Episode_14.20 エトシア砦の奮戦
レイモンド王子が率いる伏兵の主力は実戦経験の無い民兵隊だ。結成されて一年未満という組織を構成するのは、ダーリア、アートン、そしてトトマ、さらにその近隣の農村などから集まった男達だ。彼等の錬度は正規兵に大きく劣る。しかし、レイモンド王子自身が標榜する「民が治める新しいコルサス」という理想は、錬度を云々言わせないほどの士気となって兵全体に行き渡っているのだ。
そんな兵達は、虚を突かれて騒然となっている王弟派第三騎士団の正規兵に果敢に向かって行く。恐れ知らずの
そんな兵達の前列には馬上のレイモンドが居る。白銀の鎧を身に纏い、兜を被ることなく、美しい金髪と碧眼の美丈夫振りを周囲に曝している。そして、手に握る総ミスリル造りの
「矢など効かぬわ! 者共進め!」
一際大きなレイモンドの声に、周囲の兵が上げる歓声は折り重なって地響きのようになる。そんな兵達の中には歴戦の騎士も交じっている。柳槍のシモンと異名を取る老騎士シモンはそんな猛者の一人だ。かつての演習事件、八月事件とも言うが、その場で騎士マーシュを打ち倒した槍捌きは、彼が持つ独特の槍 ――柳槍―― を得て、並みの騎士では歯が立たない強さを発揮する。
「小童どもめ! どけぃ! 」
細身の長槍を撓らせたシモンは、まるで鞭のように槍を操ると、次々と敵兵を打ち据えていく。そこへ、
「無理するな、爺さん!」
と不敵な声を掛けるのは、元ドルフリーの腹心であった騎士ドリッドだ。今は将軍の任を解かれて一介の近衛騎士隊員となっている。大剣をまるで片手剣のように操る剛腕は、指揮よりも先陣に立つことで生かされる才能だった。
「
「口が達者な老い耄れめ!」
軽く口論のようになりながらも、夫々眼前の敵を蹴散らし、後に続く民兵隊の先陣を務めている。そんな歴戦の騎士に対抗するべき第三騎士団の騎士達は砦の西側や中央を攻めるために出払っていた。そのため、この老騎士や剛腕の騎士の突進を止めることができる者はいない。そこへ、
ドォォンッ!
鋭く赤い火線が走ると、次いで衝撃と爆発音が響く。王弟派の兵が十人弱、その爆発に巻き込まれて吹き飛ぶ。それは、防衛から反転攻勢に出た遊撃兵団の先陣を務める騎兵隊、ユーリーが放った攻撃術「
真東の森からは引っ切り無しに狙いの正確な矢が飛び、東北側からはレイモンド王子自らが率いる新手の兵が押し寄せる。そして砦側に押し込んでいたと思った正面の小勢も、息を吹き返したよう反転して向かってくる。更に少数の騎兵が王弟派の雑兵を無視するように間をすり抜けると、果敢に正規兵達に突撃を繰り返すのだ。その攻勢は凄まじく、既に士気をくじかれた第三騎士団の兵達には、森に潜む射手や、兵に紛れた魔術師を探し出して討ち取るほどの胆力も余裕も残っていなかった。
「……止むを得んな、ドリム」
「退きますか?」
「うむ、撤退だ! 陣地まで撤退!」
王弟派第三騎士団長レスリックの号令に伴い、撤退を報せる
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第二騎士団長のオーヴァンは、砦の西側で、撤退合図である
「クソ! 俺としたことが掛かり切りになったか……」
オーヴァンはその言葉通り、目の前の騎士達に釘付けにされたことを悔やむ。そして、視線を砦正面に向けると、ワラワラと後方に下がろうとする味方の兵達の姿を捉えた。攻勢から一転し、崩れた隊列で後方へ下がる兵達は、逆に攻勢に出たエトシア砦の王子派の兵によって追い立てられているようだった。
「おのれ……今日の所は引き上げだ! エトシアの騎士、名は!」
今日の戦いで幾度となく槍を交えた敵の騎士に問いかけるオーヴァン。対する騎士は落ち着いた様子で応える。
「私の名はマーシュ、マーシュ・ロンドだ! また来るのであろう、待っているぞ騎士オーヴァン!」
相手には自分の名が知れていたことに、特に驚きも感じないオーヴァンは、フンッと鼻を鳴らすと馬の鼻面を南へ向ける。そして、
「撤退だ、兵の後方を守りつつ陣まで退くぞ!」
と、周囲の騎士達に命じると馬を駆けさせるのだった。
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その日の正午過ぎに終わった攻防戦は、王弟派が砦攻略を失敗したため王子派の勝利のように見えた。しかし、その内情は両者とも「痛み分け」というべき状況だった。寧ろ攻略に失敗した王弟派は、兵の中に雑兵を多数用いていたため、後方のストラやディンスには手付かずの勢力を温存している。一方、王子派は今回の防戦が総力戦だった。
