Episode_15.24 作戦開始の朝
リムン砦を王子領側から見ると、アートンからレムナ村を抜けて、西と南に別れる前のトバ河を渡った先、南トバ河沿いにダラダラと続く長い坂道の先にあるのがリムン砦となる。そして、坂が斜度を強める手前に広がるのがリムンの街である。
街の人口は一万に満たない。内戦状態となってからは、アートンからターポに抜ける街道はほぼ閉鎖状態のため、人の往来が極端に減ったためだ。しかし、元アートン公爵西方国境伯領として、リムンの戦略的価値 ――王弟派に対する壁―― は非常に大きいものだった。
そのため、
とにかく、そういう人々が多いため、リムンは人口の割に高齢の者が多い。そして、彼等は恩給を得ているため金回りは街の規模に比較して良い部類になる。更に言うと、治安が
そんな街にやってきたリシアは、多くの人々の注目を惹くとともに手厚い歓迎を受けていた。そもそも若者が少ない事情もあるのだが、それよりも何処で聞き付けて来たのか「レイモンド王子と恋仲のパスティナの聖女」という噂が既に広まっていたのだ。
そのため、リシアが勤めている救護院には「未来の妃を一目でも」という風な老人達が多く押し掛け、連日大賑わいになってしまった。しかし商店ならばいざ知らず、救護院の「連日大賑わい」は仕事に悪影響しか及ぼさない。結局リシアは、白鷹団の年配男性の指示で街の巡回をすることになっていた。
そんなリシアは、最近は毎朝夜明け前に起き出している。寝泊まりしている救護院に「差し入れ」と称して食べ物を届けてくれる近隣の住民達の応対をするためなのだが、それが驚くほど早朝にやって来るのだ。夜明け前、文字通り辺りが白み始めた時間帯に、菜園で取れた野菜や生みたての鶏卵などを
今朝も、好意に満ちた表情で野菜類とパンを差し入れに来た老婦人の応対をし、少し長めの立ち話を聞き終えたリシアは、井戸の水を汲むため未だ暗い外に出た。
(ドリスさんは話が長いわ。ああ、ねむたい……)
普段無口な上に少し神秘的な雰囲気を纏うリシアは、周囲から勝手に聖女などと呼ばれているが、内面は年頃の女性である。昨晩はダーリアにいるエーヴィーから届いた手紙を読み、その内容 ――ジェロとの熱い交際録―― に思わずレイモンドの事を考えると悶々として中々寝付けなかったほどだ。
そんなリシアは、汲み上げた冷たい井戸水でサッと顔を洗うと持っていた手拭いで顔を拭く。少しサッパリとした気分になり眠気もどうにか飛んだように感じる。その時、リシアは早朝の空気に異質なものを感じた。
(焦げ、臭い?)
それは、煮炊きを始める家々から吐き出される煙とは明らかに違う焦げ臭だった。リシアは、周囲の様子を伺おうと救護院の表に回る。そして、不意に激しく打ち鳴らされる半鐘の音を聞いたのだ。明らかに異常、異変を告げる半鐘の音に混じって人の声も聞こえてくる。
「襲撃だー! 敵だ!」
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王弟派第一騎士団の分遣隊と共にリムンの抜け道を抜けた暁旅団は、丁度リムンの街のすぐ北側で、河原から街道へと出ることが出来た。南トバ河の河原と峠道に続く街道が接近した場所だ。周囲は街の外というよりも、その郊外という雰囲気で、狭い土地にはしっかりと耕された田畑と農家風の建物が点在している。
「進め! リムンの街を抜いて、砦を急襲するぞ!」
既に予定の刻限よりも四時間は遅れているため、周囲は白み始めており、南に広がる街並み、そこから続く峠道、更に峠の上に在るリムン砦まで
そんな騎士隊長はブルガルト率いる暁旅団の面々に対して、
「街を焼き討ちし、その場に留まれ。砦を急襲する我らが背後を突かれないようにするのだ」
という命令を下していた。
(まぁ、退路の確保は最優先事項だからな)
その命令に応じたブルガルトは、配下の傭兵達に号令を発する。
「一班から十班まで、歩兵部隊と共に街へ進出。ダリアが指揮を執れ!」
「了解!」
「残りはこの場で待機、退却経路の確保だ。手向かう者以外、無用に斬るな! 略奪・強姦の類はその場で斬るからな!」
荒くれの傭兵団では余り聞かない号令だが、配下の傭兵達は当然のように応じると、ダリアを先頭にして分遣隊の歩兵部隊の後方を進んでいくのだ。そして、しばらくすると明るくなり始めた朝の空気にどす黒い煙と民家の焼ける焦げ臭い匂いが立ち込め始めた。
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「リムンの街襲撃」
この報せは、早朝畑仕事に出ようとしていた元騎士の老人によって、その日の昼前にはアートン城下に伝えられた。その老人は、農耕用に飼っていた馬に
そして、レムナの村にはディンス攻略作戦に赴く直前の遊撃兵団がいたのだった。
日の出前の暗い河原で、ユーリーは自分の
そこに報せを聞きつけたレムナ村の村民が駆け込んできたのだ。
「大変だ! リムンが王弟派に襲われてるって!」
「なに? どう言う事だ! リムン砦が落ちたのか?」
村人の言葉に筏に乗り込む直前の状態だったロージ団長が問い掛ける。しかし、その村人は詳しいことを知らないので首を振りながら、
「わかんねぇ、でもリムンの村の爺さんが、すんげぇ勢いでやって来て『お前達も警戒しろ! 危ないと思ったらアートンへ全員逃げ込め!』って怒鳴って行ったんだぁ」
と言うばかりだった。その言葉にロージは逡巡した。しかし、それを横で聞いていたユーリーの行動は明確だった。大箱に納めようとしていた装備類を身に着けだしたのだ。
「おい、ユーリー! 作戦が優先だ。ここは俺の部隊でリムンの様子を――」
指揮官としての責任感からロージ団長がそう声を掛けるが、ユーリーは無言のまま手を止めない。
「おい! 聞いてるのかユーリー」
「……ロージさんには全体の指揮があります。俺が行きます」
鎧下の格好に
「あそこにはリシアがいるんだ……俺が行きます」
静かにそう言うユーリーはミスリルの
「わかった、三番隊を連れて行け。二つ目の滝を越えたところで明日未明まで待つ……なんとか合流しろ!」
と、その行動を追認していた。その言葉にユーリーは一度だけ頭を下げると、レムナ村の厩舎に繋いである愛馬の黒毛の軍馬の元に駆け出すのだった。彼の後を追うのは、装備を完全に整え切れていない三番隊の騎兵面々だった。
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