Episode_15.25 リムンの襲撃事件


 リムンの街でしっかりとした外壁を持つ大きな建物は「救護院」だけだ。後はマルス神やミスラ神などの神殿にも壁はあるが、街の規模に従いそれらは礼拝堂といった規模の小さなものだった。そのため、近隣の住民は救護院に逃げ込んでくる。老人が多いが、若者や子供も其れなりの数が避難していた。そして、


「門を守れ! 一兵たりとも通すな!」

「なんじゃお主、槍が錆びておるぞ!」

「うるさい、お主など槍すら持たずくわではないか」

「槍も剣も息子にやったんじゃ! 鍬で十分じゃ」

「来たぞ! ええい、賊軍め!」

「戸板を盾に、石だ、石を投げろ!」


 救護院の入口門に門扉は無いが、その場所を防衛拠点と定めたように集合し、喚き合っているのは元騎士の老人達だ。今も、救護院の扉を打ち壊して、それを障害物バリケードとして入口門に積んでいる。

 

「さぁ、皆さん、建物の中へ!」

「はやく、こっちへ!」


 そんな彼等の後方には、女性や子供を救護院の建物内に誘導する白鷹団の年配男性とリシアの姿があった。


「そら、矢が来るぞ! 隠れろー!」


 その言葉を合図に多数の矢が風切音と共に射掛けられる。それらは殆どが入口門に集結した老人達を狙ったものだが、その内幾つかは狙いがそれて、壁の奥に飛び込んできた。


「ぎゃぁ!」

「うわっ!」


 救護院の建物へと逃げ遅れた数人が矢を受けて倒れる。リシアはそんな人々を助け起こすと、懸命に建物の中に引っ張り込もうとする。相変わらず戦いは恐ろしい。慣れることの無い剥き出しの暴力に、今も身体が震えるほど恐怖を感じる。しかし、それでもリシアの身体は逃げ遅れた人々を助けるように動いていた。


 恐怖に支配される彼女を動かすのは何だろうか? 博愛を説くパスティナ神への信仰かもしれないし、愛する王子が慈しみを向ける民を守りたいという想いかもしれない。いずれにせよ、リシアは人々を救護院の中に収容することに成功していた。


****************************************


「街の連中は多くがあの建物に逃げ込んでいます」

「ダリアさん、どうしますか?」


 傭兵達の報告によると、住民の多くは大きな建物 ――救護院―― や神殿に逃げ込むか、又はトバ河沿いの河原へ逃げ込んだという所だった。その報告にダリアは頷くと、


「よし、反って都合がいい。無人になった家に火を放て。人が逃げ込んでいる場所に射手を中心に配置せよ。街人の殲滅が目的ではない、ウロチョロと逃げ惑われるよりも、一か所に留めておいた方が、仕事が楽だ!」


 ブルガルトもそうだが、彼に育てられたダリアもまた「契約を重んじる」ということを叩き込まれている。今回の傭兵契約は焼き討ちであり、その目的は南の斜面の先に見えるリムン砦に籠る兵達を動揺させることだ。つまり、その目的に足りる行動をすればいいだけで、それ以上の行為は必要無かった。


 更にいうならば、ダリア自身は戦争孤児だ。丁度今回の様な村の焼き討ちで焼き出されたところを、当時別の傭兵団の部隊長だったブルガルトに拾われた身の上なのだ。だから、と言う訳では無いが、戦闘に於いてもなるべく兵士以外の一般人は傷つけたくなかった。


 他の傭兵団には、むしろ好んで一般人を襲い略奪強奪、乱暴狼藉をする者が多い。だが、ブルガルトとダリアがいる「暁旅団」はそのような粗野な連中とは一線を画す存在だ。綺麗な仕事にも定評があるのだ。そんな傭兵達を率いるダリアは内心で呟くように、門を固める老人達を見る。


(変に奮起して、此方に突撃してこないでよね……余計な仕事が増えるから)


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 リムン襲撃が開始されて二時間ほど経過した時点で、街はもうもうたる・・・・・・黒煙を巻き上げていた。東側にそびえる高い山壁からようやく朝日が顔を出したころだ。明るくなってきた朝の大気に漂う黒煙は、風にたなびく事も無くリムンの街の上空を覆っていた。


