Episode_14.11 会談


 ユーリー達が控室で話をしている時、レイモンド王子とスカースは居館の二階にある広間横の部屋で話し合いを持っていた。スカースに同行するべきは本来ゴーマスだが、現在負傷療養中のため、ゴーマスの部下のトーラスが書記係のように隣に控えている。


 一方のレイモンド王子側は、武官であるアーヴィルと昨年の怪我から復帰したドリッドの二名は席を外している。近衛騎士よろしく室外の戸口に立ち、立ち聞きを試みるものを寄せ付けない雰囲気を出していた。そして室内に王子と共にいるのは、元公爵で現在宰相の役回りをしているマルコナ・アートン。そして、筆頭家老のジキルだけだ。


 彼等は、方形のテーブルを挟んで向かい合うように座っている。実務的な話は少し前に終わっていた。今年の九月までの穀物供給契約、及び武具類と軍馬等の軍事物資の売買契約が主な内容だった。しかし、既に元アートン公爵家の資金は底を尽きかけているので、支払は向こう五年の延べ払いとなっていた。その上、支払には西方辺境諸国に流通する「コルサス金貨」ではなく、金塊・・が使われることになっている。


 延べ払いの上、正規の通貨でない金塊での支払いは、当然金利や金貨への引き換え手数料を見積に加えた通常よりも高値での取引になる。しかし、それでもアント商会にとっては不利な取引といえた。何と言っても内戦でレイモンド王子派が破れれば全て御破算。それどころか「敵側にくみした」と王弟派に取られればコルサス王国内での商売は当面暗礁に乗り上げる危険性まで孕んでいるのだ。


 そのためレイモンド王子側から提示された追加条件が、トトマ、ダーリア、アートンの穀物市場での卸売営業許可。同じく三都市における五年間の納税免除。王子派の軍による、トトマ―デルフィル間の隊商護衛の請け負いと街道整備。トトマ旧街区の中央詰所跡地の永代貸与と営業許可、等々であった。


 それらは、全て実行されれば可也かなり大きな利権となるが、やはり王子派が内戦負ければ水の泡に帰る話であった。しかし、スカースは、その条件で手を打つことに決めた。実のところは追加条件というのはアント商会にとっては重要であったが、スカース個人にとっては特に重要では無かった。スカースは会談を始めて直ぐに、レイモンド王子の為人ひととなりを快く認識していたのだ。


 そして、細かい実務の話は翌日改めて詰めることとなり、会談は終わり掛けた。しかし、最後の締めくくりにレイモンドが語った話が少し長引いていたのだ。その話が今丁度終わったところだ。


 レイモンドの語る内容、その言葉に宰相マルコナは平然としているが、筆頭家老ジキルは目を丸く見開いている。信じられない、と言った表情だ。対するスカースは、表情には出さないがその真意を測り兼ねていた。


甘言かんげんろうしている風には見えない……もしかして本気で思っているのか?)


 スカースは人を見る目には自信はあった。周りからもアント商会創始者でスカースの祖父に当たる人物の再来と言われるし、自分でも外したことは無いと思っている。それだけに目の前のレイモンド王子が言った言葉と、その嘘の無い表情、目の動きが驚きだった。


 レイモンドが語った内容とは、祖国コルサス王国を統一した後の国の在り方についてだった。平たく言うと爵家・貴族の大幅な削減。完全な法治主義の導入。民の代表と貴族らの代表による話し合いで国の政策を決める体制造り、であった。


「王子は、民衆が下から起こす革命よりも、上からお仕着しきせる改革をすることで、不満を抜こうとお考えですか?」


 コルサス王国内、主に王弟派領内の東部都市で盛り上がりつつある民衆派の動きを睨んだ対策のようであるが、絵空事のような話を聞かされたスカースは、勢い、カマを掛けるような言い方になってしまう。しかし、レイモンドはスッパリと答える。


「後世、歴史家が見ればそう言うかもしれないな、それは認める。民が『お仕着せ』と判断すれば、事は成らずに破綻するだろう。しかし、考えてみて欲しい」


 レイモンドはそこで一旦言葉を区切ると、スカースの表情を確認してから続ける。


「例えば、多くの人が住み暮らす館があったとする。古い館だ。その館は四階建の立派なものだが既に老朽化して三階と四階が崩れそうだ。一階と二階で暮らす者には上の階の生活などどうでも良いかも知れないが、上の階が崩れれば確実に館は崩壊する。そこで上の階を取り払い、下の階を増築することになった。ある者はこの際だから全て立て替えて新しい館を作れと言う。またある者は四階の天井から慎重に崩し、その石を増築に宛てれば良いと言う」


 レイモンドの喩え話は、それほど上手いものではない。しかし終始真摯な語り口だ。そして、スカースには言いたい事が良く分かった。


「新しく立て直せば、その間中で住み暮らす人々は野晒しですね」

「しかし、全く新しい建物が建つ。一方、上から崩す場合は、中の人々の暮らしはそれ程変わらない。精々三階と四階に住んでいた者達がしばらく不自由になるだけだ」

「しかし、それでは、建物は低くなりますが、その造りは大きく変わりませんよ」


 スカースとレイモンドのやり取りが続く。国という館を造り替える。特に支配層に喩えた三階と四階を取り払う方法について。それは、レイモンド王子が国を統一した後の話であるが、一方で問題となりつつある「民衆派」への対処方法の方針でもあった。