「被害報告を……」
エトシア砦内の粗末な石造りの館内にレイモンドの声が響く。各部隊長が集まり被害状況を整理しているのだ。
「西方面軍の被害は騎士十五名、兵士二百名死亡。負傷は重傷者のみで騎士十名、兵士三百名強です」
マルフル将軍の言葉は重苦しい。しかし、被害を出したのは西方面軍だけでは無かった。中央軍をマーシュ、遊撃兵団をロージ、そして民兵隊をアーヴィルが順に被害を読み上げる。因みにアーヴィルは、戦闘後に重傷者へ魔術による治癒を散々行ったため、顔色は土気色で、具合が悪そうだった。
「中央軍の被害は騎士三名、兵士六十二名死亡、重傷者は騎士二名、兵士八十名」
「遊撃兵団、騎兵五名、兵士二十二名死亡、重傷者は騎兵十二名、兵士二十名です」
「民兵隊の被害は死者六十五名、重傷者三十一名です」
元々伏兵の民兵隊を加えて総数三千五百近くのエトシア勢は、一日の防衛戦で二割強の兵を失っていたのだ。自ずと、場の雰囲気は重苦しくなる。
「敵の損害は二千を超えるはずです。それほど気落ちする必要は……」
そう言い掛けるのは老騎士シモンだ。しかし、その数に意味が無い事を本人も良く承知しているため、言葉尻が弱くなる。
「シモン、気休めだ。敵の損害の殆どはストラやディンスで召集された兵だった……」
そして、レイモンドの言葉で完全に部屋は沈黙に包まれた。そこに悄然とした声が発せられた。
「レイ兄、やはりエトシアは……」
放棄すべきではないか、というマルフル将軍の言葉だ。一度レイモンドによって否定されているため、控えめな言い方となっている。しかし、彼の言いたい事と、彼の気持ちはその場の全員が理解出来るものだ。この砦はマルフルにとっては我が家も同然の愛着ある場所だ。それを棄てよう、と申し出ている若い将軍の気持ちに皆が押し黙る。そして、
「無理なのか……どうしても……」
レイモンドの呻くような呟き声が漏れるように聞こえてきた。
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その日の夜、トトマ衛兵団の手配した荷馬車が数多くエトシアに到着した。負傷兵を後方へ運ぶための輸送隊だった。
そんな輸送隊が北門から砦内に入ってくる気配でユーリーは目を覚ましていた。彼は、戦闘終了後からほぼ休み無しで、治癒の魔術を使い続けていた。もう一人の魔術師である騎士アーヴィル共に事に当たっていたのだ。しかし、二人合わせて魔術による治癒を行ったとしても、数百人の負傷者全てに
「う……気持ちわるい……頭痛い……」
周囲のベッドには何とか一命を取りとめた者達が上げる、傷の痛みに呻く声が響いている。そんな中では、不調を訴えるユーリーの声に反応するものは誰もいなかった。我ながら、こんな所で良く寝ていた物だと呆れるユーリーは、ベッドから這い出る。足元がフラフラするのは、この症状ではいつもの事、頭痛も吐き気も同様だ。そんなユーリーは、足元に注意しつつ部屋を出る。
外に出たところで、自分が砦内の館の反対側にある粗末な兵舎に居たのだと分かった。目の前には見慣れないエトシアの狭い中庭が広がっている。
「お! ユーリー、気が付いたのか?」
「あ、ヨシンにダレスも……ダレスは無事だったんだな……」
「勿論無事だ」
「そうか、よかった」
フラフラと中庭に出てきたユーリーに気付いたのは、ヨシンとダレスの二人だった。ヨシンは左腕に二箇所包帯を巻いているが、ダレスは無傷のようだった。そんな二人は、恐らくユーリーが起きて来るのを兵舎の前で待っていたのだろう。周囲に彼等以外の人影は無かった。
「負傷兵達は?」
「ユーリーの魔術で重傷者達は一命を取り留めた。これから後方のトトマへ移送だ」
「これからどうなる?」
「今、上で話し合い中だ」
まだぼんやりとした雰囲気のユーリーが発した言葉に、ヨシンが顎をしゃくって砦の館の二階を指す。石組の館に取り付けられた小さな窓からは、確かに灯りが漏れているようだった。
「ユーリー、飛竜の
館の二階を見上げるユーリーにヨシンが声を掛ける。その内容にユーリーの表情が変わった。
「皆何処にいるんだ、今すぐ話がしたい!」
思いも掛けず強い調子の言葉にヨシンもダレスもギョッとする。しかし、ユーリーの静かな気迫に圧されるような二人は、北門を出たところにある小さな集落へとユーリーを案内するのだった。
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