Episode_14.13 焦燥


アーシラ歴496年4月上旬


 白珠城パルアディス内、宮殿の奥まったところで、王弟ライアードと宰相ロルドールは二人だけで会話をしていた。コルサス王国の南側を支配する王弟派の首領とその政策決定を司る最高権力者の会談である。


 重要な決定を下す場合は、各太守と騎士団長達の合議と言う体裁を取っているが、その内情はほとんどが二人の独断である。現在、王弟派内部でこの二人の話合いに口を挟めるものはいない。内政を司る各役人は全て宰相ロルドールの強い統制化に置かれている。そして、軍事を司る各騎士団の名目上の最高位者は王弟ライアードであるが、実際は嫡子スメリノが牛耳っている。


 各都市の太守は存在しているが、彼等はこの二人の決定、正確には宰相ロルドールの決定に口出し出来るはずが無かった。また、ライアードの嫡子スメリノはロルドールの甥であり、この伯父と甥の関係は非常に良好なのである。


 そんな二人の会談の内容は、王子派の首領レイモンドからの返書についてである。これは、昨年西方国境伯のアートン公爵が失脚し、その所領の実権をレイモンド王子が掌握した際に、王弟ライアードから送った「和平の可能性を探る」書状の返信である。


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 今から少し昔、コルサス王国は内戦に突入するよりも前に、外見上は中央集権の体勢を整えていた。長年王家が掲げていた「二公一王」体勢が叶ったのである。それは、


 ――東西国境を守る国境伯として二つの大貴族を認める。そしてそれ以外全ての土地は王家が直接管理する――


 という体勢だ。元々国の生い立ちとして、アーシラ帝国期の西方鎮守府を起源とするコルサス王国には「諸侯」と呼ばれる土着豪族の勢力は既に平定されていて存在しなかった。そのため、建国当時は強い中央集権国家だったのだ。


 しかしそれ以後、三百年近く続く治世の中で、必要に応じて家臣に土地を所領として分け与え俸給の代わりとしてきた。そして、相対的に王家の実権が弱まっていたのだ。その状況を打開し、建国当初の強い国造りを目指したのが先王ジュリアンドから数えて二代溯る当時のコルサス国王だった。


 そして先王ジュリアンドの父の代でその体勢は一応確立していた。そのため、リムルベート王国でいうところの第二騎士団を構成する世襲の騎士達のような身分の者は、コルサス王国には存在しない。また国内各地にあった大小様々な模爵家の所領地については、ほぼ全ての土地が「王家に管理を委託する」という名目でコルベートから役人が送り込まれて管理されることとなった。


 しかし、主要な都市を所領地としていた一部の大伯爵家には、この施策は適用できなかった。反発が強すぎたのだ。その時から、彼等を従わせることが先々代王から先王ジュリアンドへ受け継がれた王家の悲願となった。そして、即位間も無い若く情熱に燃えたジュリアンドは、この政策を断行したのである。


 当時、コルサス・ベート戦争が一応の終結を見たばかりのコルサス王国内では、大貴族の勢力が一時的に弱まっていた。さらに、コルサス王国は東側の領土の一部を奪われた格好のまま戦争終結に至ったため、「失地回復」運動の一環として「王家に国力を集中させる」という大義名分もあったのだ。


 そんな情勢下で強硬的に行われた政策によって、各都市を牛耳る大伯爵はその都市の「太守」と改められた。そして、各太守は次の世代までの世襲が認められ、それ以後は王家の家臣の中から優秀な者を選んでその任を与えることが決められたのだった。


 そして、先王ジュリアンドが断行した「二公一王」体制の最終段階である、大伯爵の改易、とも言えるような政策。その陣頭指揮を執ったのが、今の宰相ロルドールである。彼自身もタリフの街と周辺を支配するタリフ伯爵の地位であったが表向きは、コルサス王国の未来を憂いて若きジュリアンド王に賛同した、と言うことになっている。


 一部では、先王急逝の裏で暗躍したのは、宰相ロルドールその人ではないか? という噂がある。しかし、ロルドール本人は「二公一王」体制を推し進めた立役者という実績を持っており、また、若い頃からジュリアンドに重用されていた事実がある。そのため、強硬なジュリアンド王の政策に反対する貴族達とは立ち位置が違うものであった。そのため、そんな噂が無暗に広がることは無かった。


 現在、前王ジュリアンドの急逝の原因は「ご病気」ということになっている。


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「……レイモンドは、和平を断ると……」


 上質な羊皮紙に書かれたレイモンドからの・・・・・・・・返書・・を読み終えた王弟ライアードは、顔を上げると目頭を押さえる。一方宰相ロルドールは、そんなライアードの様子に合せるように、やや沈痛な声色で応じる。


「はぁ、『御旗』を持ちジュリアンド前王の嫡子である自分こそが唯一の正当な王だ、と主張して折れる様子がないと……アートンに送り込んだ間者の情報です」


 ロルドールの報告に、苦悩が滲んだ溜息が相槌のように重なった。元々弱気な性格を持つライアードは、加齢に伴い近頃は一層その傾向が強くなっている。


「リムルベート内には、四都市連合の一角インバフィルへ戦いを仕掛けよう、という動きがあるとのこと。そのため、リムルベートの仮想敵である我々に対し四都市連合は援助を惜しまない、という姿勢です」

「しかし、国外の勢力を内戦に引き込むとなると……」

「ライアード様、既にレイモンド側はリムルベートから大量の物資を仕入れております。勿論商人の仲介を得た『商取引』という体裁でありますが、もともと西方国境伯のアートン公爵家の財政では、無理な規模の取引となっています」

