Episode_14.27 ストラ解放Ⅰ
事が起こる一日前、ストラの街には後送された雑兵達が到着していた。エトシア砦攻撃の日に王子派に捕虜として捕えられ、その後歓待を受けた兵達だ。彼等がストラに到着する一日前には、王弟派軍の負傷兵が同じように後送されていた。そのため、ストラの街の特に北側にある兵舎近辺は負傷者が上げる呻き声に満たされ、陰鬱とした雰囲気が漂っていた。
そんなストラの街は、街と呼ぶには
そんな街の住人達は、聞いていた通り食べ物が碌に行き渡らないため活気が無く静かだと、ジェロとリコットには見えていた。その様子は何処か独立宣言をした後のノーバラプールの末期状況に通じるものがあった。
「ったく、またこんな役回りだな」
「まぁ仕方ないさ……お前はリムルベートに帰りたくないんだろ。レイモンド王子が仕官を約束してくれたんだ。しかも報酬は……」
「か、金じゃねぇよ。大義だ」
「大義ねぇ……可愛い娘を見つけたらすぐに変わりそうな大義だな」
「うるさい! 女の話はよせよ……」
ヒソヒソ話ながら軽口を叩き合うジェロとリコットは、ストラの街の通りを二人で歩いていた。周囲に通りを行く人はいない。そんな通りを歩く二人は、愛用の装備品を全てエトシアに残し、王弟派の
平時は駐留する王弟派の騎士団所属の正規兵が街の治安維持に当たっていた。それは、地元出身の衛兵達が反乱を起こすことを警戒した措置だったが、今の二人には
既に、衛兵隊の兵長クラスの面々と面談を重ねた二人は、今晩の決行を待つばかりの状態だ。そして、腹ごしらえをしようと街にでたのだが……
「まさか、飯屋が何処にも無い状態とはな……」
「市場の方も、開店休業だった。屋台一つ出ていない……本当にどうしてこんなに差がついたんだ?」
差が付いたとは、トトマやダーリアといった王子派の都市との話である。王子派の都市でも食べ物の値段は上がっているが、それは穀物に限定されたことだった。獣肉や魚類は割合普通の値段で取引がされていたので、市場等の賑やかしい場所には小腹を満たす屋台も例年通りに店を出しているのだ。しかし、ストラでは食糧品と言うだけで、殆どの取引が滞っているということだ。お蔭で二人は今晩まで何も食べられそうになかった。
「ったく、湿気た街だな」
ジェロの呟きが、
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レイモンド王子と騎士アーヴィル、それにマーシュとマルフル将軍、シモン将軍を加えた一団は全員が騎乗、つまり騎士だ。現時点で掻き集められるだけの騎士を掻き集めた集団の数は、五百数十騎。彼等は、エトシアから大きく南西に下った砂丘地帯 ――ストラの街が視界に捉えられる場所―― に潜んでいた。
エトシアの防御を念頭に置いた場合、防御側がこの場所まで兵を配置するのは無駄以外の何物でもない。そのため、王弟派第二、第三騎士団が繰り出した周囲の索敵斥候はもっと北のエトシア砦近隣に集中している。
そして、
――エトシアを餌にして、ストラを釣りましょう――
そんな言葉から始まった彼の策略は最初突拍子も無いものにしか聞こえなかった。しかし、大量に捉えた捕虜の存在と、敵の騎士団が見せた噛み合わない連携が、壮大な策略に真実味を持たせていた。その上で、トトマから駆け付けた老魔術師アグムの
「守ることに固執するあまり、本来するべき事を見失っていた。ストラの民を解放する、これこそがコルサスを一つに纏めんとする我らの大義の第一歩となる」
という言葉で会合は決していたのだ。
そして、彼等はここにいる。朝早くから降り出した雨に丸一日濡れ鼠となって時を待っている。エトシア砦の状況を確認する兵、それに森に待機した敵騎士団の攻撃を受け持つ部隊、両者からは合図となる狼煙が上がる手筈だったが、レイモンドはたとえ一つが欠けたとしても作戦を決行する気持ちでいた。彼が捕虜となった兵から聞き取ったストラやディンスの状況は、若い王子の想像を超えて酷いものだったのだ。
(民を救わなければ……)
