Episode_15.04 アフラ教徒受難


 六神教会議から一週間後の或る日、コルサス王国の最東端の港町トリムの中央に位置する小高い丘の上に立てられた城砦内では、王弟派第一騎士団「王の鎧」を率いるスメリノが極秘に会談を行っていた。


 会談の相手は二つの勢力、一つは六神教会議という既存の六柱の神を信仰する各神殿の代表者。そして、もう一つの勢力は中原から伝わり広く民衆の支持を集めるようになったアフラ教会の西方教区司教という人物だ。二つの勢力が会談で同席することは無い。彼等はお互いに対立する勢力が、同じ日に同じ場所で時間をずらしてスメリノと会談を持つことは知らないはずだった。


 午前に会談を持ったのは六神教会議の代表として訪れたミスラ教の司祭だった。先の白珠城パルアディスにおける会議で良い返事をもらえなかった彼等は、ターポやトリムの街で民衆派摘発の任に就いているスメリノに直接談判を行うために、代表者を送り込んで来たのだ。


「アフラ教会を民衆派が隠れ蓑にしているのは皆の知る所、是非アフラ教に対する締め付けを厳しくして頂きたい」


 というのが彼の要望だった。これに対するスメリノの答えは、


「それならば、そちらの信者達に民衆派の炙り出しへの協力を願いたい。怪しいと思われる人物については、密告を受け入れよう」


 というものになった。つまり、六神教の各信者達によって普段から隣人付き合いのあるアフラ教を監視して欲しいということだ。これに対してミスラ教の司祭は満足そうな笑みを浮かべると、


「王家に協力するのは臣民である我々の務め、信者達、特に信仰の篤い者達を使い調べさせましょう」


 と言うことになった。しかしその腹の内では、目障りなアフラ教の宣教師達に濡れ衣を掛けて密告しようという魂胆が渦巻いていた。


 その後、午後にはアフラ教会西方教区を代表する司教がスメリノの元を訪れた。アルフと名乗った中年の男性は、先に訪れていたミスラ教司祭とは比べ物にならない質素な黒いローブを見に纏い、腰の辺りは荒縄で結んでいるだけだった。しかし、その表情は生気に満ち、目の輝きはとても四十代後半には見えなかった。


「民衆派と呼ばれる勢力の摘発を行っているのは、アルフ司教も御存知かとおもうが……」

「勿論です。民衆派と呼ばれる者達が我ら信者の中に混ざっていると、あらぬ疑いを掛けられておりますので」

「確かに、一部では・・・・そう思い込んでいる者がいるようだな。王命とはいえ、司教らには苦労を掛ける」


 口振りだけを見ると、スメリノは謝罪しているように聞こえるが、その声色も態度も決して謝罪の色を帯びている訳では無い。その言葉には寧ろ相手を挑発するような険が含まれていた。しかし、スメリノと向かい合い座るアルフは顔色を変えずにその言葉を受け止めて沈黙を保つのみだ。


「そこで、民衆派と呼ばれる勢力の摘発に、アフラ教会も協力をして欲しいのだ」

「協力ですか、どのような?」

「もしも、信者やその近しい者の中に怪しい人物がいたら知らせて欲しい。既に六神教の各神殿にも同じことを伝えている。密告ということになるが、報せた者にはそれなりの褒美も出すし、誰が密告したかもわからぬようにする」


 つまりスメリノの言葉はある種の恫喝であった。密告制を導入すれば、アフラ教の主要人物は次々と訴えられることになるだろう。それが嫌ならば大人しく運動家を差し出せ、ということだった。まだ二十を超えたばかりの若者であるスメリノだが、考え出す奸計や、企みをおくびにも出さず・・・・・・・・喋る素振りは宰相ロルドールの血筋が成せる業だろうか。生来の嗜虐的な性向と相まって恐ろしい将来を思わせる若者だった。


 しかし、それを聞いた司教アルフは平然とした様子を崩さず


「神の前に人は平等、隠された企みはアフラ神の御前では何の意味も持ちませぬ。故に人が人を疑い、これに罰を求める行いはアフラ神の教えではございません」


 と答えるのみ。スメリノの恫喝の意味が分からない訳ではないのだろうが、アフルという司教は動じる事無くそれを跳ね除けたのだった。その返事に一瞬だけスメリノの口元が僅かに歪む。そしてこの会談は、これ以上の進展は無く、しばらくしてお開きとなったのだった。


****************************************


 アフラ教と民衆派を取り巻く環境は、会談があった翌日から露骨に変わっていた。そのことを示す最初の事件はトリムの街中、港近くで毎朝毎晩晩炊き出しと食物の施しを行っているアフラ教の宣教師と教徒達に降り掛かった。


 早朝から港湾労働に従事する労働者のために簡単な麦粥や粗末な硬いパンを配っていた彼等の元には、その朝も変わらない長蛇の列が出来ていた。


「飢えることは辛いことです。アフラ神の前では皆平等、有る物を分かち合いましょう。動けぬほどの飽食で腹を満たした一人よりも、一切れのパンを分け合った十人を神は愛されます――」


