Episode_14.18 暫時後退戦


「思った通りに梃子摺てこずりますな」

「ああ、エトシアの騎士達は優秀だ」


 王弟派第三騎士団の副官ドリムと団長レスリックは、森側、自軍の右翼後方から戦況を見ている。先程突出した第二騎士団の騎士達へ自勢力の騎士を援軍に差し向けたばかりだ。これは、第二騎士団のオーヴァン団長からの要請を受けたものでは無い。レスリックの独断による援軍だった。しかし、そのお蔭で、砦の海側へ展開した騎士達は崩れることなく防衛側と対峙していた。


「徐々には押しているが……」

「ですが、可也の被害が出ております」

「うむ……」


 砦正面でぶつかりあっている兵達、第二騎士団旗下の雑兵と正規兵達は、徐々に防衛側の防御線を圧迫している。既に外側の空堀は乗り越え、二層目に突入している。しかし二層目に戦線を下げることにより、防御側の兵は密度を増し抵抗は頑強となっていた。また、王弟派の兵達が乗り越えた空堀の中は、自軍の雑兵の死体で埋め立てたようになっており、被害の大きさを示していた。


「増援、出しますか?」

「そうだな、何もしない訳にはいくまい……雑兵五百と兵五百、それに残った騎士百騎を下馬させて、正面の後詰に回せ!」

「はっ!」


 レスリックの指示を受けて第三騎士団の兵や騎士達が動く。総勢千を超える兵力が苦戦する砦正面への増援に回った。一方で、レスリックの手元に残った兵力は雑兵七百、正規兵千に手回りの騎士十騎程だった。レスリックはそんな自軍にも号令を発する。


「我々は前方に位置する小勢の敵を叩くぞ! 正規兵、百人隊を正面に押し出せ! 雑兵は森側を警戒。一気に押し潰してエトシアに揺さぶりを掛ける!」

「応!」


 レスリックの号令に応じたのは周囲に残っていた騎士達。彼等は正規兵百人隊の隊長達だ。夫々の隊に戻ると命令を伝えて隊列を整える。やがて、第三騎士団の勢力は百人隊二つを正面に、それが五列続く縦隊を組むと、森と砦の間に挟まれた狭い土地に陣取る出来の小勢力 ――遊撃兵団三百―― に向けて進軍を開始した。


****************************************


「第一、第二小隊前へ! 第三小隊は森側へ展開、敵を回り込ませるな!」


 砦の東に展開している遊撃兵団のロージ団長から矢継早に指示が飛ぶ。指示を受ける歩兵小隊は五十人で一小隊、十人の戦闘班が五班で構成されている。彼等は、一重だけ張った馬防柵の裏で、ロージ団長の指示通りの展開を見せる。矢継早の指示にまごつく・・・・隊は無かった。


 一方、ユーリーやヨシン、それにダレスが含まれる騎兵隊はロージの別の指示により配置を転換する。


「二番三番隊はこのまま、一番と四番五番は森側に展開するぞ、以後の行動は各自に任せる!」


 ロージの指示に従い、彼自身が率いる一番隊、そしてダレスが率いる四番隊と、五番隊は歩兵小隊の間をすり抜けて森側へ移動する。「以後の行動は各自に任せる」とは各部隊の判断を尊重する指示だが、今回の防衛作戦の大綱は既に決まっている。


 ――砦の東側は漸減作戦を展開、敵を引き付けつつ徐々に後退せよ――


 というのが、遊撃兵団に下された作戦であった。その意図は、敵の隊列を街道から砦の東側外周を沿うように長く間延びさせることだ。丁度、森側に背を向けさせることが出来ればおおむね成功といえる。しかし、


「敵の数は、三倍強か……」

「厄介だな」


 敵兵力を見たヨシンの言葉にユーリーが返す。此方は三百、対する敵は千以上の兵力である。砦の外壁に聳える物見櫓には二十の腕利きの弓兵が陣取っているし、砦内からは投石器カタパルトの支援もある。しかし、圧倒的な兵力の差は精鋭となった遊撃兵団の兵達でさえ、恐れを感じるものだった。


 そんな彼等の目の前に迫る敵兵は、王弟派第三騎士団の正規兵だ。その装備は王子派と似て鉄製の開放型兜オープンメットと鎖帷子に方形盾タワーシールド、そして長槍と小剣ショートソードだ。百人の兵が方陣の隊列を取り、それが正面に二隊、五層連なって合計十隊が接近してくる。各隊の後尾には長弓を装備した弓兵がいて、既に射程距離となったユーリー達遊撃兵団に矢を射掛けてくる。


 対する、遊撃兵団は円形盾ラウンドシールドと設置型の矢盾で長弓からの矢を避けつつ、自分達の弩弓の射程に敵を捉えるのを待つ。そして、敵兵が百メートルの距離に迫ったのを合図として、短く太い矢ボルトを撃ち放つ。更に物見櫓の上からは強弓を引く手練れの弓兵が息を合わせて狙撃を行う。弩弓の水平射撃を方形盾タワーシールドで防いだ敵前衛に頭上から矢が降り注ぐと、方陣最前列の敵兵は半数が倒れ伏す。


