Episode_16.16 ターポの広場にて


 自分の後を付けている二つの集団に気が付かないガリアノは、交易区の表通りをブラブラと歩いている。道の両端は軒を連ねた露店に埋められており、賑やかな売り子の声が響いている。そんな大通りを行き交う人々の様子は多種多様で、中原風の服装に独特の帽子を被った商人や、この辺りでは見掛けない浅黒い肌をした水夫の男達、そして四都市連合の傭兵達の姿もあった。それら人目を惹く存在が、普通の商人や旅人、港湾労働者達に混ざって通りを行き交っているのだった。


 そんな人で埋まった大通りは歩きにくいものだが、ガリアノは平静とした様子で行き交う人々にぶつかる事無く器用に間をすり抜けている。そうして進みなが、時折露店の前で足を止めると売り物を物色しているのだった。


(やはり流石に高いな……)


 干し肉や干し魚、一般的な乾物類を店先に積んでいる露店の前でガリアノは値段と品を見比べると、納得したように頷いていた。昨今の食糧価格高騰はやはり本当であったか、と確認するような心境であった。一方、露店主は買う素振りを見せない彼を迷惑そうな顔で見ると、興味を失ったように客引きの声を張り上げる。もしも、ガリアノがちゃんとした服装をしていなかったら、露店主は彼を追い払ったかもしれない。


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 そんな風に露店の売り物と価格を見比べて歩くガリアノはやがて港の近くまで辿り着いていた。港を見下ろせる見晴の良い広場である。遠くの桟橋には出港準備を整えた五本マストの大型帆船の姿が数隻見えた。そして、それをジッと見詰めるガリアノは黄ばんだ白い帆が受ける日差しが既に西に傾き始めたのを認めると、


(流石にそろそろ戻るとするか……そうだ、アンとニーサに何か買って行かないとな)


 と、考えていた。


 そして、何か良い店は無いかと、広場に軒を連ねる露店を見渡すのだ。その視線が、ふと港へ下る石の階段に腰掛ける少女に留まる。その少女は焦げ茶色の粗末な外套を羽織っていたが、その下には背嚢や短弓を背負っているのだろう。さらに腰の辺りは剣を差しているのか、外套が膨らんでいた。その格好は傭兵のようでもあり、冒険者のようでもあった。


 しかし、ガリアノはその少女の格好ではなく顔の方へ注目してしまう。その少女は横顔しか見えなかったが、パッと見て美しい少女だろうと容易に想像が付いた。少女は明るい茶色の髪に翼の形をあしらった髪留めを付けていた。髪は短かったが、その髪留めは美しい少女の横顔を惹き立てるように、そこに在った。


(そうだな、髪飾りなどは喜ぶだろう)


 ガリアノは、そう思い付くと女性用の装飾品を扱っている露店へ向かう。その露店主は人の良さそうな笑顔で、店先に足を止めたガリアノに声を掛けてくる。


「お客さん、彼女にお土産は如何ですか?」

「彼女と言う訳ではないが……二つ揃いの髪留めはあるか?」


 ガリアノは露店主と二言三言言葉を交わした後に、小さな輝石を飾りにあしらった髪留めを二つ買い求めるとそれを懐に仕舞い込んだのだった。そして、もう一度階段の方へ少女の姿を求めて視線を彷徨わせるが、その少女の姿は人混みに紛れて見えなくなっていた。


「はぁ……」


 何故か残念な気持ちになったガリアノは、気を取り直して来た道を戻る。しかし、そんな彼が十歩も進まない内に、不意に背後から言い争うような罵声が聞こえてきた。驚いて振り向くガリアノの視界には、先ほど髪留めを買い求めた露天商に詰め寄る傭兵風の男の姿があった。


「昨日お前の所で買った指輪、石が只のガラス玉だったぞ! どうしてくれるんだ」

「ちょっと待ってください。ウチはそんな品は……」

「うるせぇ! 金を返せ!」


 その騒ぎは、良くある難癖を付けて金を巻き上げる手口に見える。そんな様子に、周囲を行き交う人々は巻き込まれまいと逃れる者と、野次馬根性で騒ぎを見ようとするもので一時混乱した。そして、


「おい! 止めないか!」


 如何にも人が良さそうな店主を放っておけず、思わずガリアノが仲裁に入ったのだった。


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 ガリアノが広場に辿り着く少し前から、広場から港へ続く階段に座り込んで海を眺めていた少女はリリアであった。彼女は「飛竜の尻尾団」を引き連れて昨日の早朝にターポへ潜入を果たしていた。そんな彼女は各所に散ったジェロやリコット達が戻ってくるのをこの広場の階段で待っているのだ。


「なかなか見つからないものね……」


 ボソリと呟く彼女は、これまでの事を思い出していた。


 十月半ばのあの日、トトマでユーリーの身に起こったことを聞いたリリアは、そのままダーリアへ急行した。そして、ダーリアの救護院で手伝いをしていたジェロ達を見つけたのは翌日午前のことだった。


