Episode_14.14 防衛会議


 トトマの街の南側に位置する居館は、堅固な外壁と一体化した城砦に準じる防御力を持つ建造物である。差し渡し十キロの歪んだ円形を成すトトマの街の南側を守る外壁とこの南の居館は、ドルフリーの治世下でストラからの難民に労役を課すことで造り上げられたものだ。それは勿論、南から迫る王弟派の軍に対して防御を固めるという意味があった。


 今、その南の居館の中にレイモンド王子派の主要な人々が集まっている。首領であるレイモンド王子とその近衛兵隊長アーヴィル、近衛騎士ドリッドを始めとして、西方面軍のマルフル将軍とオシア副官、中央軍旗下民兵団の団長マーシュ、そして遊撃兵団団長のロージである。他には、元公爵で今の宰相マルコナ・アートンと彼の右腕である筆頭家老ジキル、それにトトマの行政代理官といった文官の姿に加え、老魔術師アグムの姿までもあった。


 彼等は居館の二階にある大広間でテーブルを囲んでいた。その部屋には、トトマ衛兵団長のベロスや、トトマで休息と隊員の療養を行っていた遊撃騎三番隊と四番隊の隊長副長も同席しているが、話の主役は大広間の中央に置かれた円卓を囲んだ首脳陣であった。


 元々レイモンド王子一行は、トトマとエトシア砦での用件のために三月下旬にこの地域を訪れていた。そして、用件を終えた後は周辺の農村や漁村、更に北部森林地帯のオル村まで足を延ばし領地の隅々を視察する予定であった。


 しかしレイモンドは、エトシア砦を訪問した際に従弟であるマルフル将軍から聞いた近隣の漁村の漁師からの報告を問題視した。ユーリーから聞いていた街道襲撃事件の顛末と、野盗とは思えない敵の特徴。そして、襲撃地点からほど近い海岸線に隠れていた正体不明の中型船の目撃情報。それら二つを結びつけることは取りこし苦労かもしれなかったが、レイモンドは敢えてそれを恐れずにトトマの街に主要な面々を呼び寄せ軍議を開いたのだ。


 因みに呼ばれていない東方面軍シモン将軍は、レイモンド達が不在中のアートンの守りを掛け持ちすることになっており、動ける状態では無かったというだけだ。


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「野盗では無い……ということは、間違いなさそうですな」

「おそらく王弟派の兵士で間違いないだろう」


 とは、西方面軍副官のオシアの言葉と、それに応じるアーヴィルの言葉だった。今部屋にいる全員はユーリー達の報告とゴーマス隊商の護衛戦士団から聞き取った情報、そしてエトシア近辺の漁民からの情報を一通り整理したところだ。


「しかし、直接的な証拠は無いのですな」


 念押しするようなオシアの言葉。エトシアを守る騎士団の副官として、彼は街道の襲撃が王弟派の兵士によるものだと信じたくない、という心理が働いているようだ。海上を通ったといっても、エトシア砦が「抜かれた」ことに変わりはなかった。


「確かに、敵の死体を調べてみても身元が分かる物は何も無かった。しかも、撤退する際に殆どの死骸を回収している。現場に残されていたのは三番隊と交戦した一団の三体の死体のみ……見事な手際だ」


 マーシュの説明は、素直に相手の力量を評価するものだった。戦闘終了後に味方の遺体を回収したり、敵の死体をその場に埋葬することはある。しかし、あくまで戦闘終了後の話だ。撤退中に味方兵士の遺体を回収する、といった行為は通常の軍隊でも余り行われない。


「余程に錬度の高い部隊……潜入や工作、暗殺を得意とするような特殊な連中なんだろう」


 マーシュの言葉にロージが後を繋げる。彼は以前、コルサス王家に直属するそのような影の部隊の噂は聞いたことがあった。噂話の類と思っていたが、街道を襲撃した敵の特徴を聞くにつれ、噂話が現実だったように感じるのだ。


 ロージの言葉の後、暫く室内は沈黙する。そこへ、少し遠慮気味に声を上げる者がいた。ユーリーである。


「敵の指揮官と思しき男はドリムと名乗って立ち去りました。それに、俺をアーヴィルさんと間違えたようで……報告書に無かったですか?」

「ん? そんな記述は無かったぞ……」


 ユーリーの言葉に、レイモンドが怪訝な表情で言う。ユーリーとしては、敵の指揮官の名前や、喩え間違いでもアーヴィルと知って挑みかかってくる敵の様子は重要な情報だと思っていたのだ。しかし、この場の人々でそれを口にする者はいなかった。そのため、念押しのように言ったのだが、報告を受け取ったレイモンドは知らないという。その時、ユーリーの隣でヨシンがやや焦った風に呟く。


「あっ……書き漏らした……かもしれない」

「ヨシン……!」

「だって、バタバタしてたじゃないか。ユーリーもヘロヘロになってたし」


 襲撃後、右腕を怪我したユーリーの代りにヨシンが代筆したのだが、口で言う言葉を漏らさず書き留めるのは中々難しい。そのため、肝心の場所がごっそり抜けてしまったのだろう。しばらく二人の幼馴染は小声で言い合いを続けるが、その時、


