Episode_14.26 再戦! ドリム・イグル


 ユーリーは、ダレスを始めとした味方達が、騎士を中心とした敵前列を押し戻す光景を見ながら、自身も「蒼牙」を振るう。魔力が籠った青い刀身はある程度の厚さの金属鎧は切り裂いてしまうほどの切れ味を誇る。その魔剣を振るい、眩惑から立ち直れない敵騎士を二人ほど斬り倒したところで、不意に強烈な殺気を感じるとその場を飛び退いた。


ガシィィッ!


 銀色の閃光が、一瞬前までユーリーのいた場所を空間ごと切り取るように走る。それは、足元の岩場を浅く斬り付けると持ち主の手元に戻る。持ち主はドリムだった。


 ユーリーが閃光フラッシュの発動に取り掛かる瞬間、ドリムは「羽根切りフェザー」を前面に掲げ、強い閃光を防いでいたのだ。そんな彼は、この集団の大将であるはず・・の細身の騎士を今度こそ討ち取ろうと戦いを挑んで来たのだ。


「く、ドリム・イグルか!」

「ほう、苗字まで知ったか……騎士アーヴィル、厄介な男よ!」

「残念ながら、俺はアーヴィルさんでは無い! 俺の名前はユーリーだ!」

「そうか、だが、厄介な事には変わりない。ユーリーとやら、ここで死ね!」


 再び走る白銀の閃光、ドリムは大きく一歩踏み込むと魔剣「羽根切りフェザー」を上段から斬り下ろす。対するユーリーは、敢えて相手の懐に飛び込むと、片刃の魔剣「蒼牙」を小さく振るう。狙いはドリムの持ち手である左手首だ。


ガキィン!


 夜闇といって良いほど濃くなった闇に、白と青の閃光が走ると、次いで青白い火花が飛ぶ。


 下から掬い上げるように斬り付けたユーリーの剣は、咄嗟に防御に転じたドリムの大剣によってガッチリと受け止められていた。蒼味かかった正体不明の金属で出来た刀身と白銀色の真銀ミスリルの刀身はガッチリ噛み合うが、双方刃毀はこぼれ一つ付いていない。そして二人は一瞬の力比べに入るが、


シャァンッ!


 先にユーリーが刀身を寝かせて、ドリムの大剣を滑らせるように外すと間合いを取る。体格の差から力比べは不利と悟ったのだ。一方のドリムは、ユーリーの動きに抗わず刀身を滑るに任せると、軽く引き戻す。そして、一拍の呼吸も置かずに矢継早に斬りかかった。


 長大な両手持ちの大剣に見える「羽根切り」は、見る者がその目を疑うような軽やかさで、白銀の光の線を残して宙を走る。対するユーリーは、ドリムの剣を外した瞬間、周囲の別の騎士へ向けて火炎矢ファイヤアローを放つつもりであったが、それを果たせずに中途半端な状態でドリムの猛攻を受けることになった。辛うじて展開した左手の仕掛け盾ギミックシールドと「蒼牙」を駆使して猛攻を防ぐが、反撃の糸口が無い。


 激しく動く二人に対しては、敵味方双方が手を出せない状況で、自然とユーリーとドリムの周囲はぽっかりと空白のように人がいなかった。


 ドリムの太刀筋は強力な剛剣。上段は断固たる勢いで上から下へ斬り下ろされるし、袈裟掛けも胴への攻撃も、全てが一撃で相手の体を切断する勢いを持っている。しかし、ユーリーはその太刀筋に全く逆の思惑を見い出していた。


(これだけ軽く変幻自在の剣を持つんだ、最後は絶対太刀筋を変化させるはずだ)


 それは、確信めいた直感だった。そして、ユーリーは遥か昔に、最初の剣の師ともいうべき樫の木村の村長ヨームから聞いた言葉を思い出す。


 ――いいか、物事には全て裏と表、虚と実がある。剣もそうだ。攻撃にも防御にも虚と実が生じる。剣術とは如何にして相手の実を外して虚を狙うか。此方の虚を突かせずに、実を相手にぶつけるか……己のみならず相手の虚実も含め、自在に操るすべこそが剣術の極意と言える――


 それを聞いたのはもう五年以上昔、当時のユーリーには良く分からなかったが、今なら分かる。相手の虚が現れるのは、太刀筋を変化させる瞬間。つまりフェイント攻撃を仕掛ける瞬間だ。今のところ、ユーリーが受けている攻撃は全てが実と言える。それを剣や盾で受け続けながら、相手の呼吸に、虚実の移り変わりに、合わせていく。そして、その瞬間が訪れるのをユーリーはジッと待っていた。