ディンスもストラも、元はアートン公爵の領地である。王弟派に奪われた土地で暮らす人々は、本来ならばレイモンド王子が最初から庇護するべき人々であった。
小高い砂丘の稜線に隠れるため、濡れた砂地に身を延べたまま、遠くに見えるストラの街を見詰める時間が長く過ぎる。やがて重苦しい雨雲に隠れた日の光が西の海側へ沈んでいく。すると、周囲は徐々に夜の帳を下ろし始める。
「アーヴィル、そろそろか?」
「はい、しかし、合図の狼煙が……」
レイモンドが絡むと何事にも慎重となるアーヴィルが、そう言い掛ける時。
「王子、狼煙が! あれはエトシアを偵察する兵のものに違いないです!」
少し慌てた様子で言うのはドリッドだ。彼が指差す空には、薄く墨を引いたような煙の筋が、日没後の微かな明かりの空に見えた。
「よし! 全員出撃準備!」
「しかし、森の方からは合図がありません」
「構わん、森にはユーリーとヨシンがいる。二人ならば必ずやり遂げる。そうであろう?」
「……わかりました、出撃準備に掛かります!」
その後しばらくして、夜の帳が降りた海岸線から、五百数十の騎士が走り出る。目指すはストラの街だった。
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その夜、ストラの警備体制は取って付けたような頼りないものだった。駐留していた第二騎士団は二百弱の兵を残して全て北のエトシア砦攻めに出払っているのだ。そのため、後方に下げられた兵の中で比較的負傷者の少ない一団 ――王子派に捕虜とされていた雑兵達―― にも街の警備命令が下っていた。
現在ストラの街を守るのは、第二騎士団の正規兵二百弱、地元出身者で構成された衛兵隊二百、それにストラとディンスの出身者がごちゃまぜとなった雑兵五百数十名である。序列で言えば、衛兵隊は正規兵の一つ下、そして雑兵達は其れよりも下の扱いを受ける。そんな雑兵達に割り当てられたのは外壁の上や監視塔から北を監視する任務。それも夜通し行う任務であった。
「北にはオーヴァン将軍やレスリック将軍の軍が展開しているんだ、それらを打ち破ってストラに王子派が攻めてくることなどあり得ない。監視は雑兵程度で十分だ」
と言うのが、正規兵二百を預かる二名の百人隊長の言葉だった。彼等からすれば、外敵よりも、食糧不足に不満が溜まったストラの住民による蜂起暴動の方が余程に神経を使う状態だったのだ。確かに、展開した軍勢の規模や場所、さらに残された兵力等を考えると、熟慮する必要もなく、そのような結論に至るのが普通だろう。しかし、その判断が
「なぁ、本当に大丈夫なのか?」
「お前、レイモンド王子の言っていた事をもう忘れちまったのかよ?」
「いや……そう言う訳じゃ」
街の外壁に在る北門付近で雑兵数人がヒソヒソと話をしている。低く垂れこめた雨雲で月の明かりも遮られた暗い夜だ。十数メートルおきに立てられた篝火の明かりの外で周囲を
「あの二人が言っていた通りにすれば問題無い」
雑兵の一人が言う、あの二人、とは「飛竜の尻尾団」の冒険者ジェロとリコットだ。二人はこの日の夕方に自分達の身分と意図を明かすと雑兵達に協力を求めた。ほんの二日前にレイモンド王子から直々に受けていた言葉と合致する内容に、雑兵達は勇躍した。しかも、言われた内容はそれ程難しく無い。合図を受けて門を開く。それだけだった。しかも、直接門の開閉を行う正規兵は十人程度しかいなかった。如何に雑兵と称される彼等でも勝算のある数だった。
その時、外壁の外の平原に明かりが一つ灯る。既に夜更けから一時間経過した真闇のような平原に灯った明かりは松明のものだろう。それが一定の調子でパッパッと明滅する。「合図」に違い無かった。
「おい!」
「見えてる! やるぞ!」
「もう……ヤケクソだ!」
外壁の上の彼等はそう言い合うと、手に持っていた濡れた布を広げて一気に篝火に被せる。炎が抗議するように一度高く燃えるが、直ぐに布に覆われて消えてしまう。それが、平野に潜む王子派の軍に対する「応答」だった。
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