Episode_16.13 膝付き一本 二番勝負


 膝付き一本、つまり、相手の打撃を受けて膝を地面に付いたら一本という意味だ。それで始められた練習試合だったが、気負った相手の長剣遣いはブルガルトの合図と共に一気に間合いを詰めてきた。


「であぁ!」


 気合い一閃、手元から放たれるのは鋭い突きだった。剣先が見えない速さの刺突だが、ユーリーは相手の全身の「運び」から一撃を予想すると、僅かに上体を振ってそれを躱した。そして、躱すと同時に、相手の引き手に合わせて飛び込もうとするが、


「せいっ!」


 刺突を繰り出した相手は、そのままの勢いで前蹴りを放って来た。


ゴンッ


 間合いを詰めようとしたユーリーの出鼻を挫く蹴り。ユーリーはそれを盾で受け止める。しかし、押し込むように体重が乗った蹴りを受けて、一歩二歩と下がってしまう。そうして出来た間合いは、長剣を持つ相手に有利なものだった。当然、相手はその間合いを生かした荒々しい連続攻撃を繰り出して来る。


 上段から袈裟掛け、振り抜かれた剣先は途中で止まり、そこから胴を薙ぐ一撃へ転じる。


ブゥン


 剣先が風を捲いて振り抜かれるが、ユーリーは一歩後退することでそれをやり過ごす。


「ちょこまか逃げてんじゃねぇ!」


 相手は、長剣を模した木剣を大振りに空振りすると、そこで剣先をユーリーに向けて刺突の構えに入った。そして、ドンッ、と音が出るほどの踏込みと共に木剣を突き出す。対するユーリーはそれも、フワリと間合いを外して躱す。そして、再び開いた間合いに相手の連続攻撃が始まるのだ。


 相手の太刀筋は荒々しくも鋭かった。だが、度重なる空振りと平然とした顔で間合いを外し続けるユーリーの動きに苛立ったように、剣を持つ手に余計なりきみが生まれ始めていた。振られる木剣の勢いは凄まじくなるが、それを止めてから次の攻撃に転じる間に、りきみが動作の遅れとなって現れ始めていた。


 勝負を見守る傭兵達は、仲間の長剣遣いに声援とも罵声とも付かない声を浴びせている。中には、捕虜であるユーリーを応援する声もある。どうやら仲間内でも勝手に勝負に賭けているようだった。そんな中、一人冷静なブルガルトは組んだ腕を解くと右手で顎の辺りを掻く。そして、


(遊ばれてるな……)


 と、内心呟き苦笑いを浮かべた。


 その時、傭兵達がワッと歓声を上げた。攻撃を躱し続けるユーリーが建物の外壁に退路を塞がれたのだ。外野の傭兵達は「もう逃げ場がないぞ!」などと叫びながらはやし立てている。


 長剣遣いの傭兵は、すばしこく・・・・・逃げてばかりのユーリーを追い詰めた気分になると、渾身の力を籠めて木剣と斜め上から袈裟に振り下ろす。だが、その瞬間ユーリーが動いた。間合いを外すのではなく、大きくなった相手の動作の隙を突き、一気に飛び込んだのだ。そして、相手の視界を遮るように円形盾ラウンドシールドを突き出すと、振り上げられた木剣の持ち手に叩き付けた。


ガンッ


 予想外の動きから繰り出された盾の一撃シールドバッシュによって、相手の傭兵は反射的に仰け反る。この瞬間、攻守が入れ替わった。


 ユーリーは、体勢を低くすると木剣で相手のくるぶしからすねの辺りを薙ぎ払った。ブーツの上、脛当てグリーブが守っていない部分を強打された相手は、そのまま足元を掬われて、成す術なく地面に転がる。そして、


「勝負あり!」


 とブルガルトが鋭く声を発した時、ユーリーは地面に転がった相手の背中を片膝で踏みつける体勢で、相手のうなじ・・・に木剣の先を押し当てていたのだった。


「ああ、なにやってんだよ!」

「レッツの馬鹿野郎! 油断しやがって!」

「やった、大穴きたー!」


 外野がドッと盛り上がっていた。


 ユーリーは、相手の背の上から退くとその様子を窺う。外野からレッツと呼ばれた長剣遣いは木剣を放り出すと、両手で足を抱えて痛がっているが、何とか自力で立ち上がった。そして、ユーリーの方を悔しそうな目で睨んだ後に、


「ドーサ! 後は頼む!」


 と言う大声を上げた。ドーサとは、もう一人の傭兵だろう。そう見込みを付けたユーリーは、何とも言えない既視感と共に、ドーサという名のもう一人の相手が外野の輪から進み出るのを見守っていた。


