Episode_14.10 戦果の裏側


 最近ではもっとも規模が大きな隊商団が街道で襲われた。この報せはその週の内にはレイモンド王子領内を駆け巡った。だが、人々の反応はもっぱら、


「また、遊撃騎兵隊がやったらしい!」

「やっぱり格好いいな!」


 という肯定的なものだった。特に意図した訳ではないが、昨年から何かにつけて領内を危機から護るように立ちまわって来た遊撃騎兵隊は人気が高い。そんな彼等が隊商を襲撃から護ったという情報に、人々は単純にその功績を讃えるのだった。また、レイモンド王子の陣頭指揮の下、老臣達が総力を挙げて不作影響を最小限に留めていた領内では、人々の関心がデルフィルから供給される穀物の補給線とも言える街道の危うさへ向かなかった、という側面もある。


 一方、実際に襲撃を受けた隊商と、護衛として立ち回ったゴーマス隊商の護衛戦士団や遊撃騎兵隊三番隊と四番隊の被害は大きかった。


 まず隊商は、デルフィルへ戻る帰路であった隊商を中心に多くの馬車馬がやられ、幾人かの隊商主が殺され、また荷物も一部損壊していた。それに対して、トトマへ行く往路の隊商達の荷物にはそれほど大きな被害は無かった。今回の襲撃でも不幸中の幸いと言える部分だ。


 しかし、護衛に当たったゴーマス隊商の戦士団は八人が戦死、バッツを始めとする十人が重傷。そしてゴーマス本人も肩の矢傷に加えて手足に切傷を負っていた。途中でマルス神の神官戦士であるイデンと、自称遺跡荒らしのリコットが加勢し、主にイデンの神蹟術による癒しの術で被害の拡大を押えた、という状況だった。


 次に被害が大きかったのが、遊撃騎兵隊の四番隊だ。隊商の列のトトマ側へ防衛に回った彼等は、自分達と同数の敵に対して騎馬で挑んだにも係わらず甚大な被害を出していた。隊員の半数五人が戦死。そして、残った者も直ぐに任務に復帰できない重傷者ばかりだった。野盗の撤退が少し遅ければ、文字通り全滅していた可能性もあった。


 そう言う意味ではユーリーが率いる三番隊の被害はマシな方だった。腹に槍を受けた騎兵と肩を切られたセブム、そして、右手に精霊術をまともに受けたユーリーの三名が重傷、それ以外の者も何等かの手傷を負っており、無傷だったのはヨシンだけ、という状況だった。因みにそのヨシンだが、手練れた敵を二人倒し、その他二人に深手を与えていた。その陰で実は腕に二箇所切傷を受けていたのだが、結局「オレは無傷だ」で通してしまっていた。周囲が怪我人ばかりの中で自分自身も重傷を負いつつ、仲間の治療に魔術を使うユーリーの姿に、彼なりの強がりを見せたのだろう。


 一方、隊商の列の後ろに続いていた難民達には、それほど大きな被害は出ていなかった。但し、アリサという少女が矢による深手を負い、イデンの神蹟術によって何とか死の淵に留まっているという状況だった。


 そして「飛竜の尻尾団」で人知れず、敵を撤退させる契機を与える活躍をしたジェロだが、雇い主のスカースが気付くまで、彼が行方不明になっていることに誰も気付かなかった。結局彼は、精霊術師の強風ブローをまともに受けて、少し離れた枯れ茅の野原で失神しているのが発見され、収容された。それは、日差しが西にだいぶん傾いた遅い午後の時間の事だった。


 その後、デルフィルを目指していた隊商達はこのまま街道を進むことを断念すると、一旦全員がトトマへ引き返すこととなった。そして、途中を遅れて進んでいた第一歩兵小隊のみが、街道警護の任務を続行することとなった。


 第一小隊の面々は、満身創痍でトトマを目指す人々の集団と、死者や重傷者を乗せた荷馬車の集団を見送りつつも、これから何が出てくるか分からない街道警護任務に蒼ざめた様子で向かうのだった。


