Episode_15.26 拙攻


 突撃を仕掛けた騎兵隊の鼻先に炸裂した「雷爆波サンダーバースト」は、ユーリーを含めた十騎の騎馬を四方に吹き飛ばしていた。発動地点が手前だったことと、咄嗟にユーリーが発動した力場術「対魔力障壁マジックシールド」によって威力が減衰されたことにより、この一撃で即戦闘不能になった騎兵はいなかった。しかし、全員が衝撃と雷撃によって落馬し、直ぐに体勢を整えられない状況に陥る。


 そこに、横隊列を組んだ傭兵達が無情にも接近する。


「後ろの歩兵が来る前に、騎兵を先に片付けろ!」


 冷酷ではあるが、的確なブルガルトの指揮に従った彼等は、地面にうずくまったままの騎兵達に襲い掛かる。


「うわぁ!」

「くそっ!」

「ぎゃぁ……」


 傭兵達が殺到した先で、悲鳴や罵声が上がる。騎馬の突進力を生かしてこその騎兵の強さであるが、落馬して体勢を整えることも儘成ままならない彼等は、歴戦の精鋭である暁旅団の傭兵達相手では分が悪かった。彼等暁旅団の傭兵達は、仕事に窮し金回りが悪くなったブルガルト元に、それでも、と言って残った面々である。単純に金を求める傭兵ではなく、良い指揮官の下で働きたいと願う戦士だったのだ。


 そうして、遊撃騎兵隊でも随一の錬度を誇る騎兵三番隊の騎兵おとこ達は一人また一人と打ち倒されている。そんな中、ユーリーも例外ではなく、厳しい状況に曝されていた。


 ユーリーは雷撃が炸裂する瞬間、対抗魔術を発動し、その直後に吹き飛ばされて馬から振り落とされていた。黒毛の賢い愛馬がどうなったのかも分からない。雷撃後の生臭い空気の中で、彼の朦朧とした意識は、


(くそ、迂闊だった! クソ! クソッ!)


 と、血を吐くような後悔に捉われる。しかし、状況は彼にそれを許さなかった。


「うらぁ!」

「てぃ!」


 裂ぱくの気合いと共に戦槌が振り下ろされ、大剣の切っ先が突き込まれる。


「ッ!」


 ユーリーは自分に向けられた殺気と武器を感じ取ると、殆ど反射的に大きく後ろに跳び退いた。お蔭で二つの武器による必殺の攻撃を躱すことが出来たが、傭兵達はそうなることを予想していたようだった。跳び退いた先で待ち構えていた別の傭兵二人が、今度は左右から息を合わせたように斬りかかる。


ガキィ!


 左からの攻撃をミスリルの仕掛け盾によって防いだユーリーは、右から攻める敵に対して「蒼牙」を振るう。首元を狙って突き込まれた長剣バスタードソードを下から上へ打ち上げ、そのまま相手の右腕をひと薙ぎする。敵の腕は鎖帷子チェインメイルに守られていたが、魔力の熾火を残した「蒼牙」は鋭い切れ味を発揮すると、まるで薄板を切り裂くように、編み込まれた小さな鎖と共に奥の腕を切り裂いた。血が迸る。


「ぎゃぁ!」


 その傭兵は長剣を突き込む勢いを殺し切れず、体を投げ出すようにして倒れ込んだ。一方のユーリーは、左手の仕掛け盾に全体重を伸し掛けるように力を籠めてくるもう一人の敵に対して、振り下ろしたばかりの「蒼牙」を下段から無造作に振り上げた。


ゴバァン!


 衝撃音と共に、大柄な敵は弾かれたように宙を舞う。近接用の攻撃魔術「魔力衝マナインパクト」であるが、蒼牙が持つ増加インクリージョンの効果を受けて発動したそれ・・は、通常の倍以上の効果範囲と威力を持っていた。


「手強いぞ、注意しろ!」


 危ない場面を何とか切り抜け、二人の傭兵を倒したユーリーに、他の傭兵からそんな声が上がる。


 一方、ユーリーは押し寄せる後悔の念を心の底に封じ込めると、


(今は、この状況を何とかしないと!)


 と体勢を立て直すことに集中する。混乱気味だった意識がスッと晴れて、視界が広がった気がした。


 そして、素早く状況を見て取るユーリー。隊列の中心に位置していた彼の左右では、五人程度が一組となった傭兵達が、落馬した騎兵にトドメを刺そうと殺到している。左手側では、既に三人が討ち取られたようだ。また右手側の者達も、満身創痍で最後の抵抗をしているところだ。


 一方、ユーリーの所に向って来ていた五人の傭兵は内二人が返り討ちに遭ったため、残り三人となっている。彼等はユーリーと一定の間合いを保って注意深く対峙している。


(正面には構ってられない。大きい魔術も無理だ。ならば!)


 そう決心したユーリーは、魔力を念想して、それを右手の蒼牙に叩き込む。そして、補助動作無しで「火炎矢フレイムアロー」を発動するのだ。


 十本の炎の矢がユーリーの前面に浮かぶと、正面から様子を伺っていた傭兵達がサッと散開した。しかし、ユーリーの狙いは彼等では無かった。ユーリーは、盾を展開した左手で、左側を指差す。そこには最後に残った一人を倒そうと躍起になる傭兵達、数十人がいた。


 ブワ!


