Episode_15.09 救出! 勇気の形


 トリムの城砦を守る第一騎士団の指揮官はスメリノだが、彼が自室に籠って出てこない状況に、代理で指揮を執るのは大隊長の一人だった。一週間前に港湾地区のアフラ教宣教師を摘発する際に女性信者を問答無用で斬った人物である。剣の腕は立つ上に若いころから戦地に身を置くベテランでもあった。しかし周囲が眉をひそめるほどの暴虐な性格で、スメリノ旗下の第一騎士団で無ければ大隊長になど昇格できない人格の持ち主であった。そして、そういう人物であるが故にスメリノには重用されていた。


 その大隊長は居館と南門の間に建つ行政舎の前に主力の騎士達と兵を配し、残りの兵達には物見塔の上に陣取る射手達への矢の補給を急がせている。しかし、


「破城槌、門に取り付きました!」


 という報告に苛立ちつつも、如何にも彼らしいを思い付いていた。ニヤリと笑った彼は、


「監獄棟に捕えた者達を選んで物見塔の上へ連れて行け! 二、三人突き落とした上で、解散を命じれば大人しくなるだろう」

「だ、大隊長殿、そのような事、本気ですか? そのようなやり方は、賊や傭兵でも行いません、まして王の鎧・・・たる第一騎士団がすべきではありません!」


 大隊長の命令に、騎士達は動揺する。そして一人の若い騎士が詰め寄ると、果敢にそう言い募った。戦いに於いては捕虜の処遇が戦略のかなめになることはある。しかし、それは敵軍の将兵であり一般の平民ではない。一般の平民をそのように扱うのは騎士としてするべきでは無い、というのが若い騎士の言い分だ。だが、


「それでは、貴様は私の命が不服なのか? 私が賊や傭兵にも劣ると言うのか?」

「他にやり方があるのでは、と言っ―― ぐぁっ」


 大隊長の返事に更に何か言おうとした若い騎士だが、言葉が途中で悲鳴に変わった。先程まで鞘に収められていたはずの大隊長の長剣が、若い騎士の首筋を断ち斬ったのだ。短い悲鳴を発したその若い騎士は、首筋の脈から噴水のように血を噴き上げて崩れ落ちる。突然の出来事に周囲の騎士達は目を丸くするばかりだった。


「抗命罪と上官侮辱罪によって処刑した! 不服のある者は?」


 大隊長の怒声に、誰も不服を言う者はいなかった。


「ならばさっさと、言われた通りにしろ!」


 そして周囲を威嚇した彼は、自ら手を下すべく物見塔へ向かうのであった。


****************************************


 ジェロは迷っていた。


 何を迷っているかと言うと、危険を冒してまで、城内に忍び込み捕えられた人々を助ける必要があるか? という事についてである。


 ジェロと三人の仲間達は、南門の前を埋め尽くした解放戦線の兵士と暴徒達から離れ、東側の外壁近くに潜んでいた。丁度、外壁を乗り越えれば直ぐに監獄棟、という場所だ。そこで物陰から状況を伺う彼等は、全員が問い掛けるような視線をジェロに送っていた。普段は小馬鹿にされたり、頼りないと言われたりするが、結局「飛竜の尻尾団」のリーダーはジェロなのだ。


 ジェロは考える。


 このまま解放戦線と暴徒達がトリムの城砦を陥落させれば、捕まった人々もユーリーの姉も無事解放されるはずだ。しかし、王弟派第一騎士団もそう易々と城砦を落とされるとは思えない。トリムの城砦に立て籠もるのは、他の誰でもない、王弟の息子スメリノなのだ。意地でも守り切ろうと、ターポに居る騎士達が援軍で駆け付けるだろう。そうなると勝負の行方は全く読めなくなる。


(助けるならば、城砦内が混乱している今が絶好の機会なんだが……)


 ジェロの指示を待っているリコット達三人は、その間も周囲に目を配っている。城砦の南側に建つ二つの物見塔の上では、十人程の弓兵が一心不乱に矢を射ているのが見えていた。しかし、その弓兵達が一斉に射撃を止めると姿を引っ込めた。そして、塔の上に姿を現したのは篝火に照らされた、兵士とは違う人々の影だ。


「おい、あれを!」


 リコットの言葉に全員の注目が物見塔の上に集まる。そこには、後ろ手に縛られ、頭に目隠しの覆いをされた人々の姿があった。十人ほどの彼等は、後ろから騎士に追い立てられるように、塔の縁へ進んで止まった。そして、


「暴徒に告げる! 速やかに武器を置き解散せよ! さもなくば、捕えた民衆派の関係者・・・・・・・を反逆罪で処刑する!」


 そう大声で告げる騎士の声が聞こえてきた。声は南門の前に集まった解放戦線の兵士や暴徒達の注目を集める。そして、一拍間を置いた後、凄まじい怒号が返ってきた。しかし、騎士はその怒号に動じることなく、一人の信者の目隠しを外す。目隠しを取られた信者は、最初の騒動で捕えられた宣教師だった。彼は声を発することが出来ないようで、物見塔の縁に立ち尽くしている。そして次の瞬間、後ろから袈裟掛けに斬られると、その勢いのまま物見塔から落下した。


