Episode_16.06 ディンス攻略作戦 西の門


 ヨシンは両手に握った「首咬み」を振るう。大上段から叩き付けるように振るわれた斧槍ハルバートは、相手の防具である鎖帷子チェインメイルを引き千切り袈裟に相手の身体に食い込んだ。


「ぎゃぁ!」


 断末魔というには余りにも短い悲鳴を上げて相手の兵士は膝から崩れ落ちる。しかし、多くの敵が迫り来る状況で、ヨシンには一人の兵の命を奪った感慨に浸る時間は無かった。乱暴に前蹴りの要領で骸の胸を足で蹴り飛ばし武器を引き抜く。そして、大声で叫んだ。


「死にたい奴から掛かってこい!」


 すると、彼の周囲にいる兵士や同じ隊の騎兵達が気勢を上げるのだった。その勢いに、敵の前列がたじろぐように少し下がる。


 今、彼等遊撃兵団は西の門に取り付きつつあった。既に先頭を行くロージ団長の部隊は西の門の開閉装置がある、城壁の上を目指しているはずだ。一方ヨシン率いる騎兵二番隊と歩兵小隊は、西の城門へ突き進む自隊の殿しんがりを務めていた。


 彼等が相手にするのは、王弟派元第三騎士団所属の兵士や騎士達である。先日の北の丘攻撃作戦で手酷い損害を受けた彼等は、ディンスの城砦に留め置かれていた。しかし、街中に出現した王子派の軍勢を叩くために、出撃してきたのだ。


 城砦から繰り出してきた部隊は、港湾地区の倉庫の火災に気を取られ敵の目標は港湾地区の占拠だと断定していた。そのため、西の門を目指す遊撃兵団の行く手を阻むことが出来ず、後を追う格好となっていたのだ。


 そうして押し寄せる五百前後の軍勢を受け止める殿しんがり軍は、ヨシン率いる六十前後だ。それが城壁の壁伝いに、西の門へ上がる階段を守るように展開していた。そして、繰り広げられるのは乱戦である。最新式の弩弓も、敵兵に接近されれば撃つ暇が無い。そのため、全員が飛び道具を捨てて槍や剣と盾で敵に対抗する。勿論その先頭に立つのはヨシンだった。


 大声を張り上げるヨシンに、血気盛んに敵兵二人が挑みかかってきた。彼等はお互いの左右を預け合って共に槍を突き込んでくる。しかし、ヨシンはその鋼の穂先を見切ると、横から薙ぎ払うように「首咬み」を振るう。二本の槍の穂先が纏めて払われ、空に泳ぐ。一方、ヨシンは一旦振り抜いた斧槍を凄まじい膂力で振り戻した。そして「首咬み」の丈夫な刃先が片方の兵士の脇腹に食い込む。


「と、とったぁ……」


 その兵士は、殆ど肺臓を切断されつつも、ヨシンの「首咬み」をガッチリと脇へ抱え込む。


「タッソぉっ!」


 もう一人の兵士がその名を呼びながら、渾身の一撃を突き込んでくる。しかし、ヨシンは既に「首咬み」を手放し腰間から「折れ丸」を引き抜いていた。そして、交差する二人。ヨシンは、槍の穂先を左手で無造作に払うと、右手一本で持った長剣折れ丸を敵兵の胸に突き込んだ。兵士は血を泡ぶくのように口に溜めながら何かを呟き崩れ落ちた。


「……」


 足元で折り重なるように倒れて息絶えた二人の兵士を見ながら、ヨシンの心の中に何ともいえない・・・・・・・感慨が湧き上がる。しかし、それは言葉になる暇がなかった。不意に周囲の敵兵が距離を取ったのだ。


(騎士が来る!)


 それは戦場独特の間合い、いや空気、とにかく言葉では言い表せない雰囲気だ。しかし、


「騎士が来る、槍を構えろ!」


 ヨシンは、既にこと切れた敵兵が抱えるように持っていた斧槍首咬みを取り戻しつつ、そう叫んだ。果たしてその通り。助走を付けて馬の速度を上げた騎士が十騎、殿しんがりを務めるヨシンの部隊目掛けて突進してきた。


ヒュン、ヒュン、ヒュン――


 敵の騎士の突撃、その先頭がヨシンと槍を交わした瞬間、城壁の上から矢の雨が降り注いだ。その攻撃に敵の騎士は先頭の数騎を残して突撃の勢いを弱めた。


「どんどん放て! ヨシンの部隊を掩護だ、俺の舎弟だぞ!」

「へい、親分!」

「やってますって!」

「てか、手伝って!」


 それは、先に城壁の上に上がった歩兵第一小隊からの援護だった。アデール一家、と呼ばれる名物班が殊更大声を出しながら弩弓クロスボウを撃ちまくっている。


(アデールのおっさん! 助かった)


 ヨシンは絶妙な援護に内心感謝をしつつ、騎乗の敵騎士と向き合う。西の門の直近、城壁沿いの路地には、騎士が再突入の勢いを稼ぐだけの空間は無かった。しかし、馬上の利である高所からの攻撃は鋭く、打ち付けられる馬上槍をヨシンは何度も紙一重で躱していた。


 ヨシンの周囲では、突入を果たした数騎の敵騎士が歩兵や徒歩の騎兵を攻め立てている。幾人かが打ち倒された、その悲鳴がヨシンの耳朶を打つ。また、突撃を矢によって阻止された他の騎士達も接近しつつあった。


