Episode_15.15 アートン城の日常 双子の証し


 晩餐の翌日、アートン城は普段通りの一日を迎えていた。


 眠い目を擦りながら、城内の備蓄倉庫へ向かうユーリーは、昨晩の事を思い出しながら、石造りの廊下を歩くのだった。


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 ユーリーは晩餐の後、城内に準備された部屋で一晩を過ごしていた。そして夜中過ぎまでの時間、再会したばかりのリシアと色々と話し込んでいた。主にお互いが物心ついてから現在に至るまでの話である。


 ユーリーは幼少からずっと養父であるメオン老師の庇護ひごのもとでリムルベート王国の北部にある開拓者村、樫の木村の住人として過ごしていた。色々と語ることはあったが、ウェスタ侯爵領の領兵団に入るまでは安寧とした暮らしだったといえる。そして、幼いころから始まって今に至るように順序立てて話していた。


 特に、リムルベートで見習い騎士として過ごすようになり、リリアと出会って以降の話について、リシアは目を輝かせて聞きたがったものだ。


「リリアさんて、かわいいの?」

「え、う、うん、かわいい、と思う」

「今何処にいるの?」

「それが……わからないんだ」

「あ……ごめん、なさい。でも、大丈夫よ」

「そうだと良いけどね」


 最終的には、色々聞き過ぎてユーリーを落ち込ませる結果になってしまった。親愛の情以外で人を好きになった経験の無いリシアでも、弟ユーリーの落胆の理由は何となく分かるのだった。そして、そこからはリシアが語る番となった。


 リシアは、喋り方こそたどたどしい・・・・・・ものの、語る内容はしっかりとしている。しかし彼女の話は、トリムで起こった事件から始まり、徐々に昔にさかのぼって行く語り方だった。特に、小滝村のオーク事件以前の話となると情報量が一気に少なくなる。そんな彼女の話をかいつまんで言うと、当時はリムルベートとオーバリオンの間を行き来して、救民使活動への賛同者や信者を増やそうとしていたとのことだ。そして、それより以前はコルサスよりもさらに中原よりのベートとオーチェンカスクの国境地帯にいたということだった。


 幼い頃の記憶というのは曖昧なものだが、それでも数年飛ばしでザックリとした説明しかしないリシアに疑問を持ったユーリーは、その点を訊くが、それを契機にリシアの顔はつらそうになった。そして、


「あんまり、昔の事、思い出したくない、かな」


 と呟くのみだった。手前から順に溯るように話すのもこういう理由からだったのだろう。そう納得したユーリーは、蒼ざめた表情のリシアを慰めるように、黒髪を手櫛で梳き撫でる。一方のリシアは、過去の記憶が鮮明に蘇りそうになったところで、ユーリーの手の感触を感じる。細いが逞しい手は暖かかった。


 しばらくそのままの姿勢を続けた二人だが、不意に口を開いたのはリシアの方だった。


「勘違い、かもしれないけど、私達二人で一緒にいたら、いけないと」


 リシアが言う言葉は、小滝村での食人鬼オーガーとの一戦の際に垣間見た幻影の話だった。それはユーリーの記憶にも鮮明に残っていた。しかし、ユーリーはその後に知り得た話を踏まえてそれを否定する。


「それは、父親側の一族が原因らしい――」


 二人が同時に垣間見た幻想の中で、エクサルという老女が言った言葉


 ――この二人は一緒にいると不幸になる―― 


 唯一明確に聞き取れたその言葉に対するユーリーの解釈は、伯父だと名乗り出た使徒・・アズールの説明によって一応の納得を得ていた。


「父親は人間とは違う種族なんだって。伯父だと言うアズールさんも……確かに人間ではなさそうだった。その内会えるかもしれないけどね……とにかく、その人が言うには父親達は本来下界の人間と交わってはいけない掟を持つ種族だって。だけど、母親……多分エルアナって人と交わって、それで俺とリシアが産まれた、ということらしい」

