Episode_15.10 参上、飛竜の尻尾団!
ジェロは本来
対する騎士は、この場に居るはずの無い衛兵の出現に驚くが、此方も歴戦の猛者である。まず、妨害を排除することに決めると長剣の切っ先をジェロに向ける。
先に動いたのはジェロだ、体勢を低くすると、一気に間合いを詰める。マルス神の祝福を受けたジェロの動きは矢のように素早い。しかし、対する騎士は動じることなく、真っ直ぐに突っ込んでくる衛兵に対して、両手で持った長剣を真上から叩き付けるように振るう。
ガキィン
青い火花を散らして二つの剣が打ち合わされる。上から振られた大隊長の長剣はその地位に見合った業物だ。対するジェロの持つ衛兵の片手剣は完全な普及品、結果は武器の格に応じたものになり、ジェロの持つ片手剣が根本からあっさりと折れてしまった。そして勢い余った長剣は、その根元の部分をジェロの肩口に食い込ませていた。衛兵の着る革鎧では、上段から振られた剣を弾く事が出来ず、パッと血潮が夜空を舞った。
しかし、それは元より織り込み済みのジェロである。一気に間合いを詰めたのは、自身も長剣使いであるが故、長所である間合いの遠さを潰し、短所である取り回しの悪さを突いた捨て身の作戦。死中に活を得る、と言えば聞こえがいいが、少し無謀ないつも通りのジェロの姿だ。
「うらぁ!」
肩から血を迸らせるジェロは怯むことなく、そのまま相手の騎士に組み付く。そして、長剣を持った敵の両手の間に折れた片手剣の持ち手を差し込み、左手で長剣の十字鍔の片方を持つ。
「なっ」
相手の驚く声を完全に無視したジェロは、その状態で全身の体重を乗せて捻り込むように下方向へ一気に倒れる。
「ぐぬっ」
手首の関節をねじ折る勢いで投げを打ったジェロの動きに、大隊長は思わず長剣の柄を手放して投げ飛ばされていた。金属鎧が石床を削る音と共に、騎士は塔の縁まで転がると、落ちる寸前で止まる。重い金属鎧が、慌てて起き上がろうとする騎士の動きを阻む。そして何とか起き上がった時、彼の眼は自分の
「覚悟!」
「ま、まっ――」
待てと言いたかったのだろうか? しかし、これまで数々の命乞いを無視してきた騎士へ迫る切っ先は、待つことは無かった。
ガシャァンッ
ジェロの鋭い刺突をまともに喉に受けた騎士は、仰け反った勢いで塔の下へ落下すると、喧しい金属音を立てて石畳に叩き付けられていた。
「はぁ、はぁ……お嬢ちゃん、大丈夫かい?」
荒れた呼吸を整えながらジェロはエーヴィーに声を掛ける。しかし、エーヴィーは何処か現実離れしたものを見るような目で、ジェロを見返した切り、返事をすることを忘れてしまっていた。
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イデンは敵兵から奪った盾を片手に、弓兵の攻撃を受け止めていた。第一騎士団の兵が持っていた
タァンッ、タァンッ!
既に塔の最上階の端まで退いた弓兵が放つ強弓の矢は、鏃を貫通する事無く全て受け止められていた。そんな大盾の後ろに身を屈めるイデンは、さながら甲羅に身を隠す大きな陸亀のようだ。しかしこの陸亀は普段の温厚さを捨てざるを得なくなった時、
「ば、化け物!」
矢を全て防ぎながら、
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(化け物か、たしかにそうかもしれない……)
そうイデンは思った。ジェロ達と同じインバフィル近辺の山村メールーで育った彼は、田舎村に生まれた若者の多くがそうであるように、近くの街に若い頃から働きに出ていた。その当時の彼は、今ほど無口では無く、恵まれた体格と有り余る力を持て余した粗野な少年だった。
それは或る日のこと、街で知り合った悪友たちと喧嘩に巻き込まれたイデンは、その腕力に任せて相手を殺してしまった。喧嘩の理由は些細なことだった、誰かの女を取っただの取らないだの、そんな低俗なものだ。それで、人の命を殺めてしまったイデンは殺人の
しかし、自分の中に簡単に人を殺してしまう化け物の如き
マルス神の信者には二通りの種類があると言う。己の力を鍛え続けその力を証明するために戦いを求める者と、自らの内面に在る
そんな信心深い温厚な大男だが、生まれ持った強靭な
「うおぉぉぉぉっ!」
獣の咆哮を上げるイデンは一気に弓兵達と距離を詰める。そして、十人いる弓兵の中に突っ込むと、衛兵の武器である片手剣を、刃筋も無視して
バキッ!