「ドリムというのか……その者はドリム・イグルかもしれぬな」


 長らく聞く側に徹していた宰相マルコナが口を開く。


「お爺様は、そのドリムという者をご存じで?」

「うむ……先王ジュリアンド様の近衛騎士隊長レスリック・イグル。今は第三騎士団長のはずだが、その者の従弟がドリム・イグルというはずだ。イグル家は代々『王の隠剣』と呼ばれる裏方の兵を束ねる家柄……恐らく街道を襲ったのは『王の隠剣』と呼ばれる部隊だろう」


 元西方国境伯であり国内有数の大貴族であったマルコナは流石に博識であった。そして、その言葉の通りならば、襲撃者は王弟派の兵士で間違いないことになる。


「最早、異論を挟む余地は無いな……」


 レイモンドの言葉に全員が頷いていた。


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 その後会議では、対応策が協議された。何故街道を襲撃して見せたのか? 何故去り際に名を明かしていったのか? という疑問は残ったが、


「恐らく攪乱が目的じゃ。野盗かもしれぬ、兵かもしれぬ。曖昧な状況で此方の判断を鈍らせる。此方が相手を野盗と判断して中途半端な対応をすれば、再び街道を襲う。一方、此方が敵を兵と断じて街道の守りを固めれば、それだけ、正面の勢力を削ぐことが出来ると考えたのじゃろう」


 とは、老魔術師アグムの推測だった。宰相のマルコナも同意するように頷く。


 その推測は正しいように、全員には聞こえた。しかし、トトマとデルフィルを繋ぐ街道は今や王子領の人々の生活を支える大動脈である。そのような企みである、と分かっていても警備をおろそかには出来なかった。


「襲撃後、半月の間は特に新しい襲撃はありません。しかし、長い街道の警備で遊撃兵団は騎兵歩兵問わず掛かりっきりになっているのが現状です」


 とは、ロージの言葉だった。遊撃騎兵隊三番隊と四番隊は現場復帰できていない。その状態を残りの騎兵と歩兵で賄っているのだ。特に街道警備は毎回野営を伴う行動になるので、補給を受けるために一部隊の任務期間は精々四日間だ。


「街道の途中に砦……いや番所でも良いですから兵が常駐出来る場所を設けてはどうでしょうか?」


 ユーリーが控えめに申し出た案は、実際に街道警護の任に就いていた者として建設的な案だった。しかし、兵が常駐できる場所を築いたとしても肝心の中身、つまり兵は限られているのだ。


西方面軍ウチには兵を割く余裕はないです、ただでさえストラの動きが活発なんだ」

「トトマの衛兵隊も、最近帰ってきた難民達の受け入れでとても余裕は……」


 西方面軍のマルフル将軍の言葉に、トトマ衛兵隊のベロスが続く。皆わかり切っていることだが、何処にも余剰の兵力などは無いのだ。そして、このような葛藤が敵の思惑通りであることも、やはり皆わかっていた。大広間を再び沈黙が支配し掛ける。その時、


「マーシュ、民兵団から出せないか?」


 レイモンドの声は、民兵団団長のマーシュに掛けられたものだ。民兵団は昨年末から結成された組織で、主要な各街の衛兵隊が所属している中央軍管轄の兵団だ。その民兵団は衛兵隊を管轄する他に、新兵の訓練、平民出の志願兵によって構成される民兵隊の組織運営も担っている。尤も現時点では昨年末の募集に応募してきた二千人を超す志願兵達に新兵訓練を施すだけで手一杯という状況だった。さらに、出来の良い兵達は、遊撃兵団や東西方面軍へ優先的に充てられることになっている。そんな状況の出来て間もない民兵団は、独自の民兵隊を編制する段階に至っていない。


 レイモンド王子の言葉は、その点を踏まえた上でのものだった。


「……難しいですが……なんとかしてみましょう」


 マーシュの返事は渋々といった響きを持っていたが、レイモンドは其れに頷くと短く「頼む」と言う。そして、


「後はマルフル、エトシアの護りを固めるべきだな」

「はい、レイ兄。年明けからストラとディンスの動きが活発となっているのは報告の通りです」

「ああ、わかっている」


 街道の警護は新兵訓練過程の民兵隊に任せることとし、軍議は正対する王弟派の前線、かつては西方国境伯領であったストラとディンスの街の状況に移る。レイモンドの問いに答えるのは、今年十九歳になったばかりの若武者マルフルだ。若いが、生来の思慮深い性格と幼いころからレイモンド同様アーヴィルの薫陶を受けて育った聡明さが彼の武器であった。聡明であるが故に実父ドルフリーに疎まれ、僻地へきちであるエトシア砦に置かれていたのだが、この若者は腐るということを知らないようだ。


 実父ドルフリーの死後、祖父であるアートン公爵の爵位奉還で身分的な後ろ盾を失った彼だが、エトシア砦の騎士達からの人望、いや騎士だけではなく、周辺の農村漁村からも支持が厚かった。そんな彼はベテラン騎士であり副官のオシアの言う事を良く聞く側面を持っている。そして、オシアの提案通り、近隣の漁民を懐柔してストラやディンスの状況を把握することに勤めていたのだ。


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