****************************************


 ドーサという傭兵は、見た目レッツと同じく二十代中盤くらいだ。背丈もドーサと似てユーリーよりも拳二個ほど高い。そんな彼は片手剣ショートソード円形盾ラウンドシールドという、標準的な装備をしていた。しかし、その表情は先ほどのレッツと違い、動きが乏しく読み難いものだった。


「じゃぁ、二番目、始め!」


 ブルガルトは先ほどと同じように、開始の合図を発した。そして、二人はサッと間合いを取った。


 ユーリーの目から見た相手の評価は、先ほどのレッツは「攻めて攻めて、相手を圧倒する」タイプ。そして、今対峙しているドーサは「守って相手の隙を引き出す」タイプに見えた。果たして、ユーリーの見立て通り、対峙したドーサは盾を前面に出し、右手の剣をその陰に隠す基本的な構えだ。そして、注意深くユーリーとの間合いを探っている。


 お互いが盾を前面に出して、相手の左側へ回り込もうとする動きとなる。間合い中心から円弧を描くようにジリジリと動く二人だが、今回先に仕掛けたのはユーリーだった。


 円を描く動きから、素早く直線的に距離を詰めると、体重を伸せた盾を相手に叩き付けた。


 ゴンッという鈍い音と共に、二枚の盾がぶつかり合う。ドーサは突進の勢いに押されて一歩後退したが、跳ね飛ばされることなくそれを受け止める。そして、反撃とばかりに盾の死角からユーリーの足元を薙ぎ払った。


 しかし、それを読んでいたユーリーは半歩分飛び退くと、木剣を躱す。そして、姿勢の崩れたドーサへ向かって木剣を振り下ろした。


バンッ


 ユーリーの一撃をドーサは盾を担ぐようにして受け止める。そして、振り抜いた木剣を振り戻すままに叩き付ける。しかし、その一撃はユーリーの木剣によって受け止められた。二人はそのまま鍔迫り合いの体勢になった。


 やや上方から押さえつけるように力をこめるドーサに対して、体格で劣るユーリーは受け止める格好となる。しかし、長年大柄な親友ヨシンと剣を打ち合わせてきたユーリーにとって、ドーサが掛けてくる圧力は耐えられないものでは無かった。


 そして、力を籠めたユーリーがジリッと木剣を押し返す。ドーサの表情が一瞬驚いたように動いた。一瞬現れた驚きの表情を隠すと、彼は再び無表情に戻り、一層力を籠めて押し返してきた。


これがユーリーの狙いだった。


 ドーサが再び力を籠めるのに合わせてユーリーは木剣の力を抜く。そして、左足を軸に右後方へ身体を開きながら、素早く相手の木剣を上から払ったのだ。鍔迫り合いから力の強弱をフェイントに使い、相手を崩す戦い方だ。体格に優れる相手と日常的に稽古をしていたユーリーが自然と身に着けた得意技であった。


 しかし、ドーサの体勢は完全に崩されることは無かった。寸前のところで、足を踏ん張ると、流された木剣を強引にユーリーの横腹へ叩き付けてきたのだ。信じられない身体能力だった。


バンッ


 ドーサの咄嗟の一撃は、何とか間に合ったユーリーの盾に受け止められる。この時点で二人は大きく体勢を崩しており、一旦間合いを取ることになった。


「ドーサ! 良いぞやれぇ!」

「今度こそ勝ってくれぇ!」

「ドーサ、負けろ! 負けてくれ!」


 相変わらず外野の傭兵達は好き勝手な事を叫んでいるが、最後の一言は周囲の面々のかんに障ったらしく、小突き合いが始まっていた。一方、その試合運びを見ていたブルガルトは小さく舌打ちをした。何故ならば、ユーリーがやって見せたのは、リムン襲撃の際に、ブルガルトがユーリーに仕掛けた戦術の焼き直しだったからだ。しかも、その結末までが同じだった。


(ちっ……生意気な小僧だ)


 まるで、俺だってこれ位は出来る、と言わんばかりに同じ技術を見せつけられたブルガルトは舌打ち混じりだが口元は自然に笑っていた。


 一方のユーリーは、今の仕掛け・・・で相手を倒せなかったことに内心で舌打ちしていた。実際の所は、ブルガルトが考えるほど余裕を持った意趣返しでは無かったのだ。


 そんな彼は、直ぐに気持ちを切り替える。ユーリーからは正面に対峙するドーサの表情が見える。流石に先程までの無表情ではなく、その顔には驚きと負けん気が入り混じった表情が浮き出ていた。外野が騒いでいるが、既に気にならないほど相手ドーサの挙動に集中しているユーリーは、ふと、その視線が自分の右肩辺りに動いたのを感じた。


(剣の場所を探った……仕掛けてくる!)


