Episode_16.01 ディンス攻略作戦 展開


 ――時は十月の初めまで溯る。


 十月初めの日、ストマの街に集結したレイモンド王子旗下の軍勢は、騎士六百数十騎、兵士三千余人、さらに民兵団兵士二千人に上っていた。それは、西方面軍・中央軍・民兵団の全戦力を掻き集めた規模である。


 また、後方のトトマとダーリアからは、応援部隊である衛兵団兵士合せて千人が駆けつつあった。彼等の任務はストラの街の防御を固めることだが、場合によっては前線に投入される可能性もあった。


 しかし、集まったのは兵士だけでは無い。アートン城の工房から出張してきた技師達は、小さなストラの街の近郊で着実に攻城櫓や投石塔トレビュシェットを組み立てつつある。それらの大型兵器は戦いの後半で必要になる予定であった。


 そんなストラの街だが、その日の午前に慌ただしい動きがあった。総勢五千を超える軍勢がレイモンド王子の号令によってストラの街を出発したのだ。王子派軍はその後一日を掛けて街道を南に進むと、ディンスの北二十キロの地点にある街道沿いの村に到着した。


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 この村は元々人口二千弱の農村だが、住民は収穫したばかりの穀物類と共に既にストラに避難していた。そのため、無人となった村はそのまま王子派軍の陣地となったのだ。


「マルフル、事前の地ならし・・・・は万全のようだな」


 陣屋替わりに使っている村の倉庫で、レイモンド王子は従弟であるマルフル将軍に声を掛けた。


「はい、レイ兄。先月の中頃から、兵を率いて近隣の村には退避を呼びかけました。また、ここ・・よりもディンスに近い村々には作戦通りに間者を配しております」


 そう答えるマルフルは、特に得意気という事は無い。事前の作戦通りに行動しただけ、という風だった。


「ディンス近郊の村々の様子はどうなっていますか?」


 とは、近衛兵団のアーヴィル隊長の言葉だ。それには、マルフルの副官オシアが答える。


「数日前から、ディンスに逃げ込む動きとなっています。向こうもストラの我々こちらの様子は監視していたようですから……まぁこれも予定通りかと」


 その言葉に頷く面々は、レイモンド王子、騎士アーヴィル、マルフル将軍、副官オシアの他に、民兵団団長のマーシュと他数名の大隊長達である。王子派軍首脳が一堂に会した村の倉庫は、さながら作戦会議といった風だった。


「さて、王弟派の騎士達はどう動くか……」


 レイモンドは、一同に問い掛けるように言う。


「あちら側の兵力は、第三騎士団の半数と合流した第二騎士団。その数は騎士八百に兵士が四千程度……先の戦いで用いたような現地徴集兵は、恐らく三千弱。数だけで見れば敵側が優勢です」

「しかも、指揮官はあのオーヴァン将軍……根っから武人肌の御仁だ。このまま守りに徹するとは思えません」


 長く前線を守ってきた西方面軍のマルフルとオシアの意見である。オシアの言葉に名前が挙がったオーヴァン将軍は、「王の剣」と綽名あだなされる積極果敢な人物だという。そして、先のエトシア砦を巡る戦いで実際に槍を合わせた経験のあるマーシュがオシアの意見に賛同するようにいう。


「確かにオーヴァンあの御仁ならば、城壁の向こうに籠り切りになることを良しとはしないでしょうな……」

「しかし、これまでディンス近郊の村に兵を送った際は全く動かなかったぞ」

「小勢に対して兵を動かすのが躊躇われたのか?」

「王弟派には『絶対防衛』の厳命が出ているという話だ……」


 マーシュの言葉を皮切りに、他の大隊長達も意見を述べる。そして、議論が纏まりを見失い掛けたころ、一人の人物が声を発した。素行不良で再び軍に帯同を命じられた老魔術師アグムである。何でもトトマに出来た救護院で働く若い娘の尻を触ったということで、積み重なった前科と相まって牢屋に入れられていたところをレイモンド王子に呼び出されて帯同を命じられたという事だった。


