Episode_14.15 王弟派来襲
マルフルは報告を続ける。
「スメリノ率いる第一騎士団は東側へ配置転換、替りにオーヴァン将軍率いる第二騎士団がストラに詰めているようです。そして元々ストラに駐留していた、先ほども名前のでていたレスリック将軍率いる第三騎士団はディンスへ下がっている状況……これが先週までの状況です」
「先週まで? では、なにか動きがあったのですか?」
マルフルの言い方にアーヴィルが質問を発する。
「はい、第三騎士団はディンスの護りを残した上で、半数が前線であるストラに上がって来ています」
「本格的な攻勢に掛かる動きか?」
声を発したのは宰相となったマルコナだが、大広間の者全ては「来るべき時が来た」という感想だった。元々、王弟派の第二第三騎士団を合わせた数は、騎士と兵士を織り交ぜて総数六千。マルフル率いる西方面軍の二千五百の倍以上である。砦と言いつつも老朽化し、うち捨てられる寸前のエトシア砦では防ぎ切れる数では無かった。
「お爺様、残念ながら漁民や農民の情報ではこれ以上の事は分かりません」
マルコナの問いにマルフルは首を振る。
「しかし、先の街道襲撃の意図が此方側の兵力を分散させるものであるならば、エトシア砦とトトマへ向けた攻勢の準備段階として、
「そうだな……」
ユーリーの言葉にレイモンドが頷く。広間に重苦しい空気が流れる。そこへ、
「でも、あんなボロイ砦で大丈夫なのか?」
とは、ヨシンの発言だ。彼は一度エトシア砦に出向いたことが有ったので、その様子を直に見ている。その上での素直な感想だった。
「私としては、その点を話したいと思っていました。西方面軍は、エトシア砦を守り抜く決意でいますが……」
そこで言いよどむマルフルの後を副官のオシアが受ける。
「正直に申し上げれば、守り切れる自信がありません。兵を温存してトトマまで前線を下げるのも一つの選択肢かと思います!」
老騎士とまではいかないが、ベテラン騎士であるオシアの言葉に一同が黙る。しかし、ユーリーは反論せざるを得なかった。
「エトシア砦は、元々北を向いた砦、つまり街道経由でトトマから攻めてくる外敵……ハッキリ言うとリムルベート王国を仮想敵とした砦です。老朽化しているとは聞きますが、一旦敵に奪われると、奪い返すのは至難の業になると思います。それに――」
そこまで言い掛けたユーリーの言葉尻をレイモンド王子が持っていく。
「それに、多くの民が暮らすトトマを前線とするのは危うい。大切な補給線である街道にも近すぎる。マルフル、オシア、エトシア砦は我らと領民の生命線だ。死守すべきだ!」
意外にも、レイモンドの言葉は強かった。しかし、その言葉で自説を否定されたマルフルとオシアは、ムッとするよりも、むしろ晴れやかな表情となる。
「わかりました。そこまでハッキリと命じられるならば、後は騎士の仕事です」
「レイ兄、今は西方面軍だが、元エトシア騎士団の底力をお見せしますよ」
そんな二人の意気込みは、残念なことに直ぐ証明の機会を得るのだった。
その会議から二週間後、四月下旬に、ストラの王弟派軍が動き出したのだ。
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ストラの街はエトシア砦からディンスへ繋がる街道の中継地として発展した小規模な街だ。そのため、立地は二つの要所の中間に位置している。エトシア砦からもディンスからも、丁度健脚な徒歩の旅人が一日で歩ける距離約四十五キロという位置だ。コルタリン半島の西側沿岸に位置し、西の海岸と東のコルタリン山系の裾野から広がる森林地帯に挟まれた狭い平野を通る街道沿いに位置している。
そんなストラの街の周辺には、東側に農村が点在し、西側には漁村が点在している。王子領と王弟領を分ける明確な境界線は無いが、ストラの街から十キロ以内は明確に王弟派の支配下に属している。それより北へ、エトシア砦へ近づくにつれ、王弟派の支配は弱まり、王子派の意向が通るようになるのだ。
そんな両陣営の接合地域には、帰属が曖昧な農村や漁村が幾つか存在している。そして、それらの村々は両陣営の情報が噂話として飛び交う場所となっている。そんな地域から広まった噂の一つに
「王子派の領地内ではまだ『食えている』らしい」
というものがあった。それは、最も食糧に窮する春の訪れを前にした三月ごろから噂され始め、瞬く間にストラやディンスの街に広がって行ったのだった。
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昨年の不作をうけた両陣営の台所事情は苦しいものだが、軍隊に回す兵糧という点では、王弟派は困窮していなかった。それは戦時という状況を盾に不作を考慮する事無く例年通り徴税した結果なのだが、そのしわ寄せは一般庶民農民の暮らしを直撃している。不作であっても
