Episode_14.24 森の中の白兵戦
オーヴァン率いる王弟派第二騎士団が砦の内部に足を踏み入れるよりも数時間前、午後の森の中は
そんな彼等は、数日前の伏兵戦術で潜んだ森の中に再び潜んでいる。しかし、今回の目的は伏兵からの奇襲では無い。その証拠に、総勢二千の兵達は百から二百人の集団に分かれて、広大な森の中に分散点在するように潜んでいる。
戦術の常道で言うならば、一度伏兵が潜んだ場所に二度も兵を仕込むのは愚の骨頂だ。しかし相手からすれば逆で、過去に伏兵が潜んでいた場所は当然警戒しなければならない。通常の思考をする指揮官ならば、偵察や斥候にそれなりの人員を割くはずなのだ。そこで、やってくる斥候達を叩いた上で、本隊に対しても白兵戦を挑もう、というのがユーリーの立てた策の一部であった。
彼等の意図は、そうやって少しでも長く王弟派の軍を森に釘付けにすることだった。空城の計と見せかけて砦内部に仕込んだ
(……よし)
そんな森の外の状況を狩人からの報告として聞いたユーリーは、取り敢えず思惑通りの展開に一人頷くと、自分の周囲にいる兵達に呼びかける。彼の周囲の兵は、再編成された歩兵第一小隊と騎兵三番隊の生き残りだ。勿論全員が馬を置いて徒歩となっている。
「くれぐれも一人で敵に挑まないように、常に三人以上で組になって戦うんだ」
ユーリーの言葉に三番隊の生き残りも、第一小隊の兵士達も神妙に頷く。
「狩人の皆さんはなるべく後方へ、戦闘にも無理に参加する必要ありません」
そんなユーリーの言葉に、彼等の隊に付いていた近隣の村からやってきたという初老の狩人は無言で頷くと、音も無く後方の木々の間へ消えていった。そして、細かい雨が下草の葉を打つ音のみが響く静寂の時間が過ぎる。
パキッ、
ふと、枯れ枝を踏み折る乾いた音が響く。そして、風と雨以外の存在が下草を揺らす音がそれに続く。
(きた……)
倒木や岩陰に隠れるユーリー達の隊の前に三十人程の王弟派の兵士が現れる。革鎧に短弓、腰には短めの
ユーリーは倒木の陰に隠れたまま片手を上げると、物陰に潜んだ兵達に気付かない敵兵の動きを注視する。距離にして三十メートル強。視界や射線を妨げる木立が多少あるが、全滅させることが狙いではない。少数は生き延びて本隊へ報告に走って貰ったほうが好都合だ。
(もう少し……)
上げた手を下ろす間合いを計るユーリーだが、不意に少し離れた別の場所から
「放て!」
その瞬間、ユーリーは手を振り下ろす。そして、岩陰や倒木の陰など、思い思いの場所に潜んでいた兵達がその号令で一斉に弩弓を放った。
「うわ! こっちもか!」
合計五十の
「よし! オレに続け!」
矢が放たれるとほぼ同時に、ヨシンは物陰から躍り出ると敵兵に向けて距離を一気に詰める。その手には無骨ながら頑丈な愛剣「折れ丸」が握られている。森の中の限られた空間では取り回しの難しい斧槍「首咬み」は後方に下げた馬に括り付けてある。そんな彼に続くのは徒歩となった騎兵隊の面々、歩兵が使うよりも短めの短槍サイズの馬上槍を手にヨシンに続く。
ヨシンはユーリーが他の兵達に向けて発した注意事項の「逆」を見事に体現していた。つまり、十数人残った敵兵達に対して単独で斬り込んだのだ。
「チッ、あのバカ!」
ユーリーは思わず声に出していうが、その口元は少し笑っている。そんな表情が示す通り、ヨシンは弩弓の射撃で乱れた敵の集団に斬り込むと、腰の
ガキィ!
