Episode_16.02 ディンス攻略作戦 緒戦


 昨日ディンスの北の村から動き出した王子派軍の様子は、当然の如くディンスに居座る王弟派第二騎士団のオーヴァン将軍にも入っていた。


 ディンス側から見れば、正攻法は正面である「北の門」への攻撃である。そして、搦め手になるのが街の「東の砦」と西トバ河の間の、城壁が存在しない箇所への突破攻撃になる。因みにディンスの街を守る城壁の西端にも門がある。「西の門」と呼ばれているが、その場所は入り江に続く切り立った崖まで城壁が届いている。更に門の前の土地は、入り江側の崖と城門、城壁に挟まれたとても狭い土地である。そのため、大軍や攻城兵器を展開することが不可能とされ、元々少数の兵しか配していないのだ。


 そんなディンスの街の防御に対して、王子派は正面「北の門」に寡兵を配し、主力の西方面軍が「東の砦」に向かうという布陣であった。その上で、北の村に陣取ったレイモンド王子の部隊は動いていないという。


「見え透いた手を……東の砦を全力で叩くつもりだな」


 オーヴァン将軍の読みは、明日か明後日、夜陰に乗じてレイモンド王子の本隊が東の砦に展開する西方面軍に合流し、一点突破を試みてくる、というものだった。これは、何もオーヴァン将軍の独断による思い込みではない。実際、東の砦にはそれだけの隙 ――城壁が無いという事実―― があるのだ。


「しかし、東の砦を叩くという事は、ディンスの街に対して無防備な補給線を晒すということだ……その補給線を叩かれないために、北の門の前に兵を配したのだろう」

「将軍、如何しましょうか?」

「……よし、相手が思うよりも早く動いて揺さぶりを掛けるか。レスリックが置いて行った元第三騎士団・・・・・の三個大隊と騎士二百……それに徴集兵雑兵千で北の門前に陣取る敵歩兵を蹴散らすのだ!」

「しかし、それでは……」


 オーヴァン将軍と大隊長達の話し合いである。しかし、オーヴァンの命令に一番年配の大隊長が躊躇うような声を上げた。何故なら、王都コルベートから通達されたディンス防衛の方針は「絶対防衛、防御に徹し決して落とされるな」というものだったのだ。確かに整備された港を持つディンスは籠城に適している。その上、西トバ河の北側に位置するこの街は王子派領への橋頭堡という意味合いもある。「絶対防衛」などという当然のことを態々わざわざ命令として送ってくるほど、重要な街なのである。


 そんな背景があったため、その年配の大隊長は声を上げたのだが、対するオーヴァン将軍は事も無げに一蹴した。


「宰相殿からの命令に反すると? だから第三騎士団の連中なんだ。功を焦って暴走した、とでも言えば、何とでもなる!」


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10月3日 早朝


 元第三騎士団所属の三個大隊千五百人の兵士と騎士達二百騎、それにディンスの街で徴集された雑兵千人は、この日の未明に北の門を出発した。目指すは五キロ北の丘の上に陣取った敵の「民兵団」という二千の軍勢だ。この軍勢を打ち破った後は、余勢を駆って更に北へ攻め上り、北の村に留まるレイモンド王子本隊を叩くことになっている。更に、夜明けと同時に東の砦から第二騎士団討ち出て西方面軍を釘付けにする、という策もあるが此方は夜明け後の状況次第ということになっていた。


 出撃した兵士と騎士達は、夜明け前には丘の南側の斜面を半包囲していた。彼等の作戦は、雑兵と兵士により南から丘の包囲網を縮め、その間に騎士達が丘の北側へ回り込み一気に背後を突くという作戦である。南から包囲をする兵達の最前列は、雑兵達が担うことになった。一般的に、


 ――雑兵あいつらは槍と盾を持った案山子かかしみたいなもんだ。いや、飯を食わないだけ案山子のほうがマシなもんだ――


 と言われている雑兵達の扱いは相当に酷いものだ。しかし、先のストラ陥落において街の門を開いたのはそんな徴集兵雑兵達だった。そのため、扱いが悪く、風当たりが厳しくなるのは仕方がない事といえる。


 とにかく、丘の南側を半包囲した兵達は各大隊長の号令により、一斉に丘の上を目指して進みだした。対する王子派軍の「民兵団」二千人は、既にこの接近と攻撃準備を斥候の報告により察知しており、全員が弩弓クロスボウ長弓ロングボウを構えて待ち構えている、という状況だった。


 そして戦いの火蓋は、王子派軍を率いる若い指揮官マルフル・アートン将軍の号令によって切って落とされた。


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「各隊、一斉射! 以後は個々に射撃せよ。最前列から後ろ三列は槍を構えろ!」


 マルフル将軍の声が響く。そして、各隊の小隊長である騎士・・・・・・・・達がその命令を自隊の兵士達へ伝達する。彼等は通常騎馬だが、今回は徒歩である。それでも現場指揮官への信頼感や、永く苦楽を共にした連帯感が各隊の中で揺らぐことは無い。訓練が行き届いた各小隊は命令通りの行動を取る。


 各隊が隣の隊と連なるように組んだ横隊列は、南側の斜面に向けて半円弧状に展開していた。前列三列は槍衾の隊列を組み、後列の兵士達はその隙間から弩弓クロスボウ長弓ロングボウを放つ。彼等の内、長弓を持つものは専門の弓兵であるが、弩弓を持つものは本来近接戦を得意とする兵士だ。そんな彼等が持つ弩弓は三分の一がドワーフの国 ――山の王国―― が誇る最新式の弩弓である。手元の梃子のようなハンドルを折りこむように操作することで、比較的軽い力で弦を引く事が出来る。また残りの者達が持つ弩弓は以前遊撃兵団の歩兵達が持っていた一般的な弩弓だった。