 その時のヨシンは右手に斧槍首咬み、左手に長剣折れ丸という強引な二刀流だった。本来両手持ちの武器を膂力に任せて片手で操っていたのだが、流石に騎乗の敵騎士を相手にするには分が悪かった。そこで、ヨシンは一度力任せに「首咬み」を敵騎士に叩き付けた。相手は馬を操り、その間合いを避ける。少し距離が出来た。そこへ、


「食らえ!」


 ヨシンは罵声と共に、振り抜いた「首咬み」を下投げの要領で騎乗の敵騎士へ投げ付けた。頑丈な鎧に覆われた身体でも、下投げならば力が乗る。そうして投げられた「首咬み」は四角錐の鋭い穂先を先にして短い距離を飛ぶと敵騎士に襲い掛かった。


「ぐぬっ!」


 投げ付けられた斧槍首咬みは敵騎士の身体に突き立つことは無かったが、羽根飾りの付いた全閉式の兜クローズメットを直撃する。そして、敵騎士は呻き声と共に馬上で姿勢を崩した。そこへ、


「うらぁぁっ!」


 獣の咆哮の如き声と共に、ヨシンは両手持ちに切り替えた長剣折れ丸を敵騎士の脇腹へ突き込んでいた。敵騎士は、その勢いで落馬すると動かなくなっていた。


 ヨシンは、騎士を失った馬のくつわを取ると素早くそれに跨る。そして、向かってくる数騎の騎士を迎え撃たんとするのだが、その時頭上から大声が発せられた。ダレスの声だった。


「西の門、開門! かいもーん!」


 開門を報せる声が勝利の雄叫びのように響いた。そして外から・・・騎士達が雪崩れ込んでくる。その数二百、更にその後ろには千人近い歩兵が続いていた。


「御旗を掲げよ! 一気に北の門を攻める!」


 ヨシンは背後で上がる声を、敵騎士と切り結びながら聞いていた。聞き慣れた騎士アーヴィルの言葉だった。


 一方、敵の集団はこの事態に浮足立つ。そこへ、西の門での仕事を終えたロージ率いる遊撃兵団が取って返すと、殿しんがり軍の助勢に回る。浮足立った敵兵は、勢いに乗った遊撃兵団の敵では無かった。一気に崩れると、全員が我先にと城砦へ向けて撤退して行った。


 ヨシンは、逃げる敵の背を見ていた視線を後ろへ向ける。そこには、白銀の甲冑を纏い白馬に跨ったレイモンド王子の姿があった。王子は周囲の兵や騎士を鼓舞するように声を張り上げていた。


「我に続け! ディンスを解放するぞ!」

「応ッ!」


 朗々たる声が響くと、兵士も騎士も皆が地鳴りのような声でそれに応じる。そんな時、ふとレイモンド王子の視線がヨシンへ向いた。ヨシンとレイモンドは、距離は離れていたが、お互いの姿、無事を確認すると頷き合う。すると、そこでレイモンドはヨシンから視線を外し、周囲を見回すような仕草となった。恐らくもう一人の友人ユーリーを探しているのだろう。そして、その姿が見当たらないことに、疑問の視線をヨシンへ送ってきた。対するヨシンは「問題無い」と言うように、親指を立てて笑って見せるのだった。


****************************************


 この日、午前の早い時間に西の門を突破したレイモンド王子率いる混成部隊は、そのまま城壁沿いに東へ進むと、北の門を守っていた第二騎士団の横腹を突いた。この部隊は、本来東の砦前に陣取っていた二千人の民兵団の半数、そして北門を攻めていた西方面軍と中央軍の騎士の一部で構成されていた。彼等は、夜陰に乗じてディンスの城壁からは見えない距離をひた走り、西の門近辺に潜んでいたのだ。


 「西の門前の狭い場所では攻城戦など起こらない」そう思い込んでいたオーヴァン将軍指揮下の第二騎士団は完全に不意を突かれることになった。彼等は、北の門で持ち堪えることが出来ず、ディンスの城砦へと防衛線を下げることになった。


 一方、北の門を占拠した王子派軍は、そこで部隊を合流させると一気にディンス城砦を叩こうとした。しかし、ディンス城砦へ進軍する途中の経路で足止めを食ってしまった。東の砦に残っていた第二騎士団の勢力が攻撃を仕掛けたのだ。騎士百騎と歩兵五百による攻勢は一時凄まじく、王子派軍は進軍の先鋒を完全に止められることになっていた。


 この戦いは、東から迫った敵軍勢の更に背後を追うように街中へ侵入してきたロージ率いる民兵団千人が追いついたことで終息した。前後を王子派軍に塞がれた敵勢は、東の砦に戻ることも、突破してディンス城砦に立て籠もる友軍に合流することも無く崩壊すると、残存した騎士や兵士達は民家が密集する地域に逃げ込み、その後霧散するかのように居場所を掴めなくなっていた。


 結局この日の攻勢は、この時点で一旦休止となった。王子派軍は北の門に本陣を構え、南に続くディンス城砦に睨みを利かす。一方、遊撃兵団は港湾地区に戻ると、その地域に陣取り、城砦と港の連絡を遮断していた。更にマーシュ率いる民兵団は、東の砦へ転進すると、砦内部に残った敵勢力を包囲したのだった。


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