「煙のせいで、リムン砦の様子が分からないな」

「まぁ仕方ないさ……それよりもバロル」

「なんですか?」

「アートンの方から救援が来るのは何時間後だと思うか?」


 ブルガルトは手勢五十人を従えて、退却経路となる街道から河原へ降りられる場所に陣取っている。そして、横に立つ参謀役の魔術師バロルに問いかけるのだ。


「普通なら明日以降、リムンから鳩が飛んだとしても、早くて今日の午後……夕方頃になると思う……」


 バロルはブルガルトの問いにそう答えかけて、彼が厳しい視線を送る街道の北に目をやった。そして、


「案外、早く来ましたね」


 と肩を竦めながら言うのだった。


「ったく……近くに部隊がいたのか……ついてない」

「数は……歩兵が五十、軽装の騎士が十ってところか……迎え撃つのか?」

「当然だろう、ここを押えられると帰れなくなる……全員横隊陣形! バロル、先行する騎士に――」

「わかった」


 そんなやり取りを経て、五十人の傭兵達はサッと隊列を整えた。隣との間隔を広く取った横隊陣形、凡そ二十人の三列横隊となる。傭兵達の武器は片手持ちの武器と円形盾ラウンドシールドの組み合わせや、大剣グレートソード又は大振りな戦槌メイスなど様々だ。弓を使う者は優先的にトリムの街へ送り込んだため、皆が近接戦闘用の武器しか持たない。しかし、全員が手練れの風貌で、薄く土埃を上げて迫り来る十騎の騎士と、その後ろから走り寄ってくる五十人の歩兵の姿を動じる事なく睨みつけるのだった。


 そして、先行する騎士達の表情が見て取れるほど接近したところで、ブルガルトの横に立つ魔術師バロルが大きな模様を空中に描くように右手を動かす。魔術の発動に取り掛かったのだ。


「マズイ! 散開しろ!」


 騎士達の真ん中を走っていた黒毛の馬に跨る騎士が、バロルの動作を見て取ると、そう叫ぶ。その声に他の騎士達は弾かれたように散開するが――


バリバリバリッ――ドォォンッ


 数拍後、バロルの攻撃術「雷爆波サンダーバースト」が発動した。傭兵達と騎兵達の間の空間に幾条もの雷条が走ると、次いで膨張した大気が大きな破裂音を発していた。


****************************************


 ブルガルト率いる暁旅団の前に姿を現した騎士達とは、襲撃の報せを受けてリムンに急行したユーリー率いる遊撃騎兵隊三番隊であった。後ろに引き連れている衛兵隊は、アートン所属の衛兵小隊で、丁度遊撃兵団の訓練地撤収を代わりに行っていた部隊だった。そんな衛兵小隊と途中で鉢合わせになった所で、ユーリーは強引に ――緊急有事の際の指揮権限は騎士身分に在るため軍紀違反ではないが―― 彼等を傘下に収めたのだった。


 それでもレイモンド王子のお膝元を守る衛兵隊はリムンの街の襲撃と聞くと、文句を言う事も無く付き従ってきたのだ。


 そうして、歩兵を連れたユーリー達の行軍は遅くなるが、それでも最大限急いでリムンに急行したのだ。そして、


「隊長、街が!」


 横を走る騎兵が、黒煙を吐き出すリムンの街並みとその上空を指差して叫ぶ。勿論、既にその光景を視界に収めているユーリーは、極力表情を動かさないようにしながら振り向かずに隊全体へ声を掛ける。


「敵の陣容は分からないが、それほど大部隊ではないだろう!」


 普段ならば、どちらかと言えば慎重を期す言葉を発するユーリーだが、今彼の口をついて出た言葉は、根拠の無い強気なものだった。彼自身、リシアの事が気掛かりで焦っているのだ。そして知らず知らずの内に希望的な風に考えていたのだろう。


 ユーリーの言葉に従う一団はそのまま馬を進めると、やがて街道の先、街の郊外に五十人強の集団を認めた。不統一な装備に身を固めるその集団は一目で傭兵と分かるものだ。王子派軍内で傭兵を用いる部隊は存在しない。必然的に目の前の集団は敵性勢力ということになる。


 その集団を認めたユーリーは蒼牙を鞘から抜き放つと、騎兵全員に「加護」の付与術を掛ける。そして、


「騎馬による突撃を行う、後続歩兵は敵が崩れたところを攻めるんだ!」

「応!」

「三番隊、突撃!」


 ユーリーの号令によって、騎兵隊は馬の速度を一気に上げた。対する傭兵集団は整然とした動きで横隊列を組んで迎え撃つ格好となる。


(弓を……いや、もう近すぎるか!)


 黒毛の軍馬を疾走させつつ、馬上のユーリーは今頃になって弓を射る選択肢を考えるが、既に敵の表情まで見える距離になっていた。そのため、ユーリーはこのまま一度突撃し、薄い横隊列を駆け抜けたあとで距離を置いて攻撃魔術で殲滅しようと決めた。その時、横隊列の後方で、一人だけ可也かなり軽装な男が大きく右手を動かす様子が見えた。それは、ユーリーにとって見紛みまがうことのない魔術の補助動作だった。反射的にユーリーが叫ぶ。


「マズイ、散開しろ!」


 そして、間に合うかどうか、一か八かの対抗魔術「対魔力障壁マジックシールド」の発動に取り掛かる。


 空間に雷光、次いで幾筋もの雷条が或る一点から放射状に周囲に伸びる。その瞬間、ユーリーの力場術も完成していた。


ドォォンッ!


 空気を引き裂く轟音が焦げ臭い朝の空気を引き裂き轟き渡った。


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