Episode_14.28 ストラ解放Ⅱ


 外壁の上の篝火が次々と消えていくと、北門を守っていた兵士達は「何事か?」と詰所から顔を出す。そこへ、


ビュン!


 闇を切り裂いて何かが飛ぶと、兵の一人が顔面を押えて悶絶する。


「どうした!?」

「うぅ……」


 見ると、その兵士は顔面を血塗れにしている。


「!」


 別の兵が驚いた声を上げようとするところに、


ビュン、ビュンッ!


 更に幾つもの小石程度の大きさの鉛玉が飛び、次々と打ち据えていく。冒険者リコットの得意武器「つぶて」だった。そして、


「行くぞ! 門を確保する!」

「おおっ!」


 物陰から片手剣ショートソードを抜いたジェロと、二十人の雑兵が飛び出す。ジェロを先頭にした雑兵達は北門のすぐ隣に設置された詰所に雪崩れ込むと、残っていた兵士数名を打ち倒すか拘束した。そして、北の門は速やかに開かれる。開かれるとほぼ同時に、五百余騎の騎士の一団が飛び込んできた。先頭に立つのは当然レイモンド王子だ。


「ジェロ! リコット! ご苦労だった」

「まだ、二百の兵が街中に」

「二百? それだけか?」


 レイモンドが馬上から労いの言葉を掛けると、それにリコットが応じる。そして、リコットの言葉にレイモンド王子の隣に付けていたアーヴィルが疑問を呈した。


「本当に、二百だけです」

「別に衛兵が二百いますが、彼等は手を出してこない約束になっています」


 ジェロとリコットは、日中街中の見回りと称して衛兵隊に影響力を持っている昔の兵長連中を訪ね歩いて協力を取り付けていたのだ。外壁上の篝火が消えるのを合図に、衛兵隊は街の至る所で王弟派の兵達に反旗を翻しているはずだった。


「そうか……助かる」


 レイモンドは馬上から頭を下げると短く礼を言う。そして、配下の騎士達を振り返ると大声で言うのだ。


「敵は街中の兵二百。衛兵は味方だ。火を放ったり、街人に危害を加えた者は厳罰に処する。速やかに敵兵を掃討せよ!」

「応!」


 王子達を招き入れたストラの北門は再び堅く閉じられる。雑兵達は引き続き北の監視だ。一方街中を馬で駆ける騎士達は、幾つかの詰所と街中を巡回していた小規模の部隊を次々と撃破、または投降させていた。そして、ストラ解放劇は、真夜中前には完了していた。


***************************************


 翌朝、王弟派の第二、第三騎士団は、ストラとエトシアの途中に張った陣に戻っていた。


 第二騎士団の被害は、エトシア砦内に足を踏み入れた四百人の騎士と兵士がほぼ全滅。特に先行して砦内部に入った騎士達に被害が大きかった。オーヴァン将軍は脱出を賭けた最後の突進で、辛くも砦の外に逃れていたが、自隊の損害の大きさに顔色を無くしていた。


 一方、第三騎士団は伏兵を叩くつもりで森の中に足を踏み入れたが、此方も手痛い反撃を受けていた。兵士三百と騎士五十が死亡、ないし戦闘を継続できない重傷を負わされていたのだ。更に副官のドリムが思わぬ重傷を負うことになっていた。


「レスリック様、申し訳ありません」

「いや、仕方ない。敵の罠にはまってしまったのだ」


 苦しそうに詫びるドリムに、レスリックは叱責することも無ければ慰めることも無かった。只淡々と結果を受け止めるだけだ。しかし、


「お前にこれほどの手傷を負わせる敵か……」

「……」


 嘆息するような言葉に、ドリムは悔しさを滲ませるのだった。


 自軍の被害状況に、オーヴァン将軍もレスリック将軍も「継戦は困難」という結論で一致した。そして、早朝に陣を引き払うと、軍勢を立て直すためにストラの街に引き返したのだが……


「これは一体どう言う事だ!」


 愕然としたオーヴァン将軍の声が響いた。ストラの北門に近付いた彼等が見たのは、門の上に燦然とはためく「紫禁の御旗」そして、外壁の上にズラリと並んだ兵達の姿だった。全員が扱ったこともない弓を手に持ち、数千の軍隊を前にビクともしない。総勢数百の兵達は昨日までの雑兵では無かった。レイモンド王子の元で誇りと街を取り戻した男達だ。


 その光景に王弟派の軍は動揺する。一旦補給を、と考え戻ったストラが敵の手に落ちていたのだ。動揺するのが正常な反応だろう。その時、北門の上に一際美し白銀に輝く鎧を身に着けた青年が進み出た。肩まで掛かる美しい金髪を風になびかせ、抜けるような碧い瞳で外の軍を見渡すその青年は、レイモンド王子その人だった。


「敗軍の将よ! 戻りが遅いので待ちかねたぞ!」

「ぐぬ……まだだ、まだ負けた訳では無い! 全員、ストラを取り戻すのだ!」


 煽るようなレイモンド王子の言葉にオーヴァン将軍は激昂すると配下の兵達に攻撃を命じる。しかし、


「将軍! オーヴァン将軍、背後に敵兵。数は……不明ですが千以上と思われます!」


 背後から新手の出現を報せる偵察兵の声が響いた。オーヴァンは咄嗟に考える。


(街の中にはどれだけの兵がいるのだ? 前後を挟まれれば一溜りも無いぞ……)


 背後に迫る千前後の兵だけならば、まだ何とかなる数である。しかし、前後を挟まれれば状況は一変するのだ。挟み撃ちという戦術はそれだけ受けた側を不利にするものなのだ。更に、オーヴァン将軍の頭の中には先日帰還した捕虜達が言っていた「五千の援軍」という言葉がチラつく。今戦いを挑むのは愚行に思えた。


「オーヴァン将軍、退こう……ここで無理をすればディンスまで危うい」


 逡巡を見せるオーヴァン将軍に駆け寄ってきたのはレスリック将軍だ。オーヴァンよりも冷静な彼は、更にディンスを失う危険性まで考慮していた。


「く……仕方ない、全員退くぞ! ディンスを目指せ」


 総勢四千余の王弟派の軍は、その号令を受けてストラの街を迂回し南へ逃れていく。彼等を見送るストラの兵達は歓声と勝鬨を以ってその背を見送るのだった。


 こうして、ストラの街は一年と数か月振りに王子派の手に取り戻された。エトシア砦の苦しい防戦から一転、目の覚めるような勝利だった。そしてこれが、レイモンド王子自身の輝かしい功績の第一歩として記されることになるのだった。


Episode_14 エトシア砦攻防戦(完)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る