「……」

「その上、レイモンド体制となった彼等は軍備を再編成し、東西からこのコルベートを攻める体制を整えつつあります」


 ロルドールの「コルベートを攻める」という言葉にライアードの表情が曇る。それを見て取った宰相は、ここが押しどころ、と心得たように言葉を畳み掛ける。


「北には、我々に向けた刃を研ぎ上げつつあるレイモンド勢、東からは日々大きくなる『民衆派』の圧力。民衆派の背後にはベートを隠れ蓑にしたロ・アーシラが居るのは明白。今ならば未だ四都市連合の軍事支援無しで、我々の勢力だけでもレイモンド勢は叩けます……どうかご決断・・・を」


 ロルドールが迫る「ご決断」とは、ディンスとストラに駐留する第二、第三騎士団に対して、エトシア砦とトトマを攻めるよう命令を下す決断である。今年初めの会議では「準備」を実施するように命令が下ったが、実際に攻撃を開始する判断はなされていない。


 宰相ロルドールは、ライアードに詰め寄る。対する弱気な王弟は、宰相の言葉を理解しつつも、最後の決断が出来ないように、視線を逸らせたままだ。


(……昔は操り易い性格だったのだが……)


 視線を外したままの王弟に気取られることなく、ロルドールの顔に一瞬だけ陰が差す。そして、懐柔するような言葉を発するのだ。


「トトマまで失えば、レイモンド勢は戦いを続けることが出来ません。その時改めて和平を呼びかければよろしいかと」

「……そうだな……それ以外に道はあるまい。よし騎士団達へ行動に移るように――」

「御意」


 ようやく結論に達した王弟ライアードに、宰相は短く答えると予め準備していた命令書を取り出し署名を促す。対して、ペンを取ったライアードは更にもう一度躊躇ためらう様子を見せたが、何か言い掛けるロルドールの気配を察して渋々命令書に署名をしたのだった。


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 命令書を受け取ったロルドールは、部屋を辞去する。そして白珠城パルアディスの最奥から続く廊下を一人歩きつつ考えるのだった。


(元々臆病な男だ……恐れは善にも悪にもなるが……邪魔になりつつあるな)


 今回のレイモンドに宛てた書状について、これは王弟ライアードのたって・・・の希望によるものだった。一旦始まれば大戦おおいくさとなるエトシア砦とトトマ攻略。それを前に和平の道を探りたい、という王弟ライアードの願いだったのだ。


 しかし実際には、ライアードの書状とそれに対するレイモンドの返書については、全て宰相ロルドールの掌の中の事、つまり謀略だった。王弟からの和平を呼びかける書状はレイモンドに届いていないし、届いていない書状の返書など有り得なかった。


 書状を揉み消し、返書をねつ造した宰相ロルドールの真意は分からない。しかし、情報の流れを牛耳った彼は、このようにして王弟派を操って来たのだ。真贋の情報を織り交ぜ、時に宥め、時に恫喝するようにして臆病な王弟ライアードを操るのが彼のやり方だった。


 しかし、最近のライアードは今一つロルドールの想い通りに動かないのだ。今回のエトシア砦とトトマへの攻撃に対する判断もそうであったが、もう一つ大きな問題でも、王弟ライアードは宰相ロルドールの意に沿わない抵抗を続けていた。もしかすると、攻撃開始の決定よりも余程頑強に拒んでいる節のある問題。それは、ライアードがコルサス王に即位する、という決意を中々示さないことだった。


 ライアードの言葉によると「割れてしまった国を元に戻した上で即位する」ということだった。その意志は家臣達にも伝わっており、概ね賛同を得ている。しかし、宰相ロルドールにとっては、余り好ましい状況では無かった。


(首をスメリノに挿げ替えようにも……ただの王弟の嫡子では正統性が弱いのだ……臆病者め)


 誰も居ない廊下を歩く宰相ロルドールは、表情を変えずにそう考える。彼は既に王家の血を引く者を自分の手中に収めているのだ。甥であるスメリノはライアードの嫡子だ。そして、臆病なライアードよりも輪を掛けて操り易い性格だった。


 しかし、ライアードが王位に即位しない状態で、一足飛びにスメリノにコルサス王を名乗らせるには、正統性に問題があった。まず、ライアードが王となり、嫡子のスメリノを第一王位継承者に指名する。その後、どのような形でも退位させてスメリノを新しい王とする。そうしなければレイモンド王子が持つ正統性と張り合えない・・・・・・のである。そして、正統性が劣れば、今は大人しくしている元爵家の貴族達がまた騒がしくなる。それはロルドールにとっても都合が悪かった。


(……エトシアは騎士共に任せておけばいい。ライアードの即位については……)


 規則正しく廊下に響いていた足音が一度止まる。ロルドールの周囲には人の気配は無かった。王宮内の全て、いやコルサス王国南部の全てが彼の思惑通りに動いている。人払いが必要な王弟との会合においては、警護をつかさどる近衛騎士隊であっても王弟ライアードに近付けないのだ。それがこの宰相の権力であった。


 人気ひとけの無い廊下で立ち止まるロルドールは、痩せた頬を掌を当てると眉間に皺を寄せる。何かを思い付きそうな時の癖であった。そして、神経質な瞳の奥に新しい企みが浮き上がってくる。


(近衛騎士隊のガリアノ……ライアードの泣き所だったな)


 薄い唇が一瞬だけ笑みで歪む。そして、何かを思い付いた宰相は、長く暗い廊下を再び歩き出す。リムル海の真珠と呼ばれる白珠城パルアディス。その奥から続く廊下に響く靴音には、陰鬱とした闇が籠っていた。


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