Episode_14.12 失恋酒場


 早い時間のトトマ街道会館は食事目当ての客で混み合っていた。来るたびに客の入りが良くなっている様子に、ユーリーもヨシンもトトマに活気が戻っていることを実感する。そんな二人は、入口付近で待っていたリコットに腕を掴まれるようにして、ホールの隅のテーブルに連れて来られる。そこには、スカースと護衛役の「飛竜の尻尾団」の面々が、名物の選べないメニュー・・・・・・・・の料理をさかなに酒を飲んでいたのだ。


「スカースさん、金持ちなんだから、奥の個室にしたら良かったのに」


 とはヨシンの言葉である。吝嗇家りんしょくかの彼が、そういう事を言うのは珍しいのだが、ユーリーは何となく理由が分かっている。一方、スカースはヨシンの言葉に悪びれることも無く、


「いや、こうやって、賑やかな中で飲む方が旨いのさ。それに心強い護衛もいるし、イイ女もいるしな」


 と楽しそうに笑う。もう結構飲んでいるようだ。「イイ女」の部分は明らかに冗談なのだが、それにしても昼間のレイモンドといい、スカースといい機嫌がいい。ユーリーはその様子に、


(特別良い話でもあったのか?)


 と思うのだが、専門外であるため口を突っ込むべきでは無いと自重した。


 そうやって勧められた椅子に座るユーリーとヨシンのところに給仕の少年が注文を取りに来た。


「薄めたワインで」

「オレは普通で良い……あれ、サーシャは?」


 後から注文を伝えたヨシンは、ユーリーの方を一瞥してニヤっと笑うと、サーシャについて聞く。対する給仕の少年は、無邪気な様子でサーシャは奥の部屋の客に付いていると伝えるのだった。そのやり取りを耳ざとく聞き取ったタリルが、


「ヨシン、サーシャって誰だ?」


 と聞いてくるが、ヨシンが答える前にユーリーが割って入る。明らかに話題を変える意図を持っていた。


「ところで! ジェロさん、王都のみんなは元気にしてますか?」


 話題を変えようとしたユーリーの言葉に、何故か「飛竜の尻尾団」の面々の空気が凍りついた。そして、


「駄目だって、ユーリー!」


 リコットから思わぬ強い調子で制止された。見ると、イデンは寡黙にクビを横に振っているしタリルは、お手上げ、という風に肩を竦めている。


「なんだ? まさかポルタさんに振られたのか?」


 しかし、空気を読み切れないヨシンが不意にトドメの一撃を放つ。


「あああー! 女なんてぇ!!」


 剣のトドメが血を噴き上げるならば、今の言葉にトドメを受けたジェロは絶叫を噴き上げていた。そして、手にもった大き目の杯の中のワインを飲み干すと、立ち去り掛けの給仕の少年に


「おい! 強い酒! なんでもいいから強いの持ってこい!」


 と怒鳴り付けていた。


****************************************


 「女なんて」と吐き捨てるような言葉と「なんで、俺じゃ駄目なんだ」という未練がましい言葉の繰り返ししか喋らなくなったジェロの代りにリコットとタリルが事情を説明していた。


 元々ポルタにはフラスという夫がいた。そのフラスはノーバラプール盗賊ギルドの跡目争いに巻き込まれて行方不明となっていた。もう二年以上前の話である。死体を確認した者は誰もおらず、また手を下した相手が盗賊ギルドの首領であるため直接聞く訳にもいかず、状況から判断して、ポルタの夫フラスはもうこの世を去っていると誰しもが思っていた。


 夫を亡くしたと思い、亡き夫との夢であった「旅鳥の宿り木園」という孤児院の経営に邁進していたポルタ。未だ三十手前の美しい彼女に、やや惚れっぽい性格のジェロは熱烈な慕情を向けていた。勿論、ポルタの心寂しさに付け入るような真似はせず、彼らしい不器用さを発揮して真正面からぶつかっていたのだ。そんな二人の仲は、ノーバラプール解放後、傍目に見ても、とても上手くいっているように見えていた。幼馴染にはいつも辛口のリコットとタリムも、


「これは……俺達の冒険者稼業はこれまでだな」


 などと、秘かにジェロの幸せを祝福していたのだ。またジェロも、冒険者を辞めてウェスタ侯爵家へ仕官するか、いっその事リムルベート王家の第一騎士団を目指してみようか? などと冗談を言っていたのだ。しかし、そんな状況が一変したのが、昨年の夏の事だった。


 その少し前から新王ガーディスの命により、マルグス子爵は護民局の局長に就任していた。「芋子爵」として庶民からの知名度を得ていたことが奏功しての出世だった。そんなマルグス子爵の張り切った活躍のお蔭で、先のクーデター事件による市街戦で発生した孤児達のために幾つかの王立孤児院が王都リムルベートに出来上っていたのだ。そして、その中の一つに、ポルタが経営する「旅鳥の宿り木」も含まれていた。


 予算が付き、それと引き換えに多くの孤児を受け入れることになったポルタの孤児院は人手不足を解消するために人足の募集を行った。そして、下働きの男女を集めたのだが、その中に行方不明になったはずの、ポルタの夫フラムの姿が有ったのだ。


 その時のフラムは完全に記憶を失っており、精神的にも少し退行した少年のような振る舞いをする男になっていた。彼は二年前にコーサプール近辺の漁村に流れ着いた木樽の中で失神しているのを漁師によって助けられたということだった。その後は漁師の手伝いなどをしながら食い繋ぎ、復興景気に沸く王都リムルベートに出稼ぎに来ていた、と言う訳だ。