「じゃぁ、そのアズールって人はユーリーに何もしなかったの?」

「うん、アズールさんが言うには、彼等の種族はもう滅ぶんだって……だから今更掟をどうこう・・・・言っても仕方ないんだってさ」

「そう……迷惑な話、ね」

「全く、迷惑な話だよ」


 重大な内容だが、リシアがサラッと言う言葉に、ユーリーは苦笑いになる。本当に迷惑な話だと思った。しかし、それ以上の恨み言が出てくるはずもない。過ぎたこと、自分達がどうにもできない事をとやかく・・・・言っても始まらない。そう納得して明日を見ることが出来るほど、二人は聡明だった。


 その後も二人は語り合った。ユーリーの光の翼や、リシアの光の輪。リシアは強く心に願って言葉を発すると、神の奇跡の様な現象を引き起こせること。対するユーリーは、それら全てが使徒アズールの見せた力であることを言う。そして、


「私達って」

「やっぱり双子だね」


 という結論に達していた。アズールが一人で持ち得る力を分けて持つ二人、恐らく父親の形質を分けて引き継いだのだろうと、納得していた。常人には受け入れられないような結論でも、既に心当たりのある二人はすんなりと受け入れていた。


 そのまま語り明かすのかと思われた夜だが、やがて睡魔が訪れる。二人はその夜、一つのベッドで眠りに就いた。男女がするようにではなく、双子の姉弟がするように、二人はぐっすりと深い眠りに落ちていった、欠けていたものが揃った充足感に満たされて。


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「――さん? ユーリーさん!」

「あ、えっと、はい?」


 心を別の所にやっていたユーリーは、少し苛立った声によって現実に引き戻された。彼は備蓄倉庫で山の王国から送られてきた最新式の弩弓クロスボウの検品をしていたのだった。一緒に検品していた倉庫番の若い役人は、結局一度も手伝わなかったユーリーに対してブツブツと文句を言っているが、結果はちゃんと報告してきた。


「ったく……数は全部揃っていました! 後、箱からユーリーさん宛ての手紙が出て来ましたよ」

「え、あ、そう……ありがとう」

「じゃぁ、私は宰相様に報告してきますので、配備計画を明日の朝までに作ってくださいね!」


 機嫌悪そうにそう言い残して、倉庫番の役人は立ち去って行った。ユーリーはその後ろ姿と手渡された手紙を見比べる。手紙には「恩人ユーリーへ、ポンペイオ」と書かれていた。


 ――最近めっきり音沙汰を聞かなくなり、手紙を出しても返事が来ない。心配していたが、伯父上ザッペーノに確認したら、なんと東国へ旅立ったと、幾らなんでも報せ一つも無く旅立つとは、恩人甲斐の無い男だ。そう思っていた所に貴公からの便りを得た訳だが、流石にコルサス王国、レイモンド王子と連名の書状は驚いた――


 ポンペイオ王子からの手紙は前段がこのような内容だった。


 ――とにかく無事で元気にやっているようで何より。納品した弩弓は、以前ウェスタ侯爵家へ収めた物の改良版だ。梃子の支点の部分に強度不足が在ったため、補強してある。お蔭で以前よりも強い矢を撃つことが出来るようになった。しかし、納期が短いのには難儀したぞ、これからは欲しいと思ったら要るか要らぬかの判断の前に取り敢えず報せて欲しい――


 中段は、短い納期に対する文句だった。それでも、しっかり改良版を出してくる辺りが如何にも山の王国らしいドワーフの職人魂なのだろう。


 ――リムルベート国内もアルヴァン殿らウェスタ侯爵領も、最近は戦争が近いとザワついているようで、大変そうだ。いずれにせよ、来年の春には帰参すると聞いている。戻った際は是非報せて欲しい。あと、貴公の婚約者だったと思うが、リリア殿が昨年我が領内を通過しドルドへ向かって行った。山の王国は素通りだったが、今度立ち寄った時は、是非宮殿にも顔を出すように言って欲しい。素通りとは寂しいものだ――


 との事であった。それを読んだユーリーは、文末にあったリリアの消息に安堵を覚えた。何故ドルドに向ったか、その理由は分からないがレオノールが治めるドルドにいる間、リリアは安全だろうと思ったのだ。そして、その事に安堵するあまり、戦争が近い、という部分を読み飛ばしていたのだった。

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