Episode_14.25 激突


 第三騎士団副官ドリムは、敵兵の集団が潜む場所の見当をつけていた。敵は徐々に北上しながら、此方を森の奥へ奥へと誘うように動いている。その動きは明らかに彼等第三騎士団をエトシア砦から遠ざけるものだ。その事実は認識しているが、だからと言って「無視しよう」という事には成らなかった。前回の攻勢で伏兵の襲撃を側面に受け、煮え湯を飲まされた第三騎士団にとって、森の中に潜む敵兵を撃滅することは悲願に近いものだった。


 騎士達は逸る。それでも冷静なレスリックは、


「日暮れまで追え、それ以上は駄目だ。日暮れを迎えたら全軍を退いてエトシア砦前に戻る」


 という命令を発していた。そして、副官のドリムは三百の兵と六十の騎士を与えられ、森に潜む敵兵の側面を叩くべく部隊を迂回させていた。


 森を進むドリムは、里に帰した猟兵達を恋しく思う。


(こんな状況は、猟兵達アイツら十八番おはこなのにな)


 噛み合わない状況に悔しい想いを感じるが、彼とて猟兵の棟梁だ。配下はいなくても、自分で周囲の気配を探ることは出来た。そんなドリムは前方で微かな鳥の鳴き声を聞く。それは、この季節、この場所に居ないはずの渡り鳥の鳴き声だった。


(!っ 敵が近い……どこだ?)


 ドリムは直感を信じて自隊の進行を止める。そして周囲の気配を探る。やがて、前方の倒木が折り重なった窪地の周囲に不自然な気配を感じた。


(弓兵……前方の窪地上、倒木の周辺を射よ)


 ドリムは手の動きだけで同行する弓兵に意志を伝える。何度か同じ仕草を繰り返すと、慣れない弓兵達もドリムの意図を読み取ったようで、次々に矢を番えると短弓を引き絞る。そして、


ヒュンヒュンヒュンヒュン――


 無数の矢が倒木の周辺に射込まれる。すると、直ぐに鋭い弩弓の応射があった。


「敵は前方、窪地の上だ、二手にわかれて左右から圧し包め!」


 薄暗くなり始めた森の中にドリムの号令が響く。


****************************************


「俺達は右翼を!」

「わかった、ダレスの隊も右翼へ回ってくれ!」

「分かった!」


 西方面軍の歩兵小隊長は敵の動きにいち早く反応する。その声に応じるユーリーは、ダレス達の隊も同行するように求めた。右翼側に回る敵兵の数は左翼よりも多かったからだ。そして、ユーリー自身は自隊をもって左翼の敵を迅速に叩き右翼に合流するつもりだ。そんな彼は、親友にも声を掛ける。


「ヨシン!」

「なんだ?」

「引き付けて、一発撃ち込む・・・・・・!」

「了解!」


 斜面の上側で倒木の陰に潜んでいたユーリー達は、狙いの甘い矢の攻撃には殆ど被害が無かったが、応射した弩弓も同じく余り効果が無かった。既に周りは暗くなりかけているのだ。


 ユーリーの目は、自分達の左翼側へ回り込む敵の人影を捉える。総勢百数十といった所だ。彼等の中には兵士の装備をした者の他に、重装備な金属鎧を着込んだ騎士の姿も見られた。森の中の機動戦では、如何にも重苦しそうに動いているが、一旦白兵戦となれば、兵など物の数ではない強さを発揮するだろう。


(よし……)


 ユーリーは敵部隊の後方に狙いを定めると、意識を集中して魔術陣の念想に取り掛かる。その左手には既に魔力を叩き込んだ魔剣「蒼牙」が握られている。増加インクリージョンの効果を得たといっても、複雑な放射系の魔術陣は何度やっても「得意になる」ということは無かった。それでも右手の補助動作を交え、何とか展開を終えて発動に漕ぎ着けていた。


 敵兵は、斜面を登るために隊列が間延びしている。一日中降り続けた雨によって森の地面は泥濘ぬかるんで、滑り易い。そんな足元に苦労する王弟派の重装騎士達二十人はどうしても先行する歩兵達から遅れがちになっていた。そんな彼等の列の中程に、不意に赤く輝く球体が現れる。それは、現れた時は拳幾つ分かの大きさだったが、次の瞬間、ギュッと中心に凝縮する。それに気付いのは数人。その内の一人が突然叫び声のような怒号を発した。


「不味い! 伏せ――」


ドォォォンッ!