 その朝も、宣教師は普段と変わらない説法を行う。その傍らでは信者達が列を成した労働者達にパンを配っていた。トリムの街の港湾地区ではありふれた光景だった。同じような人の列は他に何カ所もあった。そして毎朝繰り返される説法に、パンを貰った後に足を止めて耳を傾ける労働者の数は日増しに増えていた。そこにその朝、兵士達が大挙として押し掛けてきた。


「止めろ! 解散だ!」


 怒鳴り声を上げる兵士達によって、労働者は追い散らされる。そして、突然の出来事を唖然と見守っていたアフラ教の宣教師に対して、兵達を指揮していた騎士が進み出ると傲然と言い放った。


「そこの説法師・・・、聞きたいことがある。城砦までついて来てもらうぞ」

「どう言う事ですか! 私達は――ぎゃぁ!」


 隊長である騎士が宣教師を指して連行する旨を伝えると、施しの作業を手伝っていた信者達がその間に割って入ろうとする。この宣教師は、皆がそうするほどに徳の高い人物だったのだろう。しかしそんな信者の一人、声高に抗議の言葉を叫びながら騎士に詰め寄った若い女性の信者は、言葉を全て言い終える前にその騎士によって斬られていた。


「きゃー!」

「なんで?」

「ひっ人殺し!」


 その出来事でその場は騒然となる。斬られた女性信者は口をパクパクとさせながら通りに横たわる。その光景に悲鳴を上げる者と、怒りを露わにする信者は半々といった所だ。


「みな、落ち着きなさい!」


 そこに、宣教師本人の一喝が掛かると、いきり立っていた人々も言葉を飲む。


「なにも傷付けることは無いでしょう! 癒しを行います、その後は何処へでも連れて行くがいい!」


 斬った女性が苦しむ様を無表情に見下ろす騎士に、宣教師はそう言うと、静かにアフラ神に癒しの奇跡を願う。しかし、


「ならぬ! どのように面妖な術を使うかもしれぬ。この坊主をひっ捕らえよ!」


 癒しの奇跡が形を成す前に、騎士の号令により兵達がその宣教師を拘束した。あっという間に全身を荒縄で巻き取られた宣教師は、顔に目隠しの袋を被せられる瞬間、誰とはなく信者達に向って叫んだ。


「そのひとをジョアナさんとリシア様の所へ――」


 言い掛けて顔を袋で覆われた宣教師は、まるで荷物を積み込むように兵士達が引き連れてきた荷馬車の荷台に投げ込まれる。そして、騎士を先頭とした兵士達の一団は怨嗟の籠った信者の視線を無視すると、来た道を引き返しトリムの城砦へ向かうのだった。


****************************************


 トリム港湾区の通りを数人の男達が先を急いでいる。彼等は先ほどまでアフラ教の信者達に施しを受けていた労働者の中の四人だ。そんな彼等は戸板に重傷を負った女性を乗せて、大きく揺らさないように慎重に、先を急いでいる。しかし、戸板に乗せられた女性は袈裟懸けに深く斬られた傷と口から大量に出血しており、顔色は死人のそれに近付いていた。


「なぁ、ジョアナさんとリシア様だっけ? その人達は何処にいるんだ?」

「なんだ、お前ら最近来た新入りか。まあいい説明する暇がない。急ぐぞ!」


 戸板の後ろ側を持つ二人の内一人、中肉中背で一見労働者に見えない男がそう言うと、前側を持っていた、此方は如何にも港湾労働者といった屈強な男が答える。すると、後ろ側を持っていたもう一人の、小柄な男が焦ったように口を開く。


「でも、あんまり遠いと、この人もたない・・・・ぞ!」

「ごちゃごちゃうるせぇ! 黙ってついて来い!」

 

 鬱陶しそうに言う労働者に、小柄な男は黙るが、隣の中肉中背の男に目配せを送り、小声で言う。


(なぁ、この娘、どう考えても無理だろ……ジェロとイデンを探した方が……)

(アイツら、港の何処にいるか分からないし、それに、この傷の深さだとイデンの神蹟術でも難しいぞ)

「何をごちゃごちゃ言ってるんだ、ぶん殴るぞ!」


 そんなやり取りをしつつ通りを進む彼等の前に、目当ての建物が姿を現した。港湾区と商業区の境目、雑然とした港町の通りに紛れて存在するその建物だ。一見すると安宿なのか、何かのたななのか、または誰かの屋敷なのか区別がつかないが、この辺りの港湾区で荷役作業とそれに従事する労働者を取りまとめる一種の口入屋くちいれやだ。


 急いでいる男達は、そのままの勢いで口入屋の門を潜った。


「しっかりしろ! もう少しだ」


 既に息も絶え絶えの女性は、呻き声はおろか身動みじろぎ一つしない。そんな女性を励ますように小柄な方の男が声を掛ける。しかし、残りの三人は、口入屋の入口門を潜ったところで絶句した。なぜなら、目の前には傷の程度は様々ながら、血を流し、呻き声を挙げる怪我人が二十人以上門の内側に集まっていたからだった。


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