Episode_15.06 白鷹の受難


 とにかく、ジョアナを始めとしたパスティナ救民使「白鷹団」の面々は、百人以上いる子供達の世話を、アフラ教の信者らと共に行っている。


 リシアは年少の子供達に本を読み聞かせるのが仕事となっている。彼女の語り口は、ゆっくりとしているが、それが幼い子供達には聞きやすいのだろう。実はもう少し歳上の子供達をリシアが相手にすると、何故か子供達はリシアに対して変な遠慮をしてしまうのだ。少し常人と違う雰囲気を感性が鋭い子供達は敏感に感じ取るのだろう。しかし、それではいけない、ということでリシアの担当は五から六歳前後の子供達なのだ。


 そんなリシアの周りには十人以上の子供達が車座になって座り、彼女の声に耳を傾けている。一方、少し離れた場所では、もっと年上の子供達を相手にエーヴィーが大声を上げている。子供以上に大きな声で何かを喋っている様子だった。


(喧嘩でもしたのかしら……それにしてもエーヴィーは何時も元気ね)


 エーヴィーはリシアの二歳年下。巻毛の金髪は昔からだが、身長も伸びて女らしい体付きになっている。喋らず大人しくしていれば可愛らしい外見の少女だが、中身は相変わらずそそっかしい性格である。そして、やんちゃ盛りの子供達を相手にしても引けを取らない溌剌さがあった。


 リシアは、エーヴィーの声を耳で聞き取りつつ、目と口は本の文字を追っている。そして頭の中では別の事を考えていた。一週間前の事件の時に、寄宿している口入屋で出会った二人の男の事だ。


(あの人たち、きっとユーリーの知り合いね……)


 どうしてわかった、と聞かれると答えようが無いが、リシアはそう確信していた。数年前にデルフィルで大怪我を癒した青年もユーリーの知り合いだった。不思議な事だが、ユーリーと係わりのある人物は、何となく匂いで分かってしまうのだ。そして、久しぶりに彼のことを思い出していた。


あの子・・・、元気にやっているのね……)


 出会ったのは四年前、一緒にいた時間はほんの短い間だ。しかし、リシアはあの時・・・に垣間見た幻想と、自分が行った行為を忘れることは無かった。オーク達の襲撃と凶悪な食人鬼オーガーとの対決。その間隙で見た幻想はユーリーと共有された記憶だった。


(あの時産着を着た私はユーリーと一緒にベッドに寝かされていた。覗きこんだのが私達の両親なのね。お母さんの名前はエルアナ……そして、御婆さんかしら? エクサルって名前も出ていた……)


 そこまで思いが至ると、リシアは無意識に首から下げたペンダントをローブの上から触る。それは、白銀色の半月状の土台に赤っぽい金の縁取りを施し、中心に赤色の輝石を埋め込んだ親指の先より少し大きなペンダントヘッドだ。これと同じ物をユーリーも身に着けているのをリシアは垣間見ている。そして、幻想の中でエクサルと呼ばれた老婆が言った言葉を思い出すのだ。


(きっと私が姉であの子が弟ね……でも、二人で一緒にいてはいけない……寂しいけど仕方ないわね)


 それがリシアの結論だった。幻想の中でエクサルという老婆はリシアとユーリーが二人で一緒にいてはいけないと言っていた。父親の仲間が殺しに来る、というのが理由だったように思う。しかしそのこと自体、今のリシアにはどうでも良かった。では、何故彼女が幻影の中のエクサルの言葉に同意見となっているかというと、単純に「恐ろしい」からだった。


 ユーリーと一緒にいることで自分の中にある何か、例えて言うならば歯止めやたがのようなものが外れやすくなる、と直感していた。そして、リシアにはそのことが「恐ろしい」と感じられるのだ。