 ジェロ達の場所からは落ちた先の様子までは見えなかったが、聞こえるはずのない、ドスンッという音が聞こえた気がした。怒号が静まっていたのだ。


「もう一度告げる、速やかに武器を置いて解散しろ!」


 静まった夜の闇に、騎士の声が響くと、更にもう一人の信者が犠牲となった。今度はハッキリと、ドサッという落下音が響いて聞こえた。


「だめだ、もう見てられない! タリルっ」

「どうする?」

「オレとイデンに浮遊レビテーションを!」

「分かった、付与術は?」

「イデン、マルス神の加護を頼む」


 ジェロの指示によって、タリルが魔術を、イデンが神蹟術を発動する。


「ジェロ、オレとタリルは監獄棟へいくぞ!」

「そうしてくれリコット、合流は北側の物見塔だ。そこから外へは、タリルの羽毛落下フェザーフォールで脱出だ」

「お、おい、オレの魔力はそんなに持たない――」

「中に神蹟術を使う人が沢山いるだろう、きっと大丈夫だ!」

「タリル、頑張れ」


 次々指示を出すジェロは決断していた、自分達がこの蛮行を止めるのだと。


****************************************


 目隠しをされ、猿轡さるぐつわを噛まされ、後ろ手に縛られたエーヴィーは恐怖の極致にあった。監獄棟の独房から連れ出されて、大勢の人達と一緒になって長い階段を上った後、急に開けた場所に出たのは分かっていた。風が吹き抜け、下の方から数えきれないほどの人々の喧騒や怒号が響いてくる。


 エーヴィーは自分のいる場所を分かりたくなかったが、


(きっと、物見塔の上だわ……)


 と確信していた。そして、突然背後から大声が上がった。


「暴徒に告げる! 速やかに武器を置き解散せよ! さもなくば、捕えた民衆派の関係者・・・・・・・を反逆罪で処刑する!」


 暴徒、民衆派、反逆罪、処刑。十八歳のエーヴィーは、恐ろしい言葉を並び立てたその声に足が震えだすのを感じる。


(私は民衆派なんて知らない!)


 そう抗議したいのだが、きっと猿轡を外されても、ろくに声を発することは出来ないだろう。足元からは大声に対して反発のような怒号が上がっている。混乱と恐怖に打ちのめされたエーヴィーは、さらに聴覚を怒号に埋め尽くされる。しかし、近くで人の気配が動いたことは分かった。そして先ほどの大声の主が、耳元で言う言葉を聞いた。


「ほう、私が捕えた宣教師だったか……神に祈りたいのならば猿轡を外してやろうか? ――ふん、まぁいい、死ねっ」


 周囲で激しく何かが動く気配。しかし、エーヴィーにはそれ以上の事は分からない。


「次は……お前か」


 そして再び周囲で激しく何かが動く、いや、エーヴィーの耳はブゥンという低い風切音を聞いていた。そして、少し間を開けて足元からドサッという音が聞こえる。


「もう一度告げる、速やかに武器を置いて解散しろ!」


 いつの間にか、周囲を満たしていた怒号は消え去り、極度に緊張の漂う静寂が残されていた。そして甲冑に身を包んだ騎士の動く音が、やけに大きく響くと、不意にエーヴィーは自分の肩を掴まれるのを感じた。次いで乱暴に猿轡と目隠しが取り払われる。その弾みで、猿轡に噛まされた荒縄がエーヴィーの形の良い唇を傷付け、目隠しに絡まった細い巻毛の金髪が引き抜かれる。


「ひぃ……」


 掠れた声が血を滲ませた唇から漏れた。彼女の目の前には思った通りの光景 ――夜の闇に沈むトリムの街と、足元に押し寄せている暴徒と化した人々―― が広がっていた。そして、人々の視線が自分に向けられているのを感じたエーヴィーは殆ど無意識に後ろへ振り向く。


「小娘か……民衆派の事を知っているのならば……いや、聞くには及ばないか」


 振り向いた先で声を発したのは、血糊を貼り付かせた長剣バスタードソードを片手にした騎士の大隊長。焚かれた篝火によってチラチラと照らされた表情は悪鬼の如き陰惨な表情を浮かべている。


「……」


 目の前の騎士が持つ血糊を貼り付かせた剣と、その陰惨な表情を見比べるエーヴィーは、咄嗟にパスティナ神への祈りを捧げることも忘れてしまう。心に浮かんだのは、


(いやよ! まだ死にたくない、どうして私なのっ)


 という悲痛な叫びだった。


 そして恐怖に見開かれたエーヴィーの瞳は、ゆっくりと剣を振りかぶる騎士の姿を映す。その時不意に、エーヴィーの視界の端、物見塔の最上階の床が途切れた先の空中に、他の兵とは格好の違う兵士が二人、せり上がって・・・・・・来るのが見えた。


 物見塔の上の人々、目隠しをされた信者達や彼等を連れてきた獄卒達、そして後ろに下がった弓兵を始めとする兵士達は、不自然に宙に浮いた二人の存在に気付かない。兵士達はやや悲痛な面持ちで、まだ少女と言えるエーヴィーに視線を注いでいた。


「では、死ね!」

「まてぇっ!」


 騎士が断罪のように言葉を発した時、既に上空まで舞い上がっていた二人の内の一人が雄叫びを上げながら物見塔の中央に飛び込んできた。次いでもう一人の大男も同じように飛び込む。


「なんだ!」


 突然の異変に大隊長は、剣を振り下ろすのを止めて振り返る。そこには、衛兵の格好をした男が二人。その内一人が、もう一方の大男に指示を出す。


「イデン、後ろの兵士を頼む! 俺はコイツを片付ける」

「わかった、偉大なる勇気の神マルスよ、我らに戦場いくさばの祝福を!」

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