Episode_16.04 ディンス攻略作戦 強攻


10月4日未明


 ――王子派軍攻撃開始――


 この報せを城砦内の自室で受けたオーヴァン将軍は、甲冑姿のまま仮眠を取っていたのだが、たちまち起き出すと報告した騎士を怒鳴り付ける。


「どっちだ! 北の門か、東の要塞か?」


 寝入っていた所を起こされた腹立たしさと言うよりも、要領を得ない報告に腹を立てた、と言う風な将軍である。対する騎士は、ハッ、となると姿勢を正して言う。


「北の門に王子派軍が迫っております。城壁からの報告では暗くて正確な数は分からない、とのことであります。しかし、情勢から言って北に陣取っていた敵、西方面軍と中央軍の混成部隊と思われます」


 報告を聞いたオーヴァン将軍は、考える。


(また、なにか策を弄しているのかもしれない……)


 エトシア砦攻略では「空城」、先の戦いでは「偽兵」、兵法書には奇策の類・・・・として巻末に載っているような策略に嵌ったオーヴァン将軍は、充分以上に慎重となっていた。そして、


「分かった、馬を曳け、自分の目で確かめる!」


 と言うと、下男が持ってきた手拭いを引っ掴む。井戸水で堅く絞ったものだ。それでゴシゴシと顔を拭うと、将軍は荒々しく部屋を出て行くのだった。


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 真夜中に始まった王子派軍の攻勢を受け止めるディンス側の陣容は、「北の門」に第二騎士団三個大隊千五百の兵と百の騎士、「東の砦」に二個大隊千の兵と騎士百、といったものだ。更に先日の戦闘で壊滅的な打撃を受けた元第三騎士団の部隊は、元の三個大隊千五百の兵力を半分近くの九百まで、騎士隊も二百騎が半数の百騎にまで減らしていた。彼等は特設大隊として一纏めにされ、北の門の後方に在るディンス城砦に詰めている状態だ。


 因みに、ディンスの徴集兵達で先日の戦いに参加した者は殆どが死傷するか逃走したため、街には帰還していない。そのため、元々二千人いた頭数は千人にまで減っているが、彼等には特段の命令は下っていない状態だった。そのため、通常の夜警任務として街中を巡回していた。



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 真夜中過ぎのディンスは異常な喧騒に包まれる。前日の夕方には「北の門」や「東の砦」付近の住人達は、南側の河沿いへ移されていたため、周囲を行き交う者は兵士か騎士ばかりである。


 特に北の門付近では、大勢の兵士が慌ただしく行き交っている。門の両脇にある階段から城壁の上へ登る者、近くの兵舎から大量の矢や石を運び出そうとする者、地面に据え付けた投射兵器を操作する者、など様々だ。


 その内、北の門から南のディンス城砦へ続く大通り脇に備え付けられた三基の投石塔トレビュシェットでは、多くの兵士達が発射準備をしている。巨大な角石を何枚も重ねたおもりを、滑車を使い引っ張り上げる兵士が数十人。その反対側では長大な腕木の先に縄を掛け、引っ張り下ろしている者が同じく数十人だ。やがて錘が吊り上り、腕木が定位置に来ると、一人では抱えきれない大きさの藁玉わらだまが腕木の先の篭に入れられる。


「発射準備! 急げ!」


 そんな声が城壁の上から掛けられる、声からしてオーヴァン将軍だろう。その声に急かされるように兵士達は、藁玉の上に油を掛ける。藁玉の中には硫黄と松脂が詰められており、油はそれらに火を付けるための着火剤だ。やがて、松明が差しこまれると白い煙が上がり、次いで大きな炎となった。


「投射準備よし!」

「放て!」


 号令と共に錘を止めていたかんぬきが外され、勢いよく錘が落下する。そして、反対側に繋がる腕木が唸りを上げて振り上げられた。夜空がパッと朱色に明るくなる。そして、燃え上がる藁玉は炎球となって腕木の先で篭から飛び出し、城門を越えてその先の王子派軍へ向けて飛んで行った。


 三基の投石塔トレビュシェットはほぼ同時に炎の球を打ち出す。射程は五百メートル程度だ。そして、それらの着弾点付近が燃え上がる炎によって明るく照らし出される。そこには、幾つもの攻城兵器を従えた、王子派軍の姿があった。


「投石塔は、敵の投石器を狙え! 城門上の固定弩は、攻城櫓だ! しっかり狙って撃て!」


 オーヴァン将軍の号令に従い、各兵器に敵の場所が伝えられる。その時、王子派軍の投石塔が投射の体勢に入った。


「撃って来るぞ! 隠れろぉ!」

「将軍も、隠れてください!」


 そんなやり取りが交わされた直後、城壁の上に握り拳ほどの石が雨のように降り注いだ。王子派側の投石塔は、小石を一纏めにしたものを打ち出してきたのだ。空中でバラバラになったそれらは、石礫いしつぶての雨となって城壁の上に降り注いだ。