 しかし敵は、その射撃が合図であったように、防衛側の兵達との距離を詰めるべく一気に突進を開始する。


「槍構え!」

「槍構え!」


 第一、第二小隊長の声に従い、横隊に展開した歩兵小隊が槍を構える。前面に張った馬防柵の格子状の木組みから槍を突き通すつもりだ。また、彼等の後ろでは第二射の装填が終わった順に弩弓が放たれている。それでも、千近い敵兵の突進は止まらない。敵は柵に取り付くと、木組みを縛る縄を切り、柵を引き倒そうと縄を掛ける。


「ヨシン、柵が倒れたら、先ず一度突撃だ」

「みんな、聞こえたか!?」

「応!」


 ユーリーの指示をヨシンが副官らしくない復唱をする。騎兵三番隊の皆は緊張しながらもいつも通りの返事を返してくる。


「ヨシン!」

「なんだ? ユーリー」

「死ぬなよ!」

「当たり前だ、ユーリーこそな!」

「……分かってる」


 二十歳はたちになった二人の青年騎士は、これまでの戦いの経験を振り返る。十五を過ぎたころから、戦いばかりの人生だった。しかし、これほど大勢の人間・・を相手にするのは初めての経験だった。その事は二人とも敢えて触れないが、夫々の心に普段と違う重圧を与えていた。


(戦争をするために、俺は騎士になりたかったのか?)


 感傷的な思いがユーリーの胸にこみ上げる。レイモンドの手助けをしたい。彼が思う国を見てみたい。その想いは強いものだ。しかし、一方で何のゆかりも無い戦いに首を突っ込んでいるような感覚も覚える。


パンッ!


 ユーリーは不意に自分の頬を押え付けるように張った。生き死に戦場を前に、今は心を感傷の中で遊ばせる時では無かった。彼は片刃の魔剣を抜くと魔力を籠める。そして、せめて自分の隊の仲間達には、精一杯の活躍が出来るように「加護」と「防御増強エンディフェンス」の付与術を施す。更に親友の斧槍には「威力増強エンパワー」も追加した。合計で二十回以上に相当する付与術を発動しても、ユーリーの魔力はビクともしない。彼自身は未だ・・意識していないが、それは尋常ではない行いであった。


「ユーリー! 柵が」


 そんなユーリーの耳にヨシンの声が聞こえる。丁度ヨシンの「首咬み」に威力増強の術を施したところで、束の間、敵兵の突進を受け止めていた馬防柵がバラバラになって引き倒されたのだ。ヨシンの声はそれをユーリーに伝える。


「敵陣を斜めに森まで駆け抜ける! 無理に武器を持って戦おうとするなよ! 駆け抜けるだけで充分だ!」

「応!」

「分かってます!」

「いつものことさ!」


 ユーリーの号令に、三番隊の面々は各々に応える。その声を頼もしく聞いたユーリーはヨシンを見る。親友は強く頷き返してきた。


「俺に続け!」


 そして、彼等の戦争が始まった。


****************************************


 貧弱な防御構造を突き倒した王弟派の歩兵達は、そのまま王子派の小勢、歩兵二百五十に襲い掛かる。王弟派の先陣を務めていた二つの百人隊は、柵を突き倒すまでに夫々半数近い落伍者を出していたが、まだ先陣に居座るつもりだった。しかし、小勢と思われた王子派の軍は頑強な抵抗を見せる。両者の槍衾やりぶすまはお互いの最前列を突き崩そうとして、拮抗した。


 そこへ、西側から騎兵二十騎の突撃が敢行された。先頭を行くのは、二騎の一際強い騎兵だ。馬上にあっても大柄な一人は長い斧槍を振り回し、当たるを幸いに王弟派の兵をなぎ倒す。そしてもう一騎は、青味を帯びた片刃剣を振るい、剣の間合いで無い兵までも纏めて、文字通り、跳ね飛ばすのだ。


 槍衾を交えていた最前線の直ぐ後ろを突貫した騎兵達によって王弟派の最前列は一時的に孤立し浮足立つ。そこへ、今度は反対の東の森側に待機していた騎兵三十騎が息を合わせたような間合いで突入を敢行した。三十騎の騎兵達の狙いは正面に対して槍を構える王弟派の最前列だった。槍衾を構成する前列三層の歩兵の列に割って入ると、歩兵達をなぎ倒す。先頭に立つ騎士は重厚な鎧に分厚い泪滴盾カイトシールド、槍捌きも鮮やかに次々と歩兵を仕留めながら馬の速度を落とさない。そして、槍捌きと言う点では少し劣るものの、思い切り良く馬を操る騎兵は次々と敵兵をひづめに掛けて撥ね飛ばしていく。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る