 ドーサの視線が動いたのは一瞬だったが、それが盾に隠れた自分の剣の位置を測ったものだと勘付いたユーリーは、相手が攻撃に打って出ると確信した。そして先手を打った。


 ドーサが間合いを詰める一歩を踏み出す前に、ユーリーはまたも盾を前面に突進する。


「くっ」


 出鼻をくじかれかけたドーサは、ユーリーの突進を受け止めるべく前面に出した盾に力を籠める。だが、盾同士がぶつかる瞬間、ユーリーは素早く右へ跳んでいた。一方、突進を受け止めるべく力を籠めたドーサは一瞬それを見失った。


 ユーリーは盾に対して右へ回り込む。そして、相手の盾の端に自分の盾を叩き付けると、


「ッ!」


バチンッ


 ユーリーは木剣の腹を使って、伸びきったドーサの左上腕と肩の付け根辺りを思いきり打ち据えた。


「ぐあぁ」


 籠った短い声を上げて、ドーサは盾を取り落としてその場に膝を付いていた。


「勝負あり!」


 ブルガルトの声が短く響いた。


****************************************


 外野の傭兵達は口々に不満の声を上げている。ドーサに対して「負けろ」と声援を送った男は、レッツの時と同様に大穴を続けて当てたのだが、数人に羽交い絞めにされている。口は災いの元というやつだ。


 そんな外野の声のなか、肩口を押えてうずくまるドーザに、足を引き摺りながらレッツが近付くと小声で何か言い合っていた。その様子を何気なく見ていたユーリーは不意にブルガルトから声を掛けられた。


「やっぱり、思った通りだな……魔術が無くても可也かなり遣う……レッツもドーサも暁旅団ウチの若手の有望株だったんだがな。まぁ、最近調子に乗っていたから、戦場でお灸を据えられることを思えば大分マシだな!」


 と言うと、面白そうに笑うのだ。


「はぁ……」


 ユーリーはその言葉にどう返事して良いか分からず言葉を濁す。しかし、最近調子に乗っていた、と評された二人の内、勝気で口数が多そうなレッツが声を上げた。


「そんなぁ! 確かにコイツが強いのは認めますけど、子分がやられたんですよ! 黙って見てるんですか?」


 そんな抗議の声だった。レッツの横ではドーサが何度も頷いている。対してブルガルトは、


「なんだよ、都合の良い時だけ子分ズラするなよ……でも、元々は俺が誘ったんだし……ユーリー、良いかな?」

「……どうぞ」


 ブルガルトは二人の様子に苦笑いするが、続いてユーリーの顔を見たときには既に表情は引き締まっていた。対するユーリーは、突然雰囲気が変わったブルガルトに対して本能的に警戒心が高まる。しかし、拒否権は無いだろう、と考えてそれに応じるのだ。


「おお、ブルガルトさんがやるぞ」

「どうする、賭けるか?」

「おい、お前またアイツに掛けろよ」

「やだよ、折角の臨時収入だ、無駄に出来ねぇ!」

「還元しろって!」


 中庭の中央で対峙したユーリーとブルガルトに、外野のヒソヒソ話は声が大きくなる。聞く限りでは、賭けは成立しそうになかった。


 そんな外野の言い合いが耳に入らないユーリーはジッと相手ブルガルトの挙動を観察する。他の傭兵とは違い完全な平服姿で右手にユーリーの物と似た片刃剣を模した木剣、そして左手には小剣スモールソードサイズの木剣を持っている。その立ち姿は自然体だが、存在感と殺気が混じり合ったようなモノが吹き付けてくるように、ユーリーには感じられた。その気配にユーリーは自然と懐かしい騎士デイルの事を脳裏に思い浮かべる。


(呑まれては駄目だ……)


 自分に言い聞かせたユーリーは、右手の木剣を握り直す。無意識に「加護」の魔術陣を起想し掛けるが、「制約」の効果は相変わらずで、魔力が集まる事はおろか魔術陣が像を結ぶことも無かった。


 その時不意に、低いが明らかに女の声と分かる大声が響いた。


「何やってるのアンタ達! ってブルガルト、一体なんの真似よ!」


 暁旅団の副官ダリアが、参謀の魔術師バロルを伴って宿に帰って来たのだった。

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