 錬度が足りない兵士であっても、何とか射手に仕立て上げる事ができるこの弩弓という兵器。錬度が充分に足りている精強な兵士が持つとどうなるであろうか? その悲惨な答えがこの丘にあった。


 休むことなく響き渡る弦音つるね。ビィンと低く響くものは弩弓、パシィと高い音を出すのは長弓。高低の音が混じり合い、その度にやじり鋭い矢が撃ち出されると、斜面を駆け上がる敵兵士の身体に無情に突き立っていく。


 最前列に立たされた雑兵達は既に恐慌状態に陥っている。その場でうずくまる者や、あらぬ方向へ逃げ出す者が出始めていた。そして、その後ろに控えていた三個大隊の正規兵にも矢の被害が出始める。


「ええい、雑兵は捨て置け! 全員突撃だ!」


 王弟派の歩兵部隊は百人隊と呼ばれるコルサス王国の伝統的な編制だ。その百人隊が五つ集まって大隊となる。その大隊長達が部下の兵士に号令を掛ける。雑兵の前進に合せて斜面を上っていたが、結果として遅い進軍速度によって長い時間矢の雨に曝された各隊は、被害を大きくする結果となっていた。


 彼等三個大隊は、全員第三騎士団から第二騎士団へ、ディンス防衛力増強のために転属となった者達だ。自分達の境遇については、元の指揮官である第三騎士団のレスリック将軍やドリム副官に恨み言の一つも言いたいところだが、今は新しい将軍の元、自分達の手柄を見せないといけない立場である。


 そんな彼等は奮起すると、一気に斜面を駆け上がる。そして、矢の雨を掻い潜った最前列の兵士達が、敵の最前列と槍を突き合わせる。


「続け! どんどん行け! とどままると矢に当たるぞ!」


 そう言って兵達を急かせる大隊長だが、直ぐに前列の兵士達から驚きの声が上がるのを聞いた。


「隊長! あいつら、民兵団なんかじゃないです!」

「なんだと!」

「敵は、西方面軍の正規兵です!」

「どう言う事だ?」

「わかりません! ですが、敵の装備は西方面軍の物。見間違えるはずなどありません!」


 兵士達の声に、大隊長は混乱する。しかし、兵達は口々に目の前の敵は西方面軍、つまり王子派の主力部隊だという。


(西方面軍は元々エトシア騎士団だ、なのに何故騎士がいない? いや、騎士といえば、味方の騎士隊はどうした? そろそろ敵の背後に突入する頃合いじゃないか?)


 大隊長の頭の中に疑問が駆け巡る。そして、その疑問に答えるように、敵の背後から馬のいななきが響いて来た。


「よし! 味方が背後を突いたぞ! 一気に突き崩せぇ!」


 大隊長は全ての懸念や疑問を振り払うように声を張り上げた。味方の兵士達もそれに応じる。しかし、別働隊として敵陣の背後を突いたはず・・の騎士隊は、肝心の敵陣を左右から迂回するように進む。そして、姿を現した騎士隊の先頭に立つ人物が声を上げた。甲冑の形も手に持った武器も全てが王弟派の騎士と違っている。


「突入ぅ! 丘の下に蹴り落とせ! かかれぇぇっ!」


 西方面軍副官オシアの号令を受けた騎士達三百余騎は、坂を駆け下る勢いを駆って、縦横無尽に敵兵の集団を蹂躙した。対する王弟派の兵士達は、何が起こったか判然としないまま、幸運な者は「撤退」の号令に合せてディンスの北の門目指して遁走する。不運な者は、突如として現れた王子派西方面軍騎士が駆る馬の蹄に蹴られ、槍で突かれて命を落としていった。


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 やがて上った朝日の光が、ディンスの北の丘が照らしはじめる。そこは敵味方のしかばねが入り乱れて散乱する地獄絵図であった。しかし、生き残りかちを掴んだ西方面軍の兵や騎士男達は、声の限りに勝鬨を上げる。勿論南に広がるディンスの城壁に対してである。


 期せずして、遥か東のリムン砦を王弟派第一騎士団が急襲したこの朝、レイモンド王子率いる王弟派は、ディンス攻略の緒戦を勝利で飾っていた。その仕掛・・けは単純なものだった。北の村から南下する西方面軍に騎士を同行させず歩兵だけとして「民兵団」と呼ぶ。そして、東の農村へ進軍した民兵団に、西方面軍の騎士隊総勢四百を同行させ「西方面軍」と呼んだのだ。


 そして、日が落ちた夜の闇に紛れて、西方面軍の騎士隊四百騎は進路を西へ反転させると農地を横断してディンスの街の北の丘を目指した。


 途中彼等四百余騎は、元第三騎士団所属である王弟派の騎士隊二百と遭遇戦に陥ったが、それは想定範囲内であった。西方面軍の騎士隊を率いた副官オシアは冷静に隊を二つに分けると、敵の騎士隊を百騎の騎士で釘付けにし、残り三百の騎士を駆って北の丘を攻める敵兵を撃破したのだった。


 当然少なくない被害を被ったのは王子派も同じである。敵の騎士隊二百を受け持った騎士達はその半数が死傷した。また、北の丘で敵の歩兵と槍を交えた西方面軍歩兵部隊も三分の一が死傷という被害だ。しかし、敵にはそれを上回る打撃を与えたのだ。


 その成果を誇り、傷付き死んでいった仲間に届けとばかり、勝鬨の声は朝日の下で止むことが無かった。

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