 ジェロ達は突然現れたリリアの姿に驚くと共に再会を喜んだ。だが、リリアが告げるユーリーの危急を聞くと一気に表情が険しくなったのだ。彼等はユーリーやヨシンの事を可也かなり気に掛けている。弟と思っている節さえあった。そんなユーリーの危急に彼等の決定は素早いものだった。


「そりゃ、報酬云々関係ないな!」


 そんな力強いジェロの言葉にリリアは心底感謝するとともに、少しジェロを見直したのだが……


「ちょっと、ジェロ! 誰よその女!」


 直ぐにでも出発しようとするリリアと「飛竜の尻尾団」の面々を険のある声で呼び止めたのは巻毛の金髪少女エーヴィーだった。今はダーリアの救護院で働く彼女は、先のトリムでの一件ですっかりジェロに惚れこんでしまい、それについてはジェロもまんざらでは無い様子だった。しかし、その時はポルタとジェロの間に起こったことを知らないリリアは、


(なにこの人、ポルタ姉さんが居るのに、こんな若い子と?)


 と随分呆れた冷たい視線でジェロを睨んだものだった。


 一方、そんな事を構わないこの愛一筋・・・・・のエーヴィーは、ジェロが浮気をしたとでも思ったのだろう。露骨にリリアを睨むと、可也かなりの剣幕でジェロを引き留めたのだ。結局、


「なぁ、アイツは放っておいて先にアートン城へ行こうや。事情を話せば宰相の爺さんなら支度金くらいくれるかもしれない」


 というリコットの醒めた言葉・・・・・で、ジェロを除いた一行はアートンを目指したのだった。一応去り際にジェロには、


「二日後の朝にレムナ村で合流だぞ!」


 と声を掛けての別行動だった。その後、リコットの思惑通りアートン城で宰相マルコナに面会した一行は金貨二十枚を支度金として貰い受け、約束の日にはレムナ村に向った。


 レムナ村では、少しぐったりした表情のジェロが一行を待っていた。その時にはリコットやタリルから事情を聞き終えていたリリアは、ジェロの事を誤解した自分を申し訳なく思い、彼に謝ろうとした。しかし、近寄るとハッキリわかるニヤケ顔、そして首筋に浮かんだ幾つもの赤い斑点を見るにつれ、申し訳なく思っていた自分がバカバカしくなったものだった。


 その後、レムナからリムンの街、そしてリムン砦を通過した一行は夜陰に乗じてターポの北に広がる森林へ潜むと、そのまま森林を南下した。そして、森林地帯が途切れるところで、今度は南トバ河沿いを進む行程を取ると、一週間ほど掛けてリムル海へ通じる河口へ出たのだ。


 その後は、点在する漁師村を経由して海岸沿いにターポへ接近する。そして一昨晩、港からターポの街中へ潜入を成功させていた。潜入に際しては、リリアの精霊術「親水」とタリルの魔術「水中呼吸アクアブリーズ」を組み合わせることで、海中から容易に港へ上陸することが出来た。


 道中何度か地域を哨戒する王弟派兵士とかち合い・・・・掛けた一行だが、不思議な事に、リリアの指示通りに場所を移すと、問題なく王弟派の哨戒部隊をやり過ごすことが出来た。これには同じ密偵の技能を持つリコットは素直に舌を捲いていたものだった。


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 そんなリリアの技能は街中でも発揮されている。上空を舞うように飛ぶ若鷹ヴェズルと視覚を共有するリリアは、自身が使う拡張された風の精霊の囁きウィンドウィスパの精霊術と相まって、広範囲を索敵探索することが出来るようになっていた。可也特異と言って良い技能を習得した彼女は、ターポの街中にあっても階段に腰掛けながら上空から街を見下ろす視界を得ているのだった。


 そして今、若鷹ヴェズルの視界に気になるものを見つけた彼女は、自然と立ち上がると、その光景を直接見ようと港の方へ駆け出そうとした。しかし、その瞬間、頭上を舞うヴェズルは、リリアに対して突発的な危険を報せるような意志を投げかけてきた。いつの間にかヴェズルは上空からリリアが居る広場を見下ろしている。そして、多くの人で混み合う広場の中で、場違いに剣を抜き放った五人の男の姿に注目しているのだ。


(えっ! なに?)


 白昼堂々と街中で武器を抜いた男達の挙動にリリアが広場を振り向く。そこには、身形の良い大柄な青年が露店の前で傭兵風の男と言い合っている光景があった。言い争いの周囲には野次馬の人だかりが出来ている。リリアはそんな人だかりの中に、抜身の剣を手に持った男を一人見つけていた。その男はもう片方の手に小型の投げ矢を握り、投げ付ける機会を窺っているように、視線を人だかりの中心へ向けていた。


「危ない!」


 咄嗟に叫んだリリアの声がターポの広場に響いた。


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