 それはポルタにとっては降って沸いた奇跡のような幸運であり、ジェロにしてみれば悪夢のような現実だった。しかし、既に亡くなっていたと思っていた夫との奇跡的な再会に、ポルタはジェロの気持ちを考える余裕が無かった。当然のことだろう。そして、記憶が戻らないフラスを治して欲しいと、こともあろうにジェロ達に頼み込んで来たのだ。


「……」


 その下りを聞いたユーリーは何とも言えない気持ちで、黙っているしかなかった。


 結局、記憶の障害を取り除くにはミスラやパスティナ等の神殿の高位司祭の神蹟術が必要と言うことがわかり、ジェロと複雑な思いを抱く仲間達は、ミスラ神殿の最高司祭からの依頼を受ける引き換えにポルタの夫フラスを治療してもらったのだ。


「もう、こいつのお人好しには……」

「まったく……」


 結局、無償で依頼を引き受けたジェロに対して、リコットもタリルも言葉が無かった。この話が笑い話になる時が来るのを今はジッと待つしかない、といった雰囲気だったのだ。


 そして、そんな話を聞かされたユーリーとヨシン、それにスカースは何となく落ち込んだ気持ちになる。しかし「そんな辛気臭い話!」とは本人の前では言いにくい。かといって気の利いた言葉を掛けてやれるほど、三人は人生経験、特に男女の営みに関する経験が豊富では無かった。その時、


「そういえば、マーシャちゃんだっけ、赤毛の子。ヨシンの彼女なんだろ?」

「えっ? なんでマーシャのことを?」


 話題を無理に変えようとしたリコットの思わぬ言葉にヨシンの返事が詰まった。


「今ユードース男爵の屋敷でメオン様とサハン男爵のお世話をしながら市場で働いているぞ」


 思わぬ話にヨシンのみならず、ユーリーも驚いていた。リコットの話によると、マーシャは昨年の夏ごろ、樫の木村から単身で、王都に滞在するようになったメオン老師を訪ねて来たらしい。そして、メオン老師を通じて宮中大伯老となったガーランドも巻き込んで、ヨシンが東へ旅立った経緯と、いつ帰って来るのかを問い質したらしい。因みにメオン老師は長らく自分の衣食を世話してくれた赤毛の娘マーシャに滅法弱い。結局はアルヴァンが直接説明することになったと言うことだった。


 その話を聞いたヨシンは、珍しく茹蛸のような顔色になっている。一方ユーリーは、リコットが伝える王都リムルベートの様子に、リリアは相変わらず行方不明のままであることを知り、落胆する。そして自然とひがみの籠った言葉が口をつく。


「いいねー、待っててくれる人がいるのは」


 僻みと冷やかしが籠った言葉だが、それは思わぬ方向に飛び火する。


「そうだよな! ユーリーもオレも・・・・・・・・寂しいもんだぜ……女なんて宛てになるもんか!」


 呂律の怪しいジェロの言葉が割り込んで来たのだ。


「お前も、リリアちゃんに振られた身だ……さぁ兄弟、オレの杯を受けてくれぇ!」


 ジェロは、まるで仲間を見つけた様子でそう言うと、小さな杯に透明の火酒を満たしてユーリーに押し付けてくる。


「お、俺は別に……フラれた訳じゃ……」


 ユーリーは咄嗟に言い返すが、言葉尻に自信が無かった。一方リコットとタリル、そしてヨシンまでもが、厄介な酔っ払いと化しつつあるジェロの生贄にユーリーを選んだようだった。


「そうだユーリー、強がりは良くない」

「ちょっ、ヨシンどういう意味だ」

「ほら、ユーリー泣くなよ……」

「まってリコットさん、俺泣いてないよ!」

「いいんだ、男だって泣く事くらい」

「タリルさん、調子に乗らないでよ!」

「ユーリー君、悲しみよこんにちは」

「い、イデンさんまでぇ!」


 そして、強引に強い酒の入った杯を押し付けられたユーリーは、問いかけるような重たい視線を送るジェロに耐え兼ねて、その杯を一気に空けた。そして、


「うぇぇぇぇ! まっずい!」

「そうだ、恋に破れた男は苦くて不味い酒を飲むもんだ! もう一杯!」


 そんなやり取りが繰り広げられるが、そこに弾んだ鈴のような少女の声が響いた。


「ユーリーさん! 来てたのね!」


 給仕の制服を着込んだサーシャであった。彼女は給仕の少年から、このテーブルの事を聞き付けて交代してきたのだった。


「サーシャ……この人のお酒を取り上げて、替りにお水でも飲ませておいてよ!」


 そんな彼女の姿にユーリーは助けを求めるような情けない声を上げる。しかし、


「ユーリー、もう新しい彼女を見つけたのか?」


 からかうような調子を帯びた声はスカースのものだった。目の前のドタバタしたやり取りを楽しんでいる彼からの、話をややこしく・・・・・するための、ユーリーにとっては有り難くない一言だった。


 その言葉にジェロは、じろりと視線を上げてサーシャを見る。そしてしばらく、茫然とした様子で視線をサーシャへ注いでいたジェロは、まるで重たい木戸が軋みながら開くような速度で、ゆっくりと視線をユーリーに移す。そして、


「てめぇ、前から思ってたんだが……この面食い野郎め!」


 と叫びながらユーリーに飛び掛かっていた。突然のことに反応が遅れたユーリーはジェロに羽交い絞めにされる。そして、


「リコット!」

「なんですか、リーダー!」

「このしからん面食い男を押えるんだ!」

「了解であります!」


 完全にふざけた調子のリコットによって後ろ手に拘束されたユーリーに、ジェロは怖い表情で杯を近づけてくる。そして、


「ユーリー、今すぐ可愛い女の子を紹介するんだ……」


 と凄むのであった。


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