Episode_16.05 ディンス攻略作戦 上陸!


 西トバ河を西進した遊撃兵団を乗せた筏群は、さしたる障害もなく穏やかな川面を進んでいく。やがて月が西へ傾き、周囲が微かに明かりを帯びだしたころ、薄らと闇に浮かぶディンスの街並み、そしてその先に続く港が視界に入って来る。


 集団の先頭を進むのはダレス率いる騎兵四番隊と第一歩兵小隊の面々が分乗した五枚の筏だ。彼等の後ろには、ヨシンが率いる騎兵二番隊と歩兵小隊の混成部隊が続いている。


「ダレスの兄貴……」

「お前も小隊長なんだから、兄貴って呼ぶのは止めろよ」

「いいじゃねぇですか……」


 第一小隊の隊長は元解放戦線の歩兵だった男だ。トトマに於ける作戦前に、空腹に耐えかねてレイモンド王子が座する馬車を含んだゴーマス隊商を襲った兵達の一員でもある。歳は大分に小隊長のほうが上だが、何故かダレスを兄貴と呼んでいる。そんな小隊長は、そこで口調を変えるとキリッと締まった雰囲気で言う。


「街影が見えてきました。上陸地点は……あの辺りですか?」


 その言葉にダレスも表情を引き締めると頷く。未だ暗いため地図は読めない。だから取り出すこともしなかった。全ては何度も繰り返し頭に叩き込まれている。なんなら、ディンス西の河原の地形はそらんじて描き起こすことが出来るくらいだ。


「間違いない、後ろの筏にも分かるように松明を振ってやれ」


 ダレスの言葉で、別の兵士が筏の後方に立てた状態の松明を取り上げる。松明は金属製の覆いが付いており、一方向にしか光が漏れない工夫がしてある。


 やがて先頭の筏からは、目を凝らさなくてもそれと分かる街影が迫ってくる。


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 ダレス達を先頭とした一団が上陸した付近に次々と後続の筏が、砂地に乗り上げるように上陸を果たす。極力静かに行動しているつもりだが、意外と大きな水音が立つ。しかし、二百メートルほど先に見える低い堤防の向こうに広がる街は、息を詰めるようにヒッソリとしていた。ただ、北の門からだろう、と思われるいくさの音が微かに響いていた。


「急げ、防壁を組み立てるんだ。残りの者は装備を整えろ」


 ダレスはそう指示を送っている。彼等が上陸した河原は、殆ど砂浜と言って良いほどで、河口に近かった。そして、想定したよりも百メートルほど広く・・なっていた。ダレスはその事に疑問を感じつつも作業を優先させる。そこに、後続のヨシン隊や、ロージが率いる隊が次々に到着する。


 兵達は上陸作業 ――筏を解体して防壁に組み替える―― を急ぐ。そんな中、先に装備を整えた隊長格がロージの元に集合し始める。


「砂地なのは、陣地構築が楽で良いが――」

「はい、ここまで河原が広くなっているのは想定外ですが」


 ロージの言葉にダレスが言うと他の面々も頷く。その時、少し考え込んでいた風なヨシンがハッと顔を上げた。そして、何かを言い掛けるが、一瞬躊躇ちゅうちょした。ヨシンはある事・・・を思い付いたのだが、自信が無かったのだ。だが、皆に言う前に確かめる相手ユーリーは今ここにはいない。


(……いや、間違いない。ユーリーもそう思うはずだ)


 僅かな躊躇の末、そう決心したヨシンが声を上げる。


「多分……潮が引いてるんだと思う」


 一同がギョッとした表情でヨシンを見た。


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 急遽陣地を百メートル内陸へ移動した遊撃兵団の上陸部隊は、僅かな斥候を街へ放った。本来ならば、既に発見され、弓矢の応酬をしていても可笑しくない状況だ。しかし、幸運な事に彼等は今の所発見されていない。


 北の門を攻める王子派の軍勢が精一杯注意を惹き付けたために生じた隙だといえる。


 やがて斥候が一人また一人と戻ってくる。


「敵兵の姿はありませんでした」

「こちらも同じです」


 そして最後に、港の方へ向かっていた一人が帰ってくる。既に辺りは白み始め、ハッキリと相手の表情が分かるほど明るくなっていた。


「港湾地区の倉庫地帯入口に衛兵の詰所らしいものがあります。五十人程の兵士が詰めていました」


 その報告に、各自が頭を突き合わせるように地図を見下ろす。


「多分、この場所にある衛兵詰所だろう」

「ロージさん、この時間なら不寝勤めと日勤が交代する前です」

「今が好機か……よし、全員行動開始だ。矢盾だけを持っていくぞ」


 結局、多大な時間を費やして組み立て作業に習熟した木柵の陣地は、その役目を果たすことは無かった。しかし、誰も不平を言う者はいない。訓練の成果は結実しなかったが、数か月に渡る訓練は元々精鋭だった遊撃兵団の兵士達を更に強く成長させていたからだ。全てが無駄と言う訳では無い、それを知る男達はロージの号令に従い、粛々と行動を開始したのであった。


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 年に何度かの大潮を防ぐための堤防を乗り越えた先に、港湾地区が広がっている。丁度遊撃兵団の面々からみて右手側、街に近い所には港を管理する役所の建物がある。そこから港へ向けて一区画が丸々倉庫街となっていて、正面には衛兵の詰所らしい石造りの二階建ての建物が見えた。その奥には大型船も接岸可能な桟橋があるのだが、彼等の場所からそれは見えない。


 五百名を超える完全武装した兵士達は、そのまま一直線に詰所へ駆け寄った。流石に、大勢が駆け寄ってくる気配に詰所の徴集兵から成る衛兵達は驚きながら詰所の外に飛び出してくる。