 現にあの時、食人鬼オーガーの一撃を受けて瀕死となったユーリーの姿に、彼女は自分の力を野放図のほうずに解き放っていた。その時の彼女を支配したのは、大切な存在を傷付けられた事への逆上する怒りと、その事実を受け入れない断固とした拒絶。そして、最も彼女をおののかせたのは、体を通して外に出る力がもたらした、快楽にも似た恍惚感だった。その結果、時間の進み方がいびつになり、巨大な食人鬼オーガーは灰となり、即死に近かったユーリーの傷は何事も無かったかのように癒えていた。それは尋常ではない力の発現だった。


 あの時以前にも目の前で人が死ぬ光景を何度も目にしていたリシアである。しかし、両親と思っていた育ての親を目の前で惨殺され、声を忘れてしまうほどの衝撃を受けた時でさえ、あのような力の暴走は起きなかった。それが、その時知り合ったばかりのユーリーに対しては全く違う反応で現れたのだ。その事に、彼女が恐れを感じたとしても何の不思議も無かった。


(きっと、一緒にいてはいけないのは、パスティナ神の御意志でもあるわ)


 我ながら少しこじ付け・・・・のような結論に達すると、そのことに苦笑いをするリシア。一方、そんな彼女の周りに座る子供達は、さっきから止まってしまった本の読み聞かせと、無言で胸の辺りを握り締めるリシアの姿を、少し変わったモノを見るような目で見守っていた。


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 その日の孤児院での奉仕活動は、いつも通り始まり、いつも通り夕方には終わるはずだった。孤児達とアフラ教会の関係者らと共に夕食を摂り、そして寄宿する口入屋まで戻るのだ。それが白鷹団の日常だった。しかしそんなささやか・・・・な日常は、不意に現れた大勢の兵士達によって掻き消される。


「この孤児院に民衆派を匿っているという情報があった。全員事情を聞きたいので城砦まで来てもらうぞ」


 兵士らの指揮官である騎士は、そう言い放つと食事途中だったアフラ教会の関係者と、白鷹団の面々を拘束に掛かる。突然の出来事に驚いた幼い子供達が泣き声をあげようが、兵士達の構うところでは無かった。


「この人たちは違います。教会の人ではありません、パスティナ救民使の方々です」


 抵抗しても暴力を振るわれるだけだと分かっているアフラ教会の人々は素直に兵士達に従う。しかし、元々無関係であるパスティナ救民使白鷹団の面々を巻き込む訳にはいかないと思ったのだろう、一人の中年男性が勇気を振り絞りそう言う。しかし、


「可笑しなことを言う奴だ。アフラ教会の孤児院に何故パスティナの信者がいるのだ……お前、騙そうとしているのか?」

「ち、ちがいま――」


 言い掛けた中年の男は、騎士に問答無用で殴り飛ばされると、床に倒れ伏す。動かない所を見ると、一撃で意識を失ったのだろう。


「ふん……アフラ教会が危ないと知って別の信者を騙っているのかもしれぬ、構わぬ、連れて行け!」


 完全武装した兵士達に、孤児院の十数人の大人たちと、リシアやジョアナを始めとしたパスティナ救民使の面々は成す術がない。抗議空しく連行されていく。そして、後に残されたのは関係が無いと捨て置かれた下男の老僕数人と、泣き叫ぶ子供達だった。


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 この日の夕方、この孤児院と同じような施設や市街地にある小さな集会場、更に一般の信者の中でも比較的裕福とされた人々の家々に、スメリノ旗下の第一騎士団の兵や騎士達が押し掛け、前回同様に人々を拘束したのだった。またその際、止めに入った子供を含む何人かが手討ちにされた。


