ち着いた。


「マルス神の神官ですか、皆さんも危ない所を……」


 この時、広場の入口付近にジェロとイデン、ガリアノとドリムが、そして奥の階段近くにリリアとリコット、そしてタリルが居た。ドリムは状況を把握できていなかったが、取り敢えず自身を含めた一族にとって大切な身の上であるガリアノの窮地を救われたことに礼を言い掛ける。しかし、その時、


「あっ、アイツは! 姉さんを殴ったのはアイツよ!」


 という声が広場に響いた。それは、ドリムの後を追って広場に駆け付けた兵士達の中から起こった。ニーサの声だった。


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 ニーサは今年の初めにあった、トトマとデルフィルを繋ぐ街道を急襲する作戦の時のことを良く覚えていた。あの時、枯れかやの陰に潜んで仲間達の支援を行っていたアンとニーサは、背後を敵に突かれたのだ。その時、アンは敵の戦士に殴られ昏倒、ニーサは咄嗟に風の精霊術でその戦士を弾き飛ばしていたのだった。


 その出来事を良く覚えているニーサは、ガリアノとドリムの周囲に立つ見知らぬ一団の中にその男の姿を認めて大声を上げたのだった。


「きっと、王子派の奴らよ!」

「げ……なんで……」

「マズイわね……」


 ドリムはポカンとしながら、ガリアノを腕に抱いている。一方リリアとジェロ達は、突然正体を見破られたことに驚くと、逃げ腰になった。


「王子派? ニーサ、本当か?」

「間違い無いわ、その男の顔は良く覚えているもん!」

「……とにかく、城砦でゆっくり話を聞かせて欲しい、同行して貰えるか?」


 ドリムは納得した風ではなかったが、まさかニーサがこんなふざけた嘘を吐くはずも無いと思い、近くに立つジェロにそう声を掛けた。そして、ガリアノを他の兵に預けるとゆっくりと立ち上がる。


「……にげるぞ!」


 ジェロの声が合図だった。リリアとジェロ達は一斉にきびすを返すと、殆ど無意識のままに港の桟橋へ向かって走り出したのだった。


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 ユーリーは、しっかりとした足取りで桟橋から離れる。出港の段取りを考えれば、ブルガルト達が乗った船が桟橋を離れるのは後少し時間がかかるだろう。周囲には船の出港を報せる銅鑼などの鳴り物の音が響いている。


 もう振り返らないと決めたユーリーは既に頭の中で、どうやって王子派領まで帰るか、を考えていた。その時、不意に前方の小高くなった場所にある広場付近が騒がしくなったのを感じた。


「なんだろう?」


 気になったユーリーは小走りに駆け出した。久しぶりに身に着けた軽装板金鎧ライトプレートと装備一式は馴染んだ感覚を返してくる。そして、ユーリーがしばらく駆けて、広場へ続く上りの階段前まで来た時、


「なんでお前の面が割れてるんだよ!」

「知るかよ、そんなこと!」

「そんな事より急いで!」


 妙に懐かしい声が階段の上から聞こえてきた。ユーリーはその中の声 ――澄んだ高い少女の声―― を聞いた瞬間、心臓がドクンと強く鼓動を打ったのを感じた。


「まさか……」


 自分の直感を否定するような言葉が漏れた。しかし、


「渦巻く旋風よ!」


 再びその声が聞こえる。そして、上の広場に旋風ワールウィンドが起きた。不自然なそれは間違いなく精霊術だった。


「なんで!」


 ユーリーは自然と駆け出しそうになる。しかし、それより先に、声の主が階段の上から姿を現した。以前より短くなった髪は西日を受けて燃えるようだ。そして、変わらない大きなハシバミ色の瞳と、少し上気した肌。何度夢の中で見たか分からないその少女の姿が、躍動するように階段を駆けおりてきたのだ。


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