Episode_15.21 急襲部隊「暁旅団」


 九月下旬の或る日、大方の兵がターポを出発したこの日、スメリノはターポの街の城砦である人物と面会していた。その人物は、スメリノの伯父であり、王弟派の宰相であるロルドールが四都市連合の伝手を使い手配した傭兵団の首領である。


「『暁旅団』のブルガルト、と申すのだな」


 椅子に座ってそう問いかけるスメリノに対して、ブルガルトと呼ばれた四十代半ばの男は落ち着いた雰囲気で頷く。それほど長身という訳ではないが、金属鎧プレートメイルに覆われた身体は年齢を感じさせないほど引き締まっており、顔の表情も同様に厳しさを浮かべている。


 特に相手を威圧する意図は無いのだろうが、数えきれないほどの戦場を潜り抜けてきた男は、体にこびり付いた殺気とも気迫とも表現できる一種のオーラを隠すことは無かった。その雰囲気にやや気圧されたようになるスメリノは、一度咳払いをすると続きを話す。


「全部で二百五十の傭兵団……これで抜け道を通った先にあるリムン砦の裏手にある街を急襲して貰いたい」

「……聞いています。峠下の街、リムンの街を焼き討ちせよと」

「そうだ。報酬は、前金で二百、成功報酬で四百だ」


 鷹揚に頷き、そう話すスメリノの言葉にブルガルトの眉が一度だけピクリと動く。そして、


「お言葉ですが、前金で三百、残りは作戦の結果如何けっかいかんにかかわらず帰還後三百のはずです」

「うむ……そうであったか? オカシイな……」


 スメリノはとぼけて見せるが、ブルガルトは鎧の胸甲内に手を差し入れると、折り畳まれた羊皮紙を取り出す。所謂いわゆる「傭兵契約書」だ。


「こちらの契約書にはそのように書かれております。他にも停戦・休戦の自由、捕虜を得た場合の身代金交渉の自由、鹵獲した戦利品の引き渡し条件、などがありますが」

「ほ、ほう……それでは、貴殿はコルサスの次期王・・・・・・・・である私の言葉よりも、その契約書を重んじる訳だな」


 スメリノは、語気を強めると相手を値踏みするような視線を投げ付ける。しかし「そんなものは屁でもない」と言わんばかりのブルガルトは、若いスメリノが発する鋭い視線を真向から受け止めて、動じることなく言うのだ。


「商いと約束事の神テーヴァの聖印がある正式な契約書ですので……傭兵稼業とは約束を守り合うことで成り立つものです。ご了解ください」


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 前金を受け取ったブルガルトが立ち去った後、スメリノは護衛の騎士達を追い出した部屋で一人となっていた。癇癪かんしゃくを起すことは無いが憤懣ふんまんやるかたない・・・・・・という様子である。ブルガルトという傭兵団の首領が発した気迫に呑まれるように、契約通りの前金を払った事が、何とも言えず腹立たしく悔しいのだろう。そんなスメリノは、不当な怒りを呑み込むと唸るように呟いた。


「傭兵風情が……まぁ良いか、前の冒険者のように、仕事を終えて帰ったところを捕えて適当な罪を与えれば、報酬を払う必要などないのだからな」


 溜飲を下げるようにそう呟いたスメリノは、気分を切り替えるように部屋の外へ追い出した護衛の騎士を呼び付ける。そして、ターポの街でも実行している民衆派の炙り出しを急がせるのだった。


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 ターポの街を出発したブルガルト達「暁旅団」は、三分の一が騎乗で残り三分の二が徒歩である。一時期は中原地方を中心に少数精鋭で鳴らした傭兵団だが、今はその当時よりも輪をかけて少数となってしまっていた。


「敵陣の後方攪乱、それも敵情は不明……昔なら、金貨二千枚でも受けるか悩む仕事ね……でもブルガルト、雇い主が信用できなさそう、っていのが一番気に入らないわ。この依頼を受けるの……私は反対よ」


 小声ながら、そう非難がましくブルガルトに言うのは彼の副官で、ダリアという女性だ。二十代半ばの女性であるが、見た目は美しい。胸のふくらみを強調する胸甲と身体の線を隠さない小札鎧スケールメイルを身に着けた彼女はブルガルトの隣を騎馬で進んでいる。少し口喧しいのと惚れっぽいのが欠点だが、幼い頃に戦場でブルガルトに拾われて以降、実の娘のように育てられた彼女は、同じく身寄りのないブルガルトにしてみれば唯一の肉親同然の存在だ。


「仕方ないだろう、最近はまともな仕事が回って来なくなったんだから……蓄えに手を付けずに今の連中を養おうと思えば、こんな仕事だって有り難くだな――」


 ダリアの声に、ブルガルトを飛び越えて反対側から答えるのはバロルという魔術師だ。革鎧ソフトレザーの上に赤褐色のローブを纏う二十代後半の魔術師はさながらブルガルト率いる暁旅団の参謀といった役割だ。ダリアに対して少し説教めいた口調で喋る彼は、魔術師然とした格好ながら、卒なく乗馬をこなしている。此方もブルガルトとは十年来の付き合いである。


