Episode_16.12 ターポの昼下がり


アーシラ歴496年 10月中旬 港町ターポ


「――と言う訳で、ディンスは見事に陥落したってことだ」

「……そうですか」


 午後の日差しが西側の角部屋に低く入り込んでいる。そんな部屋でブルガルトからディンス攻略の顛末を聞いたユーリーは少し胸のつかえが取れた気分になっていた。勿論ブルガルトの話は、コルベートからやってきた商人の話である。そのため、レイモンド王子を襲った暗殺劇の一幕は含まれていなかった。


「レイモンド王子という人物は若いのにやり手・・・だな。今は後方のトトマに下がっているらしい。自分が取り戻した街に居座って勝利の余韻を味わう、というような隙が無いのが……若いのに憎たらしいほどだ」


 ブルガルトから見ると、そういう評価になるらしかった。それに対してユーリーは何か言いたい気持ちに成るが、グッと堪えた。


「それにしても、西トバ河を下って背面を突くとは……暁旅団ウチが得意とする潜行、奇襲作戦のお株を奪うものだ。任務にあたった部隊の高い錬度もさることながら、こんな奇策を立案して押し通すなんて、優秀な参謀がいるのだろう、な?」

「……」


 ブルガルトはそう言って、王子派の内情を聞き出そうとしているのだろう。対するユーリーは「実はそれを立案したのは自分です」などと言う訳にも行かず、結局無言を貫いた。


「はぁ……まぁいいか。ところで青年、いやユーリー……何でリムルベートのウェスタ侯爵家の騎士であるお前がリムンに居て、王子派の部隊を率いていたのだ?」

「なっ!」

「バレてないと思っていたのか……お前と俺、以前に一度会話をしているんだぞ」


 ユーリーはリムンの入口で対峙した時からブルガルトに既視感を持っていた。一方のブルガルトも同様だった。昏倒したユーリーを連れて王弟派の村に辿り着いた後、治療のために目元まで覆う黒鉄の兜を取り払ったとき、ブルガルトはようやく納得した気持ちになっていたのだ。


 ブルガルトの記憶では、ノーバラプールから撤退するため船を待つ間、親友で古参の仲間だった傭兵の死を悼むささやかな酒宴をしていた酒場に現れた若者数人連れの中に、この青年の姿を見たのだった。


 杯を回して共に乾杯しつつも、緊張した面持ちでブルガルトの一挙手一投足に気を配っていた青年。冒険者のように偽装していたが、荒麻の外套から覗く装備は間違いなく上等な軽装板金鎧ライトプレートメイルだった。その時のブルガルトは、この青年達こそが、自分達のたくらみを失敗に追い込んだリムルベート側の人間だと目星を付けていたのだが、報復も何もする気にならなかった。彼の心の内は良く分からないが、おそらく「一銭にもならないから」なのだろう。


 対するユーリーも、ブルガルトの言葉に同様の場面を思い浮かべていた。そして、観念したような気持ちになるのだ。


「……ノーバラプールのフジツボ亭……か?」

「なんだ、覚えていたのか……まぁいい。何で何で? と聞くのはガキか女のやることだ。詮索はしないさ」


 認めたユーリーに対して、思いも掛けず「詮索しない」と言うブルガルトだった。その態度が逆にユーリーを混乱させた。そして思わず、これまでは極力沈黙を守っていた口を開いたのだった。疑問が矢継早に飛び出した。


「……ブルガルト……さん」

「呼び捨てで構わんが、なんだ?」

「俺をどうするつもりだ? 魔術を封じる一方で身体は拘束すらせずに、その気になればこの建物から出ることも出来る状態で……この待遇の意図が分からない! 貴方の狙いは一体なんだ?」

「ああ、そういうことか……」


 ユーリーの疑問に後ろ頭を掻く仕草をしながらブルガルトは言う。


「魔術を封じているのはバロルが……お前も毎日一度は顔を合わせている魔術師だが、アイツがお前は危険・・だからせめて『制約ギアス』は続けさせろ、と言うんでそうしているだけだ。それ以外はお前が言った通り基本的に自由だ。身代金を取ろうにも、ウェスタ侯爵家にも王子派にも連絡を取る伝手つてがないからな。それに……」

「それに?」

「多分街に出れば直ぐに分かると思うが、今ターポの街は厳戒態勢だ……住民でさえ出入りの規制が厳しい。その上、街中には兵士の他に猟兵・・とかいう連中がうろついている……そんな所に、身元不明のお前が出て行けばあっと言う間に王弟派に捕まってしまうだろう。つまり、逃げ場が無い訳さ」