 その騎士が言い終わる前に、空間に現れた赤い光の球は、指先ほどの点に収縮すると一転、大爆発を起こした。ユーリーの放った攻撃魔術「火爆波エクスプロージョン」だ。瞬時に巻き起こった爆発は、夕暮れ時の暗い森を爆炎で照らし、二十人いた騎士の集団を衝撃波で薙ぎ払う。


 直撃を受けた数人の騎士は、頑丈な金属鎧の防御も空しく、熱と衝撃によって即死する。そして、爆心から少し離れていたものは、衝撃波によって斜面から引き剥がされるように吹き飛ばされていた。


「なんだ!」

「魔術っ?」


 後方で巻き起こった爆発に、王弟派の兵達は驚きの声を上げる。彼等が振り返る先では、斜面の下に叩き落された騎士達がひと塊になってもがいている。そこへ、


「今だ! 第二射!」

「どんどん撃つぞ! もたもたするなぁ!」


 装填に時間の掛かる弩弓に再度矢を番えた第一小隊の兵士達が、隊長の号令で第二射を放つ。今度は至近で矢を受け、既に後方の様子に動揺していた王弟派の兵達は前列の隊列を乱す。


 兵達の中で、アデール班は以前の狗頭鬼コボルト達との戦いの時のように、装填と射撃を分担して行っている。彼等のやり方を真似た班があと一つ。一方残りの三班三十人の兵は、弩弓を諦めると円形盾と槍を構える。そして、


「オレに続け!」


 先ほどまでの戦闘と同じように、ヨシンを先頭に三番隊の面々が先陣に立って敵に突っ込む。そして、その後ろに歩兵小隊の面々が続くのだった。


「アデール!」

「なんでぃ!」

「下に落ちた騎士を弩弓で狙い続けて!」

「わかった、おめぇら、あっちを狙え!」


 森の中の斜面の上は、それほど広く無い。弩弓を射続けるアデール達は白兵戦に縺れこんだ戦線に対して有効な射線を得にくくなっている。そこに、ユーリーによって新たな目標が示されると、そちらに照準を改めていた。


(あちらの数は兵士が百強、此方の倍だ……ヨシン、頼むぞ!)


 左翼側の戦線を見渡したユーリーは、最前列で敵と切り結ぶ親友に向けて心の中で念じると視界を巡らせる。右翼側、ダレス達が向かった方だ。


「っ! ダレス!」


 そこでユーリーの視界に飛び込んできたのは、押されまくった右翼の様子だった。左翼側の敵が比較的少数だったのに対して、斜面が緩やかな右翼側には二百以上の兵が詰めかけていた。しかも、王弟派の指揮官は自隊の歩兵達に先行を許さず、最前列には重装備の騎士を押し立てていた。


 馬から降りた徒歩の騎士は、重装歩兵といっても良い。彼等の装備は、ダレス達騎兵隊の標準装備である軽装部分板金鎧よりも遥かに重装備だ。西方面軍の正規兵や遊撃兵団歩兵とも比べ物にならない。その重装備を生かして、歩兵が突き出す槍襖をものともせずに、王子派軍の前線を破ろうとしている。


「クソッ……ヨシン、そっちは任せた!」

「えっ? なんだって?」


 ユーリーは親友に向って大声を上げると、返事も聞かずに右翼側の援護に駆け出していた。


****************************************


「副長、魔術師が混ざっています!」

「慌てるな、押しまくれば魔術は使えない!」


 王弟派第三騎士団副長のドリムは離れた場所で炸裂した魔術に動揺する配下の騎士をどやしつけると、兜の後ろ頭を思いきり小突く。小突かれた騎士は、それで気合いが入ったように長剣バスタードソードを振り上げると前線に戻って行く。


 ドリムの指示は単純だが、それ以上どうしよう・・・・・もない事だ。従軍する魔術師という存在は珍しいが、全く居ないわけでは無い。しかし、その存在は他の兵士や騎士からは浮いた存在となる。また、魔術師自体を快く思わない者も一定数いるのだ。そんな環境下で従軍する魔術師は、一般的に味方兵を巻沿いにすることを極端に嫌がるものだ。仲間意識からではなく、単純に後から報復されるのを恐れているのだ。そのため、弓矢を交わす間合いでは、敵の魔術師は危険だが、剣を打ち合わせる間合いではその脅威は格段に落ちる。少なくとも、一般的にはそう思われているのだ。


(それにしても、よく魔術師に会う……)


 内心吐き捨てるように思うドリムは、対峙する王子派の兵を見渡す。見慣れた正規兵の装備をした兵と、それよりも少し軽装な兵が半々といった具合の彼等は百人前後。対するドリム達は騎士も含めて二百四十人だ。坂の下という地形の不利を充分跳ね返せる勢力だった。


「騎士隊を先頭に押し出せ! 敵は小勢だ、前列を崩せば容易い!」


 そう号令を掛けるドリムは、自身も大振りな大剣を鞘から取り出す。魔剣「羽根切りフェザー」の白銀色の刀身は、夕暮れ時の薄闇の中でそれ自体が光を放つがごとくギラリと光る。その時、


(っ! あれは……騎士アーヴィル!)


