Episode_14.21 切り札


「ユーリー君、座りなさい」


 普段はエトシアに駐留する騎士団の世話をすることを生業とした集落。今住民は全てトトマに避難している。しかし集落の家々はもぬけの殻と言う訳ではなく、中には兵長や隊長達が寝泊まりしている。勿論比較的軽症な兵達も屋根と壁のある寝床を割り当てられている。


 そんな家々の一つに足を踏み入れたユーリーは「飛竜の尻尾団」の一員で、普段寡黙なイデンに声を掛けられ驚いていた。


「え……」

「いいから、座りなさい……酷い顔色だ」


 イデンは呟くように言うと、ユーリーを狭い土間のような居間の一角に座らせる。そして、


「勇猛果敢の守護者たるマルスよ、勇敢なる者の精神に活力を吹き込み給え」


 イデンが戦の神マルスに祈るのは神蹟術の「活精ゲインマインド」だ。魔力欠乏症により土気色の顔色で精彩を欠いたユーリーを見て驚いたのだろう。普通の魔術師では、この状態で歩き回れる人間のほうが稀だ。その証拠に魔術師のタリルと同じく魔術師のアグムが呆れたように鼻から息を吐く。


「本当にお前って、変わった体質だよな……善し悪しだな」

「ほんとうに、若い頃は魔力を持つ者を羨ましくも思ったが……ユーリー君の様子を見ると、儂は普通で良かったと思うのじゃ」


 タリルは魔術師としては一般的な技量と魔力量だ。対して老魔術師アグムは、一般人並みの魔力しか持たない不遇の魔術師だった。それでも王政健在なりしころのコルベートにおいて魔術ギルドの数少ない首席研究者の席を占めていたのだ(同僚の女性魔術師にわいせつ行為で訴えられるまでは)。


 二人の魔術師に言葉を掛けられたユーリーは、返事に困って曖昧な相槌を打つ。しかし、直ぐに自分がお願いしていたことを思い出してアグムに詰め寄るように言うのだった。


「先生、あの石・・・使えましたか?」


 ユーリーが「あの石」というのは、昨年末のオル村北の沼地で戦った狗頭鬼コボルトが引き連れていた木人を倒した時に手に入れた水晶のような石だった。


「ああ、調べるのに二日も掛からなかった……あれは紅魔素石ロソリタイルだ。紅金ロソディリルの細かい結晶を可也多く含んでいる……無機なる有機……有ならざる無にして、無ならざる有。脈打つ石……流転を拒みし拍動……」


 老魔術師アグムが詠うような言葉を重ねる。この場にいる者でアグムの言葉の意味を理解できない者は、ヨシンとダレス、そしてジェロやリコットである。話に追いつけない者の代表としてジェロが水を差すような言葉を発した。


「よくわからん。結局なんなんだ?」


 対するアグムは話の腰を折られた格好だが、ニマリと笑うとローブの懐からその「紅魔素石」を取り出して言う。


「ユーリー君達が戦った『木人』とは原始的な木人形ウッドゴーレムの一種じゃ。恐らく狗頭鬼コボルトの呪術師が作り上げたのであろう……その核となったのがこの石じゃな。儂ならもっと高度なゴーレムを作り出すことが出来る」


 アグムの言葉に彼等は茫洋とした調子で頷く。理解したことを示す頷きではない、寧ろ逆だ。しかし、ユーリーとタリルは身を乗り出して言う。


「それって、凄く値打ちの有るモノじゃ?」

「じゃぁ、レイの助けになりますね!」


 片や冒険者で魔術師のタリル。ゴーレムの核となることができる、赤っぽい水晶の価値を理解して驚愕と共に声を上げた。一方親友を案じるユーリーは、別の発想だった。


「そうじゃな、タリル君の言うように中原の市場に流せば金貨五百……いや、値は付かないかもしれないな。言い値で取引できるものだろう……」

「金貨五百以上!」


 その言葉にリコットが素っ頓狂な声を上げる。イデンを除いた他の面々も目を丸くしている。その価格は魔術具の武器類や、価値のある工芸品が取引される価格帯であった。


「だが、持ち主はユーリー君じゃ。ユーリー君、これをどうしたい?」

「……ちょっと考えがあります。付いて来てください!」


 問いかけるアグムの手を掴んだユーリーは、少し強引にその家を後にする。向かう先は砦の中の館。レイモンド達が今後を話し合っている会議の場であった。


****************************************


「エトシアをどうするか、については一旦脇に置くとしても、捕えた捕虜は如何しましょうか?」


 エトシアを放棄すべきか? その点で難航していた議論だが、西方面軍副団長の騎士オシアの言葉で一旦議題を変えることになった。


「結局、どれほどの数が捕虜となったのだ?」

「はい、合計で八百前後です。その内正規兵と思われる者は約百名。残りはディンスやストラで召集に応じた兵のようです。どの者も軍歴半年に満たない者ばかり、聞けば食うに困って募集に応じたと」