 そう言うと、ブルガルトは立ち上がる。彼の言葉はユーリーの問いに全て答えていないものだった。それを誤魔化すように、話の途中で立ちあがったのだ。そして、


「取り敢えず、ディンス攻略の結末が分かってスッキリしただろう。で、ちょっと下に来て欲しい」

「下?」

「ああ、コイツに付き合ってくれ。沢山動けば余計な事も考えなくて済むもんだ」


 そう言うブルガルトは左の腰に差した剣の柄頭をポンポンと叩いて見せたのだった。


****************************************


 「懐かしの我が家」亭という宿屋には、三方を建物に囲まれた中庭がある。馬で来る旅人のための厩舎と荷馬車を置くための場所なのだが、今は「暁旅団」の馬が厩舎に繋がれているだけで、荷馬車を置く場所は空き地になっている。


 そんな空き地に二十人弱の傭兵達が集まっていた。彼等は木剣や槍に見立てた棒を片手に訓練というよりも、汗を流している風だった。一人で素振りをする者もあれば、二人で組になって打込み稽古をしている者もチラホラ見える。


 そんな中に、彼等の首領であるブルガルドに連れられてやってきたユーリーは直ぐに傭兵達の刺すような視線にさらされることになった。


「ブルガルト、どうしたんだ? そいつ・・・


 あまり友好的でない視線を投げかける面々。その中でも年配の男が怪訝な顔でブルガルトに問い掛ける。対するブルガルトは平然とした様子で、


「ああ、腕試しだ」


 と答えた。すると傭兵達の中から二人の男が進み出てくる。二人ともユーリーよりも年上の二十代中盤だ。どちらも鍛えられた逞しい身体つきをしている。


「ブルガルトさん、腕試しなら俺に」

「おい、俺が先だ!」


 二人は、リムンの街の戦闘でユーリーによって打ち倒された傭兵だった。腕を切り払われた者と「魔力衝マナインパクト」で吹き飛ばされた者である。どちらも傷は癒えたようだが、自分達を無様に打ち倒した相手ユーリーへの再戦の機会に、少し興奮気味だった。


「まぁ、良いが……怪我するなよ・・・・


 ブルガルトはそう言うと、別の傭兵が抱えてきた練習用の木剣を手に取って選ぶような仕草をすると、


「おいユーリー。一応練習だが、気を抜くと大怪我するぞ」


 と言って、丁度蒼牙に似た長さの浅く反った形状の木剣を投げ渡してきた。ユーリーはそれを受け取ると、


(まぁ、捕虜だからな……選択権は無しか……)


 と当然の事を考える。そして渡された木剣を一、二度振るのだが、思いの外具合がいいことに驚いていた。そもそもユーリーの愛剣「蒼牙」のように、薄く反ったサーベルとも直剣ともつかない中途半端な形状の木剣など滅多にないのだが、


(そういえば、ブルガルトの武器も似たようなものだったな)


 と思い出していた。一方、広場の中央ではどちらが先に相手をするかで揉めていた男二人も決着がついたようで、ユーリーを待ち構えるようにしていた。


「バロルさんに魔術を封じられているってことだから、純粋に剣の勝負だ」


 まるで「剣だけの勝負なら負けない」と言っているような男は、その手に長剣サイズの木剣を握っている。対してユーリーは、やや小ぶりの円形盾を受け取ると、剣と盾という一般的な装備で対峙した。


 ユーリーの服装は綿入れの上に重ね着した革製の鎧下、革製のズボンだ。元々軽装板金鎧の装甲が無い部分を分厚い革で防御するための鎧下だが、そのため普段は鎧に隠れている手足の先や胸・胴・肩は防御が無い状態である。それに対して相手の傭兵は部分金属鎧を着込んでいて、武器以外は実戦と変わらない格好だった。


 訓練をする際も、戦場での動きを再現するために完全装備に身を固めていたのだろう。見渡せば、その男以外の者達も似たような格好で訓練していたようだった。その様子に、


(意外と真面目な連中なんだな……)


 と、場違いに感心するような気持ちを感じるユーリーであった。「傭兵などそこらの破落戸ごろつきと大差が無い」と思うユーリーだが、指揮官ブルガルトに率いられた「暁旅団」は、ユーリーの想像する傭兵とは少し違うようだった。


「そうだな、折角だから試合形式にしよう。三本勝負なんてぬるいことは言わない。膝付き一本・・・・・で決めろ。勝ったら俺が飲み代を奢ってやる」


 とは、ブルガルトの言葉だった。この状況を面白がっているのだろうか、審判よろしく、対峙した二人の間に歩み寄ると、チラ、チラと両者の顔を見た上で、


「始め!」


 と合図の声を発したのだった。

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