 しかし、スメリノ率いる第一騎士団の行動はそれに飽き足らず、アフラ教会の備蓄倉庫の封鎖にまで及んだ。


「このような無用の・・・備蓄は反乱に繋がる可能性がある」


 というのが、封鎖の口実だった。


 またも信者を傷付けられ、殆ど言い掛かりに近い理由で大勢の信者を拘束されたアフラ教会は沈黙を守る。そして、この事態に、先に怒りを燃やしたのは港湾労働に従事する労働者や貧民層の人々であった。秋口を迎えても高騰を続ける食糧事情に、もはや自分達の食い扶持さえ賄うことが出来ない彼等は、アフラ教会の信者達が行っていた炊き出し、施しに依存していたのだ。その施しが急に取り止めとなると、早い者では明日から早速飢えることになる。


****************************************


 トリムの街の様子は一気に不安定化していた。


「白鷹団って、あのユーリーの姉さんかもしれない、リシアっていう女の子のいるところ?」

「そうだ、アフラ教徒と一緒にしょっ引かれたらしい!」

「……どうする、ジェロ?」


 ここは、トリムの港湾地区に幾つもある労働者の安宿。トリムやターポと言った王弟派の東地方の情勢偵察に潜入した「飛竜の尻尾団」のアジトだった。アジトといっても、粗末な板張りの部屋にみすぼらしいベッドが四つあるだけの狭い部屋だ。その部屋にジェロの声と、リコット、タリルの押えた声が籠る。


 急な報せを持って来たのはリコットだった。ジェロは、先般の出来事の顛末をリコットとタリルの二人から聞いていたので、いつかその女性を見てみたいと思っていたが、まさか王弟派の兵士達に捕えられてしまうとは思わなかった。


「教会も襲われた。多分明日から炊き出しができない」


 というのは、イデンの言葉だ。全員が労働者の身形みなりをしているので、元々巨漢のイデンが一番様になって・・・・・いる。


「最悪の場合、暴動まで発展するんじゃないか? どうする?」


 イデンが伝えてきた状況に、タリルの言葉は深刻な響きを帯びる。と言うのも、情勢偵察のため潜入した王弟派の東側地域の都市であるターポやトリムは、以前に潜入したストラに比べて輪を掛けて食糧事情が悪いからだ。それが、今まで大きな混乱無く何とか持っていたのはアフラ教会の施しによるところが大きい。


 そんなアフラ教会に対して、トリムに入った第一騎士団の締め付けはこれまでそれほど厳しいものでは無かった。教団内やその近くの関係者に民衆派の運動を支える人々や、活動家が多く存在しているのは、ほぼ周知の事実であった。それでも、民衆から支持を得ているアフラ教会を無暗に取り締まることは、何とか安定している民意を一気に悪化させる恐れがあると判断していたのだろう。


 しかし、そんな遠慮がちだった民衆派取り締まりも、ここ一週間で様相が一変している。今は、アフラ教会の関係者と言うだけで、碌な証拠も無い密告情報を根拠に身柄を拘束されるようになったのだ。そして、極め付けが今日の夕方の摘発劇と教会倉庫の封鎖である。特に教会の備蓄庫の封鎖は明日朝からの施しが出来なくなることを意味しており、それを糧に食い繋いでいた人々の怒りに火を付ける結果になると思われたのだ。


「どうする、って……そりゃ、助けたいさ」

「それもそうだが……そうじゃなくて、暴動になったら、俺達一旦ズラかるべきだと思うんだが――」


 少し噛み合っていないジェロとタリルの会話に、リコットが口を突っ込もうする。しかし、開きかけた口に咄嗟に手をやった。


(静かにしろ!)


 という合図だ。それを受けて四人は黙りこむ。すると、廊下や下の階で人々が一斉に動き出す音が聞こえるのだ。そして、二人か三人分の足音が廊下走って来ると、四人の部屋の前で止まり、ドアが叩かれる。


「お前らも一緒に来るか! もう、俺達は我慢の限界だ! これから解放戦線の奴らと一緒に城砦を襲ってひと暴れするんだ!」


 それは、知り合いの労働者の声だった。その声に四人は顔を見合わせると、頷き合っていた。


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