 何人かの兵士が倒れるなか、その攻撃を副官に庇われるように鋸壁の影でやり過ごしたオーヴァン将軍は、


「応射しろ! 急げ!」


 と、城壁下の兵士達に命じるのだった。


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 北の門を攻める王子派の軍は、西方面軍と中央軍を合わせて歩兵が三千、騎士が三百という勢力だ。それらは城壁へにじり・・・寄りながら、主に後方の投石塔からの投射攻撃を行っている。だが、投石合戦では勝負は付かないのが攻城戦の道理だ。最終的には歩兵を送り込み、門を破ってその先にあるディンス城砦を落とす必要があった。


 その第一歩として、攻城櫓を城壁へ接近させる機会を窺う王子派軍は、自軍の投石の方向を徐々に西側の城壁へ移していく。そして、城門の東側の城壁へ向かい、弩弓や長弓を持った歩兵が距離を詰め始める。直ぐに城壁の上の兵士達と矢を交えることになった。可搬式の大型矢盾の影から射撃を繰り返す王子派軍の兵士達は、城壁の上から矢を射掛ける敵兵を撃ち落すが、同時に敵の矢によって傷ついて行く。何とか五分の勝負と言いたいところだが、城壁という高所から矢を射掛ける敵のほうが有利だった。


「夜明け前には攻城櫓を城壁に取り付かせよ!」

「多少強引でも構わん、城壁が狙える場所まで矢盾を押し出せ!」


 王子派軍の現場指揮官たちは声を枯らすようにそう叫び、味方の兵士達を鼓舞している。最下層の兵士達は知らないが、各小隊長である騎士身分の者達は今未明の攻撃の意味を理解していた。作戦開始前に知らされたのだ。


 その時初めて作戦の内容を知った或る中隊の隊長を務める騎士は、前線の少し後ろという立ち位置で、周囲の喧騒を打ち負かすような大声で命じる。


「ヨシ! 頃合いだ、攻城櫓を城壁に寄せろ! 投石器カタパルト、仰角を大きくとって城壁の上へ牽制射撃だ!」


 その中隊長の号令と共に、七メートル強の高さがある攻城櫓がジリジリと城壁へ向かって前進を始める。そして、その前進を助けるように、小型の投石器カタパルトが石礫を一斉に撃ち放った。


 城壁の鋸壁のこかべから顔を出して弓を射ていた敵兵はワッと声を上げると、石礫に打ち倒されるものが多数だった。しかし、直ぐに城壁内部から大きな石の塊が飛んでくる。城壁内部の投石塔トレビュシェットによる応射だった。


 撃ち出された大きな石は、投石器の手前に着弾したが、勢いで跳ね転がるとそのまま投石器を周りの兵士もろとも打ち砕く。多くの兵士は悲鳴を上げる間も無く下敷きとなって息絶えた。


「怯むな! あんなものまぐれ当たり・・・・・・でしかない! 止まるな! すすめぇ!」


 その中隊長は周囲の兵を鼓舞しつつ、自分も攻城櫓の後部へ取り付く。そして内心で誰に向けた訳でも無い文句を盛大に呟いていた。


(こっちも相当シンドイぞ。クソッ!)


 その中隊長が率いる隊の兵士は、斬り込み隊として前進を続ける攻城櫓の中に犇めいている。彼自身も斬り込む際には共に突入するつもりだ。城壁を落とすくさびと成るからには、彼自身も含めて多くの被害が出ることを覚悟している。しかし、そんな身の上であっても、尚


「アイツら……失敗したらタダじゃ済まさんからなっ」


 というような激励が口から洩れた。彼の言う「アイツら」が、城壁の反対側を流れる西トバ河を静かに下りつつあった。


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 ディンスの北の門を舞台とした攻防戦が始まり、既に二時間ほど経過したころ、西トバ河の下流域は夜の闇に包まれていた。


 周囲は未だ暗いが、白み始めてくるには後二時間という頃合いだ。そんな時分に、トバ河の変化に乏しい流れを見詰める者はいなかった。もしもいたとしても、細い月しか出ていない状況では、余程夜目が効くか、注意深い者でなければ、異変には気付かないだろう。


「ディンスの様子は見えるか?」

「いえ、まだ、森の木が邪魔して見えません」

「そうか、他の筏とはぐれるなよ」

「分かってますって」


 ロージが乗る筏は、集団の中程に位置している。全部で五十近くの筏は、河の流れによって夫々の間隔が大きく開いているが、先を行く筏が後部に立てた松明の弱い明かりを頼りに進んでいるのだ。


 二か月間、みっちりと訓練を積んだ遊撃兵団の操る筏は落伍者無く、ここまで進んでいた。既にディンスの街の上流五キロという地点である。この場所まで河を下ると、流れは相当緩くなる。


(もう、脱落する筏は出ないだろう……後は上陸後だな)


 ロージはそう呟くと、上陸から敵の拠点である港の制圧、そして最終目標である西の門の占拠に至る手順を頭に思い浮かべるのだった。

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