Episode_14.17 戦闘開始


 アデール一家から掛けられた声に、


「わかってるよ」

「でも、あんまりうるさくするとロージさんにどやされるぞ」


 ユーリーとヨシンは、直ぐ斜め前で騎兵一番隊の指揮を執るロージにも聞こえる大きさで返事をする。それを受けたロージは、振り返ることも無く馬上槍を一度振って見せる。今のところロージに怒鳴るつもりはないようだ。


「ユーリーの兄貴は、サーシャから特別に御守を貰ってるからな! 人一倍頑張って貰わないと!」


 別の子分がそう言う。知らない者が聞いたら何かの冗談かと思うが、それを聞いたユーリーは馬上からずり落ちそうになった。そして、


「アレ……お前らの入れ知恵なのか?」


 と少し怖い声色で訊き返す。勿論目は笑っていなかった。その視線を受けた子分は思わず、


「い、いえ、親分がナータさんと一緒になって、サーシャをからかうつもりで……」

「コ、コラッ、余計なことを言うな!」

「アデールぅ……あんたなぁ」


 ユーリーは、少し怒った風でずり落ちかけた馬の鞍から降りようとする。一方アデールは明らかに腰が引けたような感じで後ずさるのだが、


「おい! 前方に動きがあるぞ!」

「王弟派が動いたぞ、全員戦闘準備!」


 という声が前の方から発せられた。流石に緊張感の籠った声にユーリーは動きを止めると、馬の上で姿勢を正す。そして、


「後で、覚えてろよ!」

「ま、先ずはお互い無事に乗り切ろうや!」


 と、アデールと言葉を交わすのだった。そのやり取りを見るヨシンは少し冷めた眼で、


(ったく、緊張感がねーな)


 と、小さく呟くと、全閉式の兜クローズメットの面貌をカシャッと音を立てて閉めるのだった。


****************************************


 しばし両軍の睨み合いとなっていた状況は、王弟派が軍を動かすことで崩れた。敵の正面、第二騎士団の雑兵が後ろから正規兵達に押し出されるように進軍を開始する。彼等の装備は揃いの革鎧ハードレザーに四メートルの長槍だ。盾や弓の装備は無い。まさに正面に立たせて槍を構えさせるだけの扱いである。


 そんな雑兵二千がワラワラと砦に近付く、彼等の背後からは正規の弓兵達が長弓ロングボウを引き絞り長い矢を放つが、それらは防衛側の手前に落ちる。対する防衛側は厳として陣形を動かすことは無い。正面を占める西方面軍歩兵の装備は取り回し易い短槍に方形盾タワーシールド、そして腰には片手剣ショートソードを差している。兜はアートンの鉱山で産する鉄を用いた兜、体を覆うのは対する雑兵よりも防御の硬い鎖帷子チェインメイルだ。武器のリーチでは敵の長槍に分があるが、空堀と柵に規制されている砦前の空間は見た目以上に武器の取り回しが難しい。短槍の取り回し易さは大きな利点となるはずだ。


 やがて、王弟派の雑兵が空堀に差し掛かる。兵達の先頭はそこで躊躇うように立ち止まろうとするが、後ろから加えられる圧力に立ち止まることを得ず、深いすり鉢状の堀へ落ちるように足を踏み入れる。


「かかれ!」


 王子派の兵達に号令が掛かる。空堀の底と上の高低差は二メートル強。空堀の下に溜まった敵の雑兵たちに、王子派の兵士達は無情の槍を突き入れる。兵達の持つ短槍の長さは自分達が掘り上げた堀の深さと同じ、空堀の淵から底を目掛けて突き入れて丁度良い長さだった。


 王子派兵の攻撃により、たちまち幾人もの敵雑兵が倒される。その一方で、闇雲に振り回された敵の長槍を受けた不運な兵士達も少なからずいた。


「怯むな、押しかかれ!」


 王弟派の兵達の後ろでは、前進を促す太鼓や喇叭らっぱが鳴らされる。それらの鳴り物のリズムに合わせて押し進む二千の雑兵は空堀の底を埋めた味方の死体を足場に溢れるように空堀を突破しかかる。そこに、


ビュン!