 民衆派の熱に従い全て壊して作り直せば、それが良いか悪いかは別として、未知の、しかし確実に新しい国が生まれる。しかし、その生みの苦しみを一身に背負うのは館の住人である民だ。国を取り巻く環境は常に晴天ではない。暴風雨が吹き荒れた時、逃げ込む館が崩れて居ては、民の苦難は倍では済まないことになる。そのためレイモンドは、上から崩し、ゆっくりと建物の形を変えようというのだ。


 スカースにはどちらが良いのか分からない。ただ、生業である商売という意味では、一国という大きな市場が混乱するのはよろしく無かった。その上、民衆派は中原の勢力と繋がっている。民衆派の思惑通りの国造りが成されれば、その後の商売は中原の豪商達に牛耳られるだろう。ならば、好誼を通じるレイモンド王子が言う方法で行くのがアント商会にとっては都合がいい。


 そう考えるスカースだが、ふと、


(はぁ……まだ見ぬ将来、困難の先の先を語る人の前で、私の頭の中は商売と金のことか……)


 と自分を省みる気持ちになっていた。


 金儲けが決して卑しいものでは無いと考えているスカースだ。有る物を無い所に運んで行き渡らせる。そして対価を得て次はもっと大きく売り買いをする。得られた利益は共に働く人々で分け合う。それがアント商会の理念であり、誇るべき創業者の生き様だった。


 だが、目の前のレイモンド王子若者が語る話は、規模が全く違うのだ。その上自らが、王権という特権を投げ打つ覚悟に立っているのだ。その大きさに圧倒された気持ちになったスカースは、


「そのお話は刺激が強すぎます。今は内密にしましょう……しかし、王子の思い描く未来、見てみたいと思います」


 と答えるのだった。


***************************************


 会談を終えたスカースと入れ違いになったユーリーとヨシンは、レイモンド王子と騎士アーヴィルから労いの言葉を受ける。街道襲撃事件の詳細は、ユーリーがヨシンの代筆を得て報告書を作成し既に提出済みだった。そのため、事件の詳細な話にはならず、要所要所を質問するレイモンドにユーリーが答えるという形になった。


 そして、ひとしきり説明が終わると、二人はレイモンド王子から軽食の誘いを受けた。レイモンド王子達はこれからエトシア砦へ向かい、西方面軍のマルフル・アートン将軍を訪ねるということだった。そのための腹ごしらえ、という意味での軽食だった。ユーリーもヨシンも朝は普通に衛兵団の兵舎で朝食を摂っていたのだが、折角の誘いに、有り難くお呼ばれすることになった。


 その後直ぐに部屋に運ばれてきた食事は、堅くなった雑穀パンにチーズ、そして、ザク切りにした春の野草と塩漬け肉を浮かべたスープという献立だった。質素を通り越して貧相とも言うべき食事は、凡そ王族の食べるものとは言えないが、


「このご時世、食べられるだけでも有り難い」


 とレイモンドは頓着しない風である。そんな彼は、スカースとの会談が上手く行ったからなのか、普段よりも機嫌良く見えた。その様子に、ユーリーとヨシンも自然と柔らかい表情であれこれと会話が弾む。アーヴィルは、そんな若者達の様子にいつも通りの締まった表情を保っているが、黒い瞳には優し気な光を讃えて見守る風情となる。その様子は、貧相な食卓を補って余りあるほど、良い雰囲気だったという。


 その食卓にはレイモンドやユーリー、ヨシン、そしてアーヴィルの他にドリッド元将軍を始めとした三人の騎士が同席していた。ユーリーとヨシンはこの時初めて、レイモンド王子の近衛兵団、といっても専任はアーヴィルとドリッドと他二人の騎士という小規模なもの、と対面したのだった。


 因みに元将軍のドリッドは、昨年の八月事件・・・・の際にアーヴィルから受けた傷が癒えた時点で断罪か追放を願い出たということだった。それに対してレイモンド王子は将軍職を解き、一介の騎士に戻した上で自分の身近を守る近衛騎士として彼を召し抱えたのだった。これには、宰相のマルコナでさえ眉を吊り上げたが、レイモンドは反対意見を黙殺すると、ドリッドを手元に置き続けている。


 そんなドリッドは、レイモンド王子と親し気に言葉を交わす二人の青年を不思議な顔で眺めていたが、特に言葉を発することは無かった。そして、簡単な軽食を済ませたレイモンド達はユーリーとヨシン、それにトトマ衛兵団のベロスらに見送られてエトシア砦へ出発したのだった。


 一方のユーリーとヨシンはその日の午後、まだベッドを離れられないゴーマスやバッツ達の見舞いに医務院を訪れて時間を過ごすと、夕方には居候いそうろうの衛兵団兵舎に戻っていた。そんな二人が兵舎に戻ってから直ぐに、スカースからの遣いが現れて、彼からの夕食の誘いを伝えるのだった。


 そして、誘い出されたユーリーとヨシンは、もう何度訪れたか分からない「トトマ街道会館」へ向かう。


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