****************************************


 強固な肉体とともに不屈の精神を鍛え上げたドリムは、少しの事では動じない男だ。現に目の前の細身の魔術騎士ルーンナイトがアーヴィルではなく別人だと知った時も、特に動揺することは無かった。しかし、焦りとも言えない小さなものが、確実に心の中に積み上がりつつあった。それは、一つに退却時間を過ぎている事。二つに周囲の騎士が一時的に追い散らされ形勢が逆転していること、三つに目の前の魔術騎士ルーンナイトが想像以上に手強い相手だった事、などだ。


 ドリムは気に入らなかった、ユーリーと名乗った騎士は、若年ながら歴戦の騎士のような落着きで自分の剣を受け続けている。思えばドリムが、二十歳そこそこの青年を、名のある騎士アーヴィルと勘違いしたのも、この落着きのせいだったのだろう。そんな若い騎士は、まるでこちらの呼吸を吸い取るように強い一撃を盾で受け止め、けん制となる弱い斬撃は片刃の剣でいなしている。


(思えば、こいつの持つ剣もきっと魔剣の類なのだろう……コイツは一体何者なんだ?)


 イグルの一族に代々伝えられる魔剣「羽根切りフェザー」。それと互角に渡り合う魔剣を持つ若い騎士。一介の名も無い騎士が持ち得るほど、魔剣というのはありふれた・・・・・存在ではない。主人から授けられた魔剣を敵に奪われたことで、それを悔やんで命を絶った騎士の話が美談として言い伝えられるなるほどである。若い騎士と魔剣の取り合わせはそれほど不釣り合いなのだ。


 様々な思いが交錯して、ドリムは一度乱れかかる。しかし、実戦経験豊富なドリムは、自分自身の揺れた心に気付くと、それを落ち着かせるように努める。そして、決心した。


(ユーリーという騎士、生かしておくのは危険過ぎる)


 結論としては至極単純、刃向う敵を打ち倒すだけだ。


 そして、ドリムは必殺の攻撃に移る。強く斬り下ろす一撃を腰の高さで止めると、相手が防御のために立てた剣の持ち手を狙う軌道に変化させる。


躱される。構わない。


 持ち手を狙って斜め上に斬り上げた剣が、上段の位置で不意にピタリと止まると、そのままの軌道で逆に斬り下ろす。袈裟懸けだ、しかも一歩踏み込んでの一撃。相手は其れを受け止めるために盾を掲げる。魔剣を以ってしても切り裂けない真銀ミスリルの盾。しかし、魔剣は盾の表を打ち付ける事無く、文字通り羽根のようにふわりと再び軌道を変える。そして、相手の兜を被った脳天を狙う。


「ウラァァ!」


 裂ぱくの気合いがドリムの口を自然とついて出る。


 ガキィィ!


 青白い火花が飛ぶ。


 ユーリーは蒼牙で頭上を守るようにするが防御が間に合わなかった。虚実の遷移は見えていた。しかし、速さで敵が上回ったのだ。闇雲に頭部を守るために振り上げた蒼牙、その刀身を避けた一撃は、ユーリーの籠手ガントレッドを打ち据えた。


バキィン


 脳天を突き抜ける衝撃音は右手が折れた証拠だった。しかし、いぶし銀加工で覆われた真銀ミスリル籠手ガントレッドは、腕を圧し折る威力を持った斬撃を何とか食い止める。そして、


「ハァァッ!」


 ユーリーは気合いと共に、自由だった左手を振るう。頭の中には「魔力衝マナインパクト」の魔術陣が浮かんでいた。しかし、シッカリとそれを発動させた意識はない。ただ闇雲に腕を振るい、敵を遠ざけようとしたのだ。そして、


ドンッ!


 という衝撃音と共に、ドリムは数メートル吹き飛ばされていた。


「グハァ!」


 まるで巨大な丸太に横殴りにされたような衝撃に、地面に落ちたドリムは咳き込んでいた。胃の腑から苦酸っぱい胃液が込み上がる。それは、血混じりになって口から吐き出されていた。


 片や利き手の右手を骨折、片や内臓を傷付けられて喀血かっけつ。両者の戦いはまたも引き分けとなる。何故ならば、森の外側、エトシア砦の方から撤収を告げる喇叭らっぱの音が聞こえていたからだ。


「うっぐ……ユーリーとやら、次こそ決着を付けるぞ」

「……」


 込み上がるものを吐き出したドリムは、折れた右手首を庇いつつ左手に剣を持ち替えたユーリーを睨むと、そう言い放つ。対するユーリーは骨折の痛みに脂汗をかきながらも視線を受け止め、無言で睨み返すだけだった。


「全員撤収! 退くぞ、撤収だ!」


 指揮官ドリムの号令に、あちらこちらで剣や槍を交えていた王弟派の兵と騎士達は水が退くように森の外へ退いて行った。また王子派の兵で、それらの者達を追おうとする者は誰もいなかった。それだけの死闘が森の中で繰り広げられていた、と言うことだった。


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