三人殴り倒したところで、剣が折れた。構わない。イデンは先ほどまで防具だった大盾を両手で持つと、まるで戸板を振り回すようにして次々に残った弓兵を打ち据える。
弓兵の中で応戦のために剣を抜けたのは、三人いるかいないか、だった。そして、それらの者も全てイデンに打ち倒されていたのだった。
「イデン、大丈夫かっ? 集合場所へ急ごう」
肩で息を吐くイデンに、ジェロの声が掛かる。振り返るイデンの視界には、心配そうに自分を見つめる
「急ごう」
普段通りの言葉少ななイデンの返事が、再び怒号渦巻く夜空に小さく響いた。
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ベッドに伸べられた自分の体に圧し掛かっていた苦痛そのものの重さは、部屋中に溢れた光が治まったとき、掻き消えていた。そしてリシアは茫然と周囲を見渡していた。ハァハァという自分の荒い息遣いが聞こえる。
拒絶感と無力感が暴走した結果、心の底から助けを求めたリシアは、弟であるユーリーの名を呼んでいた。その瞬間巻き起こった光の嵐は、スメリノの陰惨な嗜好が詰まった部屋を滅茶苦茶に荒らしていた。
「う……うぅ……」
部屋の隅から呻き声が聞こえる。体を起こしたリリアは、肌蹴たローブの裾を直しながら、その呻き声の方に視線を送った。そこには、床に蹲るスメリノの姿があった。まるで幼児がするように膝を抱えて丸まった姿勢のまま床に転がる彼は、白目を剥いたまま天井を見上げて呻き声を上げるのみだった。
「……」
その様子は全くの無防備。報復を意図すれば、リシアの細腕でも簡単に息の根を断つことができるだろうと思うほど、無力な姿だった。しかし、リシアは僅かな憐みを籠めてその姿を見るだけだった。
そんな彼女は、生き別れた弟を思う。四年前のあの時、狂気に扇動されて辿り着いた丘の上で、オーク兵に襲われた自分を助けた彼は、
(会いたい……もう一度、ユーリーに会いたい……)
不意に起こった寂寥感は、一気にリシアの胸を苛む。だが、その事に捉われて居られる状況でないことは理解していた。先ずはこの場所から離れなければならない。
「鍵を出しなさい」
リシアは蹲ったままのスメリノに言う。彼女の声を受けたスメリノは、白目を剥いたままだが、その手は懐から鍵を取り出していた。
「……きっと気が付いたら何もかも忘れているわ、眠りなさい」
そう言い残してリシアはこの陰惨な部屋を後にした。バタンと扉が閉じると、再びガチャリと自動的に鍵が掛かった。しかし、室内に残されたスメリノは蹲った体勢のまま、いつの間にか寝息を立てていた。
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「怪我をしている人はいないか? みんな、歩けるか?」
「さあ、早くこっちへ、北の物見塔へ急ぐんだっ」
囚われた人々を誘導する、リコットとタリルの声が聞こえる。
監獄棟へ突入したリコットとタリルの二人。近接戦闘は苦手な二人だが、監獄棟に残っていた獄卒の数はそれ程多くなかった。そして建物内部の狭い通路を利用して極卒達と対峙した二人は、
監獄棟の外、少し離れた南門側では、状況の変化が有ったようで、
「大隊長がやられたぁ!」
「侵入者か! 兵を回すか?」
「駄目だ、門へ回せ! 持たないぞ、破られるぞ!」
「門が破られたらどうするんだ?」
「居館の警備なんてどうでも良い、全員南門に回せ!」
といった混乱気味の怒号が飛び交っている。トリム城砦を守る騎士や兵士達の注意は大半が南門に向けられているようだ。そして、監獄棟に囚われていた人々が全員外に出た頃、
ドカンッ!
と一際大きな音が響き、次いで外の暴徒達の怒号がより大きくハッキリ聞こえてきた。南門が破られたのだろう。
「都合が良い、みんな急げ!」
タリルが先導する格好で、人々は南側の物見塔に向かう。そこへ、ジェロとイデンが七人の人を連れて合流した。
「無事だったか!」
「あたぼーよ」
そんな短い会話が交わされる。そして、ざっと数えて四十人弱となった人々はひと塊で外壁の内側沿いに北の物見塔を目指す。もっと多くの人々が囚われていたはずだが、何処を探してもこれ以上の人は見つからなかったのだ。
集団を先導するのはタリルとイデン。人々はその後を続いてなるべく目立たないように歩き出す。しかしその時、悲痛な声が上がった。
「リシアがいない!」
「リシア様が!」
それは白鷹団のリーダージョアナと、ジェロに助けられたエーヴィーの声だった。その声にリコットは思わず舌打ちしていた。
「チッ、どうする?」
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