Episode_14.19 伏兵強襲
東西からの「×」の字を書くように突入した騎兵隊によって、王弟派の先陣は大きく崩れていた。しかし、その隙間を埋めるように後ろから交代の百人隊二つがせり上がってくる。そして、しばらくの合間を置いて、王子派の歩兵達と槍を交えるようになった。
エトシア砦の物見櫓からは引っ切り無しに援護の矢が飛ぶが、精々二十人程度の弓兵が撃ち下ろす矢に大勢を変える力は無い。そして、砦内部の
「踏ん張れ! 崩れるな!」
「野郎共! 意地を見せろ!」
「オォォー!」
打ち合う鋼の音に混じり、気合いの籠った声が響く。しかし、多勢に無勢は
「第一から第三小隊、後退! 第四、第五小隊前へ!」
最初の突撃以降は、中々効果的に敵を崩すことができずにいた騎兵隊の中から、ロージが号令を発する。すると、これまで敵と槍を交えていた三つの小隊はサッと後ろに下がる。そして、彼等の間を割って二個小隊百人がやや薄い横隊を組んで現れると前線を受け持つ。この交代劇で前線の位置は三十メートル後方へ押し下がり、戦場に空白の空間が発生した。
王弟派の兵達はこの交代劇を防衛側が怯んだ証拠と思い、躍起になって押し下がった防衛線に殺到する。結果的に、最前列の槍衾がしばらくの間形を崩す。そこへ、
「三番隊! 再突入だ! 続け!」
ユーリーの声が響くと、彼とヨシンを先頭とした騎兵隊が崩れた敵兵の隊列に再び横から突入する。少し遅れて二番隊も後に続いた。
ユーリーは敵に比べれば遥かに少数の自隊を二列の縦隊とすると、敵兵の隊列を突っ切るように馬を駆けさせる。一度だけ、チラと後ろに全員が付いて来ているかを確認してからは、前しか見ないと心に決める。そして、蒼牙に魔力を籠めると「
ゴバァァン!
片刃の片手持ち剣では、決して届かない間合いにいる敵兵を含めて、ユーリーは剣の一振りで四人の兵を弾き飛ばす。一方ヨシンはユーリーの左側に並ぶように馬を走らせると、
そんな二人が先頭を務める騎兵隊は、差し渡し百メートルも無い敵の隊列を真横に突っ切る。そして、乱れた隊列を彼等に続いた二番隊が更に
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前方で繰り広げられる戦いの様子を、王弟派第三騎士団団長レスリックは眉を
(一気呵成に押し込みたくなる……が、なにか腑に落ちない……)
レスリックが眉を顰める理由はこれであった。彼が見据える正面の敵は何度も前列の歩兵を交代しながら、時折騎兵の突撃を以って兵達を削り取っている。しかし、大方の動きとしては、常に後方へ後方へと防衛線を下げる動きを繰り返すのだ。
「ドリム!」
「はっ!」
「敵の動きが不自然だと……」
「はい、何とも後方へこちらを誘うような動きですな」
「やはりそう見るか……気が進まぬが、雑兵共を前線に押し出せ!」
「雑兵を、ですか?」
「そうだ、敵の錬度は
注意深い指揮官であるレスリックは、攻め手の質を下げて様子を見ることにした。錬度が格段に落ちる雑兵相手でも相手が戦線を下げるならば、何かしらの企みを持っている、と判断するべきだった。
そんなレスリックの命令はドリムを通じて兵達に伝達される。そして、森側に待機していた雑兵数百がギクシャクと移動を開始する。隊に編制することも不可能な雑兵達は、只兵士の格好をして立っている
「――やはり! ドリム、伏兵が居るはずだ! 森側に――」
レスリックの鋭い声が木霊する。そして、それを言い終わる前に、
「報告します! ふくへ――ギャッ」
斥候が森の中から、叫びながら飛び出してくる。全身血まみれで、背中に何本か矢が突き立っている状態だ。その斥候は言葉を言い終わる前に、トドメの矢を
ヒュンヒュンヒュンヒュン!