「な、なんだ、お前達! 一体何処から……」


 衛兵達の装備は短槍に木製の盾ウッドシールド、体には不揃いで粗末な革鎧を身に着けているだけだ。一方の騎兵を除く遊撃兵団兵士達は、手足は革製の防具だが、胴部は揃いの鉄製の胸甲、更に揃いの兜と鋲打ちされた円形盾ラウンドシールドという装備である。そして、各自が山の王国製の最新式弩弓を装備している。


 突如現れた大勢の、しかも武装が整った集団は一斉に弩弓や短槍を衛兵達に向ける。その様子に衛兵達はあっさりと戦意を失ったようだった。


「レイモンド王子旗下の遊撃兵団である。ディンス解放のために参上した。投降して貰えるかな?」


 ロージが発した凄みのある声色に、衛兵達は手にした槍や盾を地面に放り投げると何度も頷くのだった。


 結局、ただの一矢も放つことなく衛兵詰所を占拠した遊撃兵団は、拘束した衛兵から周辺の状況を聞き出した。因みに外に飛び出して来た衛兵は二十人程度だったが、巡回中の部隊や詰所の中で就寝中だった者を含めると百人の衛兵がこの詰所に所属していたことになる。


「空になっている倉庫はあるか?」

「はい、河の近くの四つの倉庫は中が空のはずです」


 尋問に答える衛兵は素直な様子だった。聞けば彼等は食い扶持ぶちを求めるために軍の徴集に応じたということで、元々王子派領ディンスの住民であった。


「よし、第八小隊、空の倉庫に火を放て」

「ハッ!」


 因みにレイモンド王子の意向として、住宅地が多く存在する街の中心への焼き討ちは御法度である。しかし、町はずれの港である事と、敵の注意を惹くという目的から、遊撃兵団には、港湾地区に限って焼き討ちが認められていた。それを踏まえたロージの命令に第八小隊という一部隊が倉庫へ向かって駈け出して行った。


「他の衛兵詰所は?」

「ここの北に大きいのが一つ、この時間でも百人以上は居ると思う。そして、西の門にも同じだけ」

「そうか、分かった。全員詰所の中に戻り戸を閉めろ! 事が済むまで出てはならん!」

「はい……」


 ロージの指示に、衛兵達は素直に従うと詰所内に戻る。そして、全員が詰所の中に戻ったところで、ロージは兵士に指示して出入り口の木扉を釘で打ち付け、隙間にくさびを打ち込んで開かないようにしてしまう。


 作業が済んだころ、河沿いの倉庫から煙が立ち上り始めた。そして、


「団長! 衛兵と思しき集団、凡そ二百が北からこっちへ向かってきます」


 斥候に出ていた兵士が駆け戻って来て言う。恐らく巡回中だった衛兵が報せたのだろう。


「全員戦闘準備、先ず迎え撃つが、第八小隊が戻り次第強硬突破を掛ける。目的地は西の門だ!」


****************************************


 ロージ率いる遊撃兵団が港湾地区で二百の衛兵隊と戦闘を開始し、難なくこれを突破したころ、北の門で防衛指揮を執っていたオーヴァン将軍の元に幾つかの報せが届いた。


「報告します。東の砦へ向かった敵、二千の歩兵という事でありましたが、偵察の結果『多くて千人』とのことです」

「なんだと? 残りの千人は何処へ行ったのだ?」

「それは……分かり兼ねます!」


 伝令兵の返事は当然だが、その返事に鼻を鳴らしながらオーヴァンは考える。


(千の歩兵程度ならば、東の砦から兵を北の門こちらに回しても大丈夫か……いや、何か狙いがあるのかもしれぬ……こちらを揺さぶるつもりか)


「東の砦の大隊長には『独断で動くな』と伝えろ!」

「ハッ!」


 オーヴァンの指示を受けて伝令兵が駆けていく。その後ろ姿を見送るオーヴァンとしては、判断に迷う所だった。北の門への王子派軍の攻勢は激しい。一度は攻城櫓一基が城壁へ取り付き、敵兵と騎士の侵入を許したが崩される寸前を持ち堪えて城壁の下へ叩き落したところだった。


 オーヴァン手下の第二騎士団は兵を中心に損害が大きくなって来ていた。しかし、それは攻めるレイモンド王子側も同じで、攻守の利の差を考えれば、王子側の方が損害は大きいはずだ。しかし、目の前に迫る敵兵は攻勢を止める気配が無かった。そのことにオーヴァンは「なにか別の企みがあるのでは?」と勘繰るような心境になっていたのだった。


 そこへ、別の伝令兵が駆けつける。


「報告します、港湾地区で火災発生。現在徴集兵が敵性勢力と戦闘中!」

「なんだと! 何処から侵入したんだ!」

「おそらく河か、海から侵入したものと」

「港を押えられると、不味い……城砦にいる第三の連中特設大隊から兵を出させろ!」

「承知しました!」


 指示を受けた伝令兵が勢い良くディンス城砦へ向かって走って行く。それを見つつも、視線を港湾地区へ向けたオーヴァンは、黒く立ち昇る幾筋からの煙を目にしていた。そして、


(なるほど……港を襲い此方の守備兵力を分断するつもりか……)


 と、王子派軍の目論見を見抜いていた。しかし、いくら守備兵を分断するといっても、オーヴァンには北の門から兵力を動かすつもりは無かった。街中に出現した敵勢力は厄介だが、時間を掛ければ何とでもなる。いわば袋の中の鼠なのだ。


(策を弄しても、そもそも守りに徹するディンスを攻めるには、王子派は余りに小勢だったと言う訳だな……)


 相手の目論見が分かり、少し気が楽になったオーヴァン将軍であった。

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