強烈な柄頭の一撃を鼻面に叩き込まれた敵兵は、鼻血を滴らせながらその場に崩れ落ちた。
ユーリーは敵の集団に接近する機会を失ったが、逆に間合いを保ち全体を見回す。あっという間に五人の敵兵を倒したヨシンに、三方向から敵兵が一斉に飛び掛かるが、その内左側の兵はユーリーが持つ古代樹の短弓から放たれた矢に撃ち抜かれて、ヨシンの数歩前で絶命する。そして残りの二人は、ヨシンの「折れ丸」によって斬り倒されていた。
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王子派の全部隊は、接敵後は各自が位置を森の奥へ動かすことになっていた。一方、ユーリーの隊は三十名の敵斥候隊を倒したのち、真っ直ぐに森の奥ではなく、平地と森の境界の方へ自隊を動かしていた。王弟派の兵の指揮官は、襲撃を受けた斥候の報せを良く聞けば、森の中の王子派の兵が全体として北へ北へと向かっている、とが分かるはずだ。優秀な指揮官ならば、北へ逃れる敵兵に対して、後方へ回り込むような機動を行うだろう。ユーリーは背後に回り込もうと機動する兵を狙ったのだ。
そうやって部隊を動かす間にも二度ほど、敵兵と遭遇戦を繰り広げていた。兵達は先の斥候兵とは装備の違うより重装備な正規兵達だった。しかし、彼等が持つ頑丈で大きな盾と長い槍は森の中での取り回しに明らかに劣る。王子派の兵士達は比較的取り回しの良い装備を駆使して側面を突き、時にユーリーの魔術で正面を打ち破り、敵を撃退し続けていた。
時間が経つにつれ、敵と遭遇する頻度が増える。それは、敵がユーリー達の隊により多くの兵を差し向けている証拠だった。雨雲は依然として晴れないが、その上に在るであろう太陽は西へ傾いている。そろそろ夕方という時刻だ。そして、彼等の場所は既にエトシアから数キロ北の裏街道近くに達している。
「みんな、日が暮れればそのままトトマへ撤退だ。もう少し、頑張ってくれ!」
「なんでぃ、
「そうだ、俺達なら大丈夫だ。これからストラを攻めると言われたって!」
「……いや、それは流石にちょっとツライだろ」
戦闘と戦闘の間隙に、そのような言葉が交わされる。ユーリーが隊の兵達を激励する言葉に反応したのはアデール班(一家)の面々だ。しぶとくも、
「確かにツライな……」
一方のユーリーは彼等が言い捨てるように言った言葉を受けて、それを反駁する。ヤクザ者の彼等は弱音を滅多に吐かない。吐くとすれば今のように冗談めかして言うだけだ。それが男の矜持だということだった。しかし、彼等がそう言うと言うことは声を上げない他の兵も同じ状況と言うことだ。
半時ほど敵兵との戦闘が無い時間が続く。そこに、前方ではなく東側の側面から大勢の兵が歩く音が聞こえてきた。ユーリーは一瞬だけ身を固くすると警戒心を示すが、それが友軍、ダレスが率いる特別編成の第二歩兵小隊と、西方面軍の歩兵小隊だと気付くと表情を緩めた。
「ダレス」
「ユーリー、ヨシンも……無事だな」
「ああ、見た通りだ」
ユーリーの呼掛けに応えるダレスは二人を見て胸を撫で下ろす仕草をする。
「どうだ?」
何がどうと言う質問ではないが、ユーリーの言葉にダレスが応じる。
「二回ほど撃退した……思ったよりもしつこいな」
「反って好都合ってもんだ」
「そうだな……こっちは嫌になって来るが」
そんな言葉が交わされる。自分達を追って敵が森を進めば進むほど、
ピィ……
それはほんの僅かな音だった。森に棲む小鳥の鳴き声のようだったが、その小鳥はこの時期この森には居ない。その事を森育ちのユーリーとヨシンは聞き分ける。それは、周囲を警戒している狩人からの合図 ――敵の接近を告げる合図―― だった。
「全員、全周警戒っ」
ユーリーの詰めた号令に全員が周囲を警戒する。そして直ぐに味方の一部が左手を振る仕草をする。それは「敵兵発見」の合図だった。
(どこだ?)
ユーリーやヨシン、そして近くにいたダレスが周囲を見渡そうとしたとき、森の狭い空間を縫うように、無数の矢が射掛けられた。
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