 重く空気を切り裂く音が砦の中から響く。そして、両拳を合わせたほどの石が、雨のように敵兵の中間に降り注いだ。それは、エトシア砦内部に設置された投石器カタパルトからの投射攻撃だった。


 投石器カタパルトは捻じりバネに腕木を差し込み人力で巻き上げる大型の固定弩バリスタといっても良い代物だ。しかし、巨大な矢を番える基部は取り外され、代りにさじの化け物のような巨大な器具が取り付いている。腕木に張った弦がこの巨大な匙の柄の根元付近を勢い良く押し出すことで、匙の先端に乗せられた小石や岩を約二百五十メートル先へ打ち出すことのできる兵器である。それが、エトシア砦の中庭部分、南側の外壁と同じ高さまで盛り土された基部に設置されている。


 投射する場所は予め決められており、一番外側の空堀までが最大飛距離だ。そこに達した敵兵に対して、東西の物見櫓に上った兵からの簡単な手旗による指示で狙いを付ける。白い旗の本数は距離、そして赤い旗の本数は角度だ。それに応じて投石器カタパルト担当の兵達が発射機を調整する。前後射程の調整は難しいが、左右の調整は比較的簡単だった。そんな防衛兵器が大量の石を王弟派軍の上に雨のように降らせるのだ。


「止まるな! 前へ進めぇ!!」


 王弟派の雑兵達は背中を味方のはずの兵達に追い立てられる。立ち止まれば頭上から石礫しつぶてが降り注ぐだけだ。食うに困った男達が中心の雑兵達は、捨て鉢の心境で空堀を上ろうと前へ進むしかなかった。


****************************************


 中央に進軍した雑兵とその後ろを追うように支える第二騎士団の歩兵達。戦線は拮抗する時間を迎える。その時、王弟派の歩兵達の背後から約二百騎の騎士が飛び出す。それらは、大きく戦線を迂回すると、エトシア砦に西側に殺到する。正面を守る王子派の歩兵達を横から突こうとする機動だが、一方で、騎士を多く配した西側の護りに対する挑戦でもあった。


「歩兵は今の場所を動くな! 騎士隊、迎え撃つぞぉ!」


「アートンの田舎騎士など怖れるに足らぬわ!」


 マーシュの号令と、敵の怒号が響き渡る。両者はエトシア砦の西、海岸線に近い平地で鋭いやじりが交差するように、激突した。


 遠くから駆けてきた第二騎士団の騎士達は勢いで勝る。一方騎士を重点的に配したマーシュ達は数で勝る。そんな二つの勢力が交錯すると各々の槍と盾が火花を上げる。


「っ!!」


 マーシュは、自分に向って来た若い騎士の突撃を馬上槍でいなす・・・と、続けて飛び込んできたもう一騎に対して、すれ違いざまに盾を叩き付ける。ゴンという鈍い衝撃音と共にその騎士は落馬すると、土煙に紛れて見えなくなっていく。


 マーシュは一旦落ちた馬の勢いを取り戻すべく、大きく円弧を描くように戦場を走り抜ける。気が付くと、彼の後ろ続く味方の騎士達は全員無事とはいかなかったが、可也の数がマーシュに続いている。


 一方、王弟派第二騎士団の騎士達も指揮官である騎士を先頭に綺麗な円弧を描いて再び突撃を敢行する構えだ。しかしそこへ、待機していた中央軍の歩兵が、馬防柵陣地の中から矢を射掛ける。第二騎士団の騎士達は、丁度防御の薄い腹側に矢を受ける事となった。馬を射られて何人かが落馬する。


「おのれ! 卑怯な」


 一度突撃を行った後の両者の勢力は、王弟派第二騎士団の騎士が百八十騎。王子派マーシュ率いる中央軍騎士と西方面軍騎士の混成騎士隊は四百を少し切る数を保っている。数の上では王子派が有利であった。しかし、


「マーシュ団長! 敵の増援です!」


 砦を背にして海側へ向けて馬を走らせていたマーシュ達の中から、敵の増援に気付いた者が大声を上げる。その言葉に、マーシュは戦場を見渡す。確かに、砦の正面から更に二百の騎士 ――第三騎士団からの増援―― が此方に向っている。


(このままでは、横腹を食い破られる……)


「止むを得ん! 転進! 歩兵と合流する」


 マーシュはそう言うと槍を振り回し、進路を指し示す。丁度三百メートルほど先に迫っていた王弟派第二騎士団の騎士達を左手に躱すように方向転換すると、そのまま砦の外壁付近の歩兵達が待機する場所へ馬を走らせる。その背中には


「レイモンドの腰抜け騎士め! 臆したか!」


 という罵倒の声が掛かるが、言い返す者はいなかった。


「全員、横隊列に! 歩兵と協力し敵を叩く!」

「応!」


 エトシア砦を巡る攻防は始まったばかりだった。


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