それが合図だったように、森の木々の合間から無数の矢が射掛けられた。丁度数百メートルに渡って間延びしてしまった第三騎士団の歩兵隊は前方を注目するあまり、東側の森に対して無防備な側面を晒していた。その側面に沢山の矢が飛び込んでいく。
「クソ!」
「レスリック様!」
レスリックやドリムは自身に射掛けられた矢を難なく剣で切払う。しかし、多くの兵はそういう訳にはいかず、矢を受けて倒れる者が多数であった。
「森から伏兵だ!」
「最後尾の百人隊! 森側へ回れ!」
怒号が飛び交う。そこに、森の木々の陰からワラワラと兵達が進み出てきた。その兵の先頭には春の風を受けて燦然と
「民兵隊! 敵の横っ腹に突撃!」
紛れも無いレイモンド王子、本人の号令が響く。そして、五百の歩兵と三十騎ほどの騎士は、その号令を受けると、王弟派第三騎士団の東側側面に突撃を敢行した。
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時は正午を一時間過ぎたころ。エトシア砦の攻防戦は伏兵の登場を受けて次の局面に向かいつつあった。
森から伏兵が登場する少し前、ユーリー達の三番隊と続く二番隊は四度目の突撃を敢行しようとしていた。これまでの突撃で、ユーリーの隊でも三騎の騎兵が落伍していたし、二番隊も同じような物だった。そして、二度目の突撃以降は、敵の歩兵達は前方のみならず左右からの突撃を警戒するようになっていた。そのため、騎兵隊側の被害も其れなりに大きいものとなっていた。
それでも、彼等の意図する森からの伏兵は未だ動かない。
(もうひと踏ん張りだ)
そう思うユーリーの眼前に在るのは、先ほど前線を入れ替わった装備と錬度に劣る敵兵だ。その様子から、彼等はディンスかストラの街で集められた臨時の召集兵だろうと、容易に想像できた。
攻撃の足並みも、前列の隊列も揃わない錬度の低い部隊だ。突撃するユーリー達は、少し楽に相手が出来ると思うが、それでも「ジリジリと後退する」という作戦に変わりは無かった。
ユーリーは再突撃の号令を掛けようと、片刃の魔剣「蒼牙」を振り上げる。その時、敵陣後方の森側が騒がしくなる。
「なんだ?」
「突撃待て!」
そんな声が交わされる。そして、
「あれは! 『御旗』だ、王子が来たぞ!」
という声が歩兵小隊の中から上がる。ユーリーやヨシンからも、その濃紺に金糸を縫いつけた重厚な旗が風にはためくのが見えた。そこへ、
「遊撃兵団! 騎兵歩兵ともに攻勢開始! 王子の兵と共に敵を蹴散らすぞ!」
一際大きなロージの号令が掛かる。そして、これまで防御に徹していた五個歩兵小隊が反転攻勢に前進を開始した。
「ユーリー!」
「わかってる、俺達も行くぞ! 雑兵に構うな、奥の正規兵を叩く!」
ヨシンの声に促されるまでも無く、ユーリーは指揮棒替りの「蒼牙」で浮足立った雑兵の奥に位置する正規兵を指し示すと、黒毛の軍馬を駆けさせる。十五騎まで数を減らした遊撃騎兵隊の一団は、雑兵の集団をまるで
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二日前の夜にエトシア砦で開かれた軍議で、今回の防衛作戦の概要が決められていた。少数だが錬度の高い遊撃兵団に、敵を引き込む、という難しい役が回ってきたが、彼等は何とかそれをやり遂げていた。そして、防衛の穴に雪崩れ込むように縦に伸びた敵の背後、エトシアの東に広がる森林地帯からの伏兵攻撃を成功させたのだ。
伏兵をレイモンド王子自ら率いることには、
反対する者達が納得したのは、明け方、夜が白み始めるころだった。丁度、命令外行動を取り東のリムンから少数の騎士を連れた老騎士シモンがエトシア砦に到着したのだ。老騎士は、命令無視の行動を詫びることもなくズカズカと軍議に割って入ると、レイモンド王子の作戦を強く支持した。そして、自らが王子の盾となって必ず無事に返すと全員の前で誓ったのだ。
その後は、ダーリアに駐留していた編制中の民兵隊を全てトトマへ呼び寄せ、軍議があった日の翌夜には、五百の伏兵となるべき兵を選抜していた。更にレイモンド王子の名で、北部森林地帯の森人達の集落、オル村に協力を要請した。そして、戦いが起こった今日の早朝には、五百の民兵隊、アーヴィル、ドリッド、そしてシモン将軍等の三十騎の騎士、更にオル村から駆け付けた森人の狩人四十名が、エトシア砦の東の森に進出を終えていたのだ。
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