市場への穀物流通については、王子領も王弟領も元は同じ国であるため仕組みはほぼ同じである。したがって、市場への供給量が激減した今年、王弟派領内の穀物価格は天井知らずに高騰する結果となっていた。そして、日々の糧を得ることが難しくなった人々は、若い娘のいる家では娘を売り、若い男達は
「取り敢えず食える」
と言う理由で軍に志願した。彼等は、奇しくも昨年末に決定された「トトマ攻略準備」の命令により、ストラとディンスで発令された志願兵の徴集令に殺到することとなり、結果的にストラの街で二千の兵、ディンスの街でも二千の兵が一気に集まっていた。
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街道を北上する王弟軍は、
「これでは、まるで雑兵の集団だな」
「仕方ありません、徴集されて未だ四か月。それに動機は単純に食い扶持にありつくため。士気もへったくれも無い集団です」
そんな集団の中程よりもやや後方を馬で進むレスリックが呟く言葉に、同じく馬上のドリムが応じる。ドリムはつい二週間前まで肩に包帯を巻いていたが、今は完全に復調したようだった。そんな二人は、目の前に長々と続く第二騎士団最後尾の徴集兵の姿を見ている。
四月上旬の「攻撃開始」命令を受けた第二騎士団と第三騎士団は、最終準備に若干の手間を取られたものの、その月の下旬の今日、行動を開始した。一日先んじてディンスを出発したレスリック率いる第三騎士団は騎士五百に兵士二千五百という総勢三千の兵力の内、約三分の一をディンスの護りに残している。そして、減った分だけディンスで召集した雑兵を連れてきているのだ。そんな第三騎士団の陣容は騎士三百騎、兵士千五百、雑兵千二百の合計三千人の軍勢となっている。
一方、オーヴァン率いる第二騎士団は、ストラの街の防御に騎士三百と兵千五百を残し、攻撃に参加するのは騎士二百騎、兵士千、そして徴集した雑兵二千を合わせた総勢三千二百という陣容だった。攻撃性の高い「王の剣」と呼ばれる第二騎士団において騎士と正規兵の比率が低く雑兵の比率が高いのは、
「老朽化した砦とは言え防御優勢の敵陣を攻めるのだ、矢避けの的は多いほうが良い。雑兵にそれ以外の役立て方など無い」
という打算に基づいたものだ。オーヴァン将軍は彼自身が「王の剣」と喩えられるほど勇猛を誇る人物だ。しかしその一方で、このような打算が示すように、決して猪突猛進を旨とする将ではなかった。
「ドリム、陣を張るのはもう少し先の村だったな?」
「はい、もうしばらく進むと中間地点の村です。そこで陣地を構築し、攻撃開始は明後日の早朝という予定になります」
行程を確認するレスリックとドリムの会話である。既に昨晩の軍議で打ち合わせた内容だったが、レスリックは敢えて再確認をするように言う。一方のドリムは、それが何か別の事を問おうと意図しての事だと察知する。
「アン様もニーサ様も、他の者と一緒に一度里に戻ってくださいました……レスリック様に於かれては一安心でございましょう」
「うむ……ところでドリム、隊にあってもあの二人を『様』付けで呼んでいるのか?」
探るようなレスリックの視線にドリムは少し引き攣った表情で答える。
「ははは、慣れるまでは時間は掛かりましたが、ちゃんと部下扱いしております。ご心配無く」
「そうか、なら良い……
「ガリアノ様ですか?」
「ああ、ガリアノ様こそ我らの正当な主筋。しかし、どうも周辺がきな臭い……しっかりとお守りせねば」
「……アン様もニーサ様も立派に勤め上げるに違いありません」
この二人の会話、実は途中から声となって周囲に流れていない。唇と頬の筋肉の動きをお互いに読み合って会話を成り立たせているのだ。それは、イグル家に伝わる秘密の会話術だった。そのため、傍目には馬上にある団長と副官がチラチラと視線を合わせて時折頷き合う様子としか映らないのだった。
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――王弟派出陣――
この報せは当然の如くエトシア砦からレイモンド王子領に伝えられた。実際に王弟派の第三騎士団がディンスを出発する前日には動きを掴んでいたため、エトシアに軍勢が迫る頃には、マルフル将軍率いる西方面軍も迎え撃つ準備を整えつつあった。
エトシア砦には、元々駐留している西方面軍騎士四百五十と兵士二千。更にマーシュ・ロンド率いる中央軍騎士百に歩兵五百。そしてロージ・ロンドが指揮する遊撃歩兵隊五個小隊二百五十人、と遊撃騎兵隊全隊五十騎が集結しつつある。マーシュの中央軍とロージの遊撃兵団の指揮は西方面軍マルフル将軍に帰属することとなっている。また、レイモンド王子旗下の民兵隊の一部も応援に駆け付けることになっているが、今のところ彼等の姿は見えなかった。
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