 ドリムは、自分達とは反対側の斜面へ向かった部隊と対峙していた王子派の兵の中から、単身こちら側へ駆け出してくる細身の騎士の姿を認めると唸るように呟く。反対側の斜面で炸裂した魔術もあのアーヴィル・・・・・・・の仕業ならば合点がいった。ドリムは軽量の魔術が籠められた「羽根切り」を軽々と片手で持ち、切っ先でその騎士を指し示すと自隊の兵達の間を割って前進しながら大声で言う。


「あ奴が魔術を使う騎士、レイモンドの腹心アーヴィルだ。討ち取って名を挙げろ!」


 その言葉に、周囲を見渡す余裕の有る者は兵と言わず騎士と言わず、視線をその細身の騎士 ――アーヴィルと勘違いされているユーリー―― へ向ける。多くの者が敵の集団の後方に加わったその姿を見つけようと目を凝らした。


 一拍後、周囲は眩い閃光に満たされていた。


****************************************


 ユーリーは、右翼を守る味方の背後に走り寄りながら敵集団の位置を確認する。二百余名の敵は全てが此方の防衛前線に張り付くように隙間なく配置している。明らかに攻撃魔術を警戒した、不自然なほど前に詰めた配置となっている。単純な方法だが、乱戦に於いては効果の有る魔術対策だった。


「厄介だな……」


 ユーリーは舌打ち混じりで言う。彼の位置は友軍の列の最後尾だ。最後尾といっても、三十人前後が横に広がった列は三層に満たない程度だ。最前列は中央にダレスら徒歩となった四番隊騎兵が位置し、その左右を西方面軍の正規兵が固めている。しかし、対峙する敵の騎士の重装備に槍衾では歯が立たず、ジリジリと後退している。


 ユーリーはその前列に割って入るべきか、それとも他に効果的な援護方法は無いか? 思考を巡らせる。周囲は既に夕闇に覆われ充分に暗い。暗さに紛れて撤退出来ればいいが、撤退するにしても一度敵を押し返す必要があった。逡巡するユーリー。その時、敵兵の列の向こうから自分に切っ先を向ける一人の騎士の姿を見つけた。その騎士は格好こそ違うが、手に持った特徴的な大剣はユーリーにとっても忘れることの無い相手だった。


「……王の隠し剣、ドリム……イグル!」


 ユーリーの押し殺した声と同時に、そのドリムもユーリーを指して叫ぶ。


「あ奴が魔術を使う騎士、レイモンドの腹心アーヴィルだ。討ち取って名を挙げろ!」


 ユーリーは敵の視線が自分に集まるのを感じた。大勢の殺気が籠った視線が叩き付けるように向けられた。不意に注目を浴びた訳だが、それがユーリーにひらめきをもたらした。


「! みんな、絶対後ろを見るなよ!」


 ユーリーは味方の最後尾から全員に呼びかけると、ある魔術の魔術陣を念想する。「蒼牙」に魔力を籠める暇も惜しい。の状態のユーリーだが、放射系魔術の初歩に分類される術の発動には問題がない。そして、念想上の魔術陣を展開させたユーリーはそれを発動する。発動場所は自分の頭の直ぐ上、発動する魔術は強烈な光を発する「閃光フラッシュ」だ。


パッ!


 閃光の術は、音や熱を伴わない単純な光の爆発を起こすだけだ。何の害も無い魔術だが、夕暮れ時、多くの兵が暗闇に目が慣れ始めたこの時、それは決定的な威力を発揮する。発せられた閃光は、ユーリーに背を向けていた味方には無害だが、彼に殺気の籠った視線を向けていた敵には破滅的だった。多くの騎士や兵士が強い光に眩惑される。そして、


「今だ! 一気に押し戻せ!」

「うぉぉ!」


 ユーリーは、自分も兵の間を割って前列に飛び出すと大声で号令を発する。その号令と、怯んだ様子の敵に、兵達は怒声を以って応えると、一気に敵前列に殺到した。


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