 レイモンドの問いに、そのオシアが答える。


「その捕虜達は今どうしている?」

「はい、北門を出た集落の外れに百ずつ分けて歩哨を立てています……が、正直に申し上げると、これだけの捕虜を抱えるのは負担です。警備に兵を割かれますし、食糧もそれだけ減りが早くなります」

「そうだな」


 切実な響きを持ったオシアの言葉にレイモンドは納得する。


 捕虜など邪魔ならば処刑してしまえ、というような浅薄な人物はこの場にいなかった。敵兵と言えども、捕虜と言えども、元を辿ればコルサス王国の民である。武器を置き軍門に下ったのならば、それなりの保護を与えなければならない。特にレイモンド王子の考え方の下では、捕虜の処断といった蛮行は起こるはずが無かった。


「捕虜達には、明日朝から砦周囲の死体を片付けさせ、その後トトマに後送するか、いっそのことストラに返すのが良いでしょうな」


 当然あるじの性情は皆が知るものだ。全員が老騎士シモンの発言に頷く。その時、砦の二階の一室の扉が叩かれる。


「なんだ?」

「ドリッドです。騎兵三番隊長以下数名がお目通りを」


 扉の近くに立っていたロージの声に、外で待機していたドリッドが訪問者を告げる。


「入ってくれ」


 訪問者の身分を聞いたレイモンドは、険しい表情を少し緩ませてそう告げる。そして直ぐに、ユーリーとヨシンにダレス。そして老魔術師アグムが部屋に入ってきた。


「ユーリー、もう大丈夫なのか?」

「なんとか……アーヴィルさんは?」

「正直、座っているだけでもキツイ」


 魔術師同士が分かる苦労に、ユーリーとアーヴィルはお互いに力の入らない笑みを交し合う。そこに、マルフルやマーシュ、そしてロージの声が掛かった。彼等は一様に、瀕死だった部下達への治療に感謝を述べるのだ。しかし、ユーリーは一瞬だけ面映おもはゆい表情を見せると、直ぐにソレを引き締めて、レイモンドに言う。


「レイ!」

「な、なんだ?」


 気迫が籠った、と言うよりも何処か、面白い事を思い付いた、という表情で名を呼ぶ青年に、レイモンドは真意を測り兼ねる。しかし、ユーリーは怪訝なレイモンドの表情を気にする事無く続けるのだった。


「アグム先生に強力なゴーレムを作ってもらう。使うのはそこら辺の崩れた外壁の石で十分だ。そして――」


 その後語られたユーリーの策は、老魔術師アグムが時折助言をする格好で説明された。


「しかし、それでは味方まで」


 聞き終えたレイモンドは単純な疑問を呈する。しかし、ユーリーは其れに対して明快に答えた。既に魔力欠乏症の特有の茫洋とした表情は何処かへ吹き飛んでいる。


「だから、この砦を使うんだよ――」


 その後、話し合いは明け方近くまで続いたという。


****************************************


 翌朝早朝、エトシア砦から重傷者を乗せた荷馬車の輸送隊が出発した。輸送隊には王子派の重傷者だけでなく、王弟派の正規兵の捕虜達も同行を命じられていた。そして、エトシア砦にはディンスやストラで召集された雑兵の捕虜達が残った。


 捕虜達は、自分達の処遇に酷く怯えていたが、そんな彼等の緊張をほぐしたのは、他の兵達と同様に分けられた朝食だった。具材が多目に入れられ塩気が利いた温かい汁物と岩の如く硬いパン、それを捕虜と兵の隔てなく分け合って食べた。


 その後は、敵味方の死体の埋葬という陰鬱な作業が始まる。これも、砦に残った捕虜の雑兵だけでなく、王子派の兵士達も加わって一緒に作業を行った。流石に、王子派の兵を一緒にこの場に埋葬することは無かったが、敵である王弟派の兵士や騎士の死体を埋葬するために、エトシア砦の周囲に巡らされた空堀の二つが埋められることになった。


 捕虜達と共に作業を行ったのは民兵隊と遊撃兵団の兵達である。作業の間は特に厳しい監視は置かれなかった。そのため、双方の男達の間には自ずと会話が発生する。元は同じ西方国境伯アートン公爵の領地の民同士だ、ディンスやストラに知り合いが居る者もあるし、逆もある。そんな中、王子派、王弟派双方の兵士を驚かせたのは、お互いの食糧事情だった。王子派の兵達は、例年よりも値上りした穀物の価格を大いに嘆いてみせたが、王弟派の捕虜達が語る惨状に、絶句した。一方、王弟派の捕虜達には、王子派の兵達が嘆く内容が天国のように思えたのだ。


 ――王子派の街や村では、まだ食えるらしい――


 以前から流れていた噂は本当だったのか、という気持ちになる。そして、無理をして兵士をやっていることが馬鹿馬鹿しくなる。皆食い扶持を減らすためや、家族の暮らしを助けるために、イヤイヤながら募集に応じた兵士達だから尚更だ。


 そうやって時折手を止めながらも作業を続けた結果、日没までに粗方の死体は埋葬することが出来た。そして、エトシア砦内に戻った捕虜達は昨晩と同じように北門を出た先の集落へ向かい掛けるが、そこで呼び止められた。


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