「バロル、そう痛い所を突くなよ」


 そんな参謀役の言葉に苦笑いを隠さないのはブルガルト本人である。


「中原の連中から四都市連合より・・・・・・・と決めつけられた上に、その四都市連合から仕事を干されているんだ……ダリアも分かってくれ」


 そう言うブルガルトの言葉が、端的に「暁旅団」の現状を物語っていた。彼等は二年前のリムルベート王国における作戦で当時の雇い主である「四都市連合」の不興を買っていた。敵方のリムルベート王国の王子と大侯爵の当主という超重要人物を捕虜にしながら、それを当時のノーバラプール市民政府に引き渡さなかった、というのである。


 勿論これには異論があるブルガルトである。元々捕虜の処遇は暁旅団に裁量権があった。しかも、折角落としたトルン砦をリムルベートに奪還されたのは、後詰の防衛部隊を派遣しなかった市民政府側の落ち度だと言いたいくらいである。


 しかし、いくら正当性を主張したところで「はいそうですか」と成らないのが世の中というものだ。その時の傭兵契約は無事満了したが、その後の仕事がパタリと途絶えたのだ。しかも、折り悪く中原の覇者ロ・アーシラは一時期見せていた周辺国への拡大政策を一変させ、リムル海の覇権を四都市連合と競う方針に変更していた。そのため、暁旅団の主な活躍の場であったオーチェンカスク・ベート・ロ・アーシラという三つの大国が国境を接する地域は現在争いが無い小康状態が続いているのだ。


 そのため、以前は五百近くの数であった暁旅団は今や半分になっている。また、以前いた切り込み隊長も、仕事が途切れるとあっさりと去って行ったのだった。


「何処かで大きな仕事をやったら、もう後は引退して悠々と老後を過ごしたいものだよ。だが今のまま・・・・ではそうも言っていられない。機会が巡ってくるまで、こうやって食い繋がないとな!」


 わざと明るい調子で言うブルガルトである。その言葉に未だ何か文句を言いたそうなダリアも口をつぐんでしまった。最近のブルガルトは頻繁に引退とか解散と口にするのだ。本当の所は娘同然のダリアにも分からないが、割と本気でそう思っているのかもしれない、と考えていた。


 暁旅団には、バロルが言ったように蓄えた金貨がある。凡そ五千枚といったところだ。それは傭兵団の運営資金とは別の蓄えである。傭兵団を解散する場合や維持が困難になった場合に、部下達に配るための備えなのだ。常々ブルガルトは、


「手に職の無い連中が食い詰めてやるのが傭兵だ……食える分には、向いてる奴・・・・・には楽しい仕事かもしれないが、一旦食えなくなると悲惨だ」


 と言っている。そして、一旦解散を決めた後は、部下達が再び別の傭兵団に加わって同じ稼業を続けなくても良いように、と備えているのである。刹那的な考えが支配的な傭兵という職種において、ブルガルトの配慮は異例なものだろう。


 更に、途中で傭兵団を去る者達にも、その時、その者の功績に応じて手当を払っているし、戦死した者で親族がいる者には、補償の金を送ったりもする。そんな手厚さが、優秀な人材を呼び込み、団内の結束を強くする。傭兵団として上手く回っているウチはそれでいいのだが、一旦仕事が無くなると、その手厚さが重荷になるのは事実であった。しかし、


(だからと言って、やり方を変えようと言っても、父さん・・・は聞かないだろうしな……)


 とダリアは思うのである。


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 暁旅団が進む街道は、やがて山道のように登り坂になっていく。そこを進む一行の先頭に立つブルガルトとダリア、そしてバロルはしばらく無言で馬を進めるが、不意にブルガルトが声を上げた。ダリアとバロルに向けた、というよりも、彼等に付き従う傭兵達に向けた声だった。


「あと半日も進めば、峠手前の麓の街だ。そこで物資を受け取ってからは二日ほど野営になるぞ!」


 その声を受けてダリアも調子を合わせる。


「皆聞いたか? 街に着いたらパーッとは出来ないがしっかり酒は飲み溜めておきなさいよ! わかった?」


 なるべく威勢良く、そう声を上げるダリアに対して、騎馬、徒歩問わず、多くの傭兵達が大声で応える。中には豪胆にも副官である彼女に、一緒に飲もう、と誘い掛けてくる者も何人か混じっていた。現時点で暁旅団に女性の傭兵はダリアだけなので、副官という立場もあるが、そういう誘いが掛かるのは慣れっこだった。だから、


「わかった、皆まとめて潰してやるから、覚悟しときなさいね!」


 そんなダリアの声が傭兵達の隊列に響く。一応父親代わりを自負しているブルガルトはその言葉に苦笑いを隠すことは無かった。

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