Episode_15.27 二対一
ユーリーはこの広範囲に熱と衝撃波をもたらす魔術を、正面に立つ傭兵達の奥に陣取る指揮官と思しき二人の場所に発動させるつもりだった。
(
という狙いだったのだ。そして、ユーリーは最終段階に移ると、魔力を
(な、なんだ!)
その瞬間、ユーリーは周囲から強烈な魔力による圧迫を感じていた。
これまで経験の無い感触に、魔術の発動段階だったユーリーは、集中を乱す。
「しまった!」
思わず声を出すユーリー、彼の目の前に浮かんだ魔術陣は薄い魔力の膜に覆われることで、一瞬のうちに霧散していたのだ。そして、その膜はユーリーという存在の
(くそ! なんなんだ?)
まったく状況が分からないユーリーだが、本能的にその膜が体内に念想している魔力の塊を目指していることを察知していた。そして、反射的な防衛本能によって、ユーリーは自身の魔力を励起させ、次第に収縮を強める膜を押し返そうとするのだ。
ユーリーの魔力は白く光りを発して励起すると、押し包もうと迫る膜を幾分押し戻した。その本能的な行動が抵抗になると気付いたユーリーは意識して、それを強める。もう十年近く行っている瞑想に似た、体内の魔力を意識して操作する行為だ。しかし、瞑想とは異なり、微細な操作は必要ではない。ユーリーは本能に任せて魔力が極大に大きくなるように集中を深める。すると、一気に膜が押し広げられた。膜は一度ユーリーの輪郭を侵食して中に侵入していたが、激しい魔力の抵抗により、体外へ弾き出されていたのだ。
(あと一息で
そのユーリーの直感は正しかった。傭兵団の魔術師バロルが発動した「
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「ブルガルト、マズイ、破られる!」
「もうちょっと持たせろ!」
バロルの叫ぶような声に、ブルガルトは駆け出しながら答える。既に左右の手に抜身の剣を握っている。
ブルガルトは疾風の速さで味方の傭兵達をすり抜けると、必死の形相で魔術に抵抗する若い騎士に迫る。その騎士は、未だブルガルトの突進に気付いていないようだった。
(戦場で
そんなことを心の中で言いつつも、相手が自分に気付いていない好機を逃さない。それが傭兵団の首領たるブルガルトだ。試合では無い戦場に立つ、騎士ならざる傭兵がすることだ、相手の油断は好機でしかない。
「ッ!」
そんなブルガルトは、自分の
ギィィン!
朝の光に青白い火花が散る。
相手の肩口から袈裟に斬りかかったブルガルトの初太刀は、寸前の所で相手の剣によって受け止められていた。そして両者はそのまま鍔迫り合いに入る。
至近距離で相手を見たブルガルトは、黒っぽい甲冑に、同じく黒い
(……どこかで会ったか? まぁいい、倒すだけだ)
相手の顔付きというよりも、雰囲気に見覚えを感じたブルガルトだが、その考えを振り払うと勝負に集中する。熟練の剣士でもあるブルガルトは、この時既に、相手の若い騎士を打ち倒すための
そんなブルガルトは、一瞬だけ渾身の力を籠めて剣を押し込む。上背で勝るブルガルトに押し込まれそうになった相手の騎士は、咄嗟に力を籠めて対抗した。その次の瞬間、
シャァン!
ブルガルトは脱力するように剣の力を抜くと、つられて前のめりになる
ガキィン
風を捲いた切っ先を寸前の所で左手の小剣で受け止めたブルガルト。相手は無理な体勢から横薙ぎに剣を振ったため、姿勢を崩している。しかし、意表を突かれたブルガルトもまた、直ぐに反撃に移れる体勢では無かった。
「チッ、若いのに――」
若いのにやるな、そう言い掛けたブルガルトだが、その時、相手の騎士が不意に呻き声を上げて膝をついた。
「ブルガルト、効いたぞ!」
というバロルの声が背後から響いていた。それを聞いたブルガルトは、一瞬
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ユーリーは、訳の分からない敵の魔術に対抗する。全力を籠めて魔力を励起させれば、それは可能なように感じた。しかし、もう一歩でその「膜」を打ち破れるという瞬間、不意に膨れ上がった殺気が突進してくることを感じ、自分が戦場の真っ只中にいることを思い出す。
(油断した!)
短い後悔の思考を発しつつ、ユーリーは顔を上げた。目の前には
(うわっ!)
殆ど咄嗟に、右手の蒼牙を振り上げたユーリーは寸前のところで、その斬撃を食い止める。しかし、体格に勝る相手はそのまま剣を押し付けるとグイと押し込んでくる。
(くそ……)
その体勢を保ちつつユーリーは内心悪態を吐く。どうしても目の前の敵に気を取られ魔力を集中しきれないのだ。そして鍔迫り合い同様に、自分の魔力を捕えようとする膜との攻防も一進一退となる。
しかし、そんなユーリーは目の前の敵が、魔力の集中に気を割きながら相手を出来る程生半可では無い事を悟っていた。中年の剣士だが、その全身からは気合いとも殺気とも付かない独特の雰囲気 ――剣気―― が噴き出しているように感じられるのだ。
グググッ
ほんの数拍、鍔迫り合いで拮抗したユーリーと敵だが、不意に敵が強く押し込むように力を籠めた。ユーリーは反射的にその力を押し返そうと全身に力を籠める。しかし、その刹那、
(フェイントか!)
咄嗟に敵の意図を悟ったユーリーは、体が前のめりになりそうなのを一歩踏み出して止める。そして
(ッ?)
ガキンと受け止められる蒼牙の切っ先。しかし、魔力の衝撃は発生しない。それどころか、ユーリーが起想した魔術陣は、パッと現れた瞬間、直ぐに掻き消えていたのだ。そして、
ギュンッ
一瞬意識の外に在った魔力の膜が勢いを増してユーリーを締め付ける。不意を突かれたユーリーは、どうしようも無い圧迫感に思わず呻き声を上げると、呼吸が出来ないような錯覚と共に膝を付いてしまう。
(くそ、なんだこれ……)
ユーリーは先ほどしたように、自分の中の魔力を励起させようとするが……
(なんで? 魔力が!)
体内に在るはずの、他人よりも図抜けて膨大な魔力は、ユーリーの意志に全く応じる気配が無かった。そして、
ゴンッ
後ろ頭に強烈な打撃を感じたユーリーの意識は、そこで途絶えてしまった。
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