「攻勢に出るのは一度限りと思い、相応しい状況を待っておるのかも知れないな」

「どう言う事ですか?」


 老魔術師アグムの言葉にマーシュが問い掛ける。


「推測だけの話だがな、先の戦いで失態を犯した将軍だ。『守りに徹せよ』という命令には逆らえない。かといって守るだけでは性に合わない。ならば、言い訳のつく場面を待って乾坤一擲けんこんいってきの攻撃を期しているではないか? ということじゃ」

「我らがもっと接近するのを待っているかもしれない、という事になるのか」

「分からんぞ、推測だけじゃ」


 アグムの説明に、レイモンドを始めとして一同が考え込む。そして、


「先手を打とうと動く可能性はあるという事だな。しかし、作戦自体予定通り進めよう。既に遊撃兵団には行動開始を命じる『鳩』を飛ばしている。四日の朝には北の門・・・を総攻撃できる配置につかなければならない!」


 というレイモンド王子の言葉で、その日の話し合いは終了になった。


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10月2日


 翌日、王子派軍は大きく軍勢を三つに割ると、レイモンド王子が率いる中央軍本隊は引き続き村に残り、民兵団が街道を南下、一方の西方面軍はディンスの東に位置する大きな農村を目指して進軍を開始した。


 因みにディンスの街の防御は、街道沿いにある城砦を中心として、西トバ河を背にした半月状の城砦が要となっている。その城壁は、西側で海岸線と接しており、これを乗り越えなければ街へ侵入することはできない。しかし、反対の東側へ伸びる城壁はトバ河の流れまで届いておらず、途中の丘陵地帯で途切れていた。そのため、一見すると東側が防御の穴に見えるが、その穴を埋めるため堅牢な砦が配してあった。


 そんなディンスを攻略せんとする王子派軍の動きは、ディンスの北門に圧力をかけつつ主力の西方面軍を使い東側の砦に揺さぶりを掛ける、というものだった。しかし、本来は民兵団と西方面軍の配置は反対であるはずだった。歩兵ばかりで錬度も高いとは言えない民兵団に東の砦を牽制させ、主力である西方面軍が正面攻撃を行う計画だったのだ。


 しかし昨日の打ち合わせで、敵方オーヴァン将軍が騎士団を繰り出して反撃を試みる可能性が指摘されたので、それを「誘う」布陣を取ったのだった。つまりディンスの城壁の正面にあたる「北の門」近くに勢力の劣る兵を配し、その奥に総大将たるレイモンド王子がいる本陣を置く。そして主力部隊は別へ移動させる、という具合だ。 恐らくディンスから王子派の動きを窺う王弟派には、貧弱な歩兵だけの部隊の奥に総大将を頂く本隊が手薄な状態に置かれているようにみえるだろう。


 そういう狙いがあった上での行軍だが、自らが囮役おとりやくとなったような民兵団の兵士達は動揺することも無く粛々と行軍すると、その日ディンスの街の僅か五キロ北にて進軍を止めて警戒体勢に入った。


 その場所は街道から少し外れた丘の上。見晴らしがよく、南に広がるディンスの街とその向こうを滔々とうとうと流れる西トバ河が夕日の残照ざんしょうに赤く染まっているのが見渡せる場所だった。


「各隊、連携して横隊列を組め!」


 そんな見渡しの良い丘の上にマルフル・・・・の号令が響く。そして、それに応える兵達は、ザッザッと揃った足音と共に綺麗な横隊陣を組み上げていた。整然とした動きは錬度と士気の賜物だった。それに満足するように頷くマルフルは、兵の一団に対して命じる。


「この場で待機、斥候は二時間交代だ……寝るなよ」


 横隊列を組んだ後は、その場で座り込み束の間の休息を取る兵士達だ。一方で、その姿を後目に身軽な装備を整えた斥候部隊五十人程が四方八方へ散って行った。この企みは今日限り、明日には結果の如何にかかわりなく、部隊を元に戻す必要がある。


 そんな状況にもかかわらず、マルフルは幼い頃にレイモンドと共に悪戯に明け暮れた日々を思い出すと、フッと口角を上げるのだった。その心情は、今もレイ兄と共に姉イナシアのベッドの枕の下にカエルを仕込んだあの日と同じだった。


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 そして、翌日。未明の時間に、ディンスの北の門から三千近い軍勢が吐き出された。オーヴァン将軍は誘いに乗ったのだった。

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