****************************************


 街道襲撃から一週間後のこの日、ユーリーはようやく右手を縛り上げていた包帯を解くことが出来た。トトマの衛兵団に所属する医師から、


「もう大丈夫、と思う」


 という怪しげなお墨付きをもらっての事だ。その後、未だベッドを離れられない隊の面々を見舞ったユーリーは、手持無沙汰にしていたヨシンからの訓練のお誘いを丁重に断ると、そんな彼を伴って南の居館へ出頭していた。まだ、正午前の時間のことだ。


 二人が出向いたのは、レイモンド王子からの呼び出しを受けたからだ。レイモンド王子は、先日から少数の近衛兵隊と共にトトマに滞在していた。表向きは、前線であるエトシア砦にいる西方面軍の慰問と、完成目前の北の街区の視察、そして、先の街道襲撃事件で戦い後にトトマから動けなくなった遊撃騎兵隊三番、四番隊の慰労だ。しかし、その真の目的は別にあった。


 ユーリーはその事を何となく直感していた、と言うのも。


「お、ユーリー、もう包帯は良いのか?」

「ああ、ジェロさん。もう大丈夫……らしいです」


 居館の入口にあるホールで待たされている雰囲気の冒険者四人組「飛竜の尻尾団」のリーダー、ジェロが声を掛けてくる。ユーリーはその声に応じるが、横からリコットとタリル、それにイデンという何時もの面々が口を突っ込んで来た。


「なんだよ、その『大丈夫らしい』っての」

「ここの医者は、なんか藪医者っぽいんだよな」

「そんなことない、ちゃんとした人だ」


 そんな四人が勢ぞろいしているのは、彼等の雇い主であるアント商会陸商部門頭取のスカース・アントがトトマに留まっているからだった。スカースは、元々トトマに少し滞在した後、アートンに向いレイモンド王子に謁見する予定だったらしい。しかし、アント商会の仕事を請け負っていた隊商主達の思わぬ損害に対して補償の手配に追われ、さらに長く子守り役でもあったゴーマスが重傷を負ったこともあってトトマを動けなかったのだ。それに対して、レイモンド王子側が理由を付けて出向いて来たという訳だった。


 今、居館の中では、レイモンド王子とスカースの会談が持たれているはずだった。


 アント商会は西方辺境地域で随一の規模を誇る商会である。そしてその会長であるジャスカーの一人息子スカースは、相当の権力者でも頭が上がらない存在である。しかし、不完全ながらもコルサスの正当な王位を主張するレイモンドが直々に足を運んで会いに来るというのは、厳然な身分社会にあっては可笑しな話に聞こえる。


 とにかく、玄関につづくホールで四人の冒険者達と談笑しているユーリーとヨシンである。それに気付いた衛兵が二名近づいて来ると、レイモンド王子は会談中なのでしばらく待つように伝えてきた。そして、ユーリーを始めとした六人をホールに続く小さな部屋に案内すると、そこで待つように言うのだった。その態度は丁寧なものだった。


「なんだ? ユーリーもヨシンも、衛兵の対応がえらく良いじゃないか!」


 衛兵の丁寧な対応に、ジェロが二人をなじる・・・ように言う。それに対して、本人達ではなくリコットが何処からか仕入れてきた情報を披露するように言う。


「ジェロ、お前知らないの? この二人はレイモンド王子の近衛騎士なんだぞ」

「リコットさん、近衛騎士じゃなくて近衛兵団だ……」

「……期間限定の、お手伝いですよ……」


 近衛騎士というのは大袈裟だと感じるヨシンが、リコットの間違いを訂正する。そして、ユーリーが付け加えるように言う。少し歯切れが悪い言いよどんだ言葉になるのは、仕方無いだろう。それなりに葛藤を抱える二人だが、陽気な四人の冒険者は構わずに若い友人の出世を喜ぶ。


「それにしても凄い出世じゃないか!」

「出世、おめでとう」


 タリルとイデンがそう言うと、その後リコットが、出世祝いをやらなければ、と言い出した。それに乗り気でないユーリーとヨシンは、色々理由を付けたが、結局はジェロに強引に押し切られる格好となっていた。


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