 ユーリーの動作に合せて炎の矢は一斉にそんな傭兵達に降り注ぐ。距離として可也近い距離、「対魔力障壁マジックシールド」の効果が残る空間ではあるが、十本の炎の矢は勢いを弱めつつも傭兵達の背後を打ち据える。


「ぎゃぁ!」

「魔術師か?」

「うわぁ!」


 ユーリーの火炎矢はそれで止まることなく矢継早に発動される。そして、次々と生み出される炎の矢は容赦なく左右の傭兵達を打ち据えていく。


 不意に起こった激しい魔術の連続攻撃によって、騎兵達を追い詰めていた傭兵集団は止むを得ず散開した。そこに、アートンの衛兵小隊五十人が到着する。


「怪我人を後方へ! 一旦退いて体勢を整えるんだ!」


 衛兵達にそう指示を飛ばすユーリーは、再度接近しようと機会を窺う前方の傭兵達に大きな魔術を放ち、その隙に一度後退することを決意せざるを得なかった。束の間垣間見た敵傭兵の強さは、とても衛兵達が対抗出来るものでは無かったからだ。


 そして、ユーリーは自身が使える最高強度の魔術「火爆波エクスプロージョン」の魔術陣を起想しようと精神を集中するのだった。


****************************************


「ほう、魔術騎士ルーンナイトとは、意外と手強いのが混じっているな!」

「あ、あぁ……」


 ブルガルトは、向って来た騎士の一騎が劣勢を跳ね除けると仲間を援護するように立て続けに魔術を放つ様子を見て、感心したように言う。一方、その声を聞いたバロルは頭の中は疑問で満たされていた。


(雷爆波では誰も致命傷を負ってない。あの咄嗟の一瞬で対魔力障壁を展開したのか……)


 バロルは自分の放った魔術の手応えの無さ・・・・・・に動揺しながらも、その理由を分析する。対魔力障壁マジックシールドは力場術としては初歩的なものだ。しかし、初歩的といっても起想・展開にはそれなり・・・・の時間を要する力場術である。対するバロルが発動した雷撃波サンダーバーストは放射系雷属性の高位魔術だった。真っ向から比較すれば、念想から発動に掛かる時間は対魔力障壁の方が若干短い。


(あの騎士は、こちらの補助動作を見てから術に取り掛かった。そして発動が殆ど同時だったとは……)


 バロルの内心が示すのは、見た目にも線が細く若い騎士が自分と同程度の術者かもしれない、という疑念だった。更に驚きはそれに留まらない。バロルとブルガルトが注目する視線の先で、その騎士は仲間を援護するように立て続けに火炎矢フレイムアローを発動していたのだ。しかも、それは一度に十本の炎の矢を一呼吸毎・・・・に具現化させるという「最上習熟者の技量」を示していたのだ。


 バロルは歳の割には豊富な実戦経験から、魔術師の亜流ともいうべき魔術剣士ルーンフェンサー魔術騎士ルーンナイトを何度か目撃したことがあった。しかし、それらの者は全て物理攻撃、剣技を主体として、補助的に魔術を使う者達だった。そのため、彼等の魔術の腕前は本業の魔術師たるバロルにとっては「稚戯」に等しいものだったのだ。しかし、今、目の前に突撃してきた魔術騎士の放つ攻撃魔術は専業の一線級の者達と引けを取らないものだった。


(アイツは、危険だな!)


 バロルの隣では、鞘から細身のサーベルを抜き放ったブルガルトが何か言っている。しかし、それが耳から頭に入って来ないほど集中を高めたバロルは「危険な相手」と見定めた魔術騎士に対して、有効な負の付与術の起想に取り掛かっていた。


 制約ギアスという魔術がある。これは魔術師対魔術師の戦いに於いて、決定的な勝敗をもたらす魔術だ。この魔術を掛けられ、抵抗できなかった者は魔術の行使、より厳密には魔力マナの収束を妨げれられる。故に魔術師同士の戦いでは明らかな実力差を見せつけ、相手に敗北を刻み付ける方法とされているものだ。


 今、バロルはその「制約」を対する騎士に仕掛けようとしていた。対人負効付与術は、一般に発動に至る展開行程が複雑なうえ、発動したとしても、相手の魔力抵抗を上回る必要がある難易度の高い術だ。しかし、バロルは熟練の技術を発揮し、展開した魔術陣に魔力を籠める。ここまで来れば、後は純粋に魔力の対決となるのだ。


 そこにブルガルトの声が、明瞭に響いて来た。


「バロル、相手の魔術を妨害するんだ、俺がカタを付ける」


 期せずして、バロルが実行している行為を要請しているブルガルト。その声に追認を得た心持こころもちとなったバロルは、歳の離れた兄のように慕うブルガルトに対して、


「今やってる!」


 と、少し乱暴に言うのだった。

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