【コルサス王国編】聖女の恋

Episode_15.00 序章 Ⅰ ――竜殺し――


 大空を舞う鳥の目であっても見渡せない。それほどこの世界は広い。正確な形など、この世界を創り出した創造主にしか分からないだろう。それでもこの世界の住人は大まかに自分達の世界の形を掴んでいる。


 海は西のリムル海、北の北氷海、南のアルム海、そして東のポルマズ海といった具合に四つに分かれ、いびつな十字の形をした大陸によって夫々が仕切られている。そんな大陸の十字が交差する場所を人々は「中原」と呼ぶ。その地方はその名の通り、文化、経済、技術、そして争いの中心地で有り続けた。


 そんな中原から遥か東にはドラスと呼ばれる小国家が割拠した地域がある。一般に東方辺境と呼ばれる地だ。そして、ドラスから更に東、ポルマズ海に漕ぎ出した先に、絶海の群島がある。周囲を断崖に囲まれ、海鳥の巣が密集するこの島々は、精々近隣の漁師が嵐から身を守るために近付く程度で、住む人も無く、ドラスの人々からも忘れ去られた場所だった。


 そんな群島の一つに、今百名を超える屈強な者達が集合している。彼等は一般に「冒険者」と呼ばれる不定な仕事を生業とする者達だ。彼等の仕事は正に「なんでも屋」である。都市部に在っては失せ物探し、郊外にあっては魔物退治や野盗退治。人里離れた秘境では古代ローディルス帝国時代の遺物を漁る遺跡荒らしとなる。高貴な血筋の者や代々続く武家の子弟、又は生まれも知らないならず者・・・・達。玉石混淆ぎょくせきこんこうだが、実力だけがものを言う世界、それが冒険者の世界だ。


 そんな冒険者達は、数百年前にこの世界を席巻したアーシラ帝国の東伐、征西、南攻、北進の歴史の中で作られた辺境開拓府を前身に持つ「冒険者ギルド」に所属するのが常である。当時は蛮族が住み暮らす危険な地を開拓する者達への保護と互助を目的とした組織であったが、今は各王国の管理下に分かれて冒険者の互助共生を目的に運営されている。尤もこの運営は、往々にしてならず者・・・・や犯罪者に落ちぶれ易い彼等を管理統制する、という意味合いが大きいものだ。


 そして近年、中原よりも北と東に位置する数々の冒険者ギルドで、或る依頼クエストが秘密裏に進行していた。それは、


 ――遥か東の何処かに存在する忘れられた逆塔を見つけよ――


 というものだ。そしてその依頼は各地の名立たる凄腕冒険者に内密に伝えられていた。


 数年後、或る冒険者の一団が東のポルマズ海に浮かぶ絶海の孤島に其れらしき構造物を発見した。直径三百メートルを超える円錐状の窪地だ。これを発見した冒険者達は、それに応じた報酬を手に入れると、その後消息を絶ったといわれている。しかし、実際には自分達が見つけた秘境の奥を探索しようと窪地の底に降り、そこで逆塔の守護者ガーディアンによって殺されたのだった。


 今、この絶海の孤島に集結した百人を超す冒険者達は、莫大な報酬と引き換えに危険な依頼に就いている。それは、逆塔の守護者である黒竜を討伐する、というものであった。


****************************************


 竜は生まれて二百年の間を幼竜として過ごす。ドラゴンパピーやレッサー・ドラゴンと呼ばれるこの時期の竜に理性は無く、ただ野生の本能に従い捕食を繰り返す危険な存在だ。その後、無事に成長した竜は成竜となる。成竜は凶暴で強力な魔獣としての側面と、理性を持ち大自然のことわりの中に自らの存在意義を見出そうとする幻獣の側面を備える。大部分の竜はこの成竜の段階で繁殖期を迎え、五百年に届く長い生涯を終える。しかし、極稀にそれよりも命を長じることを得る者が存在する。それらの存在は他の竜と区別するために老竜エルダードラゴンと呼ばれる。太古の龍の精を強く体に宿した彼等は大自然の摂理を解し、人語を操り、非常に理性的で、精霊の働きを守護する役割を担うと伝えられている。


 かつて高名な賢者が記した書物には、この世に存在する老竜の数を百匹と記したものがある。根拠は不明だが、それほど数が限られる稀有な存在、ということなのだろう。


 今、冒険者達の眼前に立ちはだかり、丸く切り取られた窪地の空を覆うように翼を広げる漆黒の竜はそんな老竜エルダードラゴンである。彼は空気の塊を崩す程の大声を以って不埒な冒険者達に問いかける。


「理の巨人の子らよ、この先に進まんとする、その意図を伝えよ!」


 窪地の底へ目掛けて周囲の岩肌の一部が剥落する。それほどの大音声であった。


 その老竜は人間達が「大崩壊」と呼んだ破局的な一連の事象が起こった時には既に「老竜」であった。以来七百年、世界の東の果ての絶海の孤島において、人類、いや世界に破局をもたらしかけた原因・・・・・・・・・の一端を守護し続けていた。どのような存在であれ決して近づけない断固たる決意。それは人間を守るためでは無い、太古の龍と理の巨人が創造主と共に創り出したこの世界を、太古の龍の眷属として守ることが老竜の責任だったのだ。


 しかし、巨大な竜と対峙する冒険者達は問答無用の先制攻撃に討って出る。不意に放たれた幾条もの光の線は極属性「光」の攻撃術光矢ライトアロー。ついで、老竜の頭上に光の点が灯る。一つ一つの光点は破局的な威力を誇る光爆波ライトバーストだ。それが二つ三つと浮かび上がると、一瞬後に折り重なる光の大輪と化して熱と衝撃で窪地の底を何度も蹂躙する。


 光輪の狂瀾、破滅的な熱と衝撃の渦が窪地の底に渦を巻く。そして、それが治まったとき、そこには漆黒の翼を折られ、鋼よりも硬いとされる鱗を傷付けられた老竜の姿があった。


「……汝らを敵と見做す」


 傷ついた老竜は、しかし、まるで怯んだ様子もなく、先ほどとは打って変わった厳粛な口調でそう宣言する。そして、その巨大なあぎとを開くと文字通りの闇を吐き出した。闇の息ダークブレスは、まるで極属性「闇」の魔術のように、凝縮された衝撃波と共に生命力エーテルを奪う効果を発揮する。直撃を受けたのは、物陰に逃げ込んだ魔術師達。夫々が高位の術者である彼等は光套ライトドームを展開し、闇の侵食を凌ごうとする。しかし、強烈な圧を以って放たれる竜の怒りブレスを押しのけることは出来ず、次々の闇に呑まれ、悲鳴を上げる暇さえ無く絶命して行く。


 その光景に、今度は離れた場所に潜んでいた別の魔術師の一団が行動を起こす。三人の魔術師が小石の様なものを老竜の前に投げ込んだ。それは、魔石の一種。そして、その魔力の核を得た周囲の岩はみるみる内に岩で出来た巨人に成長する。石人形ストーンゴーレムだ。


 三体の石人形ストーンゴーレムは夫々、強固な城門をも破壊するような一撃で老竜に打ちかかる。しかし、竜はゴーレムの腕と比較しても巨大な鉤爪の付いた前足を一閃させると、石人形の一体をまるで積み石を崩すように破壊した。他の石人形達の一撃がその巨体に炸裂するが、老竜は苦痛の呻きを小さく上げただけで、鋭い前足を振るい続ける。


 時間にするとあっと言う間。強力な石人形は粉砕されて元の岩に戻っていた。老竜は残った人間達を睨みつける。再度退去を求めようと人の言葉を発しにかかる。それは、自身が強大な存在である事を良く知る者の、王者の余裕、とでも言うべき矜持だった。しかし、それが隙となった。


 空気を切り裂く音が窪地に響く。別の物陰に潜んだ射手達が放った矢は、巨大な竜の喉骨を削り出して作った竜殺矢ドラキルドだ。それが、五本、老竜の首筋と肩に深く突き刺さる。


「グォォォォンッ!」


 老竜は人の言葉ならぬ獣の如き咆哮を上げて苦痛を示す。そして、憎き矢の射手に対して闇の息ダークブレスをぶちまける。その時、竜の足元には十名強の屈強な戦士達が駆け寄っていた。


 仲間の神官・司祭によって強力な加護ブレッシングを受けた戦士達は、全員が何等かの魔力が籠った武器を持ち、防具で身体を守る。そんな彼等は地表を矢のように走ると、夫々の武器を竜のクビ下、胸の辺りに突き立てる。濃く赤い鮮血が宙を舞う。何人もの戦士が前足になぎ倒され、魔術具の防具を以ってしても防ぎきれない